魂 ソ メ パ ン チ (無添加)   作:哀しみを背負ったゴリラ

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嘯く、奇妙な青年

 

 

 

 多賀山レイナという少女は、これまで一度たりとも学校を休んだ事が無かった。

 それは、勤勉である事は社会的評価に直結し、周囲の自己に対する評価を高める為に効率的だという事を理解していたからだ。

 

 しかし、彼女は今日。初めて無断欠席をした。

 セーラー服を着込み、学校ではなく町中を歩いていた。

 

「二乃……貴女、何処に行ったのよ」

 

 時雨沢二乃の失踪。

 その事をレイナが聞かされたのは、三日前の朝のホームルームであった。

 クラスを受け持つ女性担任。婚期が遅れ気味で、最近やって来た教育実習生に良い所を見せようとする時くらいしか真面目に働かないその担任が、珍しく神妙な面持ちで教室のドアを潜り、教卓の前に立つと、二乃が急に家から居なくなり帰宅していない旨を生徒たちに伝えたのだ。

 彼女は、誰か彼女の行方について心当たりが無いかと、真剣な声で生徒たちに尋ね、しかし当然のように生徒たちから二乃の行方を示す返事が返ってくる事はなかった。

 

「事件に巻き込まれたんじゃないかな」

「家出じゃない?」

「ひょっとして自殺とか……」

「男のところにでも居るんでしょ」

 

 根も葉もない流言飛語。

 娯楽として消化される二乃の所在予測。

 得られたのは、そんな雑音じみた言葉だけだった。

 

 記憶の中のそれらの言葉を思い出しつつ横断歩道を渡るレイナは、拳を握りながらも思考を巡らせる。

 

(家出? 男の所? ……自殺? あの子がそんな真似する訳ないでしょう。あの連中は、数ヶ月もあの子と同じ教室に居てその程度の事すら判らないのかしら?)

 

 レイナは知っている。時雨沢二乃は太陽の様な少女だ。

 真っすぐで、お人好しで、正義感が強い、運動神経抜群で、学業は少し残念な────レイナのかけがえのない友人だ。

 

 そんな二乃が、レイナに何の相談もなく家出だの男の所に転がり込む事など、する筈がない。家を出るほどの。命を絶つ程の悩み事を放してくれないなどという事は、絶対にありえない。

 それは自意識過剰などではない。長年の付き合いが導く確信であった。

 

「────だったら、事件か何かに巻き込まれたに決まっているじゃない」

 

 昨晩訪れた二乃の家で彼女の両親に聞いた範囲では、失踪する直前の二乃にはおかしな様子はなかったという。むしろ、レイナに学校で何か無かったか、気付いた事は無いかなどと錯乱しながら聞いてきたくらいだ。

 しかしながら、レイナにも思い当たる節など無かった。

 どれだけ記憶を遡行しようと、二乃はいつも通りの二乃で、困った様子も悩んだ様子も苦しむ様子もなく、だからこうして宛所なく二乃の生活圏内である町中を歩き回っている訳であり……。

 

 

『この水晶を買わないと、午前二時に死にますよ』

 

 

 そして、古びた商店街のアーケード。その入口を見て、不意に思い出す。

 二週間前の二乃が語った出来事。

 その中に出てきた不審者の話。

 レイナは幽霊や妖怪の類など一切信じていない。呪いも祝福も思い込みのプラシーボ効果でしかなく、宗教すらも本質的には社会を回す為の機能に過ぎないと、そう思っている。

 

 しかし────人の悪意だけは別だ。

 悪意は目に見えないが、確かに実在する。そして、人に害を及ぼす。

 

(もしも……二乃が言っていた占い師が、二乃に何かをしたとしたら?)

 

 営利を目的としたものか、それとも狂気に駆られてのものか。

 想像のしようもないが、もしも占い師が自身の言葉を実現させるべく行動に移したのだとしたら? 

 

 馬鹿馬鹿しい、何の根拠もない妄想だ。

 現実的に考えれば、そんな事が起こりうる可能性は極めて低い。

 

 しかし……レイナが知っている範囲の直近で、占い師の格好をした不審者との邂逅以外に二乃の身近でおかしな事は起きていないのだ。

 ならば、確かめない理由はない。

 

「確か、二乃は奥にある潰れた八百屋の前で会ったと、そう言っていたわね」

 

 一歩踏み出す。

 

『真黒崎商店街』。そう大きく文字が書かれているゲート。

 支柱は所々が錆び、白い塗装は禿げ、掠れて半分模様も消えているそのゲートを潜り、昼間だというのにどこか薄暗い一本道を進んでいく。

 

(……そういえば、この商店街に来たのは何時以来だったかしら。随分と、変わってしまったわね)

 

 レイナが記憶している範囲では、彼女が小学校低学年の頃が、この商店街を訪れた最後だった。

 二乃と一緒に、それぞれの親から貰った小遣いを手に、商店街の中ほどに在った駄菓子屋で菓子を買って交換し合った。

 そのあと直ぐに駄菓子屋は潰れ、二人の遊び場は新しくできたデパートに移った為、それ以来だ。

 そして……記憶の中の光景と、現在の商店街の様子は、大きくかけ離れてしまっていた。

 多くの店が閉店し、閉ざされたそれらの店のシャッターにはスプレーでセンスのない落書きがされ、石畳の隙間に根を張った雑草は抜かれる事もなく、落ちている空き缶や紙くずもそのまま放置されて転がっている。

 

(こんな風に治安が悪くなっている事を知っていたのなら、あの子に此処を通らないように忠告したのに……)

 

 自身の無知に苛立ちを覚えながらも、表情を変える事無く、足取り早くレイナは前へと進んでいく。

 僅かでも、二乃に続く手がかりとなるものを見つける為に。

 少しでも早く、二乃を見つけ出す為に。

 

 故に。だからこそ────その必死さ故に、レイナは気が付いていなかった。

 

 違和感に。

 

 人気が少ない寂れた商店街とはいえ、途中から全ての店のシャッターが閉まっている不可思議に。

 自身以外に通りかかる人影はいるが、それらは一様に俯き、顔が見えず、一言も発していない事に。

 そして、レイナ自身の体温が下がり、だというのに鼓動は早まり、冷たい汗が流れている事に。

 二乃を探す為に一心不乱に前へと進むレイナは、まるで誘蛾灯に導かれる虫のように真っすぐ、真っすぐと前へ進んでいき────

 

 

 

 

「   お  い   」

 

 

 

 

 不意に肩に置かれた手。

 ゴツゴツとした、黒色の手。

 

 レイナの背筋が泡立つ。

 想定外の事体────だが彼女は、即座にポケットに入れていたスタンガンを取り出すと、何の躊躇いもなく背後の人物の胸へと向けて勢いよく突き出した。

 レイナは、二乃が不審者に攫われた可能性も想定している。なればこそ、二乃よりも身体能力に劣る彼女が自衛の手段を用意していない筈がない。

 15万ボルトの電流が、バチバチと弾けるような音を鳴らし、レイナの肩に手を置いた人物の体表を勢いよく駆け巡る。

 

「……は? え、何を────あびゃばばばばばばばばば!!!?」

 

 ……普段のレイナであれば、正体を確認もせずに自身の肩に触れただけの人物相手にスタンガンを警告なしにぶち込むような常識外れな真似はしなかった筈だ。

 ならば、何故そのような真似をしたのか。それはつまる所──今のレイナは、それ程に追い詰められていたのだ。

 二乃の行方不明という事態に対して、心理的に……そして、それとは別の何かに対して。

 

 その結果。

 

「……やって、しまったわ」

 

 煙を上げて地面に倒れ伏すスーツ姿の男性。

 それはどのような視点から見ても、明らかに事件の光景である。

 目を瞑り天を仰ぐレイナ。彼女の脳裏に【白昼の凶行! 女子高生による通り魔事件!】などというニュースの見出しが踊る。

 一瞬、思考回路には『証拠隠滅』と『救急車』の二択が浮かぶが、ギリギリのところで前者を選ぶことを踏みとどまったレイナは、鞄からスマホを取り出すと

 

「……ごめんなさい、二乃。私、貴女の行方を追えなくなってしまったわ。でも、刑期を終えたら必ず貴女を見つけ出すから」

 

 そんな事を言いながら1、1、0とナンバーディスプレイを押そうとする。

 しかし、その直前である。

 

 地面に倒れていた筈の人影が、その背筋の力だけで跳ねるようにして起き上がると、レイナの腕を掴んだ。

 

「っ!!?」

 

 突然の事態に、今度はレイナも反応出来ない。

 息を飲み、ただ黙って体をこわばらせることしか出来ず、そしてそんなレイナの顔を覗き込んだ人影が口を開いた。

 

「おい、あんた……俺が懐に経文の束を入れてなかったら、マジで病院送りだったぞ!? どんな改造施してんだそのスタンガン! 俺の生徒に手を出すなじゃなくて、生徒に物理的に手を出されるってのは、この町はどういう治安なんですかねぇ!?」

 

 左手に嵌めている五芒星が描かれた黒い手袋。腕に巻かれた数珠、アクセサリーのように首からぶら下げている十字架と、ポケットに刺された榊の枝、腰にはしめ縄を巻き、首元からはセージのハーブの香りが漂い、ネクタイには人形の紙人形がペタリと貼り付けられている。そんな格好の男。

 

 純度200パーセントの不審者。

 暗闇で遭遇したら通報一択の存在感。

 だがしかし……レイナはその不審者の顔に見覚えがあった。

 

「あなた……クラスの教育実習の、先生?」

「おうよ。そうだよ。お察しの通りだぜ、俺のクラスの生徒の多賀山レイナちゃん」

 

 先日から彼女のクラスで勤務している、明るく元気で、だが少し小物じみた言動で生徒から親しまれている、そして頻繁に怖い話を雑談でしてドン引きもさせている、教育実習生。

 自身を霊能力者であると嘯く、奇妙な青年。

 不審者の正体は、その教育実習生であったのだ。

 

「何故……どうして教育実習生の貴方が、こんな所に居るのかしら?」

「いや、何故ってなあ……うちの学校の生徒が無断欠席して町中を歩いてるって連絡が、あんたの担任の和梨先生にあって、それを捕まえて来て欲しいって頼まれたからってのが、まず一つだ」

 

 これは、出会いと別れの物語だ。

 

「ただまあ、ぶっちゃけて言えばそっちはおまけみてぇなモンでな。大事なのはもう一つの方だ」

 

 多賀山レイナという少女にとって、生涯忘れられない────とても大切な物語である。

 

 

 

「────俺は、行方不明の時雨沢二乃ちゃんと、行方不明になるであろうあんたを、悪い化物から助ける為に来たんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あと、それはそれとして、多賀山レイナちゃん。まずは人にスタンガンで不意打ちかましてきた事を謝りやがれ」

「ごめんなさい、それは本当に反省しているわ」

 

 

 

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