レイ・ミラージュ 鏡の中の子爵令嬢は冒険がしたい   作:山下敬雄

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第12話 ベストタイミング、もう一人の令嬢

 白藤の花畑の中、笑い合っていたその声もしだい落ち着き、二人の女子はなおも野に寝転がりながら他愛のない話をする。

 

「森にはこうして魔獣がなかなか寄りつかない場所があるのを知ってる?」

 

「ええ、わたしは逆さ藤と呼んでいます」

 

「逆さフジ?」

 

「はい、父にもちょうどそのように、ふふっ問い返されました」

 

「知らない親子の鉄板ネタなのね……(逆さでもフジでもなくて、これは枯れやすくて珍しいホワイトウィルトの花なんだけど、地域によって違うのかしら……いや、やっぱり、独特なのかもしれない……レイ・ミラージュ。ふわふわで不思議な子をC級に上げて大丈夫だったかしら? なんてね)」

 

 そうして、仄かに甘い匂いが鼻腔に馴染み安らぎをくれる、珍しい白の景色の中で、レイとミオがまた微笑み合い和んでいると──

 

 レイがなんの気なしにぼーっと見上げていた天が、一瞬「チカッ」と光った。一本の閃光が伸びては消えたのを、レイは微かにその目に捉えたような気がした。

 

「アレは? 魔光弾!? 見えましたか、今の!」

 

「ちらっと見えはしたけど……あ、ひょっとすると緊急時の救援信号代わりかもしれないわ? あの感じだと、ここからじゃ遠すぎる気もするけど」

 

 レイは驚いたように素早く起き上がりそう問い、釣られて起き上がったミオも「見えはした」と答え、やんわり頷いた。

 

「なら、なるべく急いだ方がきっといい気がします!」

 

 今与えた情報を鵜呑みにしたレイは、傍に置いていた白杖をそそくさと手に取って、もう急いだ様子だ。

 

「ちょっと! そんなに慌てなくても、まだそうとは分からないわ。それにここまで見えたアレが魔光弾なら、なかなかの腕利きのはずよ。比較的穏やかなラビの森に、魔光弾のムダ撃ちを選ぶような凶悪な魔獣の出現例は滅多に──」

 

「普段穏やかだとしてもこの森は随分広いです! それに私は意思を持ち踊るクリスタルの木や、森を背負うほどの巨大な亀を慣れ親しんだジラルドの森でつい最近見ました! ミオ・アコットンさんは逆さ藤で待っていてください! 戻らなければ念の為協会に応援をーー!! 私は少しアッチの様子を見て来ます!!」

 

 ミオ・アコットン職員の説いた状況分析と制止を聞かず、レイ・ミラージュは自分の出身ジラルド公国にあるウッドフットの森でつい最近見てきた事件の例を上げた。

 

 まるでスケール違いの話を勢いよく述べたレイはそのまま勢い付き、光の狼煙がチカッと一瞬上がった方、鬱蒼の森の景色の中へと駆けていった。振り返りながらミオ・アコットン職員に、もしものときの指示を伝え残して。

 

「あ、ちょっとレイ・ミラージュ!! ……意思を持つクリスタルの木? 森を背負う巨大な亀? ……最悪想定の念の為の応援のために? ミオ・アコットンさんを待機させてって……それじゃまるでこっちが怠慢で、そっちがやり手の職員みたいじゃないの??」

 

 あっという間に、白黒髪の背と風にはためくワインレッドのケープ姿はミオの視界から消えてゆく。

 

 独り残されてしまったミオ職員は、レイのスケールを膨らませた言葉を立ち止まり考え反芻しながらも、まだどこか納得がいかない。

 

 だが、急に吹いてきた一陣の風が、立つミオの体と周りに咲き誇っていた白い花の野を撫でていくと──

 

「あれ──なにこれ!? ホワイトウィルトの花が、一斉に……。はぁ……ま、一応……ついてくだけついてこう。どこぞの職員がC級に上げたばかりでそれで調子に乗ってるのかもしれないし。いきなり何かあって、ベオ・ギルト怠慢職員にどやされることになるのも──イヤだしねぇ! それにあの子の予感って、2000シモンきっかりの下手な格安占いより当たりそうじゃない! こぉーんなのっ!!」

 

 レイの言う逆さ藤、ミオの言うホワイトウィルトの花が吹き及んだ強い風に、一斉にしおれていく。

 

 花占いなら、この状況材料で動かない奴はきっと怠慢か鈍感職員。ミオ・アコットン職員は、レイ・ミラージュC級魔獣狩りのことを責任を持ってその後を追うことにした。

 

 白く聳り立つ白い花が、元気なくおじぎしながら、やがて地に墜ちる。枯れ果てていくホワイトウィルトの野を蹴り、ミオは矢を束ね、立ちあがった鳥肌を抑えながら森の奥へと向かった────。

 

 

 

 

 

 

 ラビの森に魔獣相手の肝試しと称しやって来ていた少年少女、二人、名をミックとチュミという。ミックは戦いや喧嘩とは無縁の穏やかな性格の少年で、チュミはそんなミックのことをいつも振り回すような勝気で勝手な良い性格をした女の子であった。

 

 事はというと、「この世で最も美しい白い花、ラビの森に咲くホワイトウィルトの花畑の光景を一緒に見たもの同士は結ばれる」そんなまことしやかな街の淑女たちのする噂話をチュミはある日耳にしたのだ。そして、いつものように呼びつけたミック少年のことを「ふぅん、臆病じゃないなら──」などと言い、焚き付けるように森へと誘ったチュミ少女。

 

 しかし、大胆にも森をゆく少年少女二人して今迷い込んだその場は、この世で最も美しい白い花畑のひろがる光景などではなく────

 

「うぇえん、だから、だからぁあ……!! チュミちゃんぼくはいかないってぇ……!!!」

 

「ミックあんたが、あんたが、とろいから……!! こうなってぇ……!!!」

 

「泣きべそはよくてもちょこまかは禁止! ワタクシの後ろに隠れていて、絶対によろしくて!! 届かないところに離れていたら命の保証はなくてよ!!!」

 

 魔獣に襲われついに泣きべそをかくのはミック、ミックのもうよれよれのシャツにすがりつくように頼るのはチュミ。そして、そんな怯えつづける子供たちに言葉とその語気を強くし言いつけながらも、魔獣の襲撃を必死に阻む一人の戦士の姿がそこにある。

 

 防する戦士は、突進を仕掛け鋭い角の刃が突き刺さる角兎たちを、その構えた大盾を大きな団扇のように揺らし、まとめて豪快に払いのけた。

 

 ここはまだ日の高いラビの森の中、迷い込んだ少年少女のことを見つけても大盾を両手にしたままで、連れ帰ることは非常に困難。魔獣アルミラージの見たこともない規模の群れにあいにく襲われたならば、致し方ない。

 

 金色の豊かな髪を揺らしながら、今横に薙ぎ振り抜いた大盾を地にどっしりと打ち立てる。盾の後ろに内蔵するアームを三脚伸ばし立てて、盾の縁にある二つのレバーをしっかりと握る。

 

「環境と兎さんたちに配慮しているイトマはありませんっ!! ミックとチュミ、ワタクシからの命令です、耳を穴がなくなるまで20秒間しっかり塞いでいなさい!! フォトンパワー最大ッ、魔力点火ッ──【みんなのガトリング魔光弾】はぁあああ!!!」

 

 息つく間もなく駆けて来る兎の第二陣が三人へと寄りつく前に、できることがまだあるならば、遠慮と配慮はいりゃしない。

 

 大盾から円状にそれぞれせり出した十三の小さな砲口から前方に垂れ流す、色鮮やかな魔光弾の弾幕が唸りを上げる。

 

 けたたましい砲音と共に飛び出た、色彩ごちゃ混ぜで見目ポップな魔力の粒たちが、走り迫る兎の耳を、腹を、その角を、撃ち抜き砕きつづける。

 

 レバーを握り照準を動かし、乱ればら撒いていくカラフルな威力の数々が、アルミラージの軍勢を薙ぎ払うように蹴散らしていく。

 

 そして約23秒間──────火を吹き続けたグレーの大盾のガトリング砲がついにその音を止める。

 

 グローブをはめた両手で、つづく振動の限りを握りしめていた──その盾の縁にある左右のレバーから今ゆっくりと彼女は手を離す。痺れた手を虚空にぶらさげ揺らしながら、しばし、一連の反動で負った痺れを解いていく。

 

 やがて、威力吹き及んだ強風に煽られ、勇ましく露わになっていたその滲んだおでこを一汗拭う。

 

 豊かに靡いた金色の髪の艶めき方は、常人ではないまるでどこかの国のお姫様。白と黒のボーダーリボンを金色の髪に結った、長く尾を引く左右のそれは、あふれる彼女の覚悟を固く結びつけ。

 

 紫色の瞳はアメジスト、雷のように鋭く冴えた強き闘志を内に孕み。纏うグレー色のミラーコートは、その佇まいに重厚さと品位を両立している。肩と肘部を重点的に補強してあり魔獣相手にも油断はない。

 

 そして、動力に八つの破鏡をあしらったその豪華な大盾【パレットシールド】。前方にせり出した十三の砲口で魔獣アルミラージの群れを撃ち抜いたその特注のミラーウェポンは、白い吐息を立ち上らせて吐いていく。

 

 気付けば周りの樹々を穴あけ薙ぎ倒し、さらに魔獣を討ったその証、見たこともない数の破鏡の絨毯が野に広がり煌めている。

 

 我ながらと溜息を吐きながら、金髪の彼女はその背を振り返った。そして彼女はにんまりと笑い、親指を一つ立てて見せる。

 

 ミックとチュミ少年少女は、耳を両手で塞いだまま、口をぽっかりとあけたまま。まさに唖然と固まって、彼女のそんな笑みに変わった顔つきを幼い二人して見上げ、見つめたまま──。

 

「──アマリア・ベルショ。今回もベストタイミングだったかしら?」

 

 麗しく頼もしいその迷い子たちの救援に駆けつけた戦士の名は、エスティマ国ベストミラー社の伯爵令嬢〝アマリア・ベルショ〟。重厚グレーのミラーウェポンに身を包む、一人の腕利きの乙女であった。

 

 

 

 

 

 

 

 空撃ちし回るガトリングの砲口、その熱しすぎた威力の名残、白い吐息はとめどなく虚空に垂れ、動力にしていた破鏡の飾りの幾つかはひび割れた。

 

「オーバーヒート、残弾ゼロ、これ以上のフォトンパワーは破鏡の破損により魔力変換不可。なら──ここから、さらにベストを尽くすしかなさそうね」

 

 勝利の余韻など束の間だった。薙ぎ倒された森の奥から現れたのは、大きな大きなシルエット。雄々しく育った立派な破鏡の角を煌めかせ、怪しい光を尖らせ陰を祓い来たるもの。

 

 熊よりも大きい兎など、存在し得ない世界ではない。赤い眼を光らせ現れた巨大魔獣【ビッグアルミラージ】に、白煙荒れる壊れかけの盾を地に立て置いた伯爵令嬢、アマリア・ベルショの為す術は──

 

「パパ、ごめんなさい! 【ムーンソードギミック】を使うわ! これが冒険だというのなら、こんなときだからこそ見ていてください! ベルショ家の名にかけて! そして──!!」

 

 パレットシールドの縁から突き出したレバーをボタンを押しながら強く引いていく。そしてレバーを横に倒すようにスライドさせると、それが柄になり曲刀になる。

 

 大盾から現れたのは、輝く剣のギミック。内蔵され秘されていたその歪に曲がった刃を、アマリア・ベルショは前へと構えた。

 

 そしてまるで大鎌で草を刈るように、寄って来た小兎の尖兵を蹴散らす。

 

 一撫でで薄いガラスが割れたような破裂音を立てて散りゆく魔獣たち、そのムーンソードの威力は疑う余地はない。

 

 やがて駆けてきたのは巨大な兎、大きいながらも俊敏性は落ちていない。そして跳躍し頭部に生えた長い角を叩きつけるように、煌めく刃へと浴びせた。

 

 誇示するかのようにビッグアルミラージは角を叩きつけ、輝いて見えた人間の持つ刃に合わせる。ビッグアルミラージそうやって、数多の角を合わせて砕き研ぎ澄まし、力をここまで得てきたのだ。

 

 巨大な兎とのチャンバラに、アマリアは慣れぬ秘策のムーンソードで対応する。だがビッグアルミラージの重量、勢いに圧されていく。アマリアの受けた姿勢、バランス、曲がった刃に込める魔力は定まらず。

 

 苦戦をしながらも集中し、合わせた角と刃の三合目──

 

 アマリアの集中する視界端に「チカッ」と光が差し込んだ。茶緑の毛の巨大魔獣の横腹に刺さった三筋の光。

 

 ビッグアルミラージの長角と苦しい鍔迫り合いを演じていたアマリアは、そのよろめきを見逃さない。ぐらついた角を、足を踏ん張り一気に下から押し返す。ここぞのタイミングで、曲刀に込めた膂力・魔力・底力が、叩きつけていたビッグアルミラージの長角を弾き、その首を強制的に天を仰がせる。

 

 天を仰いで、そのまま巨体は体勢を崩す。まん丸の尻尾で虚空を掻き混ぜようとも意味がない。ビッグアルミラージは後ろにそのまま倒れた。

 

 合わせた刃の鍔迫り合いを制し、敵が腹を見せたならば、それはビッグアルミラージにとって致命的──つまり彼女に訪れた千載一遇の〝ベストタイミング〟。

 

 金毛を揺らし、宙へと飛び出した────。

 

 緑木陰の天に浮かぶは、荒ぶる金色の髪と、青く冴えた三日月の魔力・鋭さで────

 

「一刀一殺! これがワタクシのベストミラーぁぁ!!!」

 

 可愛らしい白い毛の模様を倒れた腹に見せたならば、それが急所と信じて飛び込む。

 

 舞い降りた刃は、滾らせた魔力をぶち込んだ。曲刀の切れ味が、大兎の腹に食い込んで、あまりの威力に兎の耳はピンといきり立つ。眉間のご自慢の長角をも崩壊していく、必死の形相を今変貌させ、勝ち誇る笑みを見せたのは────

 

 欠けたその刃を天に掲げた。乱れに乱れた金毛はととのえない。巨大なターゲットをその手その剣で沈めてみせたアマリア・ベルショは高揚する。興奮しては荒く流す吐息に、今は何も言えなくて──。ムーンソードを選び手にした冒険の末、ただただ勝利を手繰り寄せたアマリア・ベルショは笑っていた。

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