何の変哲もない午後の授業。
そして、それは突然にやってきた。
風間陽翔、十四歳。
彼の腹が、鳴った。
「……うっ」
これは、ただの空腹音ではない。
胃ではなく、下からだった。
(……ん?)
違和感に眉をひそめ、体をひねる。
一瞬だけ「まぁ、気のせいか」と思ったその直後。
ゴロロロ……ググ……ッ
まるで、地殻変動。
大地のうねり。
本能が叫んでいた。
**“出る”**と。
(嘘だろ……?)
陽翔は、思った。
昼休み、友達とふざけて購買パン三個一気食いした。
そのあとジュースを一気飲み。
トドメに、やけに冷たいチョコアイスバー。
(完全にコース料理じゃねーか……)
そして今、腹が悲鳴をあげている。
◆◇◆
だが、男子中学生にとって、
授業中にトイレへ行きたいとは、口が裂けても言えない。
特に──
クラスの席は、真ん中の列・前から二番目。
全方位から注目される位置。
先生の視線。
クラスのざわめき。
そして何より──
後ろの席には、椎名 結がいる。
しっかり者でおかん気質な、生粋の幼なじみ。
昔から陽翔の世話を焼き、怒り、ツッコミ、笑ってきた存在。
彼女の視線に耐えられるか?
「トイレ、しかも大です」なんて察された日には……!!
(絶対ムリィィィィィィィィ!!!)
陽翔の脳内で、警報が鳴り響く。
【告白失敗確定ルート】
【ヘタすると一生“ウン翔”ってあだ名つく】
【黒歴史に塗れた卒業アルバム】
そんな未来図が、腹の痛みと共に鮮明に描かれる。
(いや、待て……落ち着け。まだ我慢できる。いける……俺は耐えられる男だ……!)
彼は、意識を呼吸に集中した。
腹に力を込め、肛門の門番に心を通わせる。
「お前ならやれる……!信じてるぞ……ッ!」
授業の内容は、頭に入ってこない。
織田信長が本能寺で炎に包まれようと、今の陽翔にはどうでもよかった。
(こっちは今、“本腸寺”の変……なんだよ!!)
汗が首を伝う。
シャーペンの芯が折れた音すら、地雷のように響く。
何をされても、反応できない。
教科書を指されても、完全にスルー。
「風間、じゃあこのページ音読して」
「…………っ!!??」
陽翔は、なんとか顔を上げた。
目がうつろ。
声が震える。
「お……おだ、のぶ……のぶな、が……」
「ちょっと、しっかり読んでー」
隣の席の女子がクスクス笑う。
だが今、陽翔にとってそれすらノイズ。
(やばい……マジで……もう限界……!)
何度も時間を確認する。
だが、時計の針は1分しか進んでいない。
(うっそだろ……!?!?)
彼の中で、時間の進行が歪んでいた。
永遠にも等しい拷問をただ耐える。
背筋を伸ばせば腹に圧がかかる。
前屈みになれば腸が押される。
唯一の姿勢は、**“微動だにしない仏像スタイル”**だった。
(動けば出る……!動けば終わる……!)
◆◇◆
そんな陽翔の様子に、
後ろの椎名結は気づいていた。
(……あいつ、明らかに様子おかしい)
顔は青白い。
背筋はピンと伸び、筆記もせず、微動だにしない。
(陽翔にしては静かすぎる……)
彼女は“何か”を察していた。
だが、それが何かはまだ──知らない。
◆◇◆
やがて、最後の5分。
先生が「じゃあ、まとめるぞー」と言い出す。
陽翔は(この一言を)待っていた。
まだ気を抜けない。
だが、勝利の兆しは見えていた。
そしてついに——
カンカンカンカンカン!!
チャイムの音が、教室を包む。
陽翔の脳内に、ファンファーレが鳴った。
(終わった……授業……終わったァァァァ!!)
立ち上がる。
机をよける。
廊下に飛び出す。
まるで最終決戦へ向かうヒーローのように。
周囲の声など聞こえない。
先生の声も、友達の呼びかけも、結の視線すらも。
陽翔はただひたすらに、トイレへと向かっていた。
そこで彼は、出会う。
◆試練その一:トイレ清掃中
陽翔が駆け込んだトイレの前には、
ひときわ神々しく光り輝くバケツとモップ。
そして立ち塞がるは、戦士の如き清掃員のおばちゃん。
「掃除中、入っちゃダメよ〜ん♪」
「ッッッ……あっ……す……すみませんッ!!」
陽翔は、踵を返した。
心の中で土下座しながら。
腸内で暴れる**黒龍(こくりゅう)**を抑え込みながら。
「くっ……俺の聖域が……! 掃除とは……なんと酷い妨害だ……ッ!」
◆試練その二:階段、まさかの工事中
トイレを求めて別階へ行こうとした陽翔を、さらなる試練が襲う。
貼り紙——
「この階段は現在使用できません。工事中のため立入禁止」
「ッァアアアアアアアアアアア!!!!!!」
叫びたい衝動を飲み込みながら、
陽翔は別ルートを模索する。
冷や汗と腸の圧力が限界を超えつつある。
頭がふらつき、
視界が揺れる。
時間の流れがスローモーションになり、
「う●こ……」という幻聴すら聞こえ始める。
「だめだ……だめだって……俺まだ、人生これからなのに……!」
◆試練その三:幼なじみとの遭遇
そして、角を曲がった瞬間——
「……陽翔?」
その声に、
陽翔は足を止める。
「結……!」
そこには、しっかり者の幼なじみ、椎名結。
心配そうに、陽翔を見上げる。
「顔、真っ青だよ? どうしたの?」
彼女の目は、優しかった。
だからこそ、言えない。
**「今まさに、肛門が反乱を起こしかけてるんだ」**なんて。
絶対に、言えない。
「だ、大丈夫……だよ」
陽翔は言った。
絞り出すような、かすれ声で。
だがその顔は、まるで戦場帰りの兵士。
魂が抜けかけ、目が泳ぎ、
膝は微かに震えていた。
「……ほんとに? 何かあったなら、言って──」
「ううん、ホントに平気! 全ッ然ッ平気!!!」
満面の作り笑いを浮かべ、
陽翔は結の横をすり抜ける。
トイレへ、トイレへ、トイレへ。
それはもはや、天命だった。
◆◇◆
そして、
ついに、
たどり着いた。
トイレ個室。
最後の砦。
神域。
陽翔は扉を閉め、鍵をかける。
静かに、深く、便座へと腰を下ろす。
するとその瞬間。
「…………あぁぁ………………ッ」
すべての痛みが、溶けていく。
腹が軽くなる。
魂が昇っていく。
背後に後光が差す。
彼の中で、何かが生まれ、そして去っていった。
「……これが……悟り……」
陽翔は知った。
仏陀が菩提樹の下で見たもの。
老子が説いた“無為自然”の境地。
それら全てが、今この瞬間、
便座の上で──繋がった。
「……世界って……美しいんだな……」
誰にともなく、呟いた。
──全てを、出し終えた。
便座の上で魂を空にし、
腹の奥に溜まった業(カルマ)を流しきった少年は、
静かに立ち上がる。
水を流す音が、静寂に染み渡る。
陽翔は、
人として何かを乗り越えた。
肛門に集約された人類史の全てを、
いま、悟りに変えた男。
風間陽翔、14歳。
中学2年。
やや陽気で、やたら活発な少年。
その彼が、
男子トイレから出た瞬間。
「──やっと出てきた」
待っていたのは、
しっかり者の幼なじみ、椎名結だった。
男子トイレの前で腕を組み、
憮然としながらも、どこか安心したように微笑む。
「……やばそうだったから、何があったのよ?」
陽翔は、そっと彼女に向き直る。
目は潤み、
頬はほんのり紅潮し、
その表情はどこか――神々しかった。
そして、彼は語り始めた。
「……宇宙の真理は、便座の上にあったんだ」
「は?」
「俺は見た。見てしまったんだ。大腸に溜まったカルマを、すべて流した先にある……純粋なる空(くう)を!」
「ちょ、ちょっと待って?」
「結……俺、いまならわかる。御仏の心が。許しと慈悲と……肛門の緩みが繋がってたんだよ……!」
「……」
結の右手が、静かに、でも正確に振り上げられた。
パァン!!
頬に走る衝撃と、やけに鮮明な手形の感触。
「バッカじゃないの!?!?!?」
廊下に響き渡る、正統派ヒロインの制裁ボイス。
だが、陽翔は微笑んでいた。
満面の、やりきった笑顔で。
そして。
「──唯。お前のことが、好きだったんだ。
付き合ってくれ」
瞬間、結の顔が真っ赤に染まった。
「っ……え、いや、は!? なんで!?
このシチュで!?
男子トイレの前で!?
しかも今、めっちゃスッキリ顔で!?!?」
「うん。今なら、素直に言える気がして……カルマも出し切ったし」
「出した後で告白するなあああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
その悲鳴は、隣の教室まで轟いたという。
◆◇◆
こうして、
男子トイレ前告白事件は、
後に『風間の解脱告白』と呼ばれ、
中学校に語り継がれることとなった。
──ある者は言う、「出した直後に愛を叫んだ男がいた」と。
──またある者は言う、「男子トイレ前で往復ビンタを受けながら成立した告白があった」と。
真実は、便座の上にしかない。
彼は、ただ言った。
「俺の人生、トイレから始まった気がするんだ」
──そして少女は、言った。
「やっぱりバッカじゃないの……」
死にそうな顔をしてたので心配で追いかけた結ちゃんマジおかんw
この後、死ぬほど文句を言いながらも告白を受け入れました。
多分ブッダとは彼女の事を言うんでしょうねw
もしくは弥勒菩薩?