予定としては、紅霧異変の後、吸血鬼異変の方もやっていこうと思っています。
「………お待たせしました。こちら、ご注文の品です。それでは、ゆっくりしていってください」
季節は夏真っ盛りの、暑さがどんどんと強くなっていく頃。
時間は昼を少し過ぎた辺り。
何時もの翼は何処かへと消えて、完全に姿は人のものへと変わっているライラは、人里の中にあり、それなりに評判の高い甘味処で笑顔を浮かべながら接客を行っていた。
元々、この甘味処は此処の店長である三十代中程の女性が一人で経営しているのだが、この時期になると客が多くなり、店長だけでは対応が追い付かなくなってしまっていた。
何年か前までは、それでも何とか出来るくらいの客の数だったのだが、ここ数年で更に客は増加し、流石に一人では追い付かなくなってしまっていたのである。
そこで、どうしようか、と困っていた店長は、丁度目に飛び込んできた『何でも屋』にこれ幸いと依頼をし、仕事があまり無く、どうしようかと考えていたライラも承諾し、一週間ほど此処の従業員として働いていた。
「お待たせして申し訳ありませんでした。ご注文をお願いします」
ライラは出来るだけ効率的に、それでいて機械的にならないように心掛けながら、慣れたように来店した客に対応し、注文を取り、出来上がったものを運び、空いた席を綺麗にして、待っている客を呼び入れる。
そんなことをしながら、しかし、基本的に人間よりも高いスペックであるライラの身体は、たった一人で客に対応しているというのに全くと言っていいほど疲労を感じていない。
こういう時、妖怪の無駄に高い体力って便利なんだよなぁ、と一瞬だけ思ったライラは、その思考を適当に頭の隅に追いやってから接客に戻ろうとして、店の外に先程まで沢山居た人が一人も居なくなっている事に気付く。
更に、店の中にいる客も、皆一様に空を見上げていた。
それを追うようにして空へと向かったライラの視線の先には、空を覆い尽くそうと拡がっていく、深紅の霧。
それは人里の外にある、湖の方角から拡がっているらしく、今はまだ空を覆い尽くすだけに留まっているが、暫くすれば人里にも霧が降りてくるであろう事は容易に想像できた。
「――――店長さん、三十分だけ休憩を貰っても良いですか?ちょっとやることが出来たんですけど」
「はいよ、分かった。気を付けて行ってきな。その間は一人で何とかするからさ」
ライラの問いかけに、店長は迷うこと無く答える。
…………正直に言ってしまえば、客が多いからといっても、少し働かせすぎていたのでは?と思っていたところであるし、今その質問をしてくるということは、あの紅い霧をどうにかするつもりなのだろう。
それを止める理由がそもそも見つからないのだ。
ライラはそんな店長の言葉を聞いて、「ありがとうございます」と返すと、とん、と軽く地面を蹴って空へと舞い上がる。
そのままぐんぐんと高度を上げていき、空を覆う霧に触れられる所まで来てから静止して、霧に、正確には霧を構成している術式に触れる。
「『任意同調』、開始」
そうライラが呟くのと同時に、霧に触れているライラの手から、魔力で構成された波が放たれる。
その波は、一度霧全体に行き渡ってから、跳ね返ってライラの手の中に戻ってくる。
それを感じ取ったライラは、一度ふむ、と頷いてから、地面に降りるために高度を下げ始めた。
「………魔力と妖力が混ざってる、というよりは、基本は妖力で、それを魔力で補助してるみたい………まぁ、取り敢えず、暫く人里に被害を与えさせないだけなら何とかなるかな?」
ライラはそんなことを呟きながら、先程読み取った術式の浄化術式を思い浮かべ、それから何かに気付いた様にそれにしても、続ける。
「………この妖力の感じって、どう考えても吸血鬼のものだよね。っていうことはこの霧を作った張本人、の内の少なくとも一人は吸血鬼かぁ。………ただでさえ嫌われる様な姿なのに、これは本格的に近づかない方がいい気がしてきたなぁ」
そう呟いてどこか哀愁を漂わせながらスー、っと地面に降り立つライラ。
その視界の端に、何処か最近見慣れてきた、ライラの何でも屋の数少ない常連の姿が入ってくる。
「あ、こんにちは、慧音さん。どうかしましたか?」
「………どうかしましたか、って、お前なぁ。今この状況でそれを聞くのはどうかと思うぞ?」
「………まぁ、確かに、それもそうですよね。でも、安心してください。後二十分位貰えれば、私の方で人里だけなら暫くの間は何とか出来ると思いますから」
「………全く、ずいぶん準備が良いな。ここまで準備がいいと、寧ろお前がこの霧を出しているんじゃないかと疑うくらいだ。………ところで、翼はどうした?どうしてか妖力も感じ取れないんだが」
呆れたように感心した声をあげる慧音は、そこで漸く今のライラから感じられる違和感に気付き、それを指摘する。
そう、今のライラには、何時もの翼が生えておらず、更にいくら隠していても妖怪であるならば感じ取れる筈の妖力も一切感じ取れないのだ。
ライラは、そんな慧音の問い掛けにそれはですね、と返すと、懐から柄から鞘まで、全てが純白の小刀を取り出して見せる。
「………それは?」
「流石に妖怪の姿のままじゃ仕事にならないな、と思いまして、ちょっとだけ特殊な魔法を使ってこれに妖怪の力を封じ込めているんです。簡単に言えば、一種の封印ですね」
へらりと笑いながら簡単にそう言ってみせるライラに、慧音は驚愕の表情を浮かべる。
そもそも、妖怪の力を何かに封じ込める、という発想自体、全く考えた事も無かったのだから、当然だろう。
と、言うよりも、そんなことが出来るのだったら、その力を他の誰かに分け与える事も可能となるのではないのか、とそんなことさえ思ってしまう。
「あはは、はい、出来ますよ。相性の問題もありますが、私以外の妖怪の力だったら、基本的には大丈夫です」
「………『私以外の』?」
慧音の心を読んだように答えたライラに、慧音は疑問の声を返す。
他の妖怪では出来るというのに、ライラだけでは出来ない、という理由が純粋に思い付かなかったのだ。
「それは話すと長くなってしまいますから、また後で、ということにしてください。これから色々やらないといけないし、実は今、休憩を三十分貰っているだけなので、あんまり時間が無いんです」
「………あ、あぁ、そうだな、分かった」
と、そこで、そんな提案をしてきたライラに、慧音は今の状況を思い出したように頷く。
現状、あのどう見ても人体に有害そうな霧を防げるのはライラしかおらず、あの霧がいつ地上に降りてくるかも分からない以上は、これ以上ライラをここで引き留めるのはメリットが無さすぎる。
慧音の返答に、律儀にも「ありがとうございます。それでは、また」と返したライラは、そのまま慧音に背を向けると、ふわりと浮き上がって、あっという間にその姿を消してしまった。
◆
「………ん~、この辺りが人里の中心かな?」
とん、とん、とん、とゆっくりと歩きながら、ライラは位置を確かめていく。
慧音と別れてから約二十分が経過しており、その間に、紅い霧は建物の屋根にかかる程度にまで降りてきてしまっていた。
しかし、その中でもライラは焦らずに、慎重に自身の位置を確かめていく。
あらゆる場面において、焦りや驚きは無駄にしかならない、とは、ライラに剣を教えてくれた師匠の言。
ライラはそれをいつも忠実に守ることが出来るからこそ、今の実力が着いている、と思っている。
「………ん、此処だね」
ライラはそう呟くのと同時に、手に持った鞄からひょいと一本の試験管の様なものを取り出し、中に入っていた銀色の液体を地面に落とす。
そのまましゃがみ込んでその液体に触れると、そこに魔力を流し込んでいく。
………因みに、これと同じ作業は、人里と外との境界線である場所の四ヵ所でやっている。
人里の中心は、最後のポイントだった。
「これで良し、とじゃあ、やろっか」
ライラはそう呟いてから、口から息が漏れるような、それでいて何処か唸る様な、そんな声で何かを唱え始める。
その言葉は明らかに、現代では既に失われてしまっているような響きを含まれていた。
更に、その言葉が始まると同時に、銀色の液体はライラを中心とした半径五メートル程の魔法陣に姿を変えていく。
そして、その魔法陣が完全に形を整えた時、
「『浄魔の霧』、展開」
その一言と同時に、人里の各位置に配置していた魔法陣から白い霧が発生し、人里を包み込むように渦巻いて、紅い霧を打ち消していく。
そのまま少しすると、白い霧は完全に渦となり、人里を囲う壁となって、赤く染まっていた空を元の色に戻していた。
「………うん、これで五、六日は大丈夫かな。その間に博麗の巫女さんが解決してくれると良いんだけど………あ、」
自身の魔法の成果を見上げたライラは、そんなことを呟いてから、店長からもらった休憩時間が殆ど無いことを思い出し、走って甘味処へと戻っていった。
説明
『浄魔の霧』
ライラの使った魔法。
指定する範囲の端と、その中央にそれぞれ最低でも五つの魔法陣を敷くため、手間はかかるが、その代わりに効果は絶大で、中級クラスの妖怪なら、触れただけで無力化出来てしまう程。
ただし、基本的には行使者の魔力に依存しているので、行使者の魔力が尽きればそこで消えてしまう。