ただし、もう一面ボスが撃墜された後の話ですが。
………え、口調が違う?はい、その通りですし、大体わざとやってます。
と、言うことで、次は多分ライラの視点に戻ると思います。
――――ふと、空を見上げる。
まず視界に入ってくるのは、一面を塗りつぶしたような空虚な黒と、そこに穴を開けたように散りばめられた、大小様々のこれまた空虚な白。
そのまま、視線を下へと下ろす。
それでも映るのは同じ色。
知識として知っている、『樹木』の形をした何処までも空虚な黒と、彼女自身が座っている部分を中心として、円の形に広がっている、彼女にとっての『食料』の残骸である何処までも空虚な白。
そう、彼女――――嘗ての自分にとって世界とは、白と黒、たった二色だけで構成された世界だった。
その世界に彼女自身の意思は無く、その視界に、本当の意味で何かが映った事は無い。
ただ、本能のままに、自身の存在を消し去らない為だけに、『食料』を襲い、その残骸を積み上げていくだけの日々。
視界に映る色と同じ、何処までも空虚な時間を送っている『彼女』。
………今になって思えば、きっとこの時の『彼女』はただ存在しているだけで、生きてはいなかったのだろう。
ただ存在するだけのその日々を、『生きている』とは言わないのだから。
――――『彼女』が『私』になるのは、この光景よりも少し後。
『私』が世界を綺麗だと思うようになるのは更にそれの後の事。
今はまだ、骸の玉座に腰掛ける人形の世界には、『色』は存在していない。
◆
「………ん……ん~?」
幻想郷にある、大きな湖の周りに広がっている森。
その中にある、別段特徴も無い一本の木に引っ掛かっていた少女の姿をした妖怪―――ルーミアは、ゆっくりと目を覚ました。
目を開いた彼女は、木に引っ掛かったまま首だけを動かして、自分がどうなっているのかを確認する。
「………どうしてこんなところで倒れてるんだっけ?」
何故か木に引っ掛かっている、体中痛い、服もそれなりにボロボロ、と、それを確認した時点で大体状況が理解出来たルーミアは、今度は起きたばかりで働こうとしない頭を使って、ゆっくりと自分が気絶させられる前の事を思い出そうとする。
確か、森をいつも通りに飛んでいたら、湖の方に飛んでいく紅白と白黒が特徴的な人間を見つけて…………
「………そのまま弾幕ごっこ仕掛けて、コテンパンにやられたのかー」
口に出して確認すると、それまでぼんやりとしていた記憶が一気に戻ってくる。
そうだった、飛んでいく人間達の前に何となく立ち塞がって、そのまま弾幕ごっこを開始して、そして完膚なきまでに叩きのめされて、撃墜されたのだ。
………まぁ、少なくとも、弾幕ごっこを始める前から何となく勝てない気はしていたから、思い出しても特に思うところは無い。
強いて挙げるとするなら、
「………何で勝てないって分かってたのに挑んだのだー?」
その一点に尽きる。
そう、間違いなく、ルーミアは分かっていた筈なのだ。
理由ははっきりとはしないが、あの紅白の巫女服のような服を着た人間には、今のルーミアでは勝てないのだ、と。
それでも、体は勝手に動いていた。
あの紅白の巫女服が目に入った途端に、何故かよく分からない気持ちがルーミアの中で溢れてきて、気が付けば目の前に立ち塞がって弾幕ごっこを挑んでいたのだ。
今冷静になって考えてみれば、どうしてそうなったのかは全くといっていいほど理解できないのだが。
「………もしかして、あんな服を着た人間と知り合いだったのかー」
ルーミアはそう、納得したように言葉を発する。
ルーミア自身には全くと言って良い程に、あんな服を着た人間を見た記憶は無いが、元よりルーミアは自身の記憶を宛にしてはいない。
それは、ルーミアの記憶力が悪いとか、頭が悪いとか、そういうような話ではなく、もっと根本的な問題だった。
簡単に要約してしまえば、ルーミア、という妖怪の記憶は、二十年前、幻想郷の森の中で目を覚ました時を境に、それよりも前の記憶が全く無いのだ。
そもそもそれよりも前にルーミアが存在していなかっただけなのか、それとも誰かに記憶を消されたのか、偶然何かがあって記憶が消えてしまったのか、その辺りは記憶の無いルーミア自身には全く分からない事ではあるのだが、恐らく、後者二つの内のどちらかだろう、とは思っている。
何故か、と言えば、記憶の始まりから幻想郷の中で迷った事はなく、更に時折夢として、見た事も無いような光景を見ているような気がするから。
………最も、夢の方は毎回殆ど覚えていないので、「~だったような気がする」位の認識でしか無いのだが。
「………そういえばさっきの夢もそんな感じだった気がするのだー」
ルーミアはそう言って、先程まで見ていた夢を少しだけ思い出そうとしてみて、すぐに諦める。
今までも思い出そうとしてみて思い出したことは一度も無かった、ということも事もあるが、何となく、思い出しても気分の良くなるようなものではないような気がしたから。
そもそもが、思い出そうとしても思い出せないものなのに、思い出せたとしても気分が悪くなる、というならば思い出すメリットが無いのだ。
なら、思い出す必要は無いだろう。
そんなことを思ったルーミアは、そこで思考を打ち切ると、体を捻って引っ掛かっていた木の枝から体を外す。
そのままひょい、と地面に飛び降りてから、ふと空を見上げた。
「………もう夜なのかー」
見上げた先には、もう夜だというのに紅く染まった空と、同じように紅く染まった月。
昼には太陽を覆い隠してくれるために、大歓迎だったこの紅い霧も、夜になっては宵闇の妖怪であるルーミアには邪魔なものでしかない。
と、いうよりも、夜の闇までそこそこ打ち消してしまうせいで、昼間の分と合わせて考えても明らかにマイナスの方が大きいのだ。
簡単に言えば、ルーミアとしては大迷惑なのだったりする。
だから、誰かそろそろこの霧を出した妖怪を止めてくれないかなー、等とルーミアが考えた所で、昼間に会った二人の人間の事を思い出した。
「そういえば、あの二人が飛んでいったのって、霧が出てきた方向だったような………」
そう呟いて、ルーミアは四日前、霧が発生した方に視線を向けた。
視線の先には、沢山の木々と、その間から見える全体が紅い洋館。
間違いなく、あの悪趣味な色は今空を覆っている霧と同じ色だ。
更に、聞いた話だと、あの洋館に住んでいるのは吸血鬼であるらしい。
なら、殆ど間違いはなく、この霧を出したのはあの洋館に住んでいる吸血鬼、ということになるだろう。
そして、昼間に会った二人の人間が飛んでいった先もあの洋館の方だった。
恐らく、この霧を止めさせる為に、あの洋館に乗り込んで行って、現在は洋館の外で弾幕ごっこをやっている最中なのだろう。
洋館の周りで、紅や黄色、更に虹色の光が明滅しているのがその確かな証拠である。
………あの二人は、少なくとも弾幕ごっこでは圧倒的な強さを誇っていたので、負ける、ということは恐らく無い筈だ、と思う。
「………なら、もう帰るのだー」
ルーミアは最後にそう一言だけ呟くと、先程まで見ていた湖の、洋館の方向に背を向ける。
最後に、一度だけ振り返って、洋館の方向から一際強い虹色の光が輝いたのを視界の端に納めてから、くるりとまた背を向けて、自身が寝床にしている場所へと向けて、飛び立っていった。