次からは吸血鬼異変が始まります。
予定としては、2、3話+αって位だと思います。
因みに、吸血鬼異変の主人公は基本的に二人です。
「………まだ、解決してないんだなぁ。もう四日目も終わる所なんだけど」
幻想郷に紅い霧が撒き散らされてから四日の、夜中。
人間は殆どが眠り、静まり返った人里の中で、ライラは少しだけ疲れたような顔をしながら空を見上げ、そんなことを呟いた。
見上げた空は、人里を中心に、円を描くように丁度二色に別れている。
円の内側は黒、円の外側は紅一色に染まっている。
これは四日前にライラの使った魔法の影響だ。
『浄魔の霧』と名を付けられたこの魔法は、霧自体に妖怪の使う力である妖力を打ち消す力があるのと同時に、一種の結界を作り出す魔法でもある。
結界とは、仏教における『世界と世界を区切る線』を指す言葉であり、その名前が使われる『結界魔法』とは、簡単に言えば、線で区切った内と外を、全く違う世界にしてしまう魔法の事だ。
この場合、『線』は霧の事であり、外から見れば、白い霧が柱のように渦巻いているようにしか見えないだろう。
「………後二日以内で解決してくれないと、私の残りの魔力的に困るんだけど………早く解決してくれないかなぁ」
霧のせいで紅く染まってしまっている満月を見ながら、ライラはそんなことを呟いてみる。
この魔法は、『線』を霧にしてしまっているために、ただ『線』を敷いて作るだけの結界とは違って、常にライラから魔力を吸い上げてしまっている。
その為、幾らライラの魔力量が平均的な魔法使いよりも数段上とはいっても、そこまで長い間は魔法を維持していられないのだ。
どれくらい維持していられるか、と言われれば、日数にしておよそ六日程。
なので、異変解決を紫から禁止されているライラとしては、後二日経つまでに博麗の巫女がこの異変を解決してくれなければ、魔力切れで倒れてしまう、という何とも面倒な状況に陥ってしまう事になる。
そうなる前に魔法そのものを消す、という手も有るには有るのだが、ライラの性格と、なけなしのプライドの問題として、一度始めた事を途中で止める、ということがどうにも出来ないので却下していたりする。
「………こんなことなら幾つか条件を付けるべきだったかな。うん、後で紫さんに相談してみよっと」
ライラはそんなことを一人で呟いてから、ふらふらと行く宛も無く、ただ何となく、で歩き出す。
そのまましばらく歩いていると、ふと視界の端に、何処かで見たことのあるような人影が映った事に気がつき、そちらの方へと体の向きを変える。
するとそこには、人里でよく見かける知り合いによく似た、それでいて色々と―――主に全体的な色とか、頭から角が生えている事が―――違う女性が居た。
ライラが首を傾げながら見ていると、女性の方もライラに気付いた様で、ライラの方へと向かって歩いてくる。
「ライラか。こんな時間に何をやっているんだ?」
「その声、やっぱり慧音さんでしたか。質問に答えるなら、何もしてませんよ。私は基本妖怪で、吸血鬼ですから、夜に出歩くのは好きなんです。………もっとも、今は眠たくても眠れないので、暇潰しに散歩をしていた、っていうのが本音なんですけどね」
ライラの少しだけふざけるように言った言葉を聞いて、慧音は内心首を傾げる。
吸血鬼だから夜に出歩くのが好き、と言ったのは兎も角、眠たくても眠れない、というのはどういう事なのだろうか?
「あはは、簡単ですよ。えっとですね、私は今、人里に霧の魔法を張ってるじゃないですか。この魔法、張ったらずっと張られたまま、ってタイプのものじゃなくて、常に私自身が張り続けてるものなんです。………まぁ、ずっと張られたままの方も出来ないことは無いんですけど、それだとどうしても簡単に消せるようになっちゃうんですよね。………っと、それは兎に角、話を戻すとですね、こういう術者の意志で張り続ける魔法って、基本的には術者が意識を失っちゃうと消えるものなんです。そして、眠る、という行為自体が意識を失う、ということと同義なので、眠る訳にはいかない、と、そんな訳なんです」
「まぁ、妖怪の身体ってかなり頑丈なので、一ヶ月に睡眠一回、とかでも何とかなるんですけどね~」と、ライラは最後に笑顔を浮かべながらそんな風に慧音の質問に答えた。
慧音はその答えに、成る程、と納得するのと同時に、少しだけ罪悪感のようなものを感じてしまう。
幾ら知らなかったとはいえ、ライラだけに苦労をさせて、自分達はのうのうと暮らしていた事に変わりはないのだ。
「………ん~、何かちょっと重い空気になっちゃいました?私の事は別に気にしなくても良いんですけど。自分の限界くらいは誰よりも分かってるつもりですから。………所で、慧音さん、最初から気になってたんですけど、全体的な色とか、頭から生えてる角とか、どうしたんですか?」
「ん?あぁ、これか。まぁ色々とあってね。今の私は人間と白澤のハーフ、所謂ワーハクタク、というやつなんだ。だから、満月を見ると今のような姿に変わってしまうんだよ」
ライラの質問に、慧音は紅く染まっている満月を見ながらそう答える。
ライラはそれに、興味深そうに慧音の事を少し見てから、もう一つだけ質問をする為に口を開いた。
「なら、慧音さんはどうして此処に?半人半獣は人里の人から見れば立派に妖怪に見えるはずです。外に出てこない方が良かったのでは?」
「ふふ、それはそうだが、今日はどうしてか眠れなくてね。君を眠れない状況にしてしまっている人の内の一人の私が言うのは失礼なのかも知れないが、ちょっとだけ夜風に当たりに来たんだよ」
慧音の答えに、ライラはあはは、と笑って「だから、そういうのは気にしなくても良いんですって」と返す。
慧音もそれに笑顔を返して………突然響いてきたドンッ、という衝撃に、一気に警戒するような体勢をとった。
「…………今のは………?」
「………漸く終わった見たいですね」
疑問の声を上げる慧音と、納得したように安堵の息を吐くライラ。
今の衝撃の正体が何なのか、分かったような言葉を発したライラに慧音は目線だけで問い掛ける。
「あれ、気付きませんでしたか?今の音、あっちの、湖の方向から響いてきてましたし、それに、ほら。人里の外の方を見てください。紅い霧がどんどん薄くなっていっています。この分なら、後十分位で霧自体が完全に無くなる位になると思います」
ライラの説明をそこまで聞いて、人里の外を見て、確かに深紅の霧がどんどんと薄くなっていっているのを確認して、漸く慧音も、先程何が起こったのかを理解する。
確か、霧が発生したのは湖の方向からだった筈だ。
その方向から大きな衝撃が響いてきて、更に霧が薄くなっている、とくれば考えられる答えはたった一つだけ。
「はい、その通りです。異変が始まってから四日、漸く博麗の巫女さんが重い腰を持ち上げて、異変を解決してくれたみたいです。………はぁ、これで漸くゆっくり出来ますよ~」
慧音の心の中の言葉を引き継ぐようにして、ライラはそう結論を口にする。
そのまま、とんとん、と踵を地面に打ち鳴らして、人里に掛けていた『浄魔の霧』を解除した後、ん~、と声を上げながら身体を伸ばす。
「………よし、決めた。今日は何でも屋は休みにして、思いっきり休もっと。………あ、すみません、慧音さん。変な所見せちゃいました」
「………ふふ、いや、謝る事じゃないさ。お疲れ様、ライラ。今日はゆっくりと休むと良い」
気が抜けた所を見せてしまった事を、律儀にも謝ってくるライラに対して、慧音はそう言って言葉を返す。
ライラはそれを聞いて、「ありがとうございます」と礼で返すと、そのまま慧音に背を向けてふらふらと歩いていき、やがて慧音の視界からその姿を消した。
――――因みに、紅い霧が出ている四日間の間、人里で何でも屋の仕事をし続けたライラは、あらゆる依頼において十人分近い働きを一人でやってのけていた。
その結果、人里の中で何でも屋の知名度は爆発的に広がっており、一日だけ休んだライラが何でも屋に復帰した時には、流石のライラも唖然としてしまう程に依頼が溜まっており、ライラは約十分ほど固まったまま動かなくなってしまう事になるのだが、それはまた、別のお話、である。