――――一体、何が起こったのか?
自身の夫であり、自分達の軍勢の王であり、その最高戦力である吸血鬼―――ヴリアラ・スカーレットを閉じ込めてしまった炎のドームを呆然と見ながら、彼女は何処か他人事のようにそんな事を考える。
今の状況は、彼女にとって全くの予想外だった。
ちらり、と下を見れば、惨劇、と呼ぶのが相応しい景色が彼女の視界に映り込む。
………あれ程居た手下の妖怪が、あれ程居た自分達の眷属が、全て焼き付くされてしまっている。
それは先程、炎のドームが完成した直後、まるで余波とでも言わんばかりに発生した炎の波が、紅魔館の庭全体を蹂躙した証だった。
余波とは言え、その波の威力は目を見張る程のもので、地上に居た妖怪は全滅してしまった。
残っているのは、元から宙に浮いていた、自分を含めた吸血鬼数体と、『首輪』を着けた魔法使い一人、妖怪一人、自身の娘である吸血鬼一人だけである。
「………落ち着け。ヴリアラ様には救援は必要ないだろう。それに、私達は、主戦力は無傷だ。支障は無い。何より、今は満月だ。吸血鬼である私達が負ける道理が無い」
自分に言い聞かせるように、動揺した自分を落ち着かせるように、彼女はゆっくりとそう呟く。
口に出して確認してみれば、無駄な動揺も、焦りもすぐに消えて無くなった。
冷静になった彼女は、ゆっくりと地上を俯瞰して、現状を整理していく。
まず、炎のドーム。
あれは問題無いだろう。強いて言えば、先程の炎の波は警戒するべきだが、一度目以降完全に沈黙している事から、次は無いと思っていい筈だ。
次に自分達の王であるヴリアラ・スカーレットの安否。
これも、問題無い。あの中に入っていったのは、吸血鬼でもない力無き妖怪一人と、たかが人間一人。あのヴリアラの敵にさえなりはしないだろう。
最後に、自分達の手下の妖怪達が、全滅してしまっている事。
これも、問題といえる程のものではないだろう。主戦力は無傷であり、吸血鬼と比べれば確かに、あの妖怪が言った通り、『木っ端』でしかない妖怪達だ。
全滅しようとも、大きな影響になる程では無い。
そもそも、たった二人で攻めてきた時点で、此処の戦力の低さが…………
「………待て、あの妖怪は、何と言っていた?」
彼女は思い出す。
先程の衝撃で頭の隅にこそ追いやられていたが、確かに、あの妖怪は、自分達は二人だけではないのだと言っていた筈だ。
そして、問題は其処ではない。
炎のドームを作り出したのは、飛び出してきた光の球体だった。
其処も問題ではない。
問題は、その光の球体が、紅魔館から飛び出してきた事。
紅魔館に入ってくるには、この庭を通ってくるしかない。
しかし、此処に転移してきてからずっと、この庭は手下の妖怪達で埋め尽くされていた筈だ。その状況で紅魔館の中から出てくるなど、転移する前に中にいるしかない。
だが、全戦力は外にいて、紅魔館の中には誰も居なかった筈で………
「………あ」
思い出す。
一人だけ、居た筈だ。
自分達に牙を向く理由も、それだけの力も持ち合わせた吸血鬼。
「…………まさか」
「きっと、そのまさか、だよ」
背後から、鈴を転がしたような声が聞こえてくる。
彼女はゆっくりと、声がした方へと体を向ける。
―――知っている。
当然だ、その声を初めて聞いたのは、他ならぬ自分なのだから。
―――知っている。
当然だ、その姿を初めて見たのは、他ならぬ自分なのだから。
―――その少女を、知っている。
当然だ、それは他ならぬ、自分の娘なのだから――――
「………フラン、ドール」
「正解。久しぶりだね、お母様」
彼女の呟きに、宝石のような羽を持った吸血鬼の少女―――フランドール・スカーレットは、ふわりと微笑みながらそう答えた。
◆
―――時は少しだけ遡る。
紫達の元にそれが現れたのは、紫が博麗の巫女の住む神社―――博麗神社で今回の異変の説明をし終えた時だった。
「………紫、気付いているか?何か、近付いてきている」
先代巫女は、唐突に紫にそう言って、縁側の方向を指差す。
紫がそちらへと視線を向けると、小さな、それでいてこんな夜中には目立つであろう小さな光が、ふわふわと宙を滑りながら、紫達の元に向かってきていた。
「紫、これは………」
「えぇ、多分、吸血鬼の作ったものね。放置しておくとどうなるか分からないわ。破壊しておきましょう」
先代の言葉を引き継ぐようにそう言って、紫はふっと手を前に翳す。
光に籠められている妖力からして、これを破壊すること自体は簡単に出来るのだろう、と踏んだからである。
なので紫は、翳した手にゆっくりと妖力を集めていって………
『わ~待って待って待って!何もしないし、そっちの不利になる事も無いし、ただ話がしたいだけだから、ちょっと壊すのは待って~!』
そんな焦った様な声が光から聞こえてきた事でそれを中断した。
「あら、そうなの。なら、先に名乗りなさい。そうすれば、少しだけ話を聞いてあげるのも吝かでは無いわ」
『うん、分かった。じゃあ、ちょっとだけ待っててね』
声の主はそう言うと、何かをしているのか、沈黙する。
紫達が、少しの間そのままで居ると、突然光がそれなりに大きな長方形へと姿を変え、その中に、小さな部屋と、そこにいる宝石のような羽根を持った、金髪の少女を浮かび上がらせた。
『初めまして、人間と妖怪のお姉さん。私はフランドール、フランドール・スカーレット。簡単に言えば、今あなた達の場所を侵略しようとしている吸血鬼の娘です』
にこり、と擬音の付きそうな笑顔でされた自己紹介に、紫達は一層警戒を強める。
相手が敵の親玉の娘、と言ったのだから当然の反応だろう。
だが、フランドールはそれに、不思議そうに首を傾げた。
『………あれ?何か凄い警戒されてる?私、何か間違えたかな?』
『………何で気付かないの?フラン、あなた今、自分を敵の親玉の娘って言ったのよ?それで警戒されない訳無いじゃない、この馬鹿』
『あれ?もしかしなくても今馬鹿って言われた?聞き間違いじゃないよね、ギン』
『聞き間違いじゃないわ。馬鹿に馬鹿って言って何が悪いのかしら、この馬鹿』
『ふ、ふふふ。久しぶりにキレそうなんだけど。大体、ギンは最初会った時に』
『あら、それ以上言うと、明日の夜、寝起きドッキリについ銀のナイフが頭に深々と突き刺さるかも』
『ごめんなさいでした!』
………何か、警戒するだけ無駄なような気がしてきた。
ふらりと映り込んできた、ギンと呼ばれているどう見ても人間の少女との口論の末、可笑しな敬語と共に芸術的な土下座を決めたフランドールに対しての、紫の感想である。
そもそも、吸血鬼とは誇りや矜持といったものに、何処までも拘る妖怪だ。
そんな吸血鬼は、演技だとしても誰にも土下座などしないだろうし、ましてやそれを人間にするなどまず有り得ない。
そしてそれを簡単にやったこのフランドールという吸血鬼は、さぞ他の吸血鬼と意見が合わないのだろう。
………上手く行けば、此方側の戦力として取り込めるかもしれない。
「………それで、お話ししたい事、とは何かしら?フランドールさん」
『え?あ、うん、そうそう。実は、一つ取引をしたいと思ってね。悪魔風に言えば、契約、かな?』
フランドールの言ったその言葉に、紫は、すっと目を細める。
吸血鬼、という妖怪は、大別すれば悪魔に分類される。
そして、悪魔にとっての契約とは、自分、相手を問わずに、絶対に破ることの出来ない約束事である。
今、フランドールという吸血鬼は、契約を持ちかけてきている。
それはつまり、どういう事だろうか?
「…………言ってみなさい。あなたは、何を私達に与えて、その対価に何を求めるのかしら?」
鋭い声で問い掛ける紫。
フランドールはそれを聞いて、一つ頷いてから、
『私の提示する契約は、こう。私の出す条件を飲んで下さい。そうすれば、私は、紅魔の『守人』、フランドール・スカーレットはあなた達に、全力で協力することを誓いましょう。』
そう言って、真っ直ぐに紫の目を見つめた。
はい、吸血鬼異変の二つ目です。
さあ独自設定が出始めました。
因みに、この話の中で少し出てきた『ギン』の話は、もう二話位したらやると思います。
わー、この『ギン』って誰なんだろー