東方廻現想   作:リーグルー

17 / 27
EX'SF01; 吸血鬼異変extra 牢獄の墓地

―――音が響く、音が響く、音が響く。

四方を石壁に囲まれたそこは、紅魔館に存在している、地下へと続く階段だった。

その階段を、メイド服に身を包み、右手に小さな花束を持った少女―――十六夜咲夜は、丁寧に一段ずつ降りていく。

何時もなら、咲夜がここに来る理由はたった一つしかない。

地下にたった一つだけ存在する部屋らしい部屋、紅魔館の当主であるレミリア・スカーレットの妹、フランドール・スカーレットの部屋の掃除と、食事の配達である。

しかし、今回は違う。

部屋の掃除は少し前に終わらせてしまっているし、食事に関しても、まだ時間ではない。

ならば何故、今咲夜が地下への階段を降りているのかと言えば、地下には一つだけ、咲夜が本当に稀にではあるが、足を運んでいる『特別な場所』が有るからだった。

 

 

 

「…………来るの、久しぶりね」

 

 

 

咲夜は思い出したようにそう呟くと、地下の一本道を進んでいく。

この地下に今ある部屋は二つ。

突き当たりまで進んで、右手側にあるフランの部屋と、その手前の、左手側にある、頑丈な鉄の扉で閉ざされた部屋だ。

咲夜はその二つの内の、手前の左手側にある部屋の方の扉を開ける。

鉄の扉を開けば、そこにあるのは牢獄の様な部屋。

四方の壁と天井は無機質な石壁で出来ており、同じく石で出来ている筈の床は何故か石壁が砕け散っている。

そして、その中央には、石が全て退かされ、土が剥き出しになった場所に、他と比べて大きな石が二つ、明らかに不自然な様子で突き刺さっている。

咲夜は扉を閉めて、突き刺さっている石の前に立つと、そこに丁寧に持っていた花束を置いて、汚れるのも構わずに、土に膝を付いて、目を閉じる。

―――目を閉じれば、『あの時』が鮮明に思い出される。

咲夜にとって、此処は他の何処よりも特別な場所だった。

――――だって此処は、十年前のあの日に、『私』が生まれた場所なのだから。

 

 

 

 

 

 

――――音が響く。

それは、金属と石が衝突する音。

その高い音は、壁を反射しながら地下全体に響き渡る。

――――音が響く。

それはまるで、永遠に続くかの様に。

途絶えることを知らず、リズムを変えることを知らず、ただただ響き続ける。

――――音が響く。

とても綺麗だとは言えないその音は、だからこそ、本当に―――

 

 

 

「うるっさぁぁぁい!!」

 

 

 

紅魔館の地下にある部屋。

その中で、フランドール・スカーレットは、音から気を逸らす為にやっていたモノローグを適当な所に投げ捨てて怒声を上げた。

 

 

 

「カンカンカンカンカンカンって、もうノイローゼになるレベル!何これ?お父様の新しい嫌がらせか何か?だとしたら本当にバッチリだよ!」

 

 

 

フランは頭を抱えながら、そう言って立ち上がる。

原因はもちろん、今も鳴り続けている金属と石を打ち付ける様な音。

それだけならフランも見逃す。

というか、フラン自身、そこまで短気な性格はしていない。

それどころか、紅魔館にいる妖怪の中では、ぶっちぎりでトップクラスに君臨出来るほどの気長さは持っている自信がある。

…………問題は、この音が二日前から、昼夜を問わずに鳴り続けている、ということにある。

そのせいでフランは二日前から一睡も出来ていないのだ。

 

 

 

「………流石に今回は頑張りすぎだと思うんだけど」

 

 

 

フランはこの、金属と石がぶつかる音、というものを基本的に聞き慣れている。

フランの部屋がある地下は、それと同時に、吸血鬼達にとっての食料庫と、更に牢獄を兼ね備えている。

吸血鬼達にとっての食料とは、つまり人間の事であり、牢獄に入れられるのも基本的には知能を持った妖怪か、これまた人間である。

そして、地下に閉じ込められた人間達は、脱出するために石壁を砕こうと何かを打ち付ける。

更に、この食料庫兼牢獄は、中に居る相手が何をしているのか知りやすくするために、音が外に聞こえやすい仕組みになっている。

因みに、フランの部屋は特別製で、外からの音は入ってきても、中からの音は外には出ていかない。

………今回に限っては、とんだ理不尽である。

それはともかく、なので、必然的に、地下に居るフランはこの石に何かを打ち付ける音、というものを聞き慣れてしまっているのだ。

………まぁ、それでも、今回の様に二日間ずっと鳴らし続け、フランの睡眠時間を削ってくる、等と言うのは前例が無いのだが。

 

 

 

「………うん、何か考えてたらどんどん腹が立ってきた。直接文句を言って来よっかな~っと」

 

 

 

フランはそう言いながらフランの部屋に唯一存在する扉の前に立つと、右手を上げて、握り締め、フランをこの部屋から出さないように、と張られていた結界を『破壊』する。

これは壊しても問題の無いものだ。

どうせ壊せない、と高を括ってここ二百年は確認に来ていないし、そもそも、暇過ぎて図書館から本を拝借しに行くために、もう何度も壊していて、その度に自分で張り直しているのに気付かれていないのだ。

今更一回壊された所で気付かれるわけがない。

 

 

 

「さってと。音のするのは………こっちだね」

 

 

 

フランはそんなことを呟いてから、すたすたと歩いて音の発生源である部屋まで移動する。

その部屋は思っていたよりも近く、自身の部屋の向かい側から、少しずれた所にあった。

さて、とフランは一つ息を吸うと、勢いよく部屋を開ける。

 

 

 

「こらぁぁぁ!ちょっとは人様の迷惑を考えなさ………い?」

 

 

 

そうして、仕返しに少し驚かしてやろう、という企みの元放たれた威勢の良い声は、何処かぼんやりと、虚ろな瞳でフランをちらりと見てから、またすぐに手に持ったナイフを地面に打ち付ける作業に戻った銀髪の小さな少女によって、尻すぼみに小さくなっていき、壁に反響することも無く消えていった。

 

 

 

 

 

 

打ち付ける。打ち付ける。打ち付ける。打ち付ける。

自分の中にある冷静な部分が、その愚直さに、無意味さに呆れているのを感じ取れてしまっても、ただ一心不乱に石で出来た床を、手に持ったナイフで叩き続ける。

別にこの牢獄を抜け出したい訳では無かった。

そもそも、此処が牢獄なのだと、普通人が居るべき場所ではないのだと言われても、物心付いた時から此処に居た私にはよく分からなかったのだ。

だから、ここから出ることなどどうでも良い。

『私』は数日前に、私の隣で倒れている二つの死体と共に死んでしまったのだから、今更死ぬこと恐怖は無い。

ただ、一つだけ、やらなければならないことが残っているから。

だから、体力的にはもう限界だったとしても、この手を止める事は無い。

その時、後ろで、勢いよく扉が開く。

だけど、それも関係はない。

 

 

 

「こらぁぁぁ!ちょっとは人様の迷惑を考えなさ………い?」

 

 

 

金髪で、宝石のような羽根を持った吸血鬼の、怒ったような口調で始まった言葉は、私がちらりと視線を向けると尻すぼみに小さくなっていき、最後に疑問系になって消えた。

言いたいことはそれだけか、と一瞬だけ止めた作業を再開させる。

吸血鬼、という妖怪は、この部屋に私達を閉じ込めた張本人であるらしい。

私達は食べ物で、この中に入っている以上、何時かは食べられることになってしまうんだとか。

だけど、もう死んでる私達にはそんなことはどうでも良い。

今は、私の最後の役目をやり続けないと。

 

 

 

「………何やってるの?」

 

 

 

「………墓」

 

 

 

後ろから掛けられた質問に、短く答える。

総じて、吸血鬼は短気だ。

答えなければ、無理矢理この作業を止めさせられるかもしれない。

なら、答えたほうが良いと判断したからだ。

 

 

 

「ふ~ん、誰のかは………そこの二人かな。その二人、あなたの家族?」

 

 

 

「………親」

 

 

 

次の質問にも短く答える。

こんな態度でも怒った様子が無い辺り、吸血鬼としてはそれなりに気は長いのかもしれない。

 

 

 

「そっか、親、なんだ。………でも、この床は壊れないよ。そういうものだし、あなたには絶対的に力が足りないから。それでも、まだ続けるの?」

 

 

 

吸血鬼の質問に、私はついそれまで止めることの無かった作業を止めてしまう。

………無意味な事は知っていた。

この床は私には壊せないだろうと、その前に力尽きてしまうだろうと。

心の何処かでは知っていた。

だけれど――――

 

 

 

「………続ける。それが、私がこの人達にやってあげられる、たった一つの恩返しだから。この人達は、私を吸血鬼から守り続けてくれた。何年も何年も、私を守って育ててくれた。………なら、私だって、最後にお墓位作ってあげないと。そうじゃないと、何も返せない」

 

 

 

そう言ってまた作業に戻る。

吸血鬼は何を思ったのか、こちらにすぐには声を掛けてこなかった。

………少し、意外だ。

すぐに馬鹿にされて、笑われるだろうと思っていたのに。

 

 

 

「………そこ、避けて」

 

 

 

「は?」

 

 

 

「避けて、って言ったの。そこの二人も連れて、ちょっと下がって」

 

 

 

突然放たれた吸血鬼の言葉に、取り敢えず素直に従ってみる。

全く意味は分からなかったけれど、何となく、邪魔ではないように思えたからだ。

私が避けるのを確認してから、吸血鬼はすっとてを持ち上げて、何かを握るような動作をする。

その瞬間、それまでいくらやっても割れる気配さえなかった石の床が、大きな音と共に砕け散った。

 

 

 

「………は?」

 

 

 

「ほら、呆けてないで、そこにあるナイフを取って。さっさと穴掘るよ」

 

 

 

何が起こったのか、とめを見開いた私に、吸血鬼はそんなことを言ってくる。

ぼんやりとしたまま言われた通りにすると、吸血鬼は、自分の服が汚れるのも構わずに、ナイフを使って穴を掘り始めた。

 

 

 

「………何を、してるの?」

 

 

 

「何って、そこの二人を埋めるための穴を掘ってるの。ほら、さっさと手伝って。そうすればすぐに終わるから」

 

 

 

「………どうして?」

 

 

 

私は吸血鬼に問い掛ける。

………理解が出来なかった。

どうして、目の前の吸血鬼は、私が言ったことを嘲笑うでも、馬鹿にするでもなく、それどころか手伝おうとしてくれているのか?

 

 

 

「まぁ、一番の理由は、あなたが気に入ったから。此処で死んでほしくはないなぁ、ってね。もう一つ、理由を付けるなら、そうだなぁ………私が、意外と家族愛に弱いから、って理由じゃ、駄目?」

 

 

 

照れ臭そうに笑いながらそう言った吸血鬼の言葉は、何処までも本心であることが伝わってきて。

気づけば私は、それで良い、と言って頷いていた。

吸血鬼はそれに嬉しそうに笑って見せると、「じゃ、やろっか」と言って作業を再開する。

私も、吸血鬼の元へと向かって、穴を掘り始めた。

 

 

 

 

 

 

「ん~、終わった終わった」

 

 

 

二人での墓作りの作業は、人の何倍も力と体力のある吸血鬼の働きもあって、十分で終了した。

吸血鬼は最後に、と、砕け散った石の中から、吸血鬼の身長位のものを二つ持ち出して、二人を埋めた地面に突き刺し、そんなことを背伸びをしながら言った。

私は、全てを無くしたような感覚に囚われていた。

………これを作り終えるのと同時か、その前に死ぬとばかり思っていたから、身体だけ生き残っても何をすれば良いのか分からなかった。

 

 

 

「よし、と。ねぇ、他にやりたいことはあるの?」

 

 

 

吸血鬼の質問に、私は首を横に振って答える。

吸血鬼はそれに、そっか、と笑ってみせた。

 

 

 

「それじゃあ、私の部屋に来なよ。食べ物はあるし、ベッドもあるし、他の妖怪達は入ってこないから、匿ってあげられるよ」

 

 

 

「………でも、そんなことをする意味は無いでしょ?」

 

 

 

「話はちゃんと聞いててよ。私はあなたが気に入ったの。出来れば友達になってほしいかな~、なんて思ってるくらいにはね。………あ、そうそう、忘れてた。私はフランドール・スカーレット。あなたは?」

 

 

 

聞いてくる吸血鬼――――フランドールに、私は返答を返せない。

そもそも、物心付いたときから、私には名前が無かった。

吸血鬼に名前を奪われたらしい、というのは、後から聞いたこと。

 

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

「名前が無い。昔奪われたんだって」

 

 

 

「そっか、全く、悪趣味だね。………よし、なら、ギンって呼ぶけど、それで良い?」

 

 

 

私の返答に、少しだけ考えるようにしてからそう提案してきたフランドールに、私は頷いて返した。

――――そうしてその後、フランドールの提案通りに、私は数日の間、フランドールの部屋に匿ってもらうことになる。

後から思えば、この時が、一度死んでいた筈の私が新しく生まれた瞬間だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

「………。……ン。………あぁ、もう、ギン!」

 

 

 

あの時と同じように、後ろから声が掛かる。

振り返れば、これもあの時と同じ、フランの姿。

 

 

 

「どうしたの?フラン」

 

 

 

「紅魔館にお客様だよ。大体はお姉様が出した紅い霧のせい。そろそろ美鈴は突破されるし、私は此処から出るわけには行かないから、ギンに声を掛けに来たの。………おもてなしはしなくて良いの?咲夜」

 

 

 

にやり、とでも擬音が付きそうな笑顔で言ってくるフラン。

それにギン―――咲夜は一つお辞儀をしてみせる。

 

 

 

「そうですね。ご報告、ありがとうございました、妹様」

 

 

 

咲夜はそういうと、すっと立ち上がって、次の瞬間にはフランの前から姿を消した。

お客様―――当主であるレミリア・スカーレットが起こした異変を解決しにやって来た博麗の巫女達の撃退に向かったのだ。

フランは咲夜がいなくなったのを確認してから、一度だけ部屋の中央の墓に目を向けて、そのまま何をすることもなく部屋の方へと帰って行った。




吸血鬼異変、番外編です。
視点は咲夜で、珍しく一人称になっています。
いかがだったでしょうか?
因みに、この番外編は暫くすると本編と関わってきます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。