今回も、もしかしたら『こんなキャラじゃない!』と思うことがあるかもしれませんが、これでも(一部を除いて)原作キャラは精一杯元のものに近づけているつもりです。
今回出てくるキャラは、除かれた一部ではないので、もし違う、と思っても、生暖かい目で見守ってくれると嬉しいです。
それでは、よろしければ、どうぞ。
どん!と大きな音を鳴らしながら、人のものとしてみれば、有り得ないほど大きな拳が地面に叩き付けられる。
それは地面に小さくないクレーターと亀裂を作り、拳を放った相手が、その姿だけでなく、力まで人として見れば異常なものである、ということを示していた。
そんな一撃に当たってしまったら、間違いなく骨の一本か二本が折れる程度の騒ぎでは済まないだろう。
…………まぁ、もっとも、目の前の妖怪のように人では考えられない程の頑丈さを持っているか、
「………残念、外れです」
現在、彼女に向かって放たれた筈だった拳を煙のようにするりと避けて、妖怪の懐に入り込んでいる彼女のように、当たらない、というのなら話は別なのだろうが。
彼女―――ライラは妖怪ヘと向かってただ一言そう呟くと、それまで腰に挿していた木刀を引き抜いて、そのまま一閃させる。
その一撃は、妖怪の中では強くなくとも頑強な妖怪であり、あまり効果は無い、と予測していた阿求の予想を裏切って、たった一撃で相手の妖怪を沈黙させてしまった。
「………さて、と。終わりました、阿求さん。それじゃあ、もうすぐですから、行きましょうか」
「あ………はい、そうしましょう」
妖怪が完全に気絶している事を確認したライラは、驚いて固まったまま妖怪が出てきた時と同じ場所に居る阿求にそう声を掛ける。
あまりにも一瞬の出来事すぎて、半ば呆然としていた阿求はライラの言葉ではっと我に帰り、ライラと共に視界の先に少しだけ見えてきた『太陽の畑』ヘと向かって歩き出した。
少し歩いて行くと視界が開け、広大な向日葵畑が広がった。
「………これが、『太陽の畑』?………綺麗…………」
「………あら?人間の子供にどうしてか知らないけど力を封じてる妖怪なんて珍しい組み合わせね。何か用かしら?」
噂でしか聞いたことの無かった『太陽の畑』を目にして、ついそんなことを呟いた阿求に、前方からそんな声が掛かる。
阿求人が慌てて声のした方向に目を向けると、そこには日傘を持ち、白いブラウスに赤いチェック柄の上着とスカートを着た緑色の髪の女性が立っていた。
………間違いなく、噂に聞いていた通り。
阿求にどこか探るような視線を向けながら微笑んでいる目の前の彼女こそが、幻想郷において最凶、とまで言われている花妖怪、風見幽香だ。
そう認識した瞬間に、無意識に阿求は身構える。
………噂が全て本当だとは思わないし、元より此処には争いに来たわけではない。
しかし、それでも、目の前の花妖怪が放つ威圧感は桁違いで、そうでもしないと阿求には平静を装うことさえ出来なかったのだ。
「………そうやって睨み合うのは構わないんですけど、このままだと何時までも始まりませんよ?阿求さん」
身構えている阿求の後ろから、全く緊張を感じさせないような声でライラは阿求に声を掛ける。
その声に、幽香の雰囲気に飲まれて、一瞬だけ忘れかけていた目的を思い出した阿求は、一度目を閉じて、深く息を吸ってから、幽香の方へと視線を向け直す。
「初めまして、稗田阿求と言います。今日は幾つか、お聞きしたいことがあって来ました。お時間宜しいですか?風見幽香さん」
「………ええ、良いわ。話すだけ話してみなさい」
真っ直ぐに幽香を見て問い掛けた阿求の言葉に、幽香は少しだけ意外そうな顔をしてから、口元に笑みを浮かべてそう返した。
◆
「………そう、『幻想郷縁起』ね…………大体話は分かったわ」
阿求の説明を、最初に言った通りに最後まで聞いていた幽香は、阿求の話が終わり、一拍置いてから阿求にそう返す。
阿求はそれに、内心ほっと安堵の溜め息を吐いた。
風見幽香、と言う妖怪が、阿求自身が思っていたよりも話が通じる相手だと思ったからだ。
だから阿求は内心で安堵の溜め息を吐き、同時に気を弛めてしまった。
「質問に答えるのは良いのだけれど、その前に一つだけ条件があるわ」
「はい、何でしょうか?」
差していた日傘を畳んでそう言った幽香に、阿求はそう返す。
これまでも度々話を聞いた相手に条件を出された事はある。
主に妖怪で、内容は自分の強さを多少誇張して書け、というものが多い。
風見幽香も妖怪である以上、その類いのものだろう、と阿求は思って幽香に続けるように促した。
幽香はそれに笑みを深くして、ゆっくりと口を開く。
「最近、私は暇なのよ。だから………楽しませてくれないかしら?」
「……………え?」
その言動に違和感を覚えて、顔を上げた時にはもう遅く。
いつの間にか振り上げられていた日傘はすでに振り下ろされようとしていた。
阿求は咄嗟に目を閉じて、それと同時に妙な浮遊感に襲われる。
その直後、自分の顔の横を風を切って通り過ぎていく何か。
少ししても痛みも衝撃も無く、だからと言って死んでいるようにも思えず、何故か浮遊感がある現状に疑問を覚えた阿求は恐る恐る目を開ける。
目を開いた阿求が最初に見たのは、阿求を左腕で抱え、右手に木刀を持って、先程まで阿求が立っていた場所に立っているライラの姿だった。
「ライラ………さん?」
「いや、間一髪でしたね、阿求さん。嫌かもしれないけど、暫くこのままで居てくださいね?」
呆然とライラの名前を呟いた阿求に、ライラは安心させるように柔らかい笑顔を浮かべてそう返す。
全く緊張も不安も見えないその言葉は、まるで既に何の心配もいらない、と言われているようで、気が付けば阿求は素直に頷いていた。
「………面白いわね。力を封じて、その上そのお荷物を抱えたまま、私に勝てるつもりかしら?」
「まさか、そんな訳無いじゃないですか。勝てると思うほど相手の実力が分からない訳では無いんですよ?………まぁ、今のままでも、あなたの暇潰しくらいにはなれるとは思ってますけど」
先程までの笑みとは打って代わって詰まらなそうな表情で問いかけてくる幽香に、ライラはへらりと笑いながらそう返す。
あまりにも『当たり前』な様に放たれたその言葉に、幽香はすっと目を細めた。
「あら?貴女がその人間の代わりに私を楽しませてくれるの?」
「そういうことになりますね。これでも今日は護衛の依頼を受けてきてますから。依頼者に降り掛かってきた危険を代わりに受け止めるのも護衛の仕事ですよ」
もう一度問い掛けてきた幽香に、ライラは再び当たり前のように答えて見せる。
その答えは虚勢ではなく、強がりでもなく、だからこそ何処までも真実味があって。
だからこそ幽香は、阿求の話を聞いた後よりも深く、鋭く、笑みを浮かべた。
………最初は、本当に脅しだけだった。
自分の事を書きたい、と言ってきたから、これくらいしてやれば恐怖をリアルに書けるだろうと、少しの気紛れでやった脅し。
正直に言えば、あの自分の力を封じている奇特な妖怪が割り込んでこなければ、寸止めで止めて、質問に答えていた。
まぁ、妖怪がするりと割り込んで来た時点で寸止めは止めたのだが。
………それは兎も角、先程言った「楽しませてくれないかしら」と言う台詞は、間違いなく冗談だったのだ。
そもそも、幻想郷でも指折りの実力者である筈の自分にそう言われて頷くのは、余程の戦闘狂か馬鹿くらいだろう。
それ以外の弱い相手は絶対に頷かないし、例え自分以上の実力の持ち主でも、リスクが高いので受ける筈がない。
それを、目の前の妖怪は受ける、と言ってきた。
実力が分からない程馬鹿な訳でも、戦闘狂な訳でもなく、だからと言って死にたがりな訳でもなく、「仕事だから」と、本当に、ただそれだけの理由で。
その理由は、あまりにもくだらなくて、あまりにも馬鹿馬鹿しくて。
そしてあまりにも、愉快だった。
幽香は、思う。
目の前の妖怪は、ある意味において、これまで自分が戦ってきた相手の中で、最も強敵なのだ、と。
だからこそ、彼女は、
「ふふふ………えぇ、良いわ。さぁ、私を満足させてね?」
そう言って両手を広げ、自身に出来る精一杯の好戦的な笑みを、ライラに向かって浮かべて見せた。