………アリスの口調がよく分かりません。
――――懐かしい、夢を見た。
それは昔、何百年も前には毎日のように見ていた夢。
そして何時からか、気付いた時には見ることの無くなっていた、小さな小さな私の望み。
………夢の始まりはいつも同じ場所。
見覚えのある、懐かしい『家』。
そして、そこに広がるのは、何処にでもある光景。
お父様がいて、お母様がいて、お姉様達がいて、そして、私がいて。
そこにいる全員が、それぞれに笑顔を浮かべていて、遊んで、眠って、笑って、ただただ普通に生活をし続けている、そんな光景。
………そう、かつて私が望んでいたのはそんな、手を伸ばせばすぐに届いてしまいそうな位に近くて、それでいて、どれだけ手を伸ばしても絶対に届かない、とても小さくて、大きいものだった。
―――そういえば、私は何時からこの夢を見なくなったのだろう?
ふと、頭の中にそんな疑問が過る。
少し考えてみても、何時からこの夢を見なくなったのかは分からなくて。
それが余計に、疑問と共に頭の中に浮かび上がった言葉を確信付けてしまう。
――――きっと私は、この小さな夢が二度と現実になることのの無いものだと、諦めてしまったのだ、と。
………だから、昔は小さな希望であり続けてくれたこの夢も、今は―――少しだけ、悲しかった。
◆
「………ん……ぅ……?」
ふわりと体に軽くのしかかる軽いものと、たった今額に乗せられた冷たい布の様なもの。
意識が覚醒していくのと同時に感じた二つの感覚に、ぼんやりとした思考でわずかに疑問を感じながら、彼女はゆっくりと目を開けた。
ゆっくりと開けていく視界に、見覚えの無い天井が入り込んでくる。
「あら、目が覚めたみたいね」
彼女が目を開いたのと殆ど同時に、寝かされていた彼女の横に居る、綺麗な金髪と青い目をした少女がそんな風に声をかけてくる。
「………あなたは?」
「アリスよ。アリス・マーガトロイド。この家に一人で暮らしている、魔法使い。あなたは?」
「………ライラ、です。一応、妖怪です。」
彼女――――ライラの質問に答えて、少女―――アリスは自己紹介をしてから同じことをライラに聞き返す。
ライラはそれに、自分も自己紹介をし返してから、取り敢えず体を起こそうとして、がくり、と力が抜けて再び横になった。
「無理はしない方が良いわ。あなた、酷い熱があるから。それに、最初外に倒れていたのを此処に運んできた時は本当に死にかけだったのよ?たった三日しか経って無いから、いくら妖怪と言っても、まだ動かない事ね」
ライラの様子を見て、アリスは溜め息を吐いてそう言いながら、先程起き上がろうとした時にライラの頭から落ちた濡れた小さなタオルを再びライラの額に乗せ直す。
ライラは、その言葉を聞いてようやく今の状況を理解できた。
………つまりライラは、アリスに助けられて今此処に居るのだ。
「あの、アリスさん。ありがとうございます」
「………お礼は要らないわ。今は自分を治す事だけ考えなさい」
ライラの言った礼に、アリスは少しだけ複雑そうな表情をして溜め息を吐いてから、そう素っ気なく言葉を返す。
それを聞いたライラは、アリスに向かってはい、とだけ答えて、笑顔を向けた。
しかし、その直後に、何かを疑問に思ったのか、少しだけ不思議そうに首を傾げた。
「それにしても………よくあんな山奥に居た私を見つけられましたね、アリスさん」
「山奥?何の事かしら?あなたが倒れていたのは、この魔法の森から人里に行く途中の、森を出てすぐの所だったはずよ?」
「………え?」
まるで独り言のように呟いたライラの言葉に対するアリスの言葉に、ライラ思わず疑問の声を上げる。
………確かに、自分が気を失った時、最後に見た光景は山奥だった筈なのに、どうして自分はそんな所で発見されたのか。
そんな疑問がぐるぐると頭の中を渦巻くが、全くと言って良い程に分からない。
しかし、アリスの方には心当たりがあるらしく、納得したように頷いていた。
「そう………あなたは、『此処』に来たばかりの妖怪なのね?」
「此処、ですか?」
アリスの確認のようなその言葉に、ライラは首を傾げてそう聞き返した。
アリスはそれに一つ頷くと、ライラ少しだけ考え込むような素振りを見せてから口を開いた。
「えぇ。此処は、あなたが今まで住んでいた世界とは違うの。―――此処は『幻想郷』。忘れられた全てのものが最後に辿り着く楽園、らしいわ。此処には人間も、妖怪も、神も。外の世界で忘れられた全てのものが存在しているのよ。あなたもきっと、外の世界で忘れられたのでしょうね」
「あはは。きっとそうだと思います。元から私が知り合ったのなんて、ごく少数でしたから」
的を射たアリスの推測に、ライラは笑いながらそうアリスの言葉を肯定する。
アリスはそれを聞いて、ちらりとライラの顔を見ると、一度溜め息を吐いて、今まで座っていた椅子から立ち上がった。
「………はい、これで話は終わり。詳しい事は治ってから教えてあげるから、今は休みなさい」
「はい、そうさせてもらいます。………本当にありがとうございます、アリスさん」
立ち上がって、扉の方へと歩いて行きながらそう言ったアリスにライラはもう一度、礼の言葉をを口にする。
それにアリスは、一瞬だけ止まったあと再び歩き始めて扉を開き、姿を消した。
ライラはそれを見てくすりと笑ってから、襲い掛かってきた睡魔の波に身を任せて、眠りについた。