灰域戦線、加護なき地にて【キャラ募集中】   作:雪兎の手

18 / 18
湿地帯の激闘

 最初に姿を見せたのは、見慣れた魔物だった。

 道の脇の葦原が、あちこちでざわりと揺れる。泥の中から、平たい頭がいくつも覗いた。川で追い払ったものと同じ魔物だ。だが数が違う。十か、それ以上か。

「ヌクヌクだ! 馬車に寄せるな!」

 私兵たちが槍を構え、荷馬車の両脇を固めた。

 

「……違う。あれじゃない」

 フィンが、低く呟いた。獣の耳は伏せられたまま、葦原のさらに奥を睨んでいる。

「後ろに、もっと大きいのがいます」

 ジェイもまた、目を細めていた。

「……あの群れ、こっちを狙うとるというより、押し出されてきとる。何かに追い立てられとるようじゃ」

 

 次の瞬間、葦原が割れた。

 

 それは、ヌクヌクを幾倍にも膨らませたような姿をしていた。

 平たい頭と、裂けた大口。そこまでは同じだ。だが首から肩、前脚にかけての肉が、岩を積み上げたように盛り上がっている。全身を覆う泥は乾いて固まり、幾重もの甲冑となっていた。

 長さは大人三人を縦に並べたほど。だが、その厚みが違う。荷馬車の一台くらい、そのまま押し潰してしまいそうな図体だった。

「オ、オオヌクヌク……!」

 私兵の一人が、上擦った声を上げた。

 

 巨体が、泥を蹴った。

 鈍重そうな見た目からは信じられない勢いだった。泥飛沫を撒き散らし、葦をなぎ倒しながら、一直線に突っ込んでくる。狙いは、隊列の真ん中――二台目の荷馬車。

 馬が嘶き、棹立ちになる。私兵たちが慌てて飛び退いた。

 あの勢いで当たれば、荷馬車は木っ端微塵になる。積荷も、馬も、御者も、まとめて。

 

 その進路に、ティリエが一歩、踏み出した。

 

 腰から、短い杖を抜く。

 握りのすぐ下で、色鮮やかな飾り紐がふわりと揺れた。フォート・グレイブの広場で、旅芸人の少女が押しつけていった、あのおまじないだった。

 ティリエは杖の先を、迫りくる巨体へと向けた。

「――我が求めるは強固な守り」

 静かな声だった。

 けれど、その一言ごとに、周囲の空気が張り詰めていく。

「魔力の渦よ盾となり、万物の衝撃を受け止めよ」

 杖の先に、光が集まった。

 

「――『対物・上位魔力盾(ハイ・ディペンクス)』」

 

 光が、弾けるように広がった。

 杖の先から、光の板が一枚、生まれる。続けてもう一枚。さらにもう一枚。それぞれが少しずつ角度を変え、前の一枚に寄り添うように重なっていく。三枚、五枚、七枚――生まれた端から互いの縁を噛み合わせ、継ぎ目のない一枚の壁へと組み上がっていった。

 その一枚一枚に、細かな魔術式の紋様が隙間なく刻み込まれている。重なった紋様が光を照り返し合い、壁全体が淡く脈打つように輝いていた。

 瞬く間に、荷馬車をまるごと背に庇えるほどの、巨大な光の壁が立ち上がる。

 

 オオヌクヌクが、正面からそこへ激突した。

 

 轟音が、湿地を揺らした。

 衝撃が波になって広がり、周囲の泥が大きく跳ね上がる。ティリエの足元が、ずぶりと沈んだ。踏ん張った靴の下で、泥が押し出されるように盛り上がる。

 ――それでも、盾は、揺るがなかった。

 ひびひとつ入らない光の壁に弾き返され、泥の鎧の一部が剥がれ落ちる。巨体は、たたらを踏んで後ずさった。

 

「……短縮詠唱、か」

 最後尾の荷台から身を乗り出して、セインが小さく呟いた。

「式の組み方は、ずいぶん古い型だね。……それでも相当な腕だ」

 

 カレリアは、師の背中を見つめていた。

 ――先生が、詠唱した。

 高度な魔術には、詠唱も準備も要る。いつか、そう聞いた。その言葉の意味を、今になって目の当たりにしていた。

 

「……おかしい」

 荷台の上で、ライゼンデが眉を寄せていた。

「この辺りは、オオヌクヌクの縄張りじゃないはずだ。あいつらはもっと北の、深い沼地に棲んでる。こんな街道沿いまで出てくることなんて……」

 

 オオヌクヌクが、頭を振った。

 剥がれた泥の鎧の下から、灰褐色の皮膚が覗いている。だが、目に宿る凶暴な光は、少しも衰えていない。巨体が低く沈み込み、前脚に力が溜まっていく。

 二度目の突進が、来る。

 ティリエが、杖を構え直した。

 

 ――その時、オオヌクヌクの足元の泥が、ぐらりと揺らいだ。

 

 泥が渦を巻いた。

 ひとりでに、生き物のように。泥と水が螺旋を描き、その真下へと吸い込まれていく。巨体が異変に気づいて身を捩った、その瞬間。

 

 地の底から、何かが突き上げた。

 

 細長い影だった。泥の中から槍のように飛び出したそれは、巨体の腹の下へ潜り込み、宙へと跳ね上げた。

 あれほどの巨体が、嘘のように軽々と浮いた。

 弧を描いて、荷馬車の頭上を越えていく。誰もが、ただ見上げることしかできなかった。

 オオヌクヌクは、街道の反対側の泥地に地響きを立てて叩きつけられた。

 

 その場に残っていたのは、竜だった。

 

 翼はない。代わりに、どこまでも長く、しなやかな体があった。細身で、水を切る魚のような流線型。胴の長さだけならオオヌクヌクを優に越えるのに、その細さのせいで、ずっと小さく見える。

 鱗は、濡れた鋼のような青黒い色をしていた。泥を浴びているのに、汚れひとつ纏っていない。頭は細く尖り、琥珀色の眼が、ゆっくりとこちらを見下ろしている。

 その足元で、泥と水が、主に従うようにざわざわと蠢いていた。

 

「……地竜じゃ」

 ジェイが、低く呟いた。

「スイグラーク……湿地にごく稀に出るという竜種よ。儂も、本物を見るのは初めてじゃわい」

 老人は、ライゼンデのほうをちらりと見た。

「旦那。さっきの答えは、あれじゃろう。オオヌクヌクは、縄張りを追われて逃げてきたんじゃ。……あやつにな」

 

 街道を挟んで、二体の大物が向かい合っていた。

 片側には、泥の鎧を剥がされて怒り狂うオオヌクヌク。もう片側には、悠然と身をくねらせるスイグラーク。

 そしてその真ん中に、三台の荷馬車と、一行がいた。

「……挟まれちゃったね」

 レイナードが、大鎌を構えながら苦笑した。

 

「――馬車を先に!」

 フィンの声が、鋭く飛んだ。

「止まらずに、このまま抜けてください! 私兵の皆さんは、馬車に付いてヌクヌクを寄せないで!」

 私兵たちが即座に動く。御者が手綱を叩き、三台の荷馬車が、二体の大物の間を縫うように走り出した。

「残りは、あの二体の足止めです。……倒さなくていい。馬車が抜けるまで、時間を稼いでください!」

「かっか、獲物の取り合いに巻き込まれたわい」

 ジェイがナイフを抜き、ヌルポが手甲を打ち合わせる。カレリアも杖を抜いて敵を見据えた。

 

 オオヌクヌクが、泥を蹴った。

 スイグラークが、細い喉を震わせた。

 

 葦原の上に、二つの咆哮が重なった。

 

 オオヌクヌクの狙いは、走り出した荷馬車だった。泥の鎧を剥がされた怒りを、手近な獲物へぶつけようとしている。巨体が身を沈め、地面ごと押し出すように加速する。

 その正面に、ヌルポが立った。

 逃げも、構えもしない。ただ腰を落とし、両の手甲を前へ突き出しただけだった。

 

 巨体と男が、ぶつかった。

 

 鈍い衝撃音。

 ヌルポの足が、泥を削って後ろへ滑った。一歩、二歩、三歩。踵が、泥に深い溝を刻んでいく。

 だが、倒れない。

 裂けた大口の上顎と下顎を、両手でがっちりと掴んでいた。噛み合わさろうとする顎を、太い腕が震えながら押し留めている。首筋に血管が浮き、食いしばった歯の隙間から、獣のような呻きが漏れた。

 ――四歩目で、巨体の勢いが、止まった。

 

「今のうちじゃ!」

 ジェイが、横合いから滑り込んだ。

 狙ったのは、ティリエの盾に弾かれた時に鎧が剥がれた、左の脇腹。覗いた生の皮膚へ、ナイフが深々と突き立つ。引き抜いた刃には、黒い脂がぬらりと光っていた。

 

 反対側から、レイナードの大鎌が唸った。

 前脚の付け根を狙った一撃。だが刃は、乾いた泥の鎧に当たって、甲高い音とともに弾かれた。

「っ、硬いな……!」

 手首に、痺れるような衝撃が返ってくる。ただの泥ではなかった。幾重にも塗り重ねられ、乾いて固まったそれは、焼き締めた陶器のような硬さだった。

「レイナードさん、下がってください!」

 カレリアの声が飛んだ。

「『風槌(ガル・ディルム)』!」

 風圧の塊が、その肩口を打つ。

 狙ったのは、肉ではなく鎧のほうだった。乾いた泥の板が衝撃でばきりと割れ、ぼろぼろと剥がれ落ちていく。その下から、生の皮膚が覗いた。

「――なるほど、そういうことか」

 レイナードの口の端が、吊り上がった。

 剥き出しになった肩へ、今度こそ大鎌が食い込む。分厚い肉を裂いて、どす黒い血が泥に散った。

 

 オオヌクヌクが、咆えた。

 巨体が身を捩る。顎を掴まれたまま、首を振り回すようにして暴れた。ヌルポの体が、地面から浮きかける。

「……っ」

 男の手が、ついに外れた。

 自由になった頭が、横薙ぎに振るわれる。ヌルポは咄嗟に両腕を交差させて受けたが、その体ごと、泥の上を転がるように弾き飛ばされた。

「ヌルポさん!」

「……問題、ない」

 泥まみれで身を起こしたヌルポは、口の端の血を手の甲で拭った。その目は、少しも揺らいでいなかった。

 脇腹からは血が流れ、肩の鎧は剥がれている。だが巨体の動きは、まだ少しも鈍っていない。

 痛手は与えている。だが、倒すには程遠い。

 

 ◇◇◇

 

 街道を挟んだ反対側では、スイグラークが、泥の中へ沈んでいた。

 ほんの一瞬前まで、そこにいたはずだった。長い体が、水に飛び込むように、何の抵抗もなく泥地へ吸い込まれていったのだ。後には、緩やかに渦を巻く泥の跡だけが残っている。

 

 ティリエは杖を構えたまま、魔導看破で泥の下を探った。

 自分の回路を固く閉ざしたうえで、視線だけを相手の魔力に重ねていく。泥の底を、太い魔力の流れが這っているのは分かった。だが泥そのものが竜の魔力に染まっていて、輪郭がひどく滲んでいる。

「右です」

 隣で、フィンが言った。

 獣の耳が小刻みに動き、鼻先が地面すれすれまで下がっている。

「泥の中を回り込んでます。……今、真後ろ。止まった。――来ます、足元!」

 言うが早いか、フィンはティリエの腕を掴んで横へ跳んだ。

 直後、二人が立っていた場所の泥が爆ぜた。泥飛沫と一緒に、細く尖った竜の頭が突き上がってくる。降りかかる泥の塊を、ティリエの掲げた小さな光の板が斜めに受け流した。

 空を噛んだ顎が、がちりと鳴る。琥珀色の眼が、ぎょろりと二人を捉えた。

 

「――僕が咬みます」

 フィンが、低く呟いた。

 

 ――『血脈覚醒』。

 アニマスの中でも、限られた者だけが身につける技だ。己の内に宿る獣の血をあえて昂ぶらせ、肉体そのものを獣の側へと傾ける。感覚は研ぎ澄まされ、四肢には獣の力が宿る。

 獣の耳が、後ろへぴたりと伏せられた。瞳孔が針のように細く絞られ、喉の奥から、低く唸るような呼吸が漏れ始める。小柄な体が、さらに低く、地面を這うような姿勢へと傾いていく。

 その体から、何かが立ちのぼった。

 目には見えない。だが、肌がざらりと粟立つ。乾いた荒野を渡る熱風のような、獣の息遣いを孕んだ気配が、青年の周りの空気をゆらゆらと歪ませていた。

 

 フィンが、跳んだ。

 泥の上を、ほとんど音もなく駆ける。竜の首が振り向くより早く、その顎の下へと潜り込んでいた。

 左の厚い剣で、喉元へ伸びかけた顎の縁を払い上げる。がら空きになった首の付け根――鱗と鱗の継ぎ目へ、右の細身の剣を突き入れた。

 浅い。刃は鱗の隙間を抉っただけで、肉までは届かない。

 だがフィンは、それ以上を追わなかった。突いた反動のまま身を翻して離れ、竜の死角を回るように円を描く。そしてまた、懐へ入る。前脚の裏。尾の付け根。脇腹の鱗の継ぎ目。一度に深くは斬らない。ただ浅い傷を、少しずつ、確実に刻んでいく。

 竜が首を巡らせるたびに、青年はもうそこにはいない。

 息は乱れていなかった。むしろ時が経つほどに、その動きは研ぎ澄まされ、竜の動きに寄り添うように馴染んでいく。獲物が倒れるまでどこまでも食らいついて離れない、群れの狩人の動きだった。

 

 ティリエは、魔導看破を解かなかった。

 泥の中から姿を現した今なら、竜の魔力の流れははっきりと視える。鱗の下を巡る、太く、うねるような流れ。

 爪や尾の動きまでは、それでは追えない。そちらは、獣の勘で動く前衛に任せればいい。ティリエが視るべきは、竜が魔術を使うその瞬間だった。

 竜の後ろ脚が、わずかに沈んだ。

 フィンは、それを見逃さなかった。横薙ぎに振るわれた尾を身を伏せてやり過ごし、そのまま尾の下を潜って脇腹へ回り込む。

 踏み込んだ先の泥は、深い。足を取られれば、それで終わりだ。

 ティリエは杖の先を小さく振った。フィンが踏み込むその一歩ぶんだけ、足元の泥が固まる。青年はそれを当然のように蹴って、竜の脇腹へ刃を走らせた。

 

 スイグラークが、細い喉を鳴らした。

 煩わしげな音だった。

 ――その喉元へ、魔力が奔った。

 体中を巡っていた流れが、一斉に首へと吸い上げられていく。喉の奥で、それが固く、細く、絞り込まれていくのが視えた。

「息吹が来る! 正面から離れて!」

 

 竜種は、魔物の中でも抜きん出た身体能力を誇る。種によっては、知恵と魔術までも併せ持つ。そして何より恐れられているのが、その喉から放たれる息吹だった。

 竜の顎が開いた。

 吐き出されたのは、炎ではなかった。

 水だった。細く、細く絞り込まれた、一条の水流。それが目にも留まらぬ速さで、空気を裂いて奔る。

 フィンが、紙一重で身を捻った。

 水流は青年の脇をすり抜け、その背後の泥地を深々と抉り抜いていく。翻った外套の裾が、音もなく切り離されて宙を舞った。まるで、研ぎ澄まされた刃で断たれたような、真っ直ぐな切り口だった。

 

 竜の首が、ゆっくりと横へ振られた。

 放たれ続ける水流が、それに合わせて横薙ぎに走る。その先には――街道がある。オオヌクヌクと戦う仲間たちがいる。走り去ろうとする荷馬車がある。

 ティリエは、水流の進路へ身を割り込ませた。

「『魔力の盾(ディペンス)』」

 ただの魔力の盾ではない。反射させる、というイメージを練り込んだ、即興の複合魔術だった。

 正面からは受けない。あれを真っ向から止めれば、どんな盾でも削り抜かれる。

 光の板を、斜めに。水流が触れる面に、わずかな角度をつけて張った。

 水流が、盾の面を叩く。甲高い音が鳴り響き、光の板が軋んだ。だが水流は盾を貫くことなく、その面を滑るようにして、大きく軌道を逸らされていく。

 弾かれた水の刃は、空へ向かって跳ね上がり――遠く、葦原の向こうに一本だけ立っていた大木の幹を、斜めに断ち割った。

 ゆっくりと傾いた大木が、地響きを立てて倒れていく。

 

 竜の眼が、初めてティリエへと向けられた。

 息吹が、止んだ。

 代わりに、竜の足元へ、水が流れ込み始めた。

 

 ――引いている。

 周囲の湿地から、溜まっていた水が、竜のほうへと吸い寄せられていく。葦の根元の水溜まりが干上がり、泥の上を細い流れが幾筋も逆巻いて、竜の足元へと集まっていく。潮が引くように、辺り一面の水が、竜のもとへ。

 竜の懐に張りついていたフィンが、大きく飛び退いた。泥の上を跳ねるように駆け戻り、ティリエの隣で足を止める。耳は伏せられたまま、息ひとつ乱れていない。

「……何か、溜めてますね」

「うん。下がってて」

 そうして溜め込まれた水が、竜の周りで、ゆっくりと盛り上がり始めた。

 小屋ほどの高さの、水と泥の壁だった。

「……これは、躱すだけじゃ足りないね」

 ティリエは、杖を両手で握り直した。

 背後には、まだ荷馬車がいる。

 

「――荒ぶる理に安らぎを」

 静かに、言葉を紡ぐ。

「万象を包むは深き静寂の帳。その威光を解き、ただ無垢なる凪へと還せ――」

 

 竜が、身をくねらせた。

 水の壁が、雪崩のように二人へ押し寄せる。

 

「――『高位静謐術(アクロ・マーティア)』」

 

 杖の先から、音のない波紋が広がった。

 押し寄せる大波に、それが触れる。荒れ狂っていた水の勢いが、目に見えて鈍った。うねりが崩れ、逆巻いていた流れがほどけ、竜の魔力に駆り立てられていた水が、ただの水へと還っていく。

 大波は、その場で半ば崩れ落ちた。

 ――だが、すべてではなかった。

 鎮めきれなかった水と泥が、波の縁から溢れ出す。勢いを削がれながらも、それはなお重く、二人の脇をすり抜けて流れていく。

 その先に、街道があった。

 

 直後、街道の先で悲鳴が上がった。

 

 振り向いた先で、三台目の荷馬車が傾いていた。

 ――車輪が、沈んでいる。

 溢れた水と泥が、街道を覆っていた。固かったはずの道が一瞬で泥濘に変わり、最後尾の荷馬車の後輪が、車軸の近くまで埋まっている。

 馬が嘶き、もがく。私兵たちが車輪に取りつき、必死に押し上げようとしている。その周りを、ヌクヌクの群れがじりじりと囲み始めていた。

 見かねたライゼンデが先頭の荷台から飛び降り、最後尾の荷台へと駆け上がった。矢を番え、群れの一匹を射抜く。だが、数が多い。

「くそっ、上がらねえ……!」

 その傍らでは、セインが青い顔で身を縮めていた。

 

 そして、その荷馬車に、もう一つの巨大な影が向き直った。

 

 オオヌクヌクだった。

 レイナードたちを振り払うように身を捩り、血を流しながら、それでも動けなくなった獲物を見つけた眼で、傾いた荷馬車を睨みつけている。

 

「――まずい」

 レイナードの声が、掠れた。

 その先には、傾いた荷馬車があった。車輪に取りついた私兵たち。荷台の上で弓を構えるライゼンデ。そして、逃げ場のないセイン。

 

 その巨体が低く沈んだ後、荷馬車へと飛び掛かった。




【ヌクヌク】
川筋の泥に潜む、水棲の魔物。
平たい頭と、耳まで裂けた口を持つ。
水中では素早く、陸に上がれば鈍い。渡し場に群れを成し、馬の脚を狙うという。
川辺の蛙が鳴きやんだなら、水には入らぬことだ。泥の底で、それは口を開けて待っている。

【オオヌクヌク】
ヌクヌクの群れを統べる、大型の個体。
幾重にも塗り固めた泥を、鎧として纏う。
その身より滲む粘液は泥と混ざって固まり、焼き締めた陶のごとく、並の刃を退けるという。
隊商を襲えば、荷馬車ごと泥濘へと沈めることもある。老練の討伐者とて、侮れば同じ末路を辿る。

【スイグラーク】
湿地にごく稀に生まれ落ちる、翼なき竜。
濡れた鋼のごとき鱗は、泥に染まらない。
水と泥を従え、沼の底を泳ぐ。その喉より放たれる息吹は一条の水となり、大木すら断ち割るという。
竜は、いつの世も人の手に余る。泥の主すら、その獲物に過ぎぬのだから。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ポケモン現代入り(作者:ささみ)(原作:ポケットモンスター)

▼ よくあるポケモン現代入り系作品です。それ以上も以下もないよ。


総合評価:16435/評価:8.29/連載:102話/更新日時:2026年08月16日(日) 00:00 小説情報

ガートルード・ロックハートの慨嘆(作者:スマイル)(原作:ハリー・ポッター)

「あのロックハートさんが『闇の魔術に対する防衛術』を教えてくださるなんて、まだ信じられないわ!とっても知的な面白い文章を書くし、それに闇の怪物から村を救うとかこの若さで偉業をいくつもなしとげて、それにこんなにお綺麗なんて!本当にすごいわ!」▼「ハーマイオニー、落ち着けよ。ウン、たしかにちょーっと美人だけどさ」▼「いやいやロニー、たしかにロックハートはクールだ…


総合評価:11673/評価:8.86/連載:12話/更新日時:2026年10月26日(月) 01:57 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>