灰域戦線、加護なき地にて【キャラ募集中】   作:雪兎の手

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短いけど更新することが大事だと思っていて〜
口調とかもしかしたらガタガタかもしれないけどゆるしてください


旅立ちの前夜に

店内のランプが放つ橙色の光が、潮風に煽られてゆっくりと揺れていた。窓の隙間から忍び込む海水の香りが、安煙草の煙と脂の乗った焼き魚の匂いを、湿り気とともに優しくかき混ぜる。

一度は止んでいた守護者たちの笑い声がさざ波のように戻り始め、討伐者たちの低い地鳴りのような話し声が、再び店全体を包み込んでいった。

 

窓際の席で向かい合った二人の間に、温かいスープの湯気が白く立ち上る。

レイナードは灰色の三白眼をお人好しな形に細めたまま、軽く頷いた。

「へえ……そんな状況で生き延びた、か。よくここまで来られたね。ファリナ族はあまり肉体的な頑強さには恵まれていないと聞いていたけど」

 

ティリエはスープを一口すすり、熱が喉を通るのを待ってから静かに答える。

「……水の精霊の気まぐれと、運が良かっただけ。それだけだよ」

「ははっ、謙虚だね。それにしたって、そんな装備で生き残ったのは奇跡に近いと思うよ」

 

「まったくだよ!」

レイナードが茶化すように笑うのと同時に、女将のマーサが追加の料理と、使い古された麻のシャツとズボンを抱えて戻ってきた。

「女の子がいつまでもそんな格好でいるもんじゃないよ。ほら、これ。粗末なもんだけど、着ないよりはマシだろう?」

 

ティリエは礼を言いながら立ち上がると、躊躇いもなく、ずぶ濡れの外衣をその場でするりと脱ぎ捨てた。

ランプの柔らかな光の下に、白く滑らかな肌が唐突にさらされる。

ファリナ族特有の優美な輪郭を持ちながらも、体つきはまだ幼さを残しており、その細身の体躯には海水と激戦の証である無数の擦り傷と、痛々しい青あざが浮かんでいた。張り付いた薄緑色の長い髪の間から、尖った耳がわずかに覗く。

 

「おっと……」

レイナードが慌てて視線をグラスに落とすのと、「ちょっと、何やってんだい!?」とマーサが声を裏返らせたのは同時だった。

「おいおい、嬢ちゃん、景気が良すぎるぜ!」

近くのテーブルからも、守護者や討伐者たちの野卑な、それでいて驚きに満ちた声が上がる。

 

当のティリエは、嵐の後の凪のような顔で、

「別に、見られて減るものでもないし」

と淡々と言い捨て、マーサから受け取った着替えをさっさと身につけていく。マーサは口をあんぐりと開けたまま、まるで得体の知れない生き物を見るような目で彼女を見つめていた。

 

濡れた外套を丸めて足元に置き、ようやく人里の住人らしい姿になった彼女を見て、店内の視線も落ち着きを取り戻した。レイナードは苦笑いを浮かべたまま、彼女の顔を横目で盗み見る。

「……ファリナ族ってのは、みんなあんなに『羞恥心』をどこかに忘れてくるのかい?」

ティリエは再びスープの椀を手に取り、温度を確かめるように一口飲んでから答えた。

「さあね。私はそこそこ長く生きてきて、瑣末なことが気にならなくなっただけ」

 

レイナードは麦酒の杯を傾けようとして、その手を止めた。

「……長く、ね。失礼ついでに聞くけど、歳はいくつなんだ?」

ティリエは金色の瞳を細め、遠い記憶の糸をたぐるような仕草を見せた。

「数えるのをやめて久しいけど……50年は過ぎていると思う。そういえば、今は聖暦何年だった?」

 

「1146年だよ。……それにしても50歳以上か。それじゃ、敬語を使った方がよかったかな?」

冗談めかして肩をすくめるレイナードに、ティリエは小さく首を振った。

「そのままでいいよ。今の私はただの、一人の行き倒れだ」

「助かるよ。正直、柄じゃないんだ」

 

レイナードは麦酒をグイと煽ると、視線を少しだけ鋭くした。

「……それで、ティリエ。これからどうするつもりだい?」

ティリエは最後の一滴までスープを飲み干し、窓の外に広がる、飲み込まれそうな闇を見つめた。

「まずはガング窟湾へ。その後は……仲間の墓参りにでも行くつもり」

 

「そっか。奇遇だね、ボクもこの村での依頼は今夜で片付いたところなんだ」

レイナードは手元で竜の眼を弄び、退屈そうに笑う。

「どうせこれも、ここじゃガラクタ同然だしさ。ガング窟湾なら水都ラティーナの近くだろう? ボクも護衛を兼ねて一緒に行こうか」

 

ティリエは一瞬、レイナードの瞳をじっと見つめた。金色の瞳の奥に、わずかな逡巡と疑念がよぎる。

「……申し出はありがたいけど、あなたにメリットがない。なぜ今日会ったばかりの私にそこまで構うの?」

 

レイナードはしばし沈黙した後、指を三本立てた。

「理由は三つ。一つ、ボクは父から、困っている女の子は助けるべきだと教えられてる。二つ、竜の相手ができる優秀な魔導士とコネを作っておくのは、討伐者にとって十分に有益だ」

そこで一度言葉を切り、彼はティリエの魂を覗き込むような真剣な眼差しになった。

「そして最後の一つ。――『ゴートの信徒』として、キミの瞳に映るものが放っておけない」

 

店内の喧騒が遠のいたような静寂が、二人の間に流れる。不意に、レイナードはいつもの軽い笑顔に戻ってパンと手を叩いた。

「ま、大半はボクの直感なんだけどね! 一つ目と二つ目だけでも、人助けの理由には十分だろう?」

 

ティリエはふっと視線をそらし、小さく息をついた。

「……分かった。お言葉に甘えることにするよ」

「よし、決まりだ!」

「ただし」

ティリエは釘を刺すように言った。

「無事に目的地へ着いた暁には、相応の報酬を払うよ。――“確かな利益に、信頼は宿る”。ゴートの信徒なら、この契約は違えないでしょ?」

 

レイナードは見透かされたように、愉快そうに肩をすくめた。

「参ったな。……いいよ、契約成立だ。ボクが責任を持って、キミを送り届けてみせる」

レイナードが差し出した、武器を振って出来たであろうたこで硬くなった大きな手が、ティリエの細くしなやかな手を包み込む。

互いの手の熱が伝わり、そこに確かな契約の重みが宿った。

 

窓の外では、夜の潮風が静かに波止場を撫で、新しい旅の始まりを祝うように凪いでいた。




ようやく次回旅立ち
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