結城家の隣人転生者、気づけばハーレムに…。   作:射蓄労働者

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10話 お嬢様は突然に

朝の空気は、少しだけ夏を引きずっていた。

蝉の声は減ったが、校門前のざわめきは相変わらずだ。

――昨日のことが、どうしても頭から離れない。

 

カラオケ。

 

楽しかった、で終わらせていいはずなのに。

春菜の視線が、何度もこちらに向いていたこと。

目が合いそうになるたび、慌てたように逸らされる、その一瞬。

 

それから――

籾岡と沢田の距離。

 

物理的にも、精神的にも近かった。

冗談みたいなノリで肩が触れて、腕が当たって‥‥‥、

「狙って」やってるのは分かってるのだが、そんな感じをみせずにやっていのが、余計に厄介だった。

 

…現役JKって恐ろしい‥。‥‥いい匂いだった‥。

 

今さら考えても答えは出ない。

俺が何かしたわけでもないし、できるわけもない。

 

「なぁ、創。」

 

隣を歩くリトが、少し気だるそうに声をかけてくる。

 

「昨日さ……なんか、色々あったよな。」

 

「色々って?」

 

「いや……その。」

 

歯切れの悪い言い方。

言語化できないまま、違和感だけが残っているのは、たぶん俺も同じだ。

 

「まあな‥。」

 

それ以上は続かず、自然と会話が途切れる。

その前を、ララがいつもの調子で歩いている。

 

「ねぇねぇ、リト。今日の授業、何が一番楽しみ?」

 

「楽しみって……普通にないよ。」

 

「えー? 私は体育がいいな!」

 

屈託のない声。

聞き慣れているはずなのに、周囲の反応は妙に大きい。

 

「やっぱり可愛いなあ……」 「目立つよね」 「同じクラスにいたら落ち着かなさそう……」

 

囁き声が、風に乗って届く。

 

……もう慣れてるはずなんだけどな

 

ララは一学期からずっと、こんな感じだった。

それでも、時間が経っても注目は薄れない。

むしろ最近は、「知っている」からこそ向けられる視線が増えている気がする。

 

 

 

校舎の前。

 

少し離れた場所で、三人組の女子生徒が立ち止まっていた。

その中心にいる少女は、他とは明らかに雰囲気が違う。

背筋が伸び、立ち姿に無駄がない。

 

「……あの、髪がピンクの長い娘は?」

 

静かな声。

けれど、不思議と耳に残る。

 

「はい。最近、特に話題になっている生徒です。」

 

眼鏡の女子が淡々と答える。

 

「男子からの評判も高く……。」

 

「ふぅん……。」

 

少女の視線が、正確にララを捉える。

 

「でも」

 

くすり、と微笑んで、指先を唇に当てる。

 

「ナンバーワンは――一人だけ」

 

淡く、けれど確信に満ちた声音。

 

「私以外に、美しい存在はいらなくてよ。フフフ……」

 

その言葉を聞いた者はいない。

だが、確かに“何か”が動き始めた気配だけが、そこに残っていた。

俺はそんなことも知らず、

昨日の余韻を引きずったまま、校舎へ足を踏み入れる。

――この時点では、まだ。

何も変わっていない、はずだった。

 

 

数日後の昼休み。

校舎は、騒がしかった。

 

学園祭の準備が本格化し、廊下ではクラスごとの話し合いや、資料を抱えた生徒たちが行き交っている。

その喧騒から少し距離を置くように、

教室の奥で、天条院沙姫は静かに腕を組んでいた。

 

「何か分かったかしら?」

 

短く、促すような声。

向かいに立つ九条凛が、用意していたメモに視線を落とす。

 

「1年Aクラスの学園祭の出し物は、“アニマル喫茶”に決まりました。かなり際どい衣装を身に纏うようです。」

 

「さらにもう一つ、重要な情報があります。」

 

「重要?」

 

「はい。」

 

九条は視線を上げ、はっきりと告げる。

 

「ララ・サタリン・デビルークには、婚約者がいるそうです。」

 

空気が、ぴたりと止まった。

 

「……は?」

 

天条院の声が、低くなる。

 

「婚約者……?」

 

「こちらをご覧ください。」

 

そう言うと、1枚の写真を差し出す。

 

「相手は、この学園に通う男子生徒。

 名前は――結城リト。」

 

一拍の沈黙。

 

「……この私を差し置いて婚約者ですって?」

 

特別目立つ見た目でもない、平凡な男子生徒。

——その男が、ララの“婚約者”。

 

「……意味が分からないわ。」

 

吐き捨てるように言いながらも、

その瞳にははっきりとした苛立ちが浮かんでいた。

 

「さらに、もう一点。」

 

九条が、慎重に言葉を重ねる。

 

「その結城リトと、行動をよく共にする男子がいます。Bクラス所属で、名前は梶羅創。」

 

その名前に、天条院はほんのわずかに反応した。

 

「……よく一緒にいる?」

 

「はい。登校、昼休み、放課後。ララを含めた三人で行動している場面が、何度も確認されています。」

 

「……ふうん。」

 

天条院は椅子から立ち上がり、窓の外へと視線を向けた。

校庭の向こう。

楽しげに話しながら歩く生徒たちの中に、確かに、思い当たる光景が浮かぶ。

 

「婚約者、ね……。」

 

口元に、薄い笑みが浮かぶ。

 

「面白いじゃない。」

 

振り返った天条院の瞳には、

明確な対抗心と興味が宿っていた。

 

「その結城リト。それから、いつも一緒にいるその男子……。」

 

「彼らを篭絡してわたくしの威厳を見せつけるのよ!」

 

——こうして、

天条院沙姫は“動き出す理由”を得る。

 

 

 

学園祭準備は、日を追うごとに熱を帯びていった。

各教室の空気は常に騒がしく、誰かが走り、誰かが呼び止め、誰かがため息をつく。

その中に、結城リトもいた。

 

「リト、これ確認お願い!」 「結城くん、手伝って!」 「結城、ちょっといいか?」

 

……気づけば、また捕まっている。

天条院は、そんな様子を少し離れた場所から見ていた。

 

……何度やっても、こちらを向かない。

 

声をかける。

近づく。

視線を合わせる。

ただそうするだけで相手はこちらに意識を向ける。

そのはずなのに。

 

「よろしくて?ちょっと……。」

 

「すみません。急いでて、後ででいいですか!?」

 

まただ。

悪気はない。

だからこそ、余計に腹立たしい。

 

「……ふぅ。」

 

天条院は、ひとつ息を吐いた。

その視線が、今度は俺に向く。

 

「梶羅創。」

 

名前を呼ばれる。

 

間が悪く尽くリトが天条院先輩を無視することとなり、代わりに俺が少し話す。

そんな状況が続いた結果、当たり前のように俺へと話しかける。

 

「はい?」

 

「あなた、どう思います?」

 

唐突な問い。

 

「結城リト‥。あの方は……女性からの好意に、鈍すぎると思いません?」

 

少しだけ、強めの口調。

苛立ちを隠す気はなさそうだ。

 

「まぁ……否定はしません。」

 

正直な感想だ。

あと初心すぎるのもある。

 

「そうでしょう?」

 

天条院は、微笑む。

けれど、その笑みはどこか硬い。

 

「なら、少し“分かりやすく”すればいいのよね‥。」

 

何か良からぬ方法をから思いついたようだ。

 

 

 

次にリトと遭遇した時。

彼女は一歩、距離を詰めた。

近い。

声も、視線も、仕草も。

今までとは明らかに違う。

 

「結城リト。」

 

今度こそ、リトが立ち止まる。

 

「え? あ、はい?」

 

天条院は、胸元に手を当て、わざとらしく身を傾けた。

 

「学園祭の準備、とてもお忙しそうですわね。もしよろしければ、少し休憩なさっては?」

 

完璧な笑顔。

完璧な距離。

完璧な“色”。

――の、はずだった。

 

「休憩……あっ、すみません! 今この段ボール運ばないと!」

 

リトはそう言い残し、

本当にそのまま去っていった。

一瞬。

本当に、一瞬。

天条院の表情から、余裕が消えた。

 

「……」

 

沈黙。

さすがに、気まずい。

リトも普段初心なのに今は頭の中が学園祭のことで天条院先輩の色仕掛けに全く気づいていないのだろう‥。

 

「……あの、」

 

俺が声をかける。

 

「やり方は間違ってないと思いますよ。」

 

天条院が、ゆっくりとこちらを見る。

 

「……慰め?」

「いえ。本音です。」

 

はっきりと言う。

 

「堂々としてて、綺麗で、自信があって。普通の男子なら、あれで十分落ちます。」

 

言葉を選ばない。

でも、誤魔化さない。

 

実際、天条院先輩は美人である。友達への面倒見もいい。そしてララほどではないが純粋で真っ直ぐな女性。

 

だからこその純粋な感想だった。

その回答に天条院は、驚いたように目を見開かせた。

 

「……では、なぜ?」

 

「相手と間が悪かった。」

 

即答。

 

「あいつは今、そういう“分かりやすい好意”を受け止める余裕がないだけです。」

 

一拍置いて、続ける。

 

「それに」

 

天条院の目を、真っ直ぐ見る。

 

「あなたは無理してそういうやり方でする必要はないと思いますよ。」

 

沈黙。

今度は、さっきとは質が違う。

 

「……無理?」

 

「ええ。さっきのはあなたらしくなかった。普段のあなたで充分ですよ。」

 

言い切った瞬間、一拍、空気が止まる。

 

天条院は驚いたように目を瞬かせ、

次の瞬間、口元に小さな笑みを浮かべた。

 

「……ふふふ。」

 

くすぐったそうな、どこか楽しげな声。

「これはこれは」 視線を細め、わざとらしく首を傾ける。

 

「私は今、口説かれているのでしょうか?」

 

試すような軽口。

だが声音には、先ほどまでの苛立ちは残っていない。

 

「ただの感想です。似合わないことをしてるな、って。」

 

「まぁ……正直ですのね。」

 

天条院は小さく息を吐く。 それは溜息というより、緊張がほどけた音だった。

 

「普通なら、もっと取り繕う場面ですわ。」

 

視線が、こちらを捉える。

 

「それを、あなたははっきり事実を言う。」

 

少しだけ、楽しそうに。

 

「面白い方」

 

評価、というほど重くない。

だが、確かに“目に留まった”響き。

 

「それに」

 

一歩、距離を取る。 色気の距離ではない。会話の距離だ。

 

「無理に持ち上げないのも、嫌いじゃありませんわ。」

 

唇の端が、わずかに上がる。

 

「気を遣っているようで、実は線を踏み越えないのは案外、難しいことですのよ?」

 

そう言って、軽く背筋を伸ばす。

 

「まぁ、今回は‥、」

 

ほんのり、上機嫌が滲む。

 

「忠告として、受け取っておきましょう。」

 

最後に一言。

 

「次はもう少し、余裕のある時に相手をなさい。」

 

それは命令でも、挑発でもない。

どこか柔らかい、含みを残した言い方だった。

天条院はそのまま踵を返す。 去り際、ふと思い出したように振り向く。

 

「――先ほどの言葉、嫌いではありませんでしたわ。」

 

それだけ告げて、歩き去る。

その後ろ姿は堂々としている。

 

――どうやら。 機嫌は、悪くないらしい。

 

 




なんか天条院先輩ってもっと軽いキャラのはずなんだけど‥、なんか大人っぽくなってしまった…。ただ筆が乗ったから仕方ない。
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