結城家の隣人転生者、気づけばハーレムに…。   作:射蓄労働者

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8話買い物。でも何も起こらない訳もなく‥

夏休みに入った。

 

学校がないだけで、朝の空気はこんなにも違うのかと思う。

蝉の声が遠慮なく鳴いていて、アスファルトはまだ熱を持っていない。

俺は特に予定があるわけでもなく、涼しいうちに買い出しを済ませておこうと家を出た。

誰かと遊ぶ約束があるわけでもない。

部活もやっていない。

だからといって退屈なわけでもないが、「夏休みだ!」という実感が湧くほどの何かも、まだなかった。

商店街は、店のシャッターが半分ほど開き始めた時間帯。

八百屋の前では氷水が流され、パン屋からは焼き立ての匂いが漂ってくる。どこか間延びした空気だった。

 

 

――まさか、その途中で会うとは思ってなかったが。

 

「……なんで、あなたがここにいるのよ。」

 

商店街の入口で、腕を組んだまま立っていたのは古手川唯だった。

白いワンピースにに身を包んでいる。制服とは違う私服姿に、ほんの一瞬だけ見惚れそうになる。

 

「私は家の用事。……あなたは?」

 

「俺もそんな感じ。」

 

短い沈黙。

どちらからともなく、視線が逸れる。

 

「……じゃあ、用事が済んだら解散ね。」

 

「あれっ?一緒に買い物してくれるの?」

 

当たり前のようにそう言う古手川に俺は少しからかいながら聞き返した。

 

「っっっ!!!」

 

古手川は思わず顔を赤くして先を歩いていく。

 

「ごめんて、古手川さん。」

 

「もう知らないわよ!」

 

 

 

 

 

そう言ったはずなのに、気づけば同じ店に入り、同じ棚の前に立っていた。

 

「どれだけ買うのよ‥。持つわよ。」

 

「いやいや、女性に持たせるわけには‥。」

「いいからかしなさい。」

 

言い切りの口調で、袋を半分奪われる。

 

「‥ありがとうね。」「勘違いしないで。」

素っ気ない返事。

 

でも、並んで歩く距離は思ったより近い。

 

 

次に入ったのは日用品の店だった。

洗剤やタオル、飲料水が所狭しと並んでいる。

 

「その柔軟剤、匂いきつくない?」

 

「そう? 評判いいけど。」

 

「それ買うなら、こっちの方がいいわ。」

 

迷いなく商品を入れ替える。

几帳面というか、生活力が高いというか。

 

「……よく知ってるな。」

 

「当たり前でしょ。」

 

棚の前で立ち止まるたび、距離が近くなる。

肩が触れそうで、触れない。

古手川は気にしていないのか、気づいていないのか。

 

 

そして今は文房具店にいる。

 

棚の奥に置かれた商品を探して、古手川がしゃがみ込んでいる。

 

「……あっ、それだわ。」 「それ、下の段のやつ。」

 

白いワンピースの裾が、少しだけ持ち上がる。

引き寄せられるように、一瞬だか視線が一点に集まる。

 

 ――いや、見ない。見ないけど。

 

心の中でそんな葛藤に苛まれていると‥、

 

「ちょっと、そこ立ってたら邪魔なんだけど。」

 

考え込んでおり邪魔になっている事に気づかなかった。

 

「ごめんごめん。」

 

急ぎ俺は一歩下がった、その瞬間だった。

 

背後でなにかにぶつかり、俺の足が滑る。

 

避けようとして、前に倒れ――

 

「きゃっ!?」

 

どさっ、という鈍い音。

 

 

「……っ。」

 

 

 

「……っ。」

 

 

視界いっぱいに、白。

柔らかい感触が、顔面に。

 

 

 

「…………。」

「…………。」

 

 

 

 一秒。

 

 

 

 二秒。

 

 

 

「――――っ!!?」

 

 古手川の声が、遅れて響く。

 

「な、な、なななな何してるのよッ!!」

 

「違う! 今のは事故! 完全に事故!!」

 

慌てて起き上がろうとするが、

彼女の手が俺のシャツを掴んでいたせいで、距離が縮まる。

 

「ちょ、古手川……。」 「……っ、離れ……!」

そう言いながら、離さない。

顔が赤い。

耳まで真っ赤だ。

 

 

 

 

 

 

「……見た?」

「見てない。」

「触った?」

「不可抗力。」

「……最低。」

 

短い問答。

吐き捨てるような言葉のわりに、声は小さかった。

古手川は俺のシャツを掴んだまま、しばらく動かなかった。

顔は真っ赤で、目線は合わない。

怒っている――はずなのに、どこか様子が違う。

 

「……どいて。」

 

言葉は鋭いのに、力が入っていない。

俺はゆっくりと体を起こし、距離を取った。

 

「本当に、わざとじゃない。怪我は――」

「……ないわよ。そんなの。」

 

ぴしゃりと言い切る。

それでも、胸元を押さえる仕草がほんの一瞬遅れたのを、俺は見逃さなかった。

 

 沈黙。

 

店内には、他の客の足音と、棚を探る音だけが流れている。

さっきまでの騒動が嘘みたいだった。

 

「……次やったら、本気で怒るから。」

 

視線を逸らしたまま、ぽつりと。

 

「一生に一度で十分です。」

 

ふん、と小さく鼻を鳴らす。

怒っているはずなのに、耳まで赤い。

古手川は立ち上がり、スカートの裾を整えた。

動作はいつも通り、几帳面で、隙がない。

――でも、ほんの少しだけ、指先が震えている。

 

「……さっきのこと、忘れなさい。」

「努力します。」

「忘れなさい。」

間髪入れずに、強めの口調。

けれど、その声にはいつもの棘がなかった。

 

 

会計を済ませ、店を出る。

外に出た瞬間、蝉の声がやけに大きく感じられた。

歩き出してもしばらく、どちらも口を開かなかった。

さっきまであんなに近かったのに、今は少し距離がある。

 

なのに、思い出してしまう。

 

背中に当たった感触。

体温。呼吸。

男子高校生(肉体)には猛毒であった。

 

ちらりと横を見ると、古手川は前だけを見つめている。

表情は硬い。

 

……怒ってる、よなぁ。

 

そう思う一方で、違和感もあった。

怒っているなら、もっと言葉が飛んでくるはずだ。

商店街の出口が近づいたところで、古手川が足を止めた。

 

 

「……このあと、どうするの?」

 

探るような声音。

それに、俺は少し戸惑う。

 

「帰る予定だけど……。」

 

そう答えると、彼女は一瞬だけ唇を噛んだ。

 

「……なら。」

 

 一拍置いて。

 

「アイスくらいなら、付き合ってもいいわ。」

 

顔は相変わらずこちらを向かない。

まるで、独り言みたいだった。

 

「奢らさせていただきます。」

 

反射的にそう言うと、古手川は一瞬だけ目を見開き、

 

「……別に、そこまでしなくていいわよ‥。」

 

そう言いながら、否定はしなかった。

 

 

 

ベンチに並んで座り、アイスを食べる。

距離は、さっきより少しだけ近い。

 

沈黙は続く。

 

でも、不思議と気まずくない。

溶けたアイスが、指に垂れそうになり、古手川が慌てて舐め取る。

 

「……臨海学校のときも思ったけど。」

 

古手川が、ぽつりと切り出す。

 

「あなたって、他の男子と少し違うわ。」

 

「それって、褒めてる?」

 

「一応。」

 

短い返事。

でも、声は柔らかい。

それ以上、言葉は続かなかった。

けれど、並んで座るこの距離が、答えの一部のような気がした。

古手川は最後まで俺の方を見なかった。

 

それでも、帰り際――

ほんの一瞬だけ、こちらを見て、視線を逸らした。

その横顔が、やけに印象に残った。

 

 




古手川メインが続く‥。次回から2学期へ。

はよダークネス編行け、と思っている方々‥。
まだまだこのペースは続くので覚悟してください笑
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