モンスターマスク   作:丸山ノリオ

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幼少期

 

 目が覚めた瞬間、私はすぐに異常に気づいた。

 

 視界は滲んでいて、身体は思うように動かない。何より、手が……小さい。

 ぷにぷにした指先。ほとんど握れない。皮膚の質感も、自分のものじゃないみたいに柔らかい。

 

(……え、ちょっと待って?)

 

 混乱の中、すぐ隣から「ふえぇぇ……!」と高い泣き声が聞こえた。

 視線をずらすと、赤ん坊がいた。

 次の瞬間、どたどたと誰かが駆け寄り、泣く赤子を優しく抱き上げる。

 

「沙織〜、どうしたの〜?お腹すいたの?ママここにいるわよ〜」

 

 ……沙織?

 ということは、私は……。

 

「香織ちゃんは、泣かないの?お姉ちゃんだから我慢してるのかな〜」

 

 香織。沙織。……双子か?

 自分が「香織」という名で呼ばれていること、そして“姉”らしいこと。

 

(私、転生したんだ――)

 

 しかも、時代は明らかに令和ではない。テレビの音、空気の匂い、家具の色味。全部、昔――おそらく平成よりも前、つまり昭和――の日本だ。

 

(令和から、昭和に……?)

 

 ――そして、最悪な記憶もよみがえった。

 前の人生。私は両親に愛されなかった。望まれて生まれた子じゃなかった。

 冷たくて、無関心で、家庭という言葉とは程遠い環境だった。

 

(今度こそ、家族と一緒に生きていきたい……!)

 

 でも、もしこの世界で自分が「転生者」だとバレたら?

 気味悪がられて、愛されなくなったら?

 

(ダメ。それだけは絶対に嫌)

 

 だから私は決めた。

 妹の沙織を“完全に模倣”して、転生者の気配を消す。

 この世界で「普通の双子の姉」として、家族に“自然に”愛されて生きていく。

 

 それが――私の人生やり直しの、第一歩だった。

 

 

 妹・沙織はよく泣き、よく笑い、赤子らしい表情豊かさを見せていた。

 

 私はそれを観察し、1秒後に同じように泣いたり笑ったりした。

 泣くタイミング、寝返りの時期、笑い声のトーンまで、すべて模倣。

 

「香織ちゃんも沙織ちゃんとそっくりね〜、さすが双子!」

 

 母の言葉に、私は密かにガッツポーズを取った。

 

(よし、自然に見えてる)

 

 ただ、“完璧に同じ”は逆に怪しまれる。

 だから私は、ほんのわずかに妹より遅れて反応するよう心がけた。

 先を行ってしまえば、模倣は出来なくなり、歳相応の反応は難しくなる。なので妹よりも、少し遅い姉というのがベストだと判断したのだ。

 

 沙織が寝返りを打った翌日、私は何食わぬ顔で「偶然」寝返り。

 沙織が「あー」と喃語を発すれば、私は「うー」と返す。

 

 成長とともに、私たちは“移動”というスキルを手に入れた。

 

 沙織がずりばいを覚え、元気に畳の上をハイハイで進むようになった頃。

 私はすでに、ハイハイなんて余裕でできた。

 だが、当然、沙織の「少しあと」でなければいけない。

 

(私は姉だけど、発達速度は妹と“ほぼ同じ”に見せる)

 

 それが、完璧な双子を演じるコツだった。

 

 母はよく私たちを眺めては「本当に似てるわ〜」と嬉しそうに笑っていた。

 あの笑顔を守りたくて、私は今日も“赤子の演技”に全力を注ぐ。

 

 ある日、沙織が「ま……ま……」と母の方に手を伸ばしながらつぶやいた。

 

「しゃ、喋った!?沙織、今『まま』って言ったの!?すごい〜!」

 

 私は迷わず、その直後に「……まま」と呟いた。ちょっと舌足らずで、甘えるように。

 

「香織も!?ふたりとも『まま』が最初だなんて〜!」

 

 嬉しそうに抱きしめられる瞬間。

 私は、前世では決して味わえなかった温もりに包まれていた。

 

(“この子たちは双子なんだ”って、自然に思ってもらえた)

 

 それだけで、私は少しだけ安心できた。

 

 

 

 沙織が最初に立ち上がったのは、11ヶ月の頃。

 おぼつかない足取りで、よたよたと数歩、母に向かって歩いた。

 

 その夜、私は――たまたまを装って、よちよちと一歩だけ、父の胸元へ進んだ。

 

「おっ!香織も歩いた!?双子そろって、同じ日とは!」

 

 私は笑顔を浮かべたまま、内心では緊張をほぐすように息を吐いた。

 

(よし、バランス完璧)

 

 こうして私は、“普通の姉・香織”を演じる赤子として、日々を重ねていった。

 

 私たち姉妹が保育園に通い出したのは、2歳を過ぎた頃だった。

 園でも私たちはいつも一緒だった。おやつも、外遊びも、午睡も。保育士さんたちは「仲良しね〜」とよく声をかけてくれる。

 

 保育園に通いはじて数ヶ月。

 

「本当にこの子たち、よく似てるのよ〜」 「声も笑い方もそっくり」 「先生でも間違えちゃうくらいなの」

 

 母は笑って話していた。

 でも、その言葉に、香織の背筋はすうっと冷たくなった。

 

(――まずい)

 

 妹・沙織を模倣し続けてきたのは、愛されたいから。

「違う」と思われたくなかった。けれど、完全に同じだと、今度は“不自然”になる。

 

 ある日、先生がふと口にした。

 

「本当に似てるけど……あまりにも同じすぎて、ちょっとびっくりしちゃうのよね。双子って、普通はもう少し違いが出るから」

 

 香織は、その言葉をしっかり聞いていた。

 

(私、やりすぎたんだ。完コピなんて、リアルじゃない)

 

 そこで香織は、新しい戦略を立てた。

 

「妹とは似ているけど、違うところもある」

 

 その“ちがい”を、自然に見えるように作っていくのだ。

 

 翌日から香織は、ほんの少しずつ行動を変えた。

 沙織が赤いクレヨンで絵を描けば、自分は青を使う

 沙織がウサギのぬいぐるみを抱いていれば、自分はクマのぬいぐるみを選ぶ

 

 沙織が甘えた声で話せば、自分は少しゆっくり落ち着いた口調を使うようにする

 

 意識的に、だが自然に。

 幸いにも“先生”は沙織の他にもいた。それは他の園児たちだ。彼らの子供らしさを観察して、少しずつ取り入れる事で、それを明確な個性となるようにブレンドしていく。

 

その変化に、周囲はすぐ気づいた。

 

「香織ちゃんはおっとりしてて、沙織ちゃんは元気って感じよね」 「似てるけど、性格は違うのよ~」

 

 母のその言葉に、香織はそっと胸を撫で下ろす。

 

(うん、これでいい。バレてない)

 

 “演じている”ことが知られなければ、愛され続けられる。前世で叶わなかった、家族と一緒に笑い合う日々を、香織は守りたかった。

 

 

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