異世界転生から3年。人間だけど、魔王軍幹部としてダラダラしてます   作:ラハズ みゝ

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51話 青年の希望

 境界壁(シールド)越しの至近距離。しかし男の顔はやはりフードでよく見えない。ただ、骸骨を纏った男のオーラは一層に強くなっていた。

 

 ――怨念。そう言われてみれば、どうにも悍ましい感じが否めない。

 

「これは死者の怨念。これまで未練を残したまま死んでいった生き物たちの怨念がここに集まっている」

 

 男がそっと上げた左手には、大量の"怨念"が宿っていた。よく見れば、細かい人魂のようなものが蠢いている。その一つひとつが、怨念という意志なのであろう。

 

「"魔王軍"。この一言でこれだけの怨念が募った。僕のように恨みを持った魂だ」

 

 魔王軍への恨み、か。それを魔王軍入社したての俺にぶつけられてもな‥‥‥。

 

「ここですべての恨みを晴らす」

 

 男は言った。

 

 どうにも子供の戯言ではない。自分自身に死人の怨念を纏わせるという、ずいぶんと現実離れなことを厭わずに行っているのだから。

 

「お前がどんな覚悟を決めて行動を起こしたのか、俺には計り知れないほどかもしれない。多分、気持ちも実力もお前の方が何倍も大きい」

 

「当たり前だ!! 僕のこの気持ちが、心のない魔王軍ごときに知れてたまるか!」

 

 男の――否、死人たちの大量の怨念が男に覆い被さった。歪んだオーラはさらに大きくなった。

 

「うあああああああああああああ!!!!」

 

 男は、もはや人ではないような身体のねじり方で凄まじく俺の境界壁(シールド)を叩き始めた。

 

 男の身体は右に左に大きく揺れる。まるでそれぞれの怨念が男を無理やり動かしているかのように。

 

 何度も何度も叩いている。止めどなく叩き続ける。

 

「‥‥‥止めてくれ」

 

 俺は呟いた。

 

「うああああああ!!!!」

 

 男には聞こえていない。男は境界壁(シールド)を叩き続ける。

 

 しかしそれは、その攻撃は俺には届かない。

 

 その夥しい数の怨念も、お前の怒りも。

 

 境界壁(シールド)越しの至近距離。普通、嫌でも伝わるであろう距離なのに、一枚の赤く薄いそれがあるだけで、隔絶される。

 

「なぜ僕があんな目に遭わなければならないんだ!」

 

 男は嘆き出した。

 

「どうしてみんなは僕を化け物(・・・)のように見るんだ!」

 

 攻撃の勢いが激しくなった。

 

「なんで僕が罪を負わされる(・・・・・・・)んだ!!」

 

「――!」

 

 男の嘆き。

 

 俺はようやく思い出した。

 

「僕は何も悪くないはずなのに!!」

 

「攻撃を止めてくれ! 怨念を身体から追い出せ!」

 

「煩い!! 魔王軍幹部に、この恨みを晴らすんだ!!」

 

「それは、お前の恨みじゃないだろう?」

 

「っ‥‥‥」

 

 戸惑い。男の攻撃が弱まった。

 

「なぁ‥‥‥、顔を見せてくれ。フードを脱いで、ちゃんと俺を見てくれ」

 

 怨念の無理やりな動きが止み、男の攻撃の手は止まった。

 

「お前が本当に憎んでいるのは、魔王軍幹部で間違いないのか?」

 

「僕は‥‥‥」

 

 男は、自分を取り戻しつつあった。それまでずっと、彼の能力を通して関係ないはずの怨念がまとわりつづけていたのだ。

 

 怨念の数々が、男から離れ出した‥‥‥というより、追い出されていった。

 

 同時に、男が纏っていた骸骨は粉々になって崩れ落ちた。セシリーたちが戦っている不死兵(アンデッド)も、同様に消えた。

 

 男はゆっくりと、フードを脱いだ。

 

 ――涙で目元を腫らした、幼げな青年の顔。‥‥‥間違いない。

 

「嘘だ‥‥‥。どうして‥‥‥あ、あなたは‥‥‥」

 

 向こうも、気がついたらしい。

 

 

 *  *  *  *  *

 

 

 ――数年前のこと。レグリス王国。

 

 ヒロトは冒険者として、シエルという女性とパーティーを組んでいた。

 

「報酬の確認ばっかりしてないで。ほら、行くよ。ヒロト」

 

「分かってる分かってる」

 

 ある日、二人がクエストを終えて街中を歩いていると、路地裏で踞っている青年を見つけた。よく見ると傷だらけで、シエルはすぐさま駆け寄った。

 

「大丈夫かい?」

 

 シエルは優しい声で話しかけると、青年はゆっくりと顔を上げた。

 

 顔もやはり傷だらけで、少し痩せてもいた。そして青年の瞳は、生きていなかった。

 

「私はシエル。一体、何があったの?」

 

 シエルは青年から話を聞いた。青年は、いわゆる差別を受けていた。虐められ、まともな食事もできず、寝床すら与えてもらえなかった。

 

「みんなは僕を"化け物"だって怖がってる。怖がって、みんなで僕を痛めつけるんだ。‥‥‥僕の呪われた技能(スキル)のせいだ」

 

 青年の声は弱っていた。吹けばすぐに消されてしまう、か細い火のよう。

 

「どんな技能(スキル)だ?」

 

 ヒロトは尋ねた。青年は訝しげにヒロトを睨みつける。こいつもみんなと同じように、自分を気味悪がるに決まっている。

 

「‥‥‥不死兵(アンデッド)を生み出す技能(スキル)

 

「なんだよそれ超格好いいじゃん」

 

 思いもよらないヒロトの反応に、青年は目を丸くした。

 

「俺の知る限りじゃ主人公級の超レア技能(スキル)だよ。他の奴らは見る目がないな」

 

「‥‥‥本当に?」

 

 思わず青年は訊いた。ヒロトは大きく頷いた。

 

「本当さ。なんならその技能(スキル)、俺が欲しいくらいだね。不死兵(アンデッド)にクエストも家事も任せきりにしてダラダラしてやる。そうすれば俺は常にダラダラしてる最強の男、"ダラダラ王"だ!」

 

「フフッ」

 

 シエルは微笑んだ。自分を笑われたヒロトは、目を少し細めてシエルを睨んだ。

 

「どうしたんだよ、急に」

 

「ヒロトがあんまり熱心に言うから。"ダラダラ王"って‥‥‥。君は変わったものを好むんだなぁ」

 

「至って健全だとも」

 

 二人がそうこう言い合っている内に、青年の瞳の奥には光が輝き始めていた。

 

「君は自分の力を信じるといいよ」

 

 シエルはそう伝えて、背負っていたバッグの中から小瓶を取り出した。そしてそれを青年に渡した。

 

「これを飲めば傷が癒えるよ」

 

「‥‥‥ありがとう」

 

「青年、名前は?」

 

 ヒロトがなにやら懐をいじりながら訊いた。

 

「ハーレ」

 

「ハーレか。俺はヒロト。よし、ハーレ。こいつをやるから、ちゃんと食べて、寝て、強くなれ」

 

 ヒロトは懐から取り出した小袋をハーレにひょいと投げ渡した。その日のクエストで得た報酬金だった。

 

「集団で虐める奴らなんか到底敵わないような主人公を目指すんだ」

 

 ヒロトの期待に満ち溢れた眼差しを見て、青年はそれが冗談ではないことを確信できた。青年はついに、笑顔になった。

 

「‥‥‥ぼ、僕、頑張ります! あなたたちのように優しくて格好良い人になれるように!」

 

 シエルとヒロトは少し驚いた。

 

「私たちのように、か‥‥‥。じゃあ、私たちはもっと頑張らなきゃ、ということだね」

 

「おう。任せたぜ、リーダー」

 

「まーたヒロトは。‥‥‥もう」

 

 少しの間に出来上がった団欒には、笑顔が溢れた――。

 

 

 

 青年ハーレが、自分の人生に希望を見い出した日の大切な思い出である――――。

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