少しして目が覚めた。どうやらザックも同様だ。元気ではなさそうだが。
あぁ、そういうことか。
レイチェルが私の救急箱を使っていたようだ。
最低限度の備えしか入ってないので気持ち程度だろうか。
応急処置で済ませられるようなものではない。
あ………
ふと気づいた。
被り物がない。
やけに開放感があったので嫌な予感はしていた。
一連の戦闘でいつの間にか外れてしまったらしい。
どこにあるのだろうか。少し視線を移動させる。
壁際に無造作に置かれているのがすぐに見つかった。
『あの………』
レイチェルが問いたそうにしている。
『あなたは………………同じ施設にいた子だった……?確か名前は………』
思い出そうとしているのだろうか。
ザックも気づいたみたいだ。驚いてるのか瞳孔が広がっている。
「テメェ、あの時の………」
もう取り繕うことはできないだろうか。白状しよう。
『アンジェ………アンジェ・ラクリマ、私の名前だよ、レイチェル、忘れてた?』
『ごめん、さっきは衝撃的なことが起きたから……』
名前を忘れてたことに責める気持ちなどない。
施設暮らしをしていた頃に名前で呼ばれたことはなかったかもしれない。
どちらかというと私はレイチェルの話を聞くことに執念していた。
自己紹介で一度教えたくらいか。
私にとって名前というのは、社会生活上の問題にでもならない限り、記号としか感じられない。
そんなことより、それ以上にまずいのは、私が今、ここでバレてしまったということだ。
正直、次の階まではこの被り物でやり過ごしておこうという心づもりだった。
こんなことになると思ってなかった。でも仕方ない。
今まで張り詰めていた感情が霧散する。
ずっと不快だったこれも外そう。
『え………それはいらないの……?』
『チョーカー、……といってもファッションとかそういうのではないよ』
バレてしまったのにこんなものを使っていたところで何の意味もない。
足元の邪魔にならない様に思いっきり、壁際に投げ捨てた。
そして
『パーンッ!!!パーンッ!!!』
ちょっと音が鈍く聞こえる。
でもまだ使えるようだ。
拳銃の音はかなり耳につんざくから慣れないといけなかった。
ただこれで使い物にはならなくなったのだから、これでいい。
『オイッ、テメェも、そんなもん隠して持ってたのかよッ!!!』
「…………そうだね。」
レイチェルも持っていたからそんな大したこともないかもしれない。
彼女の場合はその入手経路が問題ではあるが。
なんだかザックに警戒されすぎている。
レイチェルも不審そうに見つめてくる。
今まで顔を隠してた奴がこんな事をし始めたらそうなるだろうか。
どうにかして信頼関係を作る必要がありそうだ。
辺りを見渡す。
キャシーはすっかり、動かなくなったようで眠っている。
早くした方がいいだろう。私が意識を失ってからどれくらい経ったか。
2人とも誤解しているようだ。
殺したわけではない。いや、どちらでも良かったのだろうか。
私にはそんな事ができるほどじゃない。他人の命も自分の命も奪うのが怖い。
もっとも私の命は私の命であってもそれだけではない。
それにしても......あの時点でザックにまだ意識があるとは思わなかった。
意識を失う前、かなりの致命傷を負っていたはず。
こうして生きているのは偶然なのだろうか。
私が撃った弾については、実弾といっても殺傷目的の種類のものではない。対象付近で炸裂して、眠らせる……
一時的な全身麻酔を起こすようなものだ。
少ししてからレイチェルが口を開いた。
『ありがとう……助かった。』
『………じゃあ、早く行こうよ、2人とも。』
そう言ってくれるレイチェルだが、君の行動があったからここまで来れたのだと伝えたい。
早く次に進んだほうがいいだろう。
そう言ったが、納得いかないような様子をしている。
2人からしてみればなんでわざわざここに私が来ているのか意味がわからない。
ストーカーしてましたなんて言えるはずがない。
『オイッ、お前、あの被りモンはいいのかよ!!!』
いやいや、あんなのどうでもいいじゃん、ザック………
彼にしてみれば、私は正体をずっとバラしたくなかったように見えるのか。
2人に対して被り物をしていた時からエディでなくて私が入れ替わっていた。もともとのエディについて知らないはずだ。エディの場合、その容姿が子供だとバレて舐められたくなかったから顔を隠していたに過ぎないのだろう。
そう説明をするべきか?
それには違和感がある。
これ以上話を厄介にすることは混乱を深めるだけだ。
「いいよ、そっちのほうが動きやすいじゃんか……。それに、私は殺さなくていいの……?」
「殺すわけねぇだろ、今、殺す意味がねェよ」
ザックはすでに致命傷に近い傷を負っている。本編よりはマシなのは事実だけど、それでも無駄にここで体力を消耗する選択をするほど馬鹿じゃない。
私が来るまでの間、レイチェルとのやりとりで私が知らない何かがあったのかもしれない
……聞いてみようと思って、やめた。
答えになっていない答えを返してから階段の方へ向かう。
『ンで……お前、なんでここにいるんだ?』
ザックが聞いてくる。
レイチェルの方も怪訝なのか、眉毛がピクリと反応した。
『……殺人鬼がここにいると聞いて。悪い人は罰を受けないといけない。ここではそうじゃないの?』
『ハァ???』
それを聞いたレイチェルの方は暗い顔をしている。なんでだ。間違ったことは言ってないはずだ。
『.....あなたはここのことをどれくらい知っているの?』
今度はレイチェルの方から聞かれる。
……それは私がエディ役をしている時にも聞いた。
『たぶん、君が知らないことや忘れていることを知っているくらいだよ。」
まるでわからないという顔をしている。ふざけてるわけじゃない。レイチェルってこんな表情ができたんだな。
施設にいたときの尾行(ほぼストーカー行為)で興味を惹けたのかもしれない。
……実際はザックのおかげなんだろうけど。
長話をしている余裕はない。次を急ごう。
致命傷でないと言ってもザックの怪我はいずれ命に関わるものだ。彼のポテンシャルならどうとかいう問題じゃなくて、それはきっと放っておくと最悪の結末になる。
エレベーターに乗り込む
・・・・その前に監視カメラの方を確認する。
ひび割れて著しく見えにくい。
割れている……?
故障だろうか。誰かに壊されたとしか思えない。
途中で気付かれていたということか……
それとも、最初から………?
それはない。
ごくごく小さい私のものを確認するよりも、彼らは自身の仕掛けたものを優先的にチェックしているはず。
自分で自分のフロアを管理できているという自覚を持っているから、そこには油断がある。
じゃあどうして.........まさか・・・・?
「ザック、行くよ…………傷は大丈夫?」
「あぁ、オレの心配なんてしなくていいからとっと先にいきやがれ………」
レイチェルは心配そうにしている。
大丈夫ではない。やはり目に見えてキツそうなのは分かる。
まだ先は長い。そのことを知っている。
次のフロアの彼はどうしてくるのだろう。
今の私には分からない。