『ゼェ………ゼェ……うっ………ハァ……ハァ……………』
周りから見たら今の私の様子は滑稽なのだろうか。好奇の目を向けるのだろうか。人によってはそれとも心配の表情を浮かべる人もいるかも知れない。
私としてもこんなに目立つつもりはなかったし、不本意だということを彼ら一人一人に説明したいくらいだ。
気持ち悪い、だめだ、見失った。
まさか車に乗り込むとは思わないだろう。それは反則だろう、と声が漏れそうになる。
レイチェルも「うん。」とかじゃなくてブチ切れてくれ。
本編でザックにブチ切れていた君とは別の人間みたいだったぞ。殺人鬼に向かって平然とブチ切れるのは相当だから。
前世の私だったらコンマで泣いてるからな。
やっぱり体力も筋力も落ちてるんだよな。
こういう息切れを吐くたびに、僕は少女になってしまったんだと否応なしにも自覚させられる。
前世でも大して運動神経が良かったわけじゃないけど、それでも持久力くらいなら人並みにはあった。繰り返し走れれば走るほど持久力が上がっていく感覚が好きだった。
丁度今の「彼女」の身体と同じ年齢の時だが、一時期はマラソンランナーにでもなろうかと思ったくらいだ。
次第に熱意は消えていき、それが子供特有の全能感に過ぎなかった事に気づいてからは諦めた。
.......ともかく、
今では少し走るだけでも肩で息をするほど。
尾行しているのに気づかれたわけではなかったのだろう。ダニエル先生が焦っている様子はないし、そのようには見えなかった。
だが、そんなに問題ない。
事前にどこに向かったのか、場所には検討がついていた。
地下からしか潜り込めないならまだしも恐らくは廃ビル、しかも使われなくったのは最近の新しいものだ。ここからそう遠くはない場所にある。
外観は立派だが、中はまともに手入れがされていないのがすぐに分かった。
決行は夜中、施設内が寝静まった頃合いが妥当だろうか。
起きる。
若干眠い。
当然だ。
数時間しか寝てないのだから。しかも本来この身体に必要な睡眠時間には全く足りてないと考えると尚更眠く感じる。
子供の睡眠はノンだかレムだかの深い睡眠に入りやすいので、途中で起きるのは大人と比べても難しいと聞く。
されど、少女の皮を被った化け物こと、パチモン少女の私から言わせてもらうと精神力は身体を凌駕するのだ。
レイチェルがいなくなったというのになぜか誰も気にした様子がなかった。
レイチェルに特別な親友が居なかったからなのかとか、おおよそダニーが手引きしていたのだろうかとすら邪推するが、もうそれについてはいいだろう。
ここを出るに当たって問題点がある。むしろ出た後よりも重要だ。
そう、玄関には鍵がかかっているという事実だ。
だが、これはどうにでもなることだった。
というのも、この施設では鍵を子供達それぞれが持っていて、終日には回収される。回収するのは職員の方達だ。それをどこに仕舞うのかというと、暗証番号付きのボックスになる。そこに一斉に入れる。
当然盗聴器は使えないわけだが、それなら視角を使えば良い。
監視カメラを仕掛けさせてもらった。
有難いことにこの施設は特段、なかなかの広さがあるのに対して子供達はそれほど多いとは言えない。監視カメラのようなものを使って安全について配慮する必要もない。子供に向けたバリアフリーのようなものはあるのかもしれないが、それくらいだ。
監視カメラといってもサイズには注意した。これは実家にいたときのものでもある。子供達が万が一壊してしまう可能性だって考えられるわけだ。
ゆえにまさに死角と言える場所に設置してある。
ゆっくりと音を立てないように……
室内は静まり返り、まず最初の部屋から出るのは容易かった。
そして、玄関。
どうやら見回りをしている人がいるらしいので注意を払う。
よし、大丈夫だ。
子供というのは脱力が苦手だ。私も前世の頃は力のコントロールが苦手でなかなか上手くいかない事があった。だが、今はそうではない。最低限の足音に留める。
ゆっくりとダイヤルを施錠する。ボタンを押す度に音が漏れるが、これには簡易的な防音ボードを用いてるので心配ない。
足音がしてきた。まずいまずいどうするんだ………
大丈夫だった。
どうやらトイレに行っていた子供だった。
何をしてるかと聞かれたので強盗ごっこだと伝えておいた。
我ながら酷いやつだなあと思わされたが、その返事で目を輝かせてくれたのは流石に罪悪感がある。
なんとか若干、番号を思い出すのに手間取ったが間に合った。外を出る。かなり風が強く吹いている。どうやら月は隠れ、その様相は曇り空を表している。
急ぐ
走る、走る。
息が切れそうなくらい、すでに息は上がっているが、少しはこの調子でいけるだろう。可笑しいな、同じようなことをついさっきもやったはずだが………
それにしても自身の身体が小さいのは悪くないかもしれない。違う。私がそういう性癖だからとかじゃないんだ。周りがほとんど闇に閉ざされているような暗さだからというのもあるが、暗い格好をしている限り、子供の小さな身体は周りからも目立たない。
ちなみにスマホは使えない。スマホもキー同様に施設内の箱の中で眠っていることだろう。今までの記憶と暗記が頼りというわけだが、大丈夫だろうと信じる。
少し辺りの暗がりが収まりつつある。横を見渡すと、切れかかったような周囲のライトが眩しく感じる。
前をみると、なんとも立派なビルが構えているが、これはハリボテだ。
1つ入り口を越える。すると、すでにビリビリに割れている2つ目の入り口のガラスにぞっとする。
なんだかホテルにありそうなほどオシャレなインテリアとは裏腹に寂れていて、エントランスホールは完全な暗闇だ。
なんだか、ワクワクしてきた。
13年経っても前世の価値観が染み付いているからなのか、心霊スポットにでも来たかのような奇妙な高揚感が一瞬、全身を貫く。
が、すぐにそれを振り解いた。死ぬ可能性があるのだ。だが体を傷つける、ましてや死なんて「彼女」の身体にとってはあり得ないことだ。そうして今一度切り替え落ち着きを取り戻す。
私は持ってきていたライトを照らすと、監視カメラと足音に最大限の注意を振り向けながらもその足はとある方向に向かっていた。
ここからはレイチェル達との時間勝負になる。
私が遅いほど、物語は同じ結末を迎えることになるだろう。それともすでに最悪の世界線に向かって蝶は羽ばたいているのかもしれない。
されども戻れないことだ。進むことにしよう。
(それに今更戻ったら、シャワー浴びれないまま汗びっしょりで明日の朝まで寝なきゃいけないし………)
このビルってシャワールームとか使えるのかな………