急がば走れ!
そんな猪突猛進で開始する本作は不定期更新がモットーであります!
思い付いた妄想を出力したかった。それが私の願いであり全てです。
どうぞよろしくお願いします。
初めて個性を使ったときの記憶は今でも鮮明に思い出せる。
同年の女の子がお人形やおままごとに注目している脇で、男の子たちの走り回る園庭——その端で私は土いじりに没頭していた。
別にアリの家に水を流し込んだり石や木の枝を入れて遊んでいたんじゃない。
ただ——私は惹かれていたんだ。
その土に、いやもっと素晴らしいナニかに。
そしてある日、私に転機が訪れる。
ぽこっ、て地面から出てきたそれが私の”個性”によって作られたものだなんて、当時の私は知らなかった。
だから幼い私は「スゴいのみつけた!」って友達に見せてあげた。
その友達は変な顔をしただけで何も言ってなかったけど、これはお宝だと私は一人で喜んだ。
そして私は親にも内緒にして、大切に自分の部屋で飼った。
虫でもミミズでも、ましてや生き物でもないそれに恐怖するよりも私は湧き上がる好奇心が抑えられなかった。
ご飯は石や虫なのかと思い色々あげたが、別に必要はなかった。
それもあって親が私が内緒でペットを部屋に飼っていることなど気づくのに半年かかった。
飼っているうちにそれが自分の言うことを何でも聞いてくれることに気づいた。
二人なら手の届かないものも手に入った。
でも、協力して棚のお菓子を盗んで食べた時は危なかった。
お母さんが大声で怒って、私はペットの存在だけはばれないよう上手く隠すのに苦労した。
隠した罪悪感がないわけではない、噓はいけないことだ。
でもお母さんに見つかった時にこれが捨てられてしまうと思った私はそんな悪い気持ちを噛み殺した。
初めてだった。
それが私の生まれてから最初の親への反抗だった。
心の奥深くから声が聞こえた【これが私の求めていた宝だ】だと。
勉強もダメ。運動もダメ。ダメダメな私でも自慢できるもの。
もう手放すなんて考えられなかった。
朝も昼も夜も寝るときでさえ一緒に過ごした。
服の下に隠せるくらい小さいそれ、私の小さなお友達。
そんなかけがえのない存在が居なくなるなんて、その時の私は思いもしなかった。
「…あ、ああ……っうあああああああああああっ!!」
ペットがお母さんに見つかった。
私の危惧した未来は現実に、目の前に突き付けられた。
一階のリビングで田舎から遊びに来たおじいちゃんとおばあちゃんと一緒に、お土産のお菓子を食べていた時だった。
だんっ、と思い切り物をぶつけた音が耳に届いた。
聞こえてきた場所は天井——二階の私の部屋からだった。
嫌な汗が全身から溢れ出る。
取り乱しておじいちゃんの膝の上から飛び出した私は、リビングの扉を力一杯開いた。
ドアの金具が嫌を音を立て、壁とドアノブが大きく音を立ててぶつかる。
駆け上がった階段で踏み外した足からは赤い血が流れだした。
でもそんなことどうでもいい、ただただ鈍い足が忌々しかった。
早く安心したかった。
早くお母さんに言い訳を言ってごまかさないといけないと思った。
ああ……それが悪かったのだろうか。
それとも、もっと前に間違えたのだろうか。
友達は、小さい私の同居人は、大切な宝物は。
もう、私の声に応えてはくれなかった。
「…ぁ」
目に入ったのは腹のあたりでひしゃげたゴルフクラブ。
あれはお父さんが休みの日に大事に磨いていたもの、それが折れてしまっていた。
「…ぁ」
そのクラブの先には紙工作が無残に押しつぶれていた。
あれは小さいな友達のためにと作った紙のお家。
セロハンテープとホチキスで止めただけだけど、それなりにうまく作れたと自画自賛したものだ。
それが上からクラブで押しつぶされていた——中に居ただろうそれと一緒に。
「ああぁっ…」
息が苦しい、喉が酷く渇く、心臓がうるさい、前が見えない、足の感覚もない。
私は手を伸ばす。
応えない私の声が、触れれば届いてくれるのではという淡い期待を込めて。
でも指が行き着くよりも先に、頭に強い衝撃が走る。
幼い故軽い体は力を受け流すことが出来ず、フローリングに横たわる。
私はお母さんの足で蹴られていた。
蹴られたことに痛みはあっても驚きはない。
なんせいつものことで、とうに慣れた。
しかし私はこのとき手で守ることも、受け身をすることもできない程に疲れていた。
打ちつけた体が激しい痛みを訴えるが、泣くことは許されない。
いつも通りならこの後のお母さんは甲高い大声で叱ってくだろう。
一方的な説教ともいえない罵声や人格否定をいつもと変わらず私は受け止める。
無視しないのはお母さんが後日隙を見て説教の内容を聞き、覚えているかのテストを行うからだ。
もちろんそのテストは満点以外を認めず、間違えたらすぐに説教に入る。
だから今回もちゃんと痛みの悲鳴を漏らさないよう口を押えながら説教を逃さず聞くつもりだった。
だけど、お母さんの行動はいつものそれとは違った。
「虫がいたの。あんたの部屋に。だからびっくりして潰しちゃった」
淡々とした色のない声でお母さんは語った。
「お母さんが虫嫌いなの、知ってたよね? ねぇ?」
詰め寄ったお母さんが私の腕を持ち上げて力づくで立たせようとする。
反抗なんてできない私は察して自分で立つ。
「なんで私の家に虫がいるの。勝手に?ううん。あんたが入れたんだよな?」
前髪がちぎれてしまうかと思うくらい強く引っ張られる。
刺されたような痛みで目から勝手に涙があふれ出てくる。
「ぁ…ひぁっ……い……」
「泣いていいって言ってねぇよ!! 誰が悪い!? 誰が悪いんだよっ!!」
「ぁ…わっ、らひ……わた、し……です……っ」
そう言うとお母さんはひとまず満足したのか、掴んだ髪を張りはらって私を床に座らせる。
目の前には潰れて壊れた紙の家がある。
お母さんが足で私の背をつついた。
「謝れ。あんたのせいで死んだ虫に謝って」
「……ぇ」
理解が遅れる。
いや、理解が出来なかった。
「あんたが家に入れたから。お母さんに黙ってたから。その虫は死んだ。だった謝らないとなぁ。悪い奴はあんただって言ったんだから、謝れっ!!」
息が、胸が、苦しかった。
それはお母さんが怖いから?————【違う】
なら自分が許せないから?————【断じて違う】
震える手を伸ばして、くしゃくしゃになったそれに指を乗せる。
そして思い出の籠った紙の家をばらして中を覗いた。
そこにあるのは土くれ、粉々に砕けた友達の欠片。
「あ? 虫はどこだよ。ここに逃げ込んだはずじゃ…」
私に応えてくれない土くれを見て、私は思いの外落ち着いていた。
期待は既に消え去り、希望は絶望感に成り代わっていた。
後悔や懺悔など、その時の私は幾らでも出来ただろう。
でも————声が耳元で囁いたんだ。
「あ? なんだその目————ガッ」
再び私の髪を掴もうと伸ばした手を掻い潜る。
「…あ、ああ……っうあああああああああああっ!!」
振り返る勢いを残したまま右手をお母さんの口に突っ込んだ。
私の手は小さく、簡単に奥まで入る。
突然の行動にお母さんは驚いて尻餅をつき、続いて私は跨って更に奥へと手を入れる。
お母さんは泣きそうな顔で私の体を殴った。
でも不思議な事に痛みはない。
あはは…それはそうだ。
だってもう何もかもが、どうでもいいんだから。
声は言った【取り返せ】と。
今はもうそれに従ってみようと思った。
もうお母さんの命令になんて従うのはごめんだ。
だから————
「返して」
お母さんの顔は真っ赤な鬼ようで、人とは思えない面だった。
(ああ…元から人なんかじゃなかったですね)
「【返せ】」
ふと何かを掴む感覚があった。
それはあ母さんにしがみ付く左手でも、喉元まで入り込んだ右手でもない。
もっと深い部分、目に映らない深い深淵の奥の奥。
そして、私の手で取るには大きいソレに、そっと触れる。
【おめでとう】
そんな声が聞こえた途端、お母さんはビクリと大きく跳ねると動かなくなった。
脱力した体から両手を離す。
もう両腕に力は入らない。
大の大人に対抗するには、まだ幼い体には無茶が必要だったのだろう。
兎に角、これで私はもうお母さんに従わなくて済む。
そう思ったら、私は泣いていた。
嬉しいのだ、きっとそうに違いない。
解放に胸がすくはずなのに、私の心はまだ重かった。
段々と思考が暗く沈み始める。
酷い体力の消耗で私は睡魔に襲われていた。
抗う理由がないと、私は重力に従って崩れ落ちる。
幸い倒れた側には死なせてしまった友達がいた。
これが最後の機会になると思って、体を土くれに被せた。
丸めた体はベットの上じゃないけど、一緒に寝た日々を思い出させる。
ごめんなさい、そう言っても伝わないことに嗚咽を漏らす。
そして私は泥のような眠りについた。
「アリガ…トウ」
応答が、後ろから聞こえた気がした。
幼少期編です。次回は入試です。