会場に入り指定された教室へ、そして受験場号に割り当てられた一つ目の
座った後も震える体に、発汗も止まらず、私のコンディションはよろしくない。
今年度の受援者が集められ、他者の不安や緊張といった感情が息を吸う度に流れくる。
とんでもない倍率の高さを誇る雄英高校の受験、その開始まで残り僅か。
限られた時間に今までの全てを注ぎ込まなくては、
筆記に備えて草臥れた単語帳を見つめる者や、付箋紙まみれの参考書をめくる音が聞こえていても、何にも手が付かずにいる。
真っ白になりつつある頭を必死に押えながら、ついに私は目の前に迫るテストを迎えてしまった。
筆記は今までの積み重ねが功を期したのか解けない問題は出なかった。
これは勉強のできない自分を必死にサポートしてくれた彼らや両親の存在が大きかった。
机に向かって勉強に取り組んだ時間に目頭を熱くしながらも、速やかに私は次の戦場に移動した。
入るとそこは中心の講義台を囲うように高低差のある机が並んでおり、大学の教室に近い空間が広がっていた。
第二試験は実技で、その前に試験内容の説明の時間が設けられた。
講義台に一人の男が上がると部屋は途端に暗くなる。
進行役の男に見覚えがあると感じていたら、となりの受験者が「プロヒーローのプレゼントマイクじゃん…っ⁈」と小声で解説してくれた。
「今日は俺のライヴにようこそー!!! エヴィバディセイヘイ!!!」
会場の張りつめていた空気が更に深い静寂を男に返した。
「こいつはシヴィーー!!! 受験生のリスナー!」
男の場違いな声に静まり返ったというのに、男はめげずに「YEAHHHHHH!!!」と叫んだ。
(う…っ。この感じ、この空気。私だったら何も考えられなくなってること間違いなしです。メンタル強いですね。ヒーローならあれくらい必須なんでしょうか…?)
ハイテンション、ビックボイス、そしてロックな出で立ち。
その場違いに思えてしまう格好により、ここが最難関高校の試験会場である事実が頭から抜けそうになる。
しかし彼はヒーローで彼にとっての正装があれなのだから、私を含め誰も咎めることはなかった。
「入試要項通り!リスナーにはこの後!10分間の“模擬市街地演習”を行ってもらうぜ‼」
しかし、張り上げた声と受験者との温度差はかなり離れているものの、当初の目的通り試験の説明は進んでいた。
なんだかんだ場をハチャメチャにしていたようでも、男の説明は分かりやすく予定時間通りに進行した。
「"
「——賽は投げられてんぞ!!?」
その声に私はようやく他の受験者に出遅れたことに気づいた。
「私のばか……っ!」
急いで走るが先行した人たちとの距離は縮まらない。
しかし理由は既に分かっていた。
それは私がこの試験の為に持ち込みの申請していたアイテムである。
少し丈夫な袋に入った土が私の足の歩みを遅らせている。
段々と物騒な音が聞こえてきた辺りで私は準備に取り掛かった。
(お願いっ。来て!)
私の"個性"『ゴーレムマスター』には致命的な弱点がある。
"手に触れた土をゴーレムにして操る個性"と、私の個性届けには書いてあるだろうが私の実感はそれとは若干違いがある。
それは、私はゴーレムを別に意のままに操ってはいないということ。
私の意思がゴーレムに直接作用していない、それが"個性"の弱点、この試験最大の博打だった。
「な…なんで、うそ。発動はしたのにどうして……」
発動条件が違うのか、"個性"への理解が甘いのか。
雄英の試験に向けての勉強の片手間に私は私の出来る限りををしたつもりだ。
しかし、目の前の動かない土はどうだ。
(これじゃ何の意味もないじゃないですか…)
手に触れた土は私が慣れ親しんだ家の庭から採取したもので、これまで練習に何度となく使用している。
なのに今に限って私の声に応えてくれない、私のゴーレムは動かなかった。
このままでは試験は何もできずに終えてしまう。
『——標的補足!!』
「え……?」
『ブッ殺ス!!』
袋に入った土に注意を向けていて、私は身の周りの状況把握が疎かになっていた。
疑似的に再現された市街ビルの1階から飛び出てきたのはプレゼントマイクが説明していた仮想
脚部の装甲に【1】と書かれたそれは三種の中で最もサイズが小さいと聞いていたが。
(デッカい!! めっちゃ大きいじゃないですかっ)
私なんて優に越した二倍ほどの図体が私に迫ってそのアームをこちらに振り下ろす。
鉄のかぎ爪が、私に急接近する。
私は咄嗟に反応できない。
「—っと。あっぶねセーフ。そこの女の子大丈夫か!!?」
目の前、拳一つの間隔を空けてロボットアームは止まっていた。
アームには何やら白いものが巻き付いており、それが私への攻撃を止めていたようだ。
「せーのっ!」
上からブリキが勢い良く降ってロボットのカメラのついた頭部をいとも簡単に破壊した。
ブリキにも先ほどと同じく白い布のような—テープが巻き付いている。
1本目のテープがロボットの動きを止めて。
そして2本目のテープが他のロボの残骸を遠心力でぶつけ、仮想
手際よく仕留めたそれを一瞥した後、それを成した人物が駆け足で私に近づいた。
「怪我ねぇか⁉︎」
体は細身ではあるが引き締まった肉つきをしており、肘は丸く太く膨らんでいる。
先程から出していたテープはその肘から伸ばしているようで、それが彼の持つ“個性”のようだ。
「大丈夫です。助かりました。…けどもう行ってください。あなたも私も、試験はまだ続いていますから」
今回は同じ受験者である彼に助けられた。
しかしここで足踏みしている暇はない。
ゴーレムが動いてくれなくても私の体はまだ動けるのだから、こんな序盤で諦めるのは私自身が許さない。
「いやもうやめた方が…。だってあんた、
「……あ」
彼に言われて、私は頬に流れた涙に気付いた。
気付いた途端に涙は私の意思に反してその量を増やしていく。
隠そうと持ち上げた手の震えと、立ち上がろうとしているのに力の入らない足が、私がこの試験の恐ろしさを知ってしまったことを告げていた。
「とっ兎に角! この試験早速怪我してる奴もいっから、あんたもリタイアすんなら我慢せずさっさとした方が良いぜ」
泣いたことに戸惑いの表情を見せながらも、彼は最後まで私を心配してこの試験から降りること提案した。
それは他の
あれは純粋な善意によるもの、目の前にいる泣いた子供に手を伸ばすヒーローの眼差し。
"目の前の誰かの為に立ち上がることが出来たら、その時君はヒーローになる"
今日出会った彼の言葉が脳に過る。
私には分からないと棚に上げたその言葉を、今目の前の受験者は体現して見せた。
お父さんがヒーロー好きで、私がヒーロー科を目指すことを知って大喜びした理由が分かった。
(そんなの憧れてしまうに、決まってるじゃないですか)
だけども、私の心はもう折れて、冷めて、諦めている。
彼の言葉の意味をやっと理解できたのに、それが夢の終わりになってしまうなんて、なんとも笑えない喜劇だ。
《あと6分2秒~》
「げっ……、ってちょ!おいおま…!」
私は訳も分からず駆け出した。
残り時間を告げたアナウンスに気をとられていた彼の手は届かない。
目的地はなく、私に残っていた体力をただただ浪費するだけの惰性の逃避。
足に力が入っているのも不思議なほど、今の私は錯乱している。
進む先から低い破裂音が聞こえるが、私に気にする余裕はない。
ここではない場所へ、何処でもいい誰でもいいから。
(私って、一体なんなんだよ……)
—だた私を見つけてほしかった。
「死ねぇ!!!」
眩い光が私の視界を覆って隠した。
続いて鼻に入った火薬の匂いで意識が正気へ引き戻される。
吸い込んだ煙に体が拒絶を表し咳を誘発する。
目に入った埃を手のひらでこすってゆっくり薄く瞼を開くと—
「……ぁ」
ロボットの
「…ヒュ…ッ……ぁ」
機体全体に焼き焦げた跡が見られ、誰かの"個性"によるものだと理解する。
脚部に【3】と書かれたそれは今はもう力なく地に横たわり、人体の首に当たる部位はもげ、内線でぶらぶらと振り子のように頭部のレンズが私の視界を横断する。
その無残な惨状は先程私を襲おうとした仮想
「オラっ!オラっ!オラララっ!!!」
煙幕が薄れて辺りが見渡せるようになれば、そこには他の受験者がポイントを巡って自身の"個性"を存分に発揮していた。
「せい! やっ! とぉ!」
巨大化した拳で鉄の装甲を紙くず同然に破く格闘技の少女。
「キッキッキーノコ!」
装甲を大量のキノコで内側から破裂させたロングボブの少女。
そして—————
「69! 70! 71! 足りねぇ…全然足りやしねぇ」
「俺の華々しい功績の糧となれや!この鉄屑共ォ!」
荒々しい爆炎をまとい宙を駆る破壊者と化した少年。
破壊された仮想
これらすべてがこの試験の受験者が作り上げた光景で、私もそうなるはずだった。
恐ろしかった—————【何が?】
壊し、壊されるのが—————【どうして】
だって、私は重ねてしまったんだ、彼らと。
強い力によって壊され、私の声に応えが返らない、そんな悪夢を私は知っている。
私は今でも夢に見る、見てしまう。
【忘れるな】と声が言うんだ。
"びっくりして潰しちゃった"
大切な家族を、
お母さんが私に厳しかった頃の最後の記憶。
あの時の絶望と恐怖が忘れられるものでないことなんて、私が1番に知ってるのに、私は目を向けないようにしてきた。
しかし、私に足りなかった物がコレだったんだと気付く。
今なら欠けていた欠片が、本来ならとっくにハマっていた私の
だってこれが—
「【私の
なのだから。
その時、とある受験者は垣間見た。
少女の変貌の、その一端を。
ただの無垢なそれが自身の色の見つけて喜ぶ光景を。
微笑む姿は春のひと時のように朗らかに感じれたかもしれない。
しかし、少女が見つけて真っ白なキャンパスに塗った色にはそんな幻想を殺すだけの力があった。
「ひっ…!」
見た、知った、そして恐怖した。
それが生まれたことに、その誕生に立ち会った己の不運を彼女は呪った。
その
高揚した頬を裂くように吊り上がった口角。
三日月状に細めた瞳から指す眼光は人ならざる異形由来のそれであった。
誰もが
(…そうか。そうでした。そうに決まってた。納得です。)
分かってしまえば簡単なことで、暗闇に戸惑いながら逃げる必要なんて何もなかった。
私は失う恐れを思い知った、それだけのこと。
「
それが
やっと本心が、己の中身が見えたことを私は心の底から喜んだ。
「ゴーレムが私を守ってくれた」
長く暮らしてきた家族よりも、寄り添ってくれるゴーレムが好きだ。
己の保身を優先して実の子を放置したお父さんよりも、ベットもお風呂も一緒に居てくれたゴーレムが好きだ。
可愛がるだけで守ろうとしないおじいちゃんおばあちゃんより、私を一番に考えてくれるゴーレムが好きだ。
「ゴーレムだけが私を一番にしてくれた」
誰が何と言おうとも、私はゴーレムに全幅の信頼を置いているし、心の臓の奥深くから彼らを想っている。
今ならゴーレムが試験中に動いてくれなかった理由も、私が傷つくのを止めたかったからだと分かる。
「ゴーレムが傷つくなんてまっぴらごめんです」
「……おい。なんだよあれ。デカすぎんだろ」
「に、に、に……逃げろォ!!!」
私の本当の気持ちに気付いた途端、さっきまでのモヤモヤが噓だったかのように消えていく。
ヒーロー科試験?
もはやそんなもの、どうでもよかった。
(今はただただ、この高鳴りが心地いい)
気持ちのいい突風が全身をくすぐるように駆け巡る。
目に映る物全てが移り変わっていくのを感じる。
進む足に伴い自然と口角が上がっていく。
私は、走る受験者の間をゆったりと通り抜ける。
「ただ今は、あなた達に感謝を、です」
この受験で出会った全て、この気付きをくれた声に、そして支え続けてくれた彼等に、心からの“ありがとう”を送る。
心地良い鼓動に鼻唄を鳴らし、地響きが鳴る巨人の足元に私は手を伸ばす。
そっと触れれば私の思った通りだ。
やはり私の得た確信に間違いはなかった。
「皆さん。ありがとうございました」
私はこの試験において最も
しかし、得たものは
私はたった今産まれ、その産声をあげた。
なら、今だからこそ言いましょう。
「これは私とゴーレムが歩む物語です」
そしてゴーレムへの愛による物語だ。