高校生活初日、私の新たな学校での日々が始まる。
「うぅ…朝? あぁ朝ですか。でもまだ眠い…Zzz」
私は完全夜型決戦人間、朝は起動に手間取ってしまう。
春休みがあっという間に過ぎても、私が逆転に逆転を重ねた体内時計は今尚狂ったまま針を進めている。
なんせ私はやる事が、それもう多かった。
高校の勉強に向けた基礎の確認や予習ではない。
それは私が実技試験で気付いた真理、つまりゴーレムへの愛を育むことだ。
ゴーレムは私が小さい頃から助けてくれたし、守ってくれた。
私が転びそうな時は身を挺して衝突を防いで、私が小学校にお弁当を忘れた時はこっそり届けてくれたし、男の子と喧嘩して怪我をしそうなときは皆んなが戦ってくれた。
ゴーレムは家族で友達で、そして今ではそれ以上の相手だ。
この想いを知ってしまった私はこの胸を高鳴りを抑える事など不可能だ。
まず初めにゴーレムとの向き合い方を考えた。
友達以上で家族以上でもあるゴーレムを私はどう認識して、今後どうなりたいか。
恋人? 夫? それとも妻?どれも違う気がした。
この胸にときめく想いに名をつけるならそれは『親愛』と『友愛』。
『恋愛』ではない、これは独占欲や執着なんて黒い想いでは無く、私に足りなかった欠片だ。
「決めました」
飽くまでもこれは関係を言語化して縛る為ではない、私とゴーレムは今までもこれからも深い部分で繋がるパートナー、それを枠で固めることなんてしたくない。
「ゴーレム。あなた達はこれから、私の…」
これは誓い、欠片をはめて初めて完成することのできた私の最初の誓い。
これからも、そしてこれからも共に歩むゴーレム達への誓いの言葉。
「愛する可愛い可愛い子供です!!」
そして私は、今日からお母さんになった。
「それじゃあ早速だけど、最後は彼に君たちへ一言もらおうか!」
小さな校長の声が終わると共に、圧倒的な存在感が私達を襲った。
誰もが見たこと知ったこと聞いたことのある彼、平和の象徴が現れる。
その存在が居ることによって生まれた衝撃は、まるで爆弾が爆発したかのようである。
椅子から立つ者、転ぶ者、半狂乱で舞上がる者で入学式は満たされた。
「
空気が男を迎えた衝撃で吹き飛び、壇上の式次第がパタリと倒れた。
その御決まりの文言は今年度の学校生活の1番の衝撃の出来事として、入学者達に刻み込まれた。
(なぁんか盛り上がってますねぇ。それより子供達は不安がってませんかね。もし寂しがってたりしたら…私は親失格ですッ!ああ心配だぁ!!)
頭の中がゴーレムで埋もれた私を除いて、ではあったが式は無事に進行した。
私はゴーレムに夢中になってしまい、スペシャルゲストの登場を完全に見逃していたのだった。
「
激動の入学式を終えた私は教室に舞い戻った。
私の教室は1年Ⅾ組で、ヒーロー科は落ちて滑り止めで受かったのでめでたく普通科だ。
お父さんは私の不合格の通知に酷く落ち込んでいた。
夕方に郵便ポストに配達員が投入する前にひったくったそれを、祈る姿勢のお父さんの目の前で開けてしまったのは失敗だった。
その時の表情は、もう私の脳裏に深く刻み込まれてしまった。
その後私は落ちたのにも関わらず顔を曇らすことなくお母さんに夕飯の献立を訪ねた時には、お父さんは私に代わって顔を曇らせていた。
ショックを内に隠して心の底では泣いているとでも思われたのかもしれない。
特に後悔なんてない私からすれば申し訳ないと思うと同時に、何か聞かれても面倒なので都合が良いという思いがあったのでお父さんとはそのままだ。
そのせいで現在進行形で家は気まずさと、私という腫れ物をどう扱うかとういう難題によって空気がとても重苦しい。
一方、お母さんは自然体どころか不気味な程無関心だった。
私もお母さんに話しかけられたら返事が上手く口から出て来ないと予想していたので、出来ればよして欲しいとは考えていた。
でもそれを読んでいるかのようにお母さんが気を使っている状況が目の前に広がって、私は酷く混乱した。
確かにあの日からお母さんは人が変わったように大人しくなった。
けれど、人の心情を察してその上で気を使うなど、あのお母さんは
反省で日頃の言動を変えられても、配慮や気遣いはお母さんにこれっぽちも備わっていないことは私もお父さんもよく知っている。
だからこそ私は怖いし、今のお母さんは誰なのかわからなくなる。
昔の身勝手で自己中心的思考の持ち主で、家ではその
今はその反対に他を想い気遣う精神を持ち合わせ、いつだったか私の思い描いていた理想の母親像を体現したお母さん。
どっちが良いかなんて不毛な問いを自身に投げかけるなら、それはどっちも“嫌い”の一言に尽きる。
だって、私にとってのお母さんは“お母さん”でしかない。
お母さんが“お母さん”を名乗る限り、私はお母さんを愛さないし愛せない。
過去の所業に謝罪が無かったわけでないが、これは赦すとか落とし所を見つけると言った話ではもう無くなっていた。
よって、私はお母さんが嫌いで大嫌いだ。
(私は、絶対あんなことしません。子供は愛する者で、お母さんは子供を全力で守るっ! それこそが正しい
お母さんを反面教師に、私は
完璧な初心、後はこれを忘れずに子供を育てるのみ。
(やりますよー私はっ。最高最善のお母さんになるんですっ!)
初心を忘れず、良き母になることを人知れずに我が子に誓う。
そんな感じで子育ての意思表明を脳内で掲げていると、どうやらクラスの自己紹介が知らぬ間に終わっていた。
新しい学校、新しいクラス、新しいクラスメイト。
新鮮さ溢れる学校生活が今日いよいよ始まった。
登校初日に起きるイベントといえば言わずもがな入学式と自己紹介だが、それはあの男が全てかっさらってしまった。
「ねぇねぇ。さっきのオールマイトだよね!あのインパクトに神々しさ!やっぱり本物は別格だよ!」
「俺。次に会えた時の為に毎日サイン紙持ち歩くわ」
「俺は職員玄関で張り込むぞ」
「教員になるとは…、でも新任職員紹介の後だったしもしや!?」
「僕は一目見れただけでも満足。あぁでも叶うならもっと近くに…」
クラスメイト全員の自己紹介が終われば始まるのは
帆を赤めたり、興奮したり、悶絶していたりと大騒ぎだ。
それもその筈、なんせこの
正にお祭り状態、曲でも流せば踊りだしそうな雰囲気がこのクラスには漂っていた。
「ちっ」
訂正、私の隣はその沸いた空気を完全に弾いていた。
「なに」
「いいいえっ!。なんでもない…です。すみません」
こっそり視線を向けたら一瞬でばれて、ガンまで飛ばされてしまった。
入学初日は皆テンションをはり上げているのに、私の隣の席は見るからに不機嫌であった。
何を怒っているのか、何か気に食わないことがあったのかはサッパリ検討がつかない。
それでも、登校初日からクラスメイトから嫌われるのは大変よろしくない。
今後の『班分け』『ペア探し』などの重大イベントにも響くこと間違いなし。
ならせめて、初日はお隣さんには顔を覚えてもらうくらいには交流を深めておく必要があった。
(でも…ああなんかめっちゃ睨んでる!なんでだぁ!?)
騒がしいクラスのみんなの声などお構いなしに、私の心臓のビートは爆音を轟かせた。
お隣さんとの距離は約1メートル、しかし心の距離は地平線のかなた。
睨まれた挙句無言のままこちらジロジロと観ている様は、正に絶対的捕食者の風格。
この高校にヤバい人物が入学していることは、あの実技試験で覚悟はしていた。
(あのボンバー爆裂非行少年とかとか…)
あれが日本国内最たる不良だと今でも思う。
けれど、視線だけでもこの重圧。
他をひれ伏させ、足裏に置くにふさわしいか値定めすかのような視線。
ただならぬ気配を横から浴びせ続けられたら、あの少年もただの子供だと思えた。
「ねぇ」
「…アヒ」
「あひ?」
早速噛んだ、積んだ、終わった。
クラスで私は孤立し、華の高校生活が終わる。
「失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した…」
「この後、あなた暇?」
「…………ハっ! ひ、暇です」
「そう。良かった。なら放課後、私に少し付き合って」
「はひ?」
錯乱から帰った私にお隣さんはそう言った。
淡々と、しかしその視線が変わらず鋭く突き刺さったまま、私はナニかにお誘いされた。
唐突に処理しきれない言葉が入ってきたせいなのか、私は彼女の表情をまじまじと見つめ返せた。
つり目で黒い眼としなやかな長髪を持ち、薔薇の孤高さと菊の花を思わせる凛とした佇まい。
けれどどこか寂しさを感じさせて、その違和感が彼女が私に与えた印象を狂わせた。
「さっきクラス全員が自己紹介したけど、貴方は聞いてなかったからもう一回してあげる」
教室の窓際に座る彼女の名前は
「
これっぽちの親しみを込めず言い放つ様も絵になる彼女は、続けて吐き捨てた。
「気持ち悪いから声はなるべく我慢してね」
こうして日本最高峰たる雄英高校での生活が今、始まりを告げた。
「ん?」
視線を感じて振り返るとそこには隠れる気が無いのかあるのか、今年度から職場仲間となる
(気のせい。と、暗に考えるのは危険か)
後ろの新米ほどではないにしろ男もプロヒーロー、踏んだ場数は数多い。
その経験から培ったノウハウと直感は大事な武器となり、それが簡単に鈍るようではプロが務まるはずがない。
「どーいうことだ」
(ちっ…少し目を離したらまたかよ)
僅かながら焦げ臭さが宙に舞う。
それは先のテストで生じた残り香ではなく、たった今出たもの、つまり。
「こらワケを言えデクてめぇ!!」
「うわああ!!!」
"個性"の無断使用。
ここが雄英の敷地内だろうと、先程まで限定的に教師監督のもと許可を得ていたとしても、それが他者を害する免罪符にはなり得ない。
("要"指導対象だな。二人共々)
片や己の"個性"を御しれず、兆しこそ示すがまだまだ未熟な点は変わらない、剰え目的のために自傷を躊躇わない破滅型の
片や己の感情を御しれず、他者への攻撃に躊躇いが無いことから、それが入学以前からのものだと察せられる素行を悪さを持つ、行き過ぎた完璧主義の
両者共に光るものを持ってしても、このままではプロになる前に腐るのがオチだ。
(今はまだ、だと良いがな)
精々除籍処分の筆が鳴る前に巣立つ事を願い、男は目の前の事態に合理的対処を実行する。
「俺はドライアイなんだ」
男は教師として、