雄英高校の記念すべき初登校を終え、放課後となった。
私は今、お隣さんになった
「ここのメニュー、いっぱいあって選びにくいでしょ。私のオススメはコレ。紅茶が苦手ならコーヒーもあるわよ」
「ど、どうも」
高校生になったら、一度はこうしてオシャレなカフェに行き、“映え”とやらを追い求めるのも悪くはないのではと思った。
大人な雰囲気に囲まれ、店の優雅さに酔いながら、そのひと時を写真に残し世間の共感を受ける。
実際世の女子高生が如何なる心情でSNSで発信しているかなど、私にはまだ理解の及ばない世界だ。
しかし今の私でも言えることが有るとすれば、これは絶対に“映え”ではない、ということだろう。
「帰りたいなら素直に言えばいいのに。怒らないわ。私も貴方の顔すら嫌いになりそうだし」
「ひぇ…ヒョウデスカァ…」
なんだか懐かしさを感じる距離感に、全くありがた味を感じることなく時間だけがゆっくりと流れて行く。
(うっ…。この人の刺々しさ、なんか昔とても似た人がいたような…)
兎に角、ここで怯んで黙る訳には行かない、私が次に取れる行動は主に2つに縛られた。
一つ、言われた通り帰る。
『急用を思い出しました。帰ります』
『そう。私、やっぱり貴方が嫌い。もういっそのこと退学してくれない?』
一つ目はアウト。
ここでの逃げは取り返しが付かない上、彼女からの異常なまでに低い好感度は私のクラス内の立ち位置に悪影響が出るのは明白だ。
例えば、ある個人を嫌う人間が同じ空間にいる際、大体の人はその人間に何か深い事情があると察するだろう。
しかし私と彼女の場合、特にそんな事情は全くないので第三者からすると隠している、または触れられたくない事柄だと更に勘違いが生まれてしまう。
ムードメイカー兼マイペース体質なら兎も角、私が今日見た限り普通科のクラスDは名の通り良くも悪くも一般的で平均的な人間しかいない。
つまり、私はここで彼女の話から逃げてはならなくなったのだ。
「オススメ、飲んでみたいです」
「…そう。少し、いやかなり癖があるから無理そうなら言って」
私がそう言うと、少し彼女の手先が跳ねて、直ぐに元の彼女に戻ってしまった。
しかし会話のテーブルから追い出されることは回避できた。
石榴さんは唯一の店員である店主に慣れた様子で
「率直に聞くわ。貴方の目的は、ナニ?」
「…………え」
登校初日に出会い、出会ってからいくつかの言葉を交わしただけの相手から、まるでドラマの刑事が言いそうな質問が飛び出してきた。
店主が茶葉を準備する音が今この瞬間、耐えがたくも少し引き伸びて欲しくも感じる沈黙の上に響いた。
「何を言って…」
「率直に聞くわ。貴方の目的は、ナニ?」
「いや…繰り返して欲しかったんじゃないです。聞いた上で聞き返したんですっ」
全く同じ文言を再生した彼女の表情は固い。
まるで私がそうであると、何か確信があるような口ぶりだった。
しかし本当に私は彼女を知らないし、今日が初対面。
ここまで執拗に疑われる言われは私には無い筈だった。
「そう…言う気は無いみたいね。なら一旦話を変えましょうか。本題にも少なからず関係する話よ」
そう言うと、彼女は楽な姿勢を取りつつ話し始める。
「私たち普通科は
困惑したままの私に対し、彼女は丁寧に普通科クラスの存在というものを語たりだした。
しかしその分、雄英高校ヒーロー科の門はとても狭く、同時に狙う者も当然多い。
夢の為あらゆる犠牲払って来た人間が、全国から集い競ったのがあの雄英入試だった。
時間、金、コネ、そして未来をチップに足を運んだ全ての入試受験者の内、門を潜れるのはたった40名。
光ある未来が待つ合格者の陰に俯く
しかし、雄英高校は散った泥だらけの花弁を搔き集め、錆びた闘志を燃やす場所を用意していた。
「それが普通科。他の【ヒーロー】【サポート】【経営】の名を冠するクラスとは違い、普通科は現状に対し不満を持つ者を多く抱え込んでる。大学への進学斡旋を謳う、所謂特進クラスの体裁をとってはいても、彼らは眼中にない。それは貴方も見たでしょ?彼等の馬鹿騒ぎ」
今日の入学式に見た光景は、私の記憶にまだ新しい。
彼が来た、それだけで律させていた秩序ある入学者一同の心は揺さぶられ、挙句崩壊した。
しかし歓喜に喘ぐ者も、甲高い歓声で昂る者も、それら半狂乱の生徒は、普通科のみだけに見られた。
「憧れが拗れて、半分退行化した彼等が何故、あーも熱烈に彼に反応したのか」
「……」
「ここまで言えば分かったでしょう。そう…彼等は諦める事を諦めた。いや、諦める機会が奪われた」
「…っ!」
機会を奪うとは、それが何を指しているか。
確かに私のクラス、ひいてはお隣のクラスもだが、何か違和感が有るのは事実だ。
まるで虎視眈々と獲物が横切るのを待つ獣のような、何かを狙う意思が彼らにはあった。
彼らが向けるものが現状への批判なら、その意思が行き着く先とはつまり。
「普通科はヒーロー科の生徒に敵対心を持っている…?」
「すべて、ではないにしろ。目指したヒーロー科ではなく、普通科に来た生徒は心のどこかに消化しきれていない未練を抱えているようね」
「でも、それは」
「ええ。何も可笑しくはない。でも、可笑しくはなくとも、不自然なのよ」
自分が手にできなかったものを、目の届く範囲にそれを持つ存在がいる。
その状況下で相手を一方的に妬むことは、人であれ動物であれ仕方が無い感情の起伏だ。
正しくはない、それでも間違いとも断ずることのできない問題だ。
後悔も怒りも、一度生まれればそう簡単には消えはしないのだから。
しかし、彼らの場合は少々目につく点があった。
彼らはヒーローになりたいが為に、雄英高校の受験者となった。
例え力及ばす失敗に終わったとしても、可能な限り足掻くことはできたはず。
それにも関わらず、彼らは『ヒーローになる』という目的から外れ、この
普通に考えるなら諦めて別の道に進んだように見えるが、彼らが見据えるものは別にあるのだと知った。
もし彼らが見ているものが、受験の時から何ら変わらず顕在であるのなら、一体その先に何があるというのか。
「ヒーロー科のある高校は他にもあるのに、彼らが雄英に入って来たのには理由があるのよ」
そう言うと彼女はポケットからスマホを取り出し、予め用意していたのだろう画面を差し出した。
そこにあったのはネットの掲示板、私には余り縁のなかったそれは、彼らが見ているものについて語られていた。
「え!『ヒーロー科のあるクラスが全員除籍処分』!!?」
「それも関係しているけど違うわよ。そっちじゃなくてこっち!」
目に付いた太文字に気をとられた私に彼女は叫びながら画面に指をさした。
昨年の日付に書かれたのだろう掲示板にはこうあった。
「一定の実力を認められた生徒が、ヒーロー科に転科…?」
そう、それは受験ではなく転科による
「加えて、昨年のヒーロー科のあるクラスが全員除籍処分を受けたという噂。それがあるせいで、ヒーロー科の椅子取りゲームが実際に出来ると躍起になってる奴がいるのよ」
「そんなことって…」
「ええ…、少し考えれば分かるけど、ある訳ないわ」
一定の実力とは、学力や個性の適切な運用と深い理解など様々な項目を総合的に測って見られる。
しかしそれだけで入れる場所でない事は、あの日
プロヒーローに求められる役割とは、暴れる
自然災害の人命救助や避難誘導、更には他のヒーローとの連携など求められるものは数多い。
その為、ヒーロー科にはそれら知識・技能を教わる『ヒーロー基礎学』が特別に設けられている。
更にそこに莫大な資金と絶え間ない労力が注ぎ込まれるのが、この雄英高校が日本最高峰と呼ばる所以でもある。
それは実技試験の過酷さと共に私自身も存分に味わっていた。
「最高の環境で選りすぐりのプロヒーローが鍛え上げる教室に、途中から何もしてなかった
呆れた様子でスマホを見つめるその視線は、書き込みをした誰かを非難するかのようであった。
もしこの情報で雄英に来るべきでない人が、ありもしない蜘蛛の糸を手繰ろうとしているのだとしたら。
彼女の厳しい表情も、彼女が持つ善性から来るものに感じられた。
「あれ…。ならなんで石榴さんは普通科に来たんですか?」
「なにも普通科の人間全てが騙された阿呆ばかりじゃないわ。ちゃんと自分の進路を考えて、その上でここが最適だった人も中にはいる。寧ろ比率的は其方の人間の方が多い。可笑しいのは一部だけよ」
「ああ!そうだったんですね。石榴さん真面目そうですし、やっぱり行きたい大学も決めてるんですか?」
「いえ、これといった行き先は決めてない。そのうち決めるわ」
「……あれ…?」
何とでもないと言うように、彼女は自身の未計画性を語る。
全くもって、彼女という人間が分からない。
彼女のことを少し知れたと思った途端に、私は彼女への理解度が振り出しに戻されてしまった。
「なら聞くけど。貴方はあるの?行きたい大学、もしくは目指してる職種でも構わないわ」
「………」
「無いってことね。やっぱり、そうだと思った」
聞き返された質問に私は無言で返した。
私にとって、私の人生とはあの受験からのものだ。
生きる方針なんてつい最近定まったばかり、高校もその場のノリみたいなものだった。
「お待たせしました。ゴールドティップス・インペリアルです」
「ありがとうございます」
渡すタイミングを見計らっていたのか、店主は会話の途切れた私たちの合間に2つのティーカップを置いた。
彼女が品のある仕草で紅茶を飲む間、私はただ見つめることしかできない。
ゆっくりと一口飲んでから、ティーカップは元の食器の上に戻される。
カチャンと心地良く鳴る食器の音に、私は心なしかここからが話の『本題』が始まるのだと告げられた気がした。
「私は、今年度の体育祭で上位を狙っている」
「………………………は?」
彼女は突然、とんでもないことを言い放った。
雄英の体育祭と言えば、日本に住む人間なら誰もが知る特大イベントだ。
毎年ヒーロー科の生徒が中心になって盛り上がるそれは、TVを通じて全国放送される。
彼女が言う体育祭上位とは、毎年見せるあの熾烈な激闘に参加するということだ。
「実力を雄英に示す…? でも転科は無理って今さっき…」
「目的は別よ。やる理由ができたから、やる。その為に是非貴方とは事前に話を付けておきたかった」
彼女は徐に立ち上がった後、私の瞳を見下ろした。
彼女の黒い宝玉の目が先程の続きだと、今度は逃がさないという意思を込めて私を射抜く。
「今年は【普通】の筈だった枠に、
透き通るような白い掌が私の目先に伸ばされる。
「貴方は何をしにこの雄英に来た? 私はそれを体育祭で見極めたい。言葉ではなく行動で、
そこに込められた想いが何色で、何故その指先が極小の震えを抱えているのかは、私には推し量ることが出来ない。
でも、これがただの勧誘ではないのは分かる。
この行為そのものが彼女の最大の博打なのだと、その瞳から伝わる覚悟が物語っていた。
「見せなさい。貴方は一体、何を成すの」
彼女は何処までも強く、誰も寄せ付けない。
結局、私は彼女のことを1ミリも理解が出来なかった。
しかし最後のその瞳に見つめられた瞬間だけは、彼女の姿に少しだけ見覚えを感じた。
(お母さん…)
彼女はあの人に似ていると、私は心の底でそう思った。
一方その頃、喫茶店の前には2つの人影があった。
「…ふむ、これは」
「? ジェントル、どうしたの?」
「ラブラバ。今日は良い日になりそうだ」
客数の少ないこの店に、馴染みの無い顔触れが2つ。
更に加えて、彼女らの会話には惹かれるものがあった。
勿論男は偶然聞こえてしまっただけで、故意ではなかったが。
「さぁ。励み、挑み、進むと良い雄英生。1人の紳士として、微弱ながら応援させて貰う」
紳士は陰ながら少女たちの健闘を祈る。
「そしてあわよくば、同じ紅茶の同志として是非語り合いたいっ!」
たがそれとは別に、紅茶仲間として彼女らと接点を持つようになるのは、また別のお話。