その者の“願い”は、その者の内にある“光”の強さに表れて見える。
したい事、なりたいモノ、成し得たい偉業。
どんな方向だろうと構わないが、その願いに籠る強い意志が、光を強く輝かせている。
触れて感じれば誰だって願いを持っていた。
少なからずとも人全てがそれを持ち、あの試験を経て私もまた持っている。
しかし、それなのに未だに持たない彼等に私は何を語れば良いのだろう。
産みの親たる私の悪い部分が似てしまったと言われれば、そうとしか言い様がない。
子に将来の展望を聞く母に対し、彼等がその答えを持たない。
夢を持てなど単なる親のエゴだと分かっている。
けれども、分かってはいてもお母さんとは子に夢を追う姿を求めるものなのだ。
決して正しい母親を見て育ったとは言えない私でも、我が子の成長を見たいと願う気持ちが間違っているとは思えない。
だから今は、ただ見守り続けるのが先決なのだと、変わらず自分なりの愛し方で子供には接した。
嗚呼、でも、それでも…それはとにかく予想外だった。
「勝手に学校、着いてきちゃった…」
私の子供は良くも悪くも、好奇心旺盛気味なのであった。
「」
ただただ淡々と栄養のみを取り込む作業を、少年は人知れず行う。
3秒チャージと大きく表示されたゼリー飲料は、広告通りの飲みやすさをもって少年に必要な成分の補給を果たした。
しかし、味は開発担当者も残念ながら頭を抱える出来であり、消費者の多くも同様の反応である。
安い・早いの二つに定評のあるゼリーも、美味さだけはおざなりになっていた。
「…」
その味わい慣れた後味の悪さに気を落としつつも、限られた時間に出来る最大をこなす為、少年は作業に戻る。
そこは雄英に行き渡る充実した設備群の一つ、『トレーニングルーム』。
基礎体力の向上はヒーローを目指す者なら誰もが通る道、それを雄英がみすみすはほっとく筈もなく、この様な生徒が自主的に活用できる場は幾つもあった。
そこに入学早々、クラスメイトととの交流を蹴ってまで、彼は通い詰めていた。
冷え切った態度とは裏腹に彼の内に抱えた炎の熱さに、同じ部屋の利用者も声を掛けるどころか近寄ることすら出来ずにいる。
『必要がない上好都合』と判断するのではなく、ただそこにあるマシーンにしか彼の目は向いていない。
異常なまでに狭まれた視界には誰であろうと入る事は叶わない。
彼の憎むべき父親と、ある緑髪の少年を除いて。
「緑谷 出久、あのオールマイトに似た超パワーか…」
彼の父親が優れた“個性”である様に、子である彼自身も抜きん出て優秀な“個性”を持っている。
“個性”とは、世代を追うごとに形を変容させ優れていく。
母親の一族の持つ『氷』と父親の『炎』という自然界上で絶対に共存するこのない相反する性質が、子を成す事で一つの“個性”となる様に。
優れた“個性”はより優れた“個性”へとなるのなら、あの
そして、かのNo.2の『最高傑作』である自分の前にあの緑谷という少年は突如あらわれた。
自らの肉体を破壊する危険な“個性”であると同時に、その種目で一部の例外を除くクラスメイトの中で一番の成績を彼は残した。
更に言えば、彼はまだ自身の個性を制御し切れていない、と言うのが彼の疑念を大きく膨らませる。
ソフトボール投げ以外の種目は平凡以下だった事と、“個性”制御の危うさを担任となった相澤先生に見抜かれていた事。
緑谷自身は平凡であり、あの記録は完全な彼の“個性”ありきのものであったことを、それら全てが裏付けていた。
“個性”制御も理解も大して出来ずに平凡な彼を、『傑作』と同じ領域までに押し上げたあの“個性”。
(ただの生徒、って事はありえねぇよな)
平和の象徴に子供が居るなんて話は世間の何処にも無いが、事実その一端を見せた少年が
もしこの妄想が本物になるのなら、必ず『
緑谷
「
その言葉は誰かへではなく、自分自身に向かって低く凍える寒さを持って言い放たれた。
残された昼休みの時間は残り少ないが、出来ることを出来るときにやるのが最も効率的。
いつの間にか人が消えていた部屋に残された轟は空いたトレーニングマシーンに腰かける。
無意識に彼から出た冷えた空気が部屋を満たす。
マシーンの駆動する音が寂しく鳴り、この部屋に轟以外の存在が居ないことを改めて認識する。
———
「み!つぅ!けた!!」
「…は?」
間の開けた疑問符が氷の王子から飛び出た先に、今まで居なかったはずの人物が居た。
背中の中ほどまで伸びたボリュームのある髪は濃い緑色に染まり、毛先に行く連れ色素のうすくなっている。
ヘアピンで片目の視界を確保しつつも、もう片方が隠れた顔はどこか幼く、同年代というよりも2、3年程の年の差を感じさせた。
「やっぱりここでしたか!?ダメじゃないですか、勝手に着いてきちゃ。どれどれ…ヒビなし、欠けなし、擦り傷なし、取り敢えず怪我はしてませんねー。はぁ…話は後でするとして、家に帰るまでポケットの中で反省してなさい!」
下手なスライディングで現れた彼女は、上半身を起こした途端誰もいないはずの空間に向かって喋りだした。
「…」
彼は実の父親に虐待と言っていいレベルによる英才教育を受けて育ち、その中には背後や視覚外にいる存在への心構えも身につけさせられている。
そして今いるこのトレーニングルームは広いと言っても限度のある広さだ。
部屋に入る際には、扉の金具がきしむ音やマットレスを踏む足音などが響き、入室者の存在を知らせる要因はいくつかあった。
(それなのに、俺はコイツの気配が今の今まで微塵も感じ取れ無かった…。一体いつ入って…。いや、いつから此処に居やがった…?)
目の前にいてやっと気付ける、そんな異質な存在感の薄さ、更には…。
「…なぁアンタ、一体いつから部屋に居た…?」
「あぁへへへ…超カワィ…へへっ」
「おい、聞いてるのか」
全くこちらが眼中にないのか、両手に乗せた『ナニカ』に魅入った様子。
口端がだらしなく歪み切ったその表情はこちらの警戒をほぐすすものの、まだその得体の知れなさの絡繰りは解けずにいる。
“個性”による隠密の可能性が過るが動機がハッキリしない上、雄英の制服から同輩ということ以外に正体不明の少女。
「何なんだ…コイツ」
不信感と好奇心が溜まった結果、轟は少女の肩に触れようと近付いた。
そして、今年度
《ウウゥゥゥゥゥゥ!!!!》
「「…っ!」」
聴いた人の神経を震わす機械音が天井から鳴り響く。
肩を弾ませ身動きを止めた二人の耳に続けてスピーカーは告げた。
《セキュリティ3が突破されました》
《生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください》
冷静になろうとする所に続け様に非常事態が起きた事を告げられ、最早落ち着きなど取り繕う暇もなくなってしまう。
「な、なに!な、なななななななな!!」
「おい!一体落ち着け」
「落ち着け?無理ですよ!だってまだ見つかってない子がいるのに!」
「お前が何言ってるのか分からないが、ここで取り乱しても何にもならねぇだろ」
「うぐ…っ。ですが早く行かないとっ!」
「だから、待てって…!」
肩に置いた轟の手を振り払うと、緑の髪が跳ねながら出口へと向かい。
「イダッ!!」
取手を握りながら扉に弾き飛ばされ、仰向けに倒れた。
「扉、鍵が…閉まって、た…」
「いや…そうじゃないみたいだぞ」
「なら何故、私は扉に負ける…」
「こいつ、閉まってるんじゃないな。コレは」
間を開けて放たれた言葉を聞いて少女の瞳孔は見開かれる。
「俺たちは、この部屋に
1秒経過
「うぅ…ん?」
2秒経過
「えぇと…?」
10秒経過
「ハイィィィィ!!??」
この日、轟焦凍は
「各自。誇りある雄英生として、恥じぬ行動を取りなさい!」
「「は、はい…!」」
場面は変わり食堂中央にて、一時の騒動に終止符は打たれた。
各々の抱える不安感を一声の下払拭した彼女に生徒達は目を奪われた。
畏怖、尊敬、屈辱、嫉妬、それら全てを一身に浴びた長身の少女に焦燥はなく、寧ろ『そうなる事が当然』と受け入れている。
「大丈ー夫!!皆んな!この騒動はマスコミの不法侵入によるものだ!今頃雄英の先生方が対応に向かっておられるはず。だから彼女の言う通り、俺たちは冷静な行動を取れば良い!」
中央のテーブルに立つ彼女の横、靴を揃えて脱いでから椅子に上がった少年が続けて事態の収拾の為声を張り上げる。
事の事態が
家族に誇れるヒーローになる為行動に出た
「プロヒーロー・インゲニウムの弟さんよね」
「そ、そうだが。君が何故それを…」
振り返ると吐息が掛かる程に接近した彼女の顔が飯田の前にはあった。
迫るその瞳に飲まれる一歩手前で踏み留まったが、彼女の唐突の質問が無意識に彼の足を退かせていた。
「今年度のヒーロー科は粒ぞろいと校内で噂になってるわ。その一つに家族がプロヒーローを生業にする生徒がいるって聞いたのだけど…、どう?貴方の他にもいるんじゃないかしら、兄弟や親がヒーローだって人が」
彼女の投げかけに飯田は困惑しながらも、彼の根の真面目さがその答えを探そうと記憶を振り返る。
数秒考え込んだ後、視線を彼女へと戻したが、既に彼女はその場から消えていた。
「飯田くん!!」
「やっと来れた…!飯田くん急にいなくなったから心配したよぉ…」
「…あ、ああ。すまなかった2人とも…」
「「…?」」
人ごみのせいで遅れて合流した2人に対して、飯田は歯切れの悪い返答を返してしまう。
三人で昼食を取り、マスコミの騒動に巻き込まれた一行だが、飯田だけは他の要因によって二人から切り離されていた。
警報後どよめく生徒の波に乗る様に飯田は黒髪の彼女に腕を引かれて、先ほどの事態収拾に貢献することが出来たのだ。
雄英敷地内に侵入したマスコミに気付けたのも、彼女が飯田の尻を蹴って椅子に上がらせたおかげでもある。
しかし、それを知らない友人たちは飯田の様子に首を傾げた。
突然のパニックに動けずにいた友人2人を、しいてはこの場にいた全生徒を助けた立役者の一人にも関わらず、その顔には雲がかかって見えたのだ。
「…2人は、俺の兄のことを知っていたか?」
「えっ? 僕は警報がなる前に、君から聞いて初めて知ったよ」
「私もデクくんと同じ」
「そう、だったな」
要領を得ない質問に返された返答から、飯田は彼女との数秒の会話で得た違和感を洗い出そうとする。
(彼女の仕草、言動、言葉遣い。何かが引っかかる…)
彼女の迅速な行動と対応によって今回の事態は怪我人を出すことなく終えることが出来た。
その
(余裕を見せるほどの対応へのスムーズさ、人を導くカリスマ性…。もしやっ!!)
飯田は思い出す、この雄英高校には既にプロヒーローと同等の実力を持つとされた生徒がいる話を。
同じ学生の身でありながら隔絶した力の差、もし彼女がそうなのだとするなら納得できる。
(ん…。ならば俺は尊敬すべき先輩に向かって「君」など、と…っ!!)
「飯田くん?」
「ぬおおおおおおおおおっ!!!」
「い、いい飯田くん!?」
「止めないでくれ緑谷くん。 俺は…俺は彼女に謝罪しなけばならない!!」
「急にどうしたの! 飯田くん、一旦落ち着こ!ね!?」
「俺は…、なんて無礼を働いて…っ。今からでも彼女を探さなければ!」
「お昼休みもう終わるよ!?」
その後昼休みの間、真面目が服を着た様な性格の彼の嗚咽と後悔は暫く続いたのであった。
—————とあるバーにて。
「コレ、なんだ…?」
「わかりません。しかしワープに混じったものかと。すみません。
「チッ…。お使いもロクにできねぇのかよ…」
顔面に"人の手"を嵌めた細身の青年は帰ってきた部下に悪態をつく。
失態に反省をきすことを胸に刻む男——黒霧は、空間に黒いねじれを起こし現れたあと、直ぐにバーのカウンターへと移った。
飲み物の準備をしつつ、片目で死柄木がつまらなそうにつまんだ
今回黒霧は、後日決行するUSJ襲撃の下準備の為に隠密で侵入し警報システムの改竄を行った。
その行動に犯したミスはないと断言できるものの、ワープ後に足元に転がった石ころが出迎えた死柄木の機嫌を損ねてしまった。
内通者からの情報で、かの
そして決行までもう残り数日となり、子供っぽい部分が抜け切れない死柄木はストレスが溜まりに溜まっていた。
「あいつのムカつく面をバラバラに砕いてやったら」
笑いながら首の皮をかく動作に黒霧は失態への癇癪でこちらにその五指が伸びなかったことに安堵する。
もっとも、今回は目先に丁度良い代役が転がっていたからでもあったが。
「そいつを信頼して、大丈夫・安心だって吞気に生きて来た生徒たちはどんな顔を見せてくれるのか」
つまんだ人差し指に沿って、中指と薬指が石に触れる。
【崩壊】のトリガーは対象への五指の接触。
その手に握りしめた石に死柄木はこれから壊す世界を投影し、愉悦に心を震わせる。
「ラスボス攻略が楽しみだなぁ…!」
無言で見守る黒霧は、その石がまるで生きていて、恐怖に震えているかのように見えた。