校内に鳴り響いた警報が侵入者の知らせを伝えてから、既に15分が経過した頃。
学校側から追加で放送がされた事で、今回の騒動がマスコミによるものだと全生徒と職員が知り安堵する。
しかしセキュリティが突破された際に立てられた波紋は、とある密室にて二人の男女を密室に閉じ込める二次被害をもたらした。
「は、離して…下さい…っ」
「それは出来ねぇ相談だ」
涙を流して少年の拘束にもがく少女は、自身の無力さに涙をこぼし顔を背ける。
暴れる少女を押さえる為に馬乗りに近い体制となった二人を宥める者は、この部屋には居なかった。
電話での学校側への連絡は、全国に知れ渡った
密室、防音仕様、男女が二人。
揃うべくして揃ったそれらは、二人の関係性を急速に縮め…ることはなかった。
「お前今、
「え? ダンベルでドアを破ろうとしました」
「…拘束は暫く解かないからな」
「はーなーせー!?」
とても人がくぐれそうにない換気窓と、突如『開かずの扉』と変わったの出入口。
部屋の広さに合わせ数箇所設置されていた全ての扉が、押しても引いてもビクともしない。
これは雄英のトチ狂った予算運用による産物であり、完璧過ぎたが故の欠陥でもあった。
遠隔操作による電子施錠はセキュリティ性を大いに高めたものの、本来有り得ない誤作動が今こうして少女たちを窮地に追い込んでいた。
「く…っ。私はお母さん。お母さんは…ピンチの子供を守らないといけないんです!」
「…すまん」
「冷た!?」
『
それが氷だと脳が理解する頃には、彼は私を背にして閉じた扉を観察するように探っていた。
(マズイっ、これじゃ動けない…!)
手首にキンキンに冷えた氷を直に当てられた私は、その苦痛に顔を顰めながら黙り込んだ彼の背を精一杯睨むことしかできなかった。
「この部屋にある監視カメラが生きてるなら気付いた教員がいつか来るだろ。だから…」
「先程の警報がもし、もしも
「それは…」
首の可動域ギリギリで顔を起こしながら私は彼の提案を真っ向から否定する。
この“もし
しかし気になる点が無いわけでは無い。
第一に此処は日本が誇る雄英高校であり、本校には非常勤ではあるがあの
その大前提を踏まえて、今回の事態を振り返って見れば、教員でない生徒だって可笑しいと気付く。
「たかがマスコミが、雄英の
「…分からない。が、普通なら起きる筈はないな」
(良し!あと一押し!)
言論の自由があると言えど、法を守らなければそれは破壊行為に他ならない。
マスコミが熱心にオールマイトの新ネタを求めるのは知っているが、それで雄英に喧嘩を売るほど馬鹿でないと思いたい。
雄英高校が本腰を入れて造った『
それなのに、今回の騒動の原因を“マスコミ”だと雄英は報告した。
可笑しな部分に気づかず、触れずに事を収めようとしている。
「もう事態は終わっている様でも、今尚密かに進んでいるかも知れません」
「…」
「だから…私は…」
「お前は…」
私と彼の視線が交差し、互いの思考の読み合いは苛烈に火蓋を上げる。
現状考え得る
その先に何をするのか、私は強い意志を持って彼に投げ掛けた。
「そこの扉をぶち破って外に出るんです!!」
「駄目だ。やっぱり大人しくしてくれ」
「いーやーだー!?」
神妙な顔をしたと思いきや、直ぐに状況は逆戻り。
動かない上半身の代わりに足をバタつかせ、私の意思が固いことを必死にアピールするが、彼の呆れたものを見る目は変わらない。
ギャーギャーと騒ぎ散らし疲れて鳴り止む私を彼は形容し難い表情で眺めてから、徐にこちらへ口を開いた。
「さっきの続きになるが、お前部屋にはいつから居たんだ。少なくとも警報の鳴る5分前以前か、それとも――」
「お昼のはじめからです」
不貞腐れながらも私は彼の何気ない質問に意味も理解することなく即答した。
「訳あって用具入れに隠れていたんです」
「あの用具入れには、とても人一人が入れるスペースがあったとは思えないがな。それに用具入れに入って隠れなきゃならない訳って何だ」
「ひ、秘密です。…乙女的な」
食い気味に返した言葉を彼は平然と受け取り、質問は進む。
私が校内に連れてきてしまった子供たちがバレるわけにもいかず、段々と歯切りの悪い返しが辿々しく口から漏れてしまう。
そうしていると、扉の前に立っていた彼の足がゆっくりとこちらに歩み始めた。
「警報が鳴る前、俺はこの部屋で一人だった。壁に背を付け、死角も殆どないこの部屋に人の姿が無いことを、確かに俺はこの目で見た」
私の両手を凍らせたであろう右手はフリーのままで、観察するようにその両目がこちらを向く。
「マシーンに腰を下ろすまでも、その後の動作の合間も、俺は俺以外の人の気配が感じられなかった」
彼の右手がゆっくりと私に向けられ、全身からピリついた雰囲気が漂い始める。
その様子はまるで、草むらから獲物が顔を出す瞬間を待つ鷹のようだった。
「異様な気配の消し方と、さっきから怖がるでも無いのにやたらと外に出たがる素振り。これだけ怪しけりゃ、疑っても可笑しくはないよな」
白く凍った空気がその右手から溢れ落ちる。
這い寄る冷気に当てられた私の体に走る鳥肌が、その手から離れろと煩く騒ぐ。
「お前、本当に
その瞳に映す光景は、何処までも冷え切っていた。
———時は遡り、雄英高校受験当日・教員たちの会談にて
「なんなんですあの受験者。まさか、
「いやそんな子ではないよ彼女は」
教員たちが見守る実技試験では、いついかなる時も受験者の行動は監視し記録されている。
世界人口の約8割が”個性”を持つ個性社会になっても、誰もがその”個性”で自衛できる訳ではなく、それはヒーローも目指す者にも勿論当て嵌まる。
入り乱れて行われるポイント強奪戦には、未熟な受験者だからこそ危険が伴うのだ。
「あれが危険思想に取り憑かれてない純粋無垢な少女なら、来年こそはこんな不合理な試験の見直しに入るべきと、俺は常々思いますね」
「相澤君の言いたいことは分かる。だが彼女とは一度話したが、とてもあんな事をする子には思えなかったんだ…」
年々強力な”個性”が現れるに連れて警戒も安全対策も万全に整え、この受験当日は迎えられていた。
しかし人が事前に予期した危機など、現実とは軽く凌駕してくる。
この日も正しく、想定外は起きていた。
1つ目は急遽知らされたオールマイトの後継者となった受験生・緑谷出久の存在。
”個性”譲渡から時間がなくロクな訓練もせずに実戦に駆り出たその実力は全くの未知数。
そもそも彼自身今時珍しい”無個性”であり、”個性”の発動が可能なのかすら分からずに彼は来てしまった。
結果的に彼は
幸いその勇気ある救助活動もといヒーロー精神は高く評価され
そして問題なのはもう一つの方、それは緑谷出久とは別の試験区域で起きていた。
「試験の録画データは残ってますんで、気になるなら好きなだけ見てもらって構いませんよ」
「…そうだね。彼女は何か、何らかの変化があった。そんな気がする」
「勘、ですか」
「いや、私がそう思いたいだけなのかも知れない。けど、何か困ったことになる前にできることはしておくべきだろう」
「はぁ、もう勝手にやっててください。こっちも書類作成に猫の手か、ヒーローの手でも借りたいくらいですので」
「うっ…、ありがとう相澤君」
PCと厚みのある書類との睨み合いに移った相澤を他所に、録画された映像が再生される。
画面の揺れと共に低爆音と煙幕が張られ、少年が凶悪な目付きで次の獲物へ特攻する姿から、それは始まる。
彼に遅れて続く大勢の受験者と、設置された仮想
彼女が動き出すのは例の
「やはり…何か。何か別の、明らかに前の彼女とは違って見える」
別のカメラが残した映像には彼が思い描く彼女の姿が確かにあるのに、ここに居るのは彼女に似た別人に見えてならない。
その証拠は、この録画が示していた。
『……おい。なんだよあれ。デカすぎんだろ』
『に、に、に、……逃げろォ!!!』
動き始めて直ぐに試験区域の人間が空を高く見上げて、後ずさった。
一方的な蹂躙が一変し、今ただ逃げろと囁き立てる本能に従って駆け出す。
距離を取りつつも他の受験者の取りこぼしを仕留め糧とする器用な者もいるが、大半は脱兎の如き撤退が精一杯だ。
(君は、誰なんだ?)
アスファルトを砕き進む巨人を支える巨大なキャタピラは、無限駆動で動くそれは地面の凹凸を乗り越え、広い設置面がその自重による陥没を未然に防いでいる。
そんな動く粉砕機に巻き込まれる人間が無傷で済むはずもなく、それが人生の終わりになることなど、誰にでも分かる話だ。
(なんで笑うんだ。何が可笑しいのか)
とある作業員が誤ってショベルカーに巻き込まれた際は、經腓骨骨幹部骨折とリスフラン関節・ショパール関節脱臼骨折という重症に負う結果となった記録がある。
今回のギミックはそのショベルカーなど優に越す巨大と重さを兼ね備えることを、改めてここで言う。
(何故…っ? 何があった…人形少女)
彼女が通った道にある数多の費用を投じた筈の高性能対人センサー群が、同時に原因不明の機能不全を起こした。
それは万が一、億が一にも立ち向かう者がいた場合と、逃げ遅れた者がいないかの確認に設けられた物だ。
それが彼女の存在をみすみす見逃し、道を明け渡した。
その時現場で監督していたヒーローと、仮想
(自ら死にに行く行為だと、知っていたのか…っ!?)
録画内に精神系の“個性”や脅迫を受けた様子は無いことは確認済み。
受験前の様子も至って変わった所もなく、それは早朝に偶然出会った彼自身が一番承知していた。
土壇場での錯乱と機械の故障が合わさった不運な出来事、そう今回は処理される事となる。
勿論彼女の身の安全の確認や軽い質疑応答と注意喚起は行なったが、それでもこんな事態になったことと、雄英の不手際に責任を感じた根津校長は彼女へ直接謝罪を行った。
(心ここに在らず、と言った様子だったが…)
その場に居合わせていた彼の存在にも気にも留めず、彼女は事を大きくする気は無いと言ってはいたが、それでもとその謝罪は少々長引いた。
仮想
その事を踏まえれば、彼と根津校長含め現場に居た教員は彼女の言葉を遮ってでも頭を上げる訳にはいかなかった。
(一体彼女の身に何が…)
幾度も再生と巻き戻しを繰り返しても、結局得られたものはなかった。
その後、相澤が整理してくれた書類に頭を下げつつ、業務に勤しんでその日は無事終わりを迎えた。
「システム、改竄…。明日は確かヒーロー科はUSJに行くはず。なら特に触れずにそのままで良いわ」
「」
「…ああ、それと例のトーニングルーム。ロックは6分後に解除。そろそろあの2人限界でしょうし」
「」
「勘の良い教師に連れられる前に、あの娘は回収しないと、ね」