漆黒エージェントは過労死する 作:よんぽ
「ええっと?それが、必要な事だと?」
「はい。これ以外に道はありませんから」
「ふーむ。超人とも謳われるアナタが、ねぇ?」
「超人…………ただの独り善がりの小娘ですよ…………」
部屋に沈黙の帳が降りてくる。
「…………まあ、私の雇い主はアナタだ。意向には従いますとも。ええ。それで?私はどう動けば?」
「サポートをお願いします。貴方には苦労を掛けますが、未来がより良い方へと進むように」
「未来ねぇ……生憎と、私は鉄火場に立つ以外に能の無い男なんですが」
「大丈夫。この街で、戦闘能力こそ必要な場面がある能力はないでしょう?」
「あはは、確かに」
いつもの雰囲気が戻ってきた。
「それじゃあ、お別れですねぇ」
「ええ。でも、もしかするとまた直ぐに会えるかもしれませんよ?」
「御冗談を。アナタが態々人払いをしてまで私を呼んだんだ、未来視なんて出来なくても行く末は分かるってもんです」
「…………苦労を掛けますね」
「ええ、全く」
スポットライトが二つ。一人一人を照らし出す。
「では、サヨウナラ。
「ええ、さようなら。
彼は去り。彼女は残る。
全てはより良き未来のために。
***
千単位の学園が集まり形成された学園都市キヴォトス。銃社会であり、多くの生徒は拳銃弾程度ではびくともしない。
結果、可愛らしい少女たちの間に漂うのは硝煙のニオイ。そして、黄色い声を包むのは発砲音と爆音。
その混沌具合が更に加速したのは、超人と謳われた連邦生徒会長が失踪してしまったから。
そして、その後任としてやって来たのが、一人の大人である。
「…………チッ、兎に角早く来てください」
(怖い)
そんな大人は、大人びた少女に恐怖心を抱いていた。
青のインナーカラーが入った長い黒髪に、メガネが印象的な彼女七神リンは不機嫌さを一切隠そうとしない舌打ちを零した後に通信を打ち切った。
眉間を揉むリン、に大人である彼女は問う。
「ええっと、リンちゃん。さっきのは、誰かを呼んだの?」
「ええ、そうです。それと、誰がリンちゃんですか…………腕は確かなんですが、如何せん不真面目な人なんです」
重い溜息が続き、真面目な彼女にとって相性の悪い相手なのだろうとはた目から見ても明らか。
同時に、甲高いチャイムが鳴って二人の目の前の扉が左右に分かれるように開かれた。
足を踏み入れるのは、エントランスホール。
キヴォトスの舵取りを任される連邦生徒会の窓口は、都市の規模も相まってかなり広く設けられている。
だが、現在この場は多くの人々でごった返していた。それだけ、街の治安は加速度的に悪化しており校内自治だけでは対応が難しくなりつつあるのだ。
「居た!見つけたわよ、代行!」
人混みから飛び出してくるのは、四人の少女たち。対してリンは、面倒くさいという反応を隠さない。
「はぁ……面倒な人たちに見つかりましたね」
「な、何だか怒ってるみたいだけど?」
「でしょうね」
再びため息を吐き出して眼鏡の位置を直し、リンは顔を上げる。
「こんにちは、各学園の代表組織に所属の皆様方。こんな暇そ……んんっ、失礼。この大事にここを尋ねられたのは、現在のキヴォトス混乱における責任の是非を問う為、という事でしょうね」
「そこまで分かってるなら、なんとかしなさいよ!連邦生徒会でしょ!?この前なんて、うちの風力発電所もダウンしちゃったのよ!?うちだけじゃなくて、数千の学園自治区は大混乱よ!」
「連邦矯正局より脱走した一部生徒が居ると情報が出回っています。事実でしょうか?」
「不良たちの学園出没も増えています。正直、学園単体での治安維持は限界が近づいてますね」
「戦車や軍用ヘリといった出所の分からない兵器が、不良たちの手に出回っています。その流通率は2000%強。数値は増える一方です。このままでは、学園生活そのものが崩壊します」
「はぁ…………」
立て続けの少女たちの言葉に、リンは溜息を隠さない。
どれだけ仕事を処理をしても、積み重なるペースの方が遥かに速い。オマケに、現在の連邦生徒会のリソースは大部分を別口に注ぎ込んでいる状態。
そんな連邦生徒会の内情など知る由もない、菫色の髪をツーサイドアップに纏めサブマシンガンを二丁下げた少女がリンへと詰め寄る。
「とにかく、連邦生徒会長に会わせて頂戴!直接何かしらの説明をしてもらわないと、こっちも明確な方針を打ち出せないんだから!」
「………現在、連邦生徒会長は席に居りません。正直に言いますと、行方不明となっています」
「はあ!?」
「ッ!」
「成程、やはり噂は本当であった、と」
「……成程。連邦生徒会の動きが鈍いとは思っていましたが…………そういう事ですか」
四人の生徒たちの反応は、ある意味当然。
それぞれの学園が自治区を持つとはいえ、それらに干渉できる組織の長が行方不明なのだ。頭の無い組織など、真面に運用できる筈もない。
「現在、サンクトゥムタワーの最終管理者が居なくなった結果、今の連邦生徒会は行政制御権を失っている状態です。認証を迂回する方法を試しはしましたが、現在も突破には至っていません…………一応、何か知っているかもしれない者を呼んではいるんですが」
リンが眼鏡を直すしぐさをすると同時に、彼女の背後のエレベーターが到着を告げるチャイムを鳴らす。
扉が開き、現れるのは黒。
「いやー、どうもどうもリンさん。チョーッと目を閉じてたらあら不思議。短針が三つも先の数字を指してたんですよ。電池、変えたばっかりなんですけど寿命ですかねぇ」
「…………イイゴ
「あらら……若い身空でそんなに眉間に皺を寄せてると、おばあちゃんになった時お孫さんに泣かれますよ?ほら、スマイルスマ~イル」
ビキッ、と音がしたのを大人は聞いた気がした。というか、リンの顔の上半分に影が差して、蟀谷に井桁が浮かび頬が引き攣っている。
誰のせいで眉間に皺を寄せているのか。そう怒鳴り散らさなかったのは、彼女が大人であるからか。或いは、目の前の少年の軽口を知っているからか。
そんなヘイトの矛先である彼、弌はきょろりと視線を動かしてこの場唯一の大人へと目を向ける。
「ああ!アナタが、先生ですね。どうぞよろしくお願いします」
「え、あ、うん。よろしく?」
差し出された手をビックリしながら取りつつ、先生は首を傾げる。
「ええ、よろしくお願いしますね。私の事は、
「そ、それじゃあ、弌って呼ぼうかな?」
「ご自由にどうぞ」
にこやかに笑う顔を見やり、先生は改めて目の前の少年を見やった。
黒。それが一番最初の感想として出てくる。黒のスーツに、黒のシャツに、少し明るめの黒のネクタイと黒尽くし。
オマケに猫ッ毛の黒髪に、黒目が印象的な黒曜石の様な瞳と。肌の色以外は、その悉くが黒一色だった。
握手を終えた弌に対して、リンが声を掛ける。
「弌。貴方にはこれから、先生の護衛を任せます」
「え、嫌ですけど?」
「は?」
「あ、そんな怒らないでくださいよォ。私にだって仕事があるんですから」
青筋を浮かべるリンに、弌は気にした様子もなく首を振った。
「ほら、失踪した会長を探すとか…………全く、秘書の私に一言位言ってほしいものですけどねぇ」
「秘書?貴方が、連邦生徒会長の秘書だったんですか?」
弌の口から出た言葉に反応したのは、背が高く黒い大粋な翼が印象的な生徒だ。
彼女に目を向けて、弌は頷く。
「ええ、そうですよ。正義実現委員会の副委員長、羽川ハスミさん」
「私を知っているんですか?」
「もちろん。そちらの方は、早瀬ユウカさん。そちらは、守月スズミさん。そしてそちらは、火宮チナツさん。情報収集も私の仕事の一つでしたので、有力な方はチェックを付けておりますとも」
目が溶けるような笑みを浮かべた弌。その姿は端的に言って、胡散臭い。
そして、彼は一度決めると梃子でも動かない頑固さがある事を、長い付き合いであるリンは知っていた。
「はぁぁぁぁ…………分かりました。幸い、この場には暇そうな方々も居る事ですし、そちらに依頼するとしましょう」
「ちょ、何でそうなるのよ!?というか、この大人の方は誰なの!?」
「この方こそ、今回の騒動を治めるフィクサーとなる方です。そして、依頼しましょう。もっとも、ヘリを出せば「あ、ヘリは多分無理ですよ」……は?」
アッサリと告げられた言葉に、リンの目が点になる。
「先生をお連れするのは、D.U外郭のあの場所ですよね?どこから情報が漏れたのか、不良が占拠しようと集まってますから」
「~~~~ッ、それを知っていながら貴方は何をしてるんですか?」
「えぇっ!?こんなか弱い私に、荒事に出向けと!?戦いに出向いた所で、肉盾が精々ですよ」
「どの口が……!ッ、すみません。とにかく、皆さんには先生を護衛してこちらが示す目的地へと向かってもらいます」
「いや、だから何で私たちが――――」
「そこの馬鹿が首を縦に振らないからです。文句は山ほどおありでしょうが、皆さんの目的も先生を送り届けて事を成せば自然と解消される筈ですから」
「皆さん頑張ってくださいねぇ……イッタイ!ちょ、リンさんリンさん蹴らないで!ヒールで足を踏まないで!」
情けない声を上げる真っ黒男に、リンの追撃タイキックが尻を捉える。
中々な良い音がして、弌は尻を抑えて飛び跳ねた。ついでに、他女性陣からの視線も結構な冷たさをもって向けられていたりする。
そんなやり取りが有り、五人を見送ってからリンは改めて未だに尻を擦る男を睨みつける。
「……それで?用事というのは何ですか?」
「え?さっきも言ったじゃないですか。失踪した彼女を探すだけですよ?」
「…………我々が手を尽くして探しても、痕跡の一つも見つけられなかったというのに、貴方なら可能だと?」
「んっふふふ……さて、どうでしょうかねぇ」
煙に巻くように、弌は笑って曖昧に濁した。
その底知れない雰囲気と態度が信用信頼を抱かせにくい。少なくとも、リンはそう思う。
そもそも、弌という呼び方自体も本名であるのか分からないのだ。素性不明で、元々の所属していた学校も分からない。
その付き合いは、リンが連邦生徒会に入会を果たしてから。その頃から、彼は全く変わらない。
彼は何も、語らない。