漆黒エージェントは過労死する 作:よんぽ
今までならば、上司である連邦生徒会長の指示を受けて主に裏回りを基本とした任務に就く事が多かった。
同時に、その過程でも色々と行動していたりする。
「うーん、順調順調。駒が粒揃いである事を差し引いても、あの指揮能力は評価すべきでしょうねぇ」
右手を庇に、ビルの上から眼下を見下ろして弌は頷いた。
彼の視線の先では所属の違う生徒たちが、一人の大人の下で人数不利の相手である不良集団を叩き潰している所。
彼女らを見下ろす漆黒の瞳が、スッと細まる。
「とはいえ、多勢に無勢。あれ以上増えると先生自体の被害が増えてしまうんですよねぇ」
呟きながら、弌はグッと左手を握った。
その爪先が掌に食い込み、皮膚を突き破る。同時に、その小さな傷口から流れ落ちるのは
液体は滴り落ちる事無く、開かれた手の中で不規則な軌道を描いて形を取るとやがてその手に握られるのは黒ずんだ刀身を持つ一振りの刀となる。
左手に握った刀を肩に担ぐようにして持つと、彼は何の気負いもなくビルの屋上から飛び降りた。
地上数十メートル。アスファルトに叩きつけられれば、トマトでも叩きつけた様な赤い染みとなる事だろう。
だが、弌はその無表情なビルの壁面を革靴で覆われた足で蹴ったのだ。瞬間、彼の体は砲弾のように落下の軌道から斜め上へとその行き先を変える。
そのままビルの壁面を足場代わりに壁キックを繰り返して、彼が向かうのはD.U外郭地区の一部。
「やれやれ、装甲車に戦車にヘリに……いったいどこから持ってきたのやら」
一際強く壁を蹴って、弌は宙を舞う。
その体が向かうのは地上に影を作っていた装甲ヘリだ。
乗っているヘルメットを被った少女たちがガラスの向こうで慌てているが、そんな事は気にも留めす彼は霞の構えのままにヘリの鼻先へと吶喊。その切っ先は、合金製の装甲板を容易く貫いてみせる。
突き立てた刀に左足を掛けて、右足でヘリの正面を踏みつけながら弌は右手を開いた。
黒い液体が走ったかと思えば、その手に握られるのは一丁のマシンピストル。
躊躇なく銃口が強化ガラスへと向けられ、引鉄は引かれた。
吐き出される弾丸がその透明の障壁の上にばら撒かれ、十秒と掛からずに衝撃の蓄積したガラスには亀裂が走る。
恐るべきは、彼のぶっ放すマシンピストルの弾数。
片手で持てる上にドラムマガジンを用いている訳ではない以上、基本的な最大でも三十発を超える事は無い。
だが、彼の撃つ銃は既に百発近い弾丸をフルオートでぶっ放していた。
強化ガラスが、粉々に砕け散りその穴より黒い手が二本中へと侵入。
「はい、行こうか」
流れ弾を食らって気絶した不良たちを掴み、中に他に乗っていない事を確認して弌は制御を失ったヘリを蹴って離れた。
ガラスが砕かれた後にも何発か打ち込まれた弾丸は、ヘリの中でピンボールを起こしたらしい。エンジンが壊れたらしく、火を吐き黒煙を上げ乍ら装甲ヘリは地上へ落下。爆発する。
片手で二人を抱え、もう片方の手をビルの壁面に引っ掻きながら地面へと降り立つ弌。
小脇に抱えた二人を放り捨てて、彼は再びその手に一振りの刀を出現させた。
「少しでも、よりよい未来へ」
それは、誰にも聞かせる気のない
その為に彼は、躊躇しない。
***
連邦捜査部S.C.H.A.L.E の部室奪還は幸い大きな問題も無く終了した。
生徒会の行政権も回復し、現状の政治的混乱に対する対応も順次可能となるだろう。
「とんでもない事に成っちゃったな…………」
割り当てられた部室で、先生は一人呟く。
既に、力を貸してくれた生徒たちは連絡先を交換して各学園に戻っている。先生に対して渡すものがあったリンも連邦生徒会の方に仕事で戻ってしまった。
怒涛の一日であった。
弾丸が飛び交い、そして自身が指揮を執って戦いの場へと身を投じる事になるなど思いもしない。
「…………何か飲もうかな」
インスタントコーヒーでもあれば、と先生は座っていた椅子から立ち上がろうとして、
「――――では、こちらをどうぞ先生?」
「え……あ、ありがとう?」
差し出されたカップを受け取って、再び椅子に座り直す事になった。
目をぱちくりとして、しかしコーヒーの香りに意識が現実へと戻って来る。
慌てて、コーヒーが入ったカップを差し出された方を見れば、胡散臭い目が溶けるような笑みを浮かべた黒衣の少年が居るではないか。
「い、弌!?いつの間に…………」
「んっふふふ、気を抜くのは結構ですが無防備が過ぎますね先生。ここキヴォトスは治安が悪い。それは、会長の居なくなった今だけに限った話じゃないんですから」
笑みを浮かべたまま近くのテーブルの上に腰掛けて、弌はカップを呷る。
「ふぅ……とりあえず、電脳関係のセキュリティはミレニアムに依頼する事にしましょう。早瀬ユウカさんを窓口にすれば、とんとん拍子に進むはずですよ」
「ミレニアム?」
「ええ。ミレニアムサイエンススクール。割と新興の学園で、主に科学技術に力を入れている学園ですよ。在籍する生徒たちも、理数系に強い者が多い印象です。まあ、元々は千年難題に挑戦していた科学者たちが端を発した場所ですから当然なんですが。歴史的積み立てはそれ程ではありませんが、キヴォトス三大校の一つに数える事が出来る学園ですよ」
「へぇー……弌は物知りなんだね」
「ほんの触りだけです。詳しく知りたいのなら、それこそ早瀬ユウカさんにお聞きするのが良いでしょう。彼女は、他学園の生徒会に当たるセミナーの会計を務めている才女ですからね」
「成程…………でも、迷惑じゃないかな?ユウカ達にもやるべき事があるだろうし」
「その点も、御心配なく。シャーレには、それだけの特権がありますからね。学園側としてもシャーレと、ひいては連邦生徒会との関係を密に出来るのであれば断る事はそうないでしょうし」
「そっか……」
頷いて、先生はカップへと口を付けた。
「…………美味しい」
「でしょう?コーヒーキチの防衛室長からパク……んんッ!譲ってもらった良い豆を使わせてもらいましたから」
「弌、泥棒はダメだよ?」
「はて、何のことやら。私は、カフェイン中毒になりかねない彼女を手助けしただけですんで」
いけしゃあしゃあとは正にこの事。先生からのジト目も彼は堪えた様子がない。
掴み処のない相手。今も、こうして面と向かって話しているというのに、何処か薄皮一枚隔てた遠さを先生は感じていた。
とはいえ、踏み込む事は難しい。相手の事を何も知らないのだから。
「そう言えば、電脳関係のセキュリティの話はしたけど他にもあるの?」
「勿論。先生の、物理的な護衛ですよ。あ、単に先生を守るだけじゃありませんよ?所属校への折衝役や窓口となってくれる秘書の役割も熟してもらいます」
「ええ?良いのかな、そんな事」
「良いんですよ、許される立場なんですから。というか、秘書を頼まないと先生が書類の殺されますからね?」
「…………そんなに?」
「そうですぇ…………最低でも、今先生が座ってる机の天板の上に所狭しと書類が積み重なって、周りに身長と同程度の書類の山が出来る程度、でしょうか」
「ひぇ……!で、電子化しない?」
「電子化もしてますが、書類とバックアップを残しておかないとふとした瞬間に文字通り消し炭になるかバグの塊になってゴミ箱行きかの二択になりますね」
「そ、そんなぁ……」
これから先の未来に、先生の情けない声がこぼれる。大人だろうが何だろうが、仕事は誰しも嫌なのだ。それも、机に長時間拘束され続ける書類仕事など以ての外。
項垂れる先生に、クツクツと愉しそうに弌は笑う。
「んっふふふ……そう怖がらずとも、さっきも言った通り人海戦術で熟してしまえば良いんですよ。脅しはしましたけど、常時その量の仕事が来るわけじゃありませんし」
「…………因みに、弌も手伝ってくれたり?」
「ええー?私ですかぁ?どうしましょうかねぇ…………先生が死にかけてたら、ワンチャン?」
「書類仕事で!?」
「ええ、だから死なないように生徒に頼りましょうね」
中身を飲み干したのか、カップを手に机より立ち上がった弌は給湯スペースの流しへと向かい、手早く洗って乾燥ラックへと乗せる。
その黒い背中は、ともすれば部屋の暗がりでも擬態できそうな隠形っぷり。
その背中を見ていると、先生はある事に気が付いた。
「そう言えば、弌は銃を持ってないんだね」
「え?あー…………まあ、そうですね。彼女たちみたいに大っぴらには持ってません」
「というと?」
先生が問えば、見慣れた笑みを浮かべた弌が戻って来る。
そして徐に右手を前に突き出した。
「まあ、こういう事です」
言うなり、彼の突き出した右手の平に黒が現れる。
目を見開いた先生の目の前で、現れた黒は数を増してやがて一丁のマシンピストルを形成した。
「……っと、まあこんな感じですね。私の場合は、こうして自分の武器を創り出せるんです。便利なもんでしょ?」
「…………え、スゴ。他にも出来るの?」
「そうですね、RPG位までなら可能です。まあ、そもそも個人で運用するんですから戦車とか創り出せても乗員が居ませんから意味がないというのもありますね」
説明しながら、マシンピストルを消す弌。
本当は、もう少し大きなデメリットがあるのだがそこまで語る筋合いはない。
「さて、と。私もそろそろお暇するとしましょう。先生もお疲れでしょうしね」
「あ、うん。コーヒーありがとうね」
「いえいえ、お気になさらず。では先生、良い夜を」
ひらりと手を振って、黒衣の少年は去って行った。
再び先生一人となった事で、シンと静まり返ったシャーレの部室。
少し冷めたが薫り高いコーヒーを飲み干して、先生は席を立つのだった。
主人公の役割は、先生のバックアップ。
具体的には、先生が処理しきれないであろう数の敵が現れた場合の撃滅。今話冒頭の戦闘は、先生たちの方へと多すぎる数の不良たちが向かわないようにする為のものです。
主人公の能力に関しては、無法に見えて明確なデッドラインが存在します。文字通りのデッドラインです。コレを踏み越えると、ほぼ確実に死にます