⬜︎【アビドス自治区】砂狼シロコ
私は砂狼シロコである。名前は貰った。
昔の事は覚えてないけど、ホシノ先輩に拾われた事は覚えている。今はその先輩の通う学校の通学路、朝方は空気が潤んで自転車で走るのが気持ちいい。砂漠化の深刻なアビドスだけど、この心地良さは他の学区では味わえない。
けれど、今日の通学路には変化があった。不良たちの
ただ一点違う事、それは見慣れない人の存在。毎日学校に通っていれば、自然と顔触れと言うのは覚えてくる。毎日同じ行動をしていれば、私だって誰かの顔馴染みになっているかもしれない。人の少ないアビドスなら尚更。
その人物は、砂に埋もれかけの路肩に腰を下ろし、メモ紙らしき物を握りしめて項垂れていた。グレーのスーツ、同じ色のつば付き帽、そして目元を覆い切る大きめのサングラス。
どっかの組織を抜けブラックマーケットから逃げて来たのだろうか、大型の軍用バックパックを横に降ろしていた。
きっと何かを持ち逃げして辺境まで逃げて来たつもりなんだろう。……アビドスは辺境なんかじゃないけど。
私は項垂れるスーツの男を横目に通り抜ける。厄介ごとは御免、アビドスのみんなに迷惑かけたくない。
……それでも、私の好奇心は正直だった。通り過ぎて数メートル、自転車を止めて振り返ると、まだその人物は顔を座ったまま下を向いていた。視線が合う事も無く、途方に暮れたまま、地面以外まるで見ていない。
このまま無視しても構わない。でも、私の中で何やら胸騒ぎがする。
この人を助ければ、きっといい事がある。
その確証なんて無いけれど、私の勘がそう言っている。多分お金の匂いがするから。賞金首なら、そのまま捕まえて執行機関に突き出しちゃえばいいし。
意を決すこともなく、私はその人物に近付き声をかけた。
「どうしたの? 行倒れ?」
その時、スーツの男はようやく顔を上げた。サングラスの奥から瞳が動き、視線が合うと、その人物はひょうきんな声色で答えた。
「そんなふうに見える?」
「見えたかも、アビドスじゃ見ない顔だし」
「そっか。まあ余所者だからね」
案外話していると普通な感じ。てっきり組織のお金を盗んで逃げてるのかと思ったけど、そんな緊迫感も無いらしい。じゃあなんで項垂れてたの? 私は言葉を続けた。
「良かったら水飲む?」
「大丈夫、持ち合わせは充分ある」
そう言いながら、リュックから伸びたホースを指で刎ねて見せて来た。あれはリュックに貯水袋を入れて、繋いだホースで飲むやつ。確か登山とか軍事行動でよく使われている。
私もサイクリング用に気になっていたけど、衛生的に保つ自信が無くて結局買ってない。
「いいね、それ。掃除とか大変そうで、私はボトル派」
「最近のは大きな開口部が付いているのもあるよ。ホースはエアーブローで中の水分を飛ばすといい。コンプレッサーじゃなくても、自転車なら空気入れで代用出来るし、ハイドレーション用の掃除グッズも通販なら数百円で売ってるはずだし、慣れれば面倒じゃ無いよ」
ハイドレーション、そう言えばそんな名前だった。いい事を聞いた。今度みんなと買いに行こう、アビドスならあって困る事もないだろうし。
「君は今から学校かい?」
「うん、アビドス高等学校。アビドスで困った事があったらいつでも相談に来てね」
その言葉を聞くと、スーツの男はサングラスをずらして瞳を覗かせた。そしてようやく、サングラスの意味も分かった。
「早速君を頼る事になりそうだ。実は、そのアビドス高等学校に用があってね」
「アビドスに?」
「名乗り遅れて申し訳ない、私はこう言う者だ」
そう言いながら、スーツの男は立ち上がり胸元からカードホルダーを取り出して見せてくれた。連邦捜査部“シャーレ”所属、夏目トウヤ。
「君たちの学校から学区防衛の物資支援申請があってね。要は君たちを助けにきた、シャーレの先生だよ」
その日私は、シャーレの先生に出会った。
「シロコちゃん、こちらの方拉致して来ちゃったんですか!?」
「シロコ先輩、とうとうマフィアにまで手を出して……!!」
「みんな落ち着いて! 最悪組織のお金を持ち逃げしたお尋ね者かも!!」
「酷い言われようだね、シロコ」
「……ん、先生の格好も悪いと思う」
おっと失礼、と先生は呟いた。人前はおろか、屋内でも帽子やサングラスはどうかと思う。先生は帽子とサングラスを取ると、特徴的な風貌を露わにする。後ろを伸ばしたグレーの髪、長い眉毛の奥には灰の中で燻る炎のような瞳。まるで作り物のように整った顔立ちだが、獲物を見つめるような垂れ目の表情はこの人にしか出来ない独特な雰囲気を醸し出している。
それはまるで映画の俳優のようで、妙に見入ってしまう、カリスマ性? みたいな、上手く説明出来ないけれど、先生の顔には凄みと胡散臭さが混じってる。あと、多分サングラスをかけてた理由は眩しいから。私もロングランの時はスポーツグラスが欲しい時もある。サングラスをとっても胡散臭さが消えないのは、私にはなんでか分からなかった。
「……かっこいい方ですね⭐︎」
「そんな事言ってる場合じゃ無いでしょ!?」
セリカが声を荒げていると、先生は軽く手をあげ静止しながら口を開けた。
「奥空アヤネさんはいるかな?」
「あっ、はい。奥空アヤネは私ですが……」
アヤネが心配そうに軽く手を上げ歩み寄ると、先生は一枚の紙を取り出す。連邦生徒会に申請した、学区防衛における弾薬費支援の申請書。既にシャーレから承認のサイン入りで、受領証明欄だけが空白になっている。
「これは……!?」
「以前から連邦生徒会に支援物資の要請をしてたと思うんだけど、この度私の部署がそれを引き継いでね。改めて自己紹介しよう、私は連邦捜査部“シャーレ”所属、夏目トウヤ。通称シャーレの先生だ。みんなよろしくね」
「連邦捜査部“シャーレ”!?って、なんだっけ……?」
「セリカちゃん、連邦捜査部“シャーレ”とは連邦生徒会の要請により新設された生徒に向けた福利組織の事ですよ⭐︎
最近だと、矯正局から脱走した暴徒鎮圧に貢献したとか、色々すごい組織です」
「あの大脱走で!? ヘイローも無いのにどうやって……」
「だから凄い人です⭐︎」
「あはは……、事情はこちらも把握しましたし大変ありがたいのですが、いくら公的な書面とは言え先生に直接届けて頂かなくても良かったのでは無いですか?」
「で、この大荷物って訳さ」
先生はそう言いながら、リュックを開いて中の荷物を対策委員会室のテーブルに並べ始めた。市販の弾薬が所狭しと置かれ、まるで弾薬の露天商のよう。中にはあまり馴染みの無い弾薬もあるけれど、元々の量が多い分弾数には申し分無い。
「「おぉー!!」」
みんなは机に身を乗り出し弾薬を見回した。私も中身までは聞いていなかったから驚いたけど、先生が持っていた時の重量感からなんと無く察していた。
「申請には弾薬の種類まで書かれていなかったから、古今東西色とりどりの弾薬を揃えておいたよ。まあ、子供が弾薬を前に目を輝かせるのはどうかと思うけど……」
「先生、外から来たの?」
「んー、当たらずとも遠からず、かな。キヴォトスには数年前から来てたんだけどね」
先生は視線を泳がせながら顔の輪郭を指で掻く。外の世界ではキヴォトスほど銃を持ち歩かないとは聞いた事があるけれど、こうしてひとの口から直接聞くと実感が湧いてくる。そっか、先生はヘイローが無いから、銃を撃たれたら痛いじゃ済まないんだ。
「ありがとうございます! 申請受諾の手続き前から、こんなに支援をして頂けるなんて。これでいつヘルメット団が来ても安心出来ます」
アヤネは嬉しそうに先生の手を取ろうとすると、先生は後退りして、手袋を外し改めて右手を差し出した。一度狼狽えてもちゃんと寄り添おうとするのは、なんだか大人の余裕を感じる。
アヤネは自分が舞い上がってた事に恥ずかしがりながらも先生と熱心に握手をしていた。
「私、ホシノ先輩呼んでくる!!」
自己紹介をしようと思ってたのに、セリカが飛び出してしまった。まあ、ホシノ先輩も後々連れて来なきゃいけないからいいんだけど。
そうして、私は先生に対策委員会のメンバーと、現在アビドスの置かれている状況を説明した。けれど、先生はある程度の事情を知っているらしく、アビドスに来たのは学籍を持たないヘルメット団への福祉活動も含まれているらしい。先生曰く、どんな子でも、どんな境遇でも、子供である以上生徒には変わらないと言っていた。
内心複雑ではある、自分たちが苦労させられてる相手にも手を差し伸べるのはずるいと思う。同時に私たちが子供だから解決出来ていないかのような、ちょっとした疎外感。先生にはそんなつもりは無いのかもしれないけど、“大人”と“子供”の境界線をはっきり敷かれた、分別の付いた“大人”の発言。第三者であって、中立の存在。私は顔も見た事もない誰かに嫉妬してしまった。
それを勘付いてしまったのか、先生の表情が硬くなった瞬間、扉が開いた。
「にゃーにゃー。小鳥遊ホシノだよ。よろしく〜」
「初めまして、シャーレの先生、夏目トウヤだ。よろしくね、ホシノ」
助け舟だった。ホシノ先輩が来てくれたおかげで、雰囲気を壊さずに済んだ。先生はまだ気まずそうにしながら先輩と話していたけど、ホシノ先輩はいつもの調子。寝起きだからぐでっとしてる。
私は心を落ち着かせて、先生に言った。
「先生。学校を案内するから、ついて来て」
「分かった。みんな悪いけれど、必要な弾薬と不要な弾薬を分けておいてくれるかな?」
対策委員会のみんなが返事をすると、私は先生を連れて校舎を見せて回った。掃除が行き届かなくて砂まみれの場所もあるけれど、それが今のアビドスだから、ちゃんと見て欲しかった。それがヘルメット団への、精一杯の嫌がらせ。先生は学校の惨状を目の当たりにしながらも、真剣な眼差しで見てくれた。だから、ついつい言ってしまった。
「先生。アビドスの近くで仕事があったら、ここの教室を使って」
「いいのかい?」
「部屋はいっぱいあるから、一部屋くらい先生が使ってもみんな文句言わないと思う」
「そっか、ありがとう。……ところでさ、シロコ。一つ聞いていいかな?」
「ん、へいき」
「どうして君たちは、アビドスを救いたいんだ?」
一瞬言葉が詰まった。考えた事も無かった。アビドスを救うと言う発想が思い付かなかったと言うか、当たり前すぎて他の考えが出なかったと言うか。
先生はきっと、大人として可能性の話をしている。ホシノ先輩から何度も聞いた事がある、アビドスの多くの生徒は転校や退学してアビドスを去った。それは決して悪い事では無く、自分を守る一つの手段だったんだと思う。
転校していれば、ちゃんと勉強していろんな進路を決められたと思う。
退学していれば、借金に追われる事もなくなる。
アビドスに残るのは、本当に私がやりたい事なのだろうか。もちろんやりたい。けれど、先生の言葉に私は一瞬でも答えを返せなかった。
「それは……」
――銃声が響く。
電気式の拡声器からヘルメット団の警告が響き、校舎全体に緊張が走る。
弾薬は受け取った。けれどまだ弾込めが終わってない。迎撃に出ようにも装備が不十分すぎる。
最悪のタイミングだ、いい事を受けたツケなのか、はたまた私の嫉妬の罰なのか。だが先生は、私に微笑んだ。
「時間は稼いでくる。シロコは対策委員会メンバーと合流して迎撃準備を!!」
勢いよく窓を開ける先生。静止しようと、声を荒立てた。
「先生、ここは二階……!!」
「私は大丈夫だよ」
帽子を深々と被り直し、横顔を向けて笑っていた。
窓から飛び出した先生を掴もうと、窓に駆けつけて必死に手を伸ばしたが、その手は届かない。
しかし、先生が無事に着地していたのを見ると、一瞬の安堵と共に先生の言葉を思い出す。
『時間は稼いでくる。シロコは対策委員会メンバーと合流して迎撃準備を』
私の重い足取りは、颯爽と校舎を駆け抜けていた。
⬜︎【アビドス高等学校校庭】夏目トウヤ
「ヘルメット団諸君に聞く! こちらは連邦捜査部“シャーレ”、諸君らの目的を聞きたい!!」
「なんだお前! 余所者はすっこんでろよ!! 邪魔するならお前ごと撃つぞ!!」
「発砲の是非は君らに一任する! ただ、過去のヘルメット団逮捕者の証言から、君たち学籍を持たない生徒にも保護が妥当であると進言しておく!! 日々食べる物、着る物住む場所。もし困っているのなら、こちらの保護を受け入れて欲しい!! 自由まで侵害しないと、約束しよう!!」
「ウッセーッ! あたしらは好きでやってるんだよ!!」
「ダメか……」
憶測はしていたものの、定型文の説得は不可能だった。彼女らも、自分たちの中にアイデンティティを抱えている。それが学籍に縛られない、自分たちのルールであっても、何かに属していれば満たされるものもある。
誇りある者に、安易な説得はむしろ
逆効果だ。私は作戦を変え、時間を稼ぐ事に専念する。
「現在アビドス高等学校は連邦生徒会より学区防衛費の支援が受領され、君ら一般の生徒では太刀打ち出来ない武力を有している! 諸君らには懸命な判断を願いたい!!」
「喧嘩売ってんのかお前!? やれるもんならやってみろってなら、本当に撃つからな!!」
「また、攻撃の意思が確認された際は連邦捜査部“シャーレ”より、全学区に向け指名手配登録通知を送る! アビドスだけじゃ無い、この先キヴォトスのあらゆる学区において諸君らは追われる身となる! 過去の生活に戻れなくなる前に、もう一度踏み止まって欲しい!!」
「うっせぇ! さっきから大人がしゃしゃり出てうぜえんだよ!! 死にてえのか!?」
撃てる奴なら、とっくに撃っている。襲撃者の人数は、ざっと一五名強、多く見積もっても二十には及ばない。
いかにアビドス高等学校の生徒数が五人だけだと分かっていても、今まではバックの存在が無かったから出来たはずだ。襲撃者も、今日アビドスに大人が居るとは思いもしなかっただろう。
その証拠に、ヘルメット団はろくに陣形を取ろうとしない。ただ校門の前に集まって、声を荒げて威張っているだけ。出鼻を挫けば、威厳と共に戦意は減少する。
「もう一度勧告する、諸君らの行いは侵略行為であり、キヴォトスにおいてもそれは重罪である! 速やかに退去せよ!!」
「あーもう、うっせぇ。誰でもいいからあいつ撃て!」
「はっ、はいっ!」
一発の銃弾が頬を掠める。むしろ震える腕でよく頬を掠められたものだ。
輪郭を伝いながら血が滴り、地面に垂れる。
一度トリガーを引けば、際限無く撃ってくる。もはや彼女らは引くに引けなくなる。闇雲に襲って来る将来への恐怖に向けて、彼女らは発砲するのだ。故に彼女らに私を撃った罪は無い。だが時間は、充分稼いだ。
「居場所だから……!!」
白髪の生徒が、私の前に立ち塞がる。
ガトリングのモータ音と共に銃弾が飛び交い、シールドを構えたホシノが前衛を張り、遮蔽に隠れそびれたヘルメット団を、セリカが狙撃する。
体勢を崩されたヘルメット団は散り散りになり、アビドス生による各個撃破が始まった。
「それが、みんなの答えかい?」
私は再び微笑んで、シロコに問いかけた。
「ん、みんなでアビドスを守る!!」
「……よく言った」
シロコの言葉に、私の顔はほころんだ。……が、表情筋が動いた感覚がない。私はいつから笑っていた?
だが、今は自己分析をしている暇は無い。既にヘルメット団の構成人数、配置、個々の武装まで全て把握している。
左腕を上げ、大声で指揮を取った。
「アヤネ、ドローンで後方の索敵! セリカ、二時の方向遮蔽に隠れた相手を抑えて! ノノミ、中央本隊にそのまま斉射! シロコはホシノと共に、正面から食い破れっ!! ホシノ、出来れば敗走するヘルメット団の確保をお願い」
「なーんかおじさんだけ指示適当じゃな〜い? まあその方がやりやすいけど」
「勢いで聞いちゃったけどなんで先生が指示してんの!? あぁもう、けどなんでいつもよりやりやすいの!!」
「まあまあ、いいじゃないですか。みんな仲良くですよ」
「シロコ先輩、先行し過ぎです! 一度補給品を受け取ってください!!」
「ナイスタイミング、アヤネ。でもこれで……制圧出来るっ!」
そしてヘルメット団は、撤退の号令も虚しく、ほとんどの生徒が捕獲された。のべ十七名、取り逃がし一名と、充分な戦果であった。
⬜︎【アビドス高等学校】奥空アヤネ
それからの処理は、迅速なものでした。
アビドス高等学校では、学区内の犯罪行為とは言え、規模の小ささから自らの組織で犯罪者を拘束する能力がありません。なので、犯罪者の取り扱いはヴァルキューレ警察学校に委託する型式となっています。
ですが先生は、それを聞く事もなく、すでにヴァルキューレに移送を要請していました。
それも、たった数名の捕縛ではなく、ほぼ人数分の移送が可能なように大型の移送車の手配と、随伴車の確保まで。
先生は数年前からキヴォトスにいらっしゃったとの事でしたが、以前はなんらかの執行機関に勤めていらしたのでしょうか。
そして、何やら今回は、ヴァルキューレ警察学校の局長自ら移送の指揮を取ってくださるそうです。とてもありがたい事ですが、同時に私が同じ手順を踏めたかと言うと……、答えを濁したくなる一心です。
「夏目さん。いえ、今はもうシャーレの先生でしたね。この度のご協力の感謝と、シャーレへの就任おめでとうございます」
「カンナ、お礼かお祝いかはどっちかにしてよ。紹介しよう、こちらが今回協力してくれたアビドス高等学校の生徒たち。こちらはヴァルキューレ警察学校局長の」
「尾刃カンナです。アビドス高等学校学校の皆さんには、日頃から犯罪者の確保に協力して頂いておりますので、常々お礼をしたいと思っていました。この度もキヴォトスの治安維持にご協力頂き、ありがとうございます」
「ん、賞金首狩りなら任せて」
「局長ちゃん自ら来てくれるなんてありがたいね。おじさんも帯を締め直す思いだよ〜」
「ちくしょー! 私たちをどうする気だ!? 強制労働なんて絶対やらないからな!!」
「馬鹿者っ! まずは過去の罪状隅々まで調べ上げ、みっちり締め上げてやるからな!!」
「ああ、カンナ。その事なんだけど。本件に関して追及の余地があるかもしれないけど、矯正局のカリキュラムが終了したら独立支援学校への短期留学の手続きを取れないかな? 彼女たちに悪気が無かったとは言えないけれど、それ以外の生き方を知らないって事もある。ヘルメット団は大規模な組織化が進んでいる、ただ友達がいるからで片付けられる犯行ではないと、私は進言するよ」
「……相変わらず先生は生徒に対して優しいですね。分かりました、可能な限り、取り計います」
「お願いね」
「それでは、我々はこれで。この度のご協力、有難うございました。総員、敬礼っ!」
ヴァルキューレの方々は、綺麗に揃った敬礼を終えるとヘルメット団を連れて帰って行きました。既に空は薄暗く、赤いランプが砂の被ったアビドスの街を照らしながら走り抜けて行きます。そろそろ私たちも帰る時間、早く対策委員会室に戻って、支度を済ませないと。
その時でした。みんなで校舎に戻ろうとする時、先生が言ってくれました。
「君たち。もしよかったら、私もアビドス復興の力に加えてくれないかな?」
おぉー、と先輩たちは言います。けれど私は、見ちゃったんです。あの時、ヘルメット団の前に立ち、銃弾を浴びたあの瞬間。幸い頬を掠めた程度でしたが、あの時先生は……。
「アヤネちゃん? どうしたの?」
セリカちゃんが声を掛けてくれたのに、答えられませんでした。ただ、私が口にしたのは……。
「対策委員会室に戻ってからでも、よろしいですか? 夜は少々冷えますから」
そして私は、先輩方からの了承すら貰わず、対策委員会室で先生にお断りしました。
「アヤネ、良かったの? 先生の協力断っても」
「すみません、シロコ先輩。勝手に断ってしまって……」
「まあ、元々連邦生徒会に支援要請をしてたのはアヤネちゃんだしさ〜。おじさんたちはなんとも言えないよ」
「私はちょっとせいせいしたけどね! 今更になって助けようったって、元々私たちでやって来たんだし。支援物資以外は元々お願いなんてしてないんだから」
「違うんです……!!」
みんなが宥めてくれているのに、私は声を荒げてしまいました。手元のタブレットを使いながら、自分の言い訳に使う資料を調べ上げ、いつもの定例会議の時とは違った、乱雑な自白。
タブレットには、みんな視線を向けて中の記事を読んでいきます。そして説明を付け加えるように、私は言い訳を始めました。
「先日のD.U.地区で起きた、暴動事件の資料です。初めてシャーレの先生が担当した事件でもあります」
「矯正局の囚人が脱走し暴徒可、連邦生徒会を襲撃した事件ですね。この事件が何か関係あるんですか?」
「そこには、こう書かれているはずです。……当事件により、シャーレ所属職員が一名重傷を負ったと」
「ありゃ、本当だ」
「確かに、先生は凄い人でした。銃も使わず、大勢のヘルメット団を足止めし、私には出来ないくらい完璧な指揮をとって。でも、先生が撃たれた時、笑ってたんです。それはまるで……」
死場所を求めてるようで。その言葉が続きませんでした。それはみんなも勘付いているようで、みんなが言葉を伏せていました。誰だって人が死ぬところなんて見たくありません。先生はヘイローが無い、外から来た人です。つまり先生は、銃弾一つでも命を落としかねない、危うい存在です。
協力してくれるのは嬉しいです。ですがそれは、銃撃戦が自然発生してしまうキヴォトスでは、自己犠牲で済ませられる話ではありません。
私はただ、自分の前で死を見たく無いと言うわがままを言っているだけです。いつか先生が、道すがら銃撃戦に巻き込まれてしまったとしても、自分の目の前で無ければ、良しとしようとしてます。
だから私は、先生が恐いんです。嫌な私を写してしまう、鏡のような人だから。
「夏目ユリカさん、と言う方をご存知ですか?」
ノノミ先輩が、タブレットを持ちながらそう言いました。
「どなたですか……?」
ノノミ先輩が開いたページには、矯正局の生活改善講師の紹介ページが映されていました。夏目ユリカ、ノノミ先輩が口にした人物。先生と瓜二つの、女性の方。
「うわっ、先生そっくり! でもなんかー、こっちの方が優しそうじゃない?」
「ん、目元が全然違う。先生、元々中性的だけど雰囲気が別」
「実はこの方も、アビドスにいらした事があるんですよ⭐︎」
「んぇ? そうだったけ〜?」
「知っているのは私だけかもしれません。以前、シロコちゃんが鉄筋回収車を取ってきちゃった事があったんですが……」
「そんな事もあったね〜」
「シロコ先輩そんな事やってたの!?」
「ん、今はもうしない……」
「ホシノ先輩がシロコちゃんにお説教してたちょうどその時、この方がいらしたんです。残念ながら、ユリカさんには左腕がありませんでした。……キヴォトスで生きていく以上、必要な犠牲だったのかも知れません。でもユリカさんは、アビドスの事情を知り、融資を持ってきて下さったんです」
「それは、受け取って良い物なんでしょうか……?」
「私も最初は断りました。そんなお身体の方からご厚意とは言え受け取れませんと。今思えば、凄い失礼ですよね。けれど、ユリカさんはこうおっしゃってました。『誰かの好意は、受け止められる人になりなさい。そして迷った時、今まで受けた恩を思い出して励みにして、誰かにそうしてあげられる自分を育みなさい』と。それ以来、毎月匿名の融資が送られて来るようになったんです」
アビドスの帳簿をつけていた時、そのお金には覚えがあります。近隣住民の方々から送られた融資だと聞いていましたが、おおよそ一般的な月収と同じ金額の融資に違和感を受けていました。ただいつしか、それをありがたいの一言で片付けていた自分が、確かにいました。
「誰にだって、話したくない隠し事の一つや二つはあるかもしれません。その経験から、周りからは間違った行動をとっているように捉えられてしまうかもしれません。ただ、相手の好意を突き放してしまうのは早いと思うんです。お互い話し合って、折り合いを付けて、みんなで仲良く決めるんです。だからアヤネちゃん。先生にも、一度だけチャンスをあげてくれませんか? もしかしたら先生も、ユリカさんの想いを継ぎたいのかも知れませんから」
きっと、先日の事件で負傷された方もユリカさんなのかも知れません。ユリカさんが傷付いた所を、先生は何度も目にしているのかも知れません。
それでもなお、先生は今日、銃弾の横に立っていました。その意味が分からない訳ではありませんでした。けれど私はそれを怖がって、先生を知ろうともせず、断ってしまいました。
先生は、どう思った事でしょう。せっかく命をかけたのに、私は……。
「先生に連絡してきますっ!」
私は対策委員会室を飛び出し、先生に連絡を入れました。もう一度、先生の言葉を聞きたい、あの時先生は、どんな想いだったのか。いつかきっと、私も受け止められる人になりたいから。だから私は、その練習として、先生に甘えます。
スマートフォンから、頂いていた連絡先に通話をかけ、繋がった時には……。
「先生、先程は大変申し訳ありません! その件で、少々お話しがあるのですが……」
みんなには、悪い事をしてしまいました。今日の学校は、もうちょっとだけ続きそうです。
⬜︎【アビドス自治区】夏目トウヤ
アビドス高等学校を離れ、帰りのバス停に辿り着いた後の事。時刻表に書かれた時間になっても、一向にバスはやって来ない。遅延しているのか、あるいはバス自体がもう無いのだろうか。私は再び時刻表を確認すると、張り紙が千切れた後を発見する。
田舎のバス停で見た事がある、時刻表の刷新だ。大概の運行会社は業績の芳しく無い路面はバスの本数を減らす。ことアビドスでも例外では無いだろう。ただ一つ、そんな大事な情報を紙切れ一枚で片付けているのは、懐事情か単なる怠慢か。前者は余りに世知辛いので、誰とも知らぬ架空の存在を、それと無く恨んでおく事にする。
さすがにバスの運行が終了になるような時間帯ではないが、刷新されたはずの時刻表が砂漠の塵と化した以上、いつ来るかもわからないバスを待つしか無い。
寂し紛れに歌でも歌おうか、幸いアビドスには居住者が少ない、近所迷惑にもならないだろう。……だが、住民がゼロでもない。
私は大人しく、先日名誉の負傷を負った同僚に連絡する事にした。電話程度なら、近所迷惑にもならないだろう。
「もしもし、アビドスには無事辿り着いたよ。……あぁ、生徒とも会ってきた。けどあの地図は何? あんなメモ紙に五分で殴り書いたような地図で良く行けると思ったな、危うく遭難して死ぬところだったよ。何? 場所くらい覚えてるはずって? 砂漠化が酷くて地図の道通りなんかじゃ……!! あぁ……、すまない。地図のせいじゃ無い、砂漠のせいだ。彷徨い過ぎておかしくなってた。いつからだって? 昨日の夜からだよ! 二四時間! ずっと、砂漠地帯!! ここまで深刻だとは思わなかったぞ……、よくも連邦生徒会はここまで放置したもんだ。まあでも……、結局私も……」
愚痴の最中、別件の連絡が入った。
「すまない、連絡が入ったから一旦切る」
耳元で通知音が響く。連絡相手に断りを入れて、連絡を切り替えると、相手はアヤネだった。
『先生、先程は大変申し訳ありません! その件で、少々お話があるのですが……』
「ちょうど良かった、私も帰りのバスが来なくて、途方に暮れていた頃だよ」
『あっ……、実はこの時間はもう、アビドス高等学校付近のバスはもうやってなくて……』
「何て?」
『三十分くらい歩いたバス停なら、二十三時まであるのですが……』
「また彷徨えと……?」
トラウマの再来である。
『いえ、そう言う訳では! ……すみません、先程の話、みんなで話し合ったんです。ただ、まだ先生とはちゃんと話してないと、ノノミ先輩が……』
「……ありがとうね、アヤネ」
『えっ? お礼なんてそんな! むしろこっちが謝らなければいけないのに、それに先生とは、またアビドス高校でちゃんとお話しを……!!』
「それは嬉しいけれど、明日ね。今何時だと思ってるの、学生はもう帰る時間。私はシロコに部屋を貸して貰えたから、ちゃんと明日、学校で話そうか」
『ですが……』
「大丈夫、学校で待ってるからさ。だって私は先生だよ? 生徒にお願いされて、聞かない訳がない」
『何から何まですみません。でしたら、ホシノ先輩が鍵を預かって頂けるそうなので、そちらでお願いできますか? 私はもう、帰りのバスが無くなっちゃいそうで』
「うん、また明日。今からアビドス高校に戻るから、ホシノに宜しく伝えて置いて。と言うかホシノは帰り大丈夫なの?」
『うへぇ〜、おじさんは近所だから大丈夫さ〜』
『ちょ、ホシノ先輩!? そんなに近付かれるとっ!!』
『いいじゃない、せっかく後輩が可愛い一面見せてくれたんだからさ〜。おじさんは今アヤネちゃんを愛でたくて愛でたくて仕方ないよ〜』
「楽しそうにするのもいいけど、今二十二時。バス来ちゃうよ?」
『そうですよね! では、ホシノ先輩後お願いします!! すみません先生、時間押してるので、切りますね!!』
「うん、おやすみ」
電話の奥からホシノがアヤネに甘え倒している声が聞こえていたが、通話が切れた途端その声は止んだ。それでも、あの二人はきっと今もアビドス高校のどこかで絡みあってるのだろう。
そんな空想に笑いを込み上げつつも、私は再び電話をかけた。
「やっぱり、アビドスに協力する事になったよ」
その一言だけ伝え、一方的に電話を切る。長く通話していると、あっちもあっちでうるさい事になる。
今日ばかりは、長い夜になりそうだ。そして今日も、夢を見ないのだろう。
⬜︎【アビドス高等学校屋上】小鳥遊ホシノ
アビドス高等学校の夜はとても静かだ。
学校なのだから夜静かなのは当然。けれど、周りに住民が住んでる訳でもない。
学校周辺は銃撃戦が多いからね。人が居なくなるのは早かったよ。
物思いにふけながら、私は今日も空を見上げて月を見る。
夏目漱石の逸話に、月が綺麗ですねを告白として訳したエピソードがある。今なら何となく、その訳の意味がわかる気がする。
大切な人といる時は、何にでも輝いて見えて、もし隣でこの景色を見上げていたのなら、唐突に呟いてしまう事もあるだろう。
「ユメ先輩……」
……こんなふうに、自然と溢れる。何故か今日は、よくユメ先輩の事を思い出す。
それはきっと、あの先生を見たからだろう。一目見た時、私はあの瞳に吸い寄せられた。
まるで灰の中で燻った僅かな炎が光るような、キラキラとした、何色とも言い難い綺麗な瞳。あの目を見ると、自分の後悔を思い出してしまう。
私がユメ先輩を失った、あの時の事。
私は何日もかけて、ユメ先輩の遺体を見つけた。お葬式もやった、火葬だってした。お墓も建てた。それでも辛くて、ひとりぼっちが寂しくて、一度だけアビドスを捨てようと思った事がある。何もかも忘れたくて、私は大事な物をこの手で燃やしてしまった。
それは、ユメ先輩が残した、私へのメッセージ。いつも肌身離さず持っていた、ユメ先輩のバナナ手帳。
遺体の火葬とは訳が違う、私が楽になる為だけの焼却処分。卒業する時のために書いてたんだろうね、ユメ先輩の手帳には、思い出だとか、私が先輩になったらだとか、色々書いてあった。それを忘れたくて、私は燃やした。
その炎は今でも鮮明に覚えている。自分の涙が炎を消してしまうのかと思うくらいに泣きじゃくったから、結局思い出までは燃え付きてはくれなかった。
先生は、まるであの日燃え残った灰から出て来た人だ。私の後悔と、似た何かを持っている。単なる憶測では無い、確かな確信。
嫌な文字合わせで気付いてしまったのは悔しいけど、先生の気持ちが分かってしまった。
夏目漱石の小説に、夢十夜と言う小説がある。その小説の第一夜、一つ目のお話しでは、死に別れてしまった男女が、百年経って再び巡り合う輪廻転生のお話しがある。
死んでしまった女の人の墓前で、男の人が待っていたら、百合の花が咲くと言う、有名なお話し。
先生の名前は、多分そこから文字ってる。苗字も偽名、名前も偽名、だけど、名乗った想いだけは本物で、誰かにもう一度会いたいと、願っている。
「先生、本当は……、亡くなってるのは、トウヤさんの方なんじゃないかな?」
誰に向ける訳でもない言葉を呟いた。もうすぐ先生が戻ってくる。だからこの憶測はもうおしまい。
ただ、先生に一つだけ言いたい事がある。聞かれる前に言っておきたい、私の本心。
「私ももう一度……、百年待ったら、逢えるのかな」
そして私は、アビドス高等学校に戻って来た先生を見届けると、鍵だけ渡して逃げるように家に帰った。
⬜︎【???】黒服
クックック……、観測者のみなさん初めまして。あるいは、お久しぶりです。別世界の“先生”。
我々ゲマトリアは、新たな観測点を見つけました。いわゆる概念と呼ばれる、特異点の先の世界です。果たしてこの観測点は、一体どのような事象を引き起こしてくれるのでしょうか。
さあ、我々ゲマトリアと共に観測を始めましょう。観測点とはつまり、観測する事でようやく事象が確定するのですから。