小鳥遊ホシノは複製人間にユメを見るか   作:スワンプマン先生

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それぞれの朝(2)

⬜︎【アビドス廃校対策委員会室】夏目トウヤ

 

 アビドスの全校生徒が集まるまで、私はパソコンでメールのチェックをしていた。生徒との交流はモモトークで済ませる事が多いが、公的な報告などは記録を残す意味でもメールでのやり取りが多い。

 シャーレの公式メールアドレスである事もあり、各自治区からの連絡はいつも絶えない。膨大な数のメッセージを処理するのは至難の技で、重要度を分け何から手を付けるか、毎朝悩まされてばかり。いくらシャーレが部員を抱えているとは言え、指示を出すのは私個人。数ある仕事の中から、骨折中でも出来そうな仕事を見繕って、同僚にメールを送信する。

 数分後、「了解っ!!」と元気な返信が返って来たが、文章だけで自信に満ちた表情を思わせるのは一種の才能かもしれない。せいぜい余計な仕事だけは増やさないよう祈りつつ、私は別のメールを開いた。

 そのメールはカンナからのヘルメット団メンバーの取り調べ結果だった。

 

『お疲れ様です、ヴァルキューレ警察学校の尾刃カンナです。

 先日はヘルメット団の確保にご協力して頂きありがとうございました。アビドス高校の人力もあり、早期に対応出来ました事を嬉しく思います。付きましては、アビドス高校の生徒さん方にも感謝の念を伝えて頂けると幸いです。

 さて、早速本題に入らせて頂きますが、以前アビドス外で確保したヘルメット団構成員の一人ですが、調べた結果元アビドス生であった事が判明しました。他校へ転校したはいいものの、学業について行けず素行不良になり、器物破損の現行犯で逮捕されたのが事のあらましです。

 ですが犯人は気になる発言をしていまして、中学時代の後輩もヘルメット団に勧誘したと供述がありました。

 現在、ヘルメット団はアビドス高校に攻撃、不法占拠を目論んでいると思われます。本件の犯人は後ろめたさからアビドス高校への襲撃は辞退したようですが、今後アビドス高校の生徒さんの知り合いと、相反する事があるかも知れません。是非先生には生徒に適切なケアを、と言いたい所ですが、こればかりは釈迦に説法ですね。

 ともあれ夏目先生には今後とも注意をして頂きたく、連絡させて頂きました。ヴァルキューレが現在所持している元アビドス生の犯罪者情報をPDFにまとめて起きましたので、必要とあらばご確認下さい。

 今後とも、先生のご活躍を期待しております』

 

「んー……」

 

 私は思わず頭を掻いていた。

 危惧はしていたが、アビドス生の知り合いがヘルメット団に流れてしまっている可能性は充分ある。

 現在のアビドスでは、まともな授業は愚か勉学すらままならない状況である。連邦生徒会にアビドス高等学校の存続が承認されている以上、アビドス高校の基準で高卒資格を発行しても問題無いが、元アビドス生が他校で同じ資格を取れるかと言われると中々難しい。

 特に借金返済に追われているアビドスでは、学園生活の大半が借金返済に費やされてしまう。

 中には様々な職業経験から大成したOBも居なくも無いが、それは本人の運と努力と才能が奇跡的な噛み合いを起こした成功に過ぎない。

 再現性の低い事象は、数多くの生徒達の失敗の上に成り立っている。教師の立場であれば、その失敗してしまった生徒にこそ救済を向けるべきだ。例え不祥事を起こしてしまっていたとしても、社会が彼女たちを拒絶していい理由にはならない。

 気を紛らわせようと、ノートパソコンの横に手が伸びる。しかしそこには普段置かれているマグカップなどは無く、何かを取り損ねた手が空を切る。

 居心地の悪さからポケットからタバコを取り出そうとしたが、今は生徒の前。アヤネは書類仕事をしているし、シロコは弾薬の整理と在庫確認の真っ最中。一服するような空気でも無い。

 一度席を外そうと思い、立ちあがろうとしたその時。私の頬に、冷たい金属質の何かが触れる感覚がした。

 

「先生、休憩も大事ですよ」

 

 振り向くと、ノノミは冷えた缶コーヒーを持っていた。氷水の入った小ぶりのクーラーボックスを肩に掛けながらも、缶コーヒーを丁寧に渡してくれた。

 

「どうぞ♪」

「ありがとう、いくらかな?」

「いえいえ、これくらい大丈夫ですよ」

「そう言う訳にもいかないでしょ、教師が生徒から奢って貰うなんて」

 

 ポケットから財布を取り出そうとすると、ノノミはアヤネたちの方を向きながら言葉を続ける。

 

「今、アヤネちゃんが連邦生徒会へ支援物資にの使用弾薬種をまとめてくれているんですが、昨日先生が持って来て下さった弾薬、私たちが使う弾以外もありましたよね?」

「あったね」

「本来は、ああやって使用弾薬を伝えなければならないはずだと思います。けれど、昨日はそうではありませんでした。もしかして、あの弾薬は先生のポケットマネーから用意したんじゃないですか?」

「そう言うのは言わぬが花なの」

「じゃあ、私からもほんの気持ちです⭐︎ それ以上は言いません!」

「そう言う事ならありがとう。頂くよ」

 

 礼を言いながら、ノノミに向けて乾杯する。熱い気候の中飲む冷えた缶コーヒーは格別だった。

 あのクーラーボックスも、おそらくノノミが用意した物。冷蔵庫では電気代が嵩んでしまう、だから自分が用意出来る精一杯の気遣いの形なのだろう。

 お金をかけないおもてなし、それがノノミがアビドスで学んだ事なのかも知れない。

 ノノミは申請書に手こずるアヤネとシロコにも、冷えた飲み物を渡しに行った。

 

「そう言えばさ、支援物資の申請なら弾のレシート使う? 多分、正式名称書かなきゃいけなくて苦労してるだろうから、使用弾薬は私の方でレシートに印を付けとくよ」

「本当ですか!?」

 

 シロコの耳がピクリと動き、アヤネは机を叩くように立ち上がる。

 二人して弾薬の正式名称がどれか悩んでいたのだろう。例え申請書に弾薬種だけ記入したとしても、用途に合わせた弾薬が送られて来るとは限らない。だからせめて私の用意した弾薬と同じ物を申請しようとしたようだが、メーカーやパッケージデザインがバラバラで、見比べながら苦労してたのだろう。

 私はレシートにさらりと印を付けて、アヤネに手渡す。

 

「ありがとうございます、先生」

「ん、おかげですぐに終わりそう」

「私の物にも印つけちゃったけど、それは私が使ってる物だから気にしないで」

 

 そう言いながら、スーツに隠れたショルダーホルスターをポンと叩く。生徒には銃自体見せた事が無いが、キヴォトスで出歩く以上私だって銃火器くらいは携行している。とは言えだたのオートマチックと、お守り代わりのサイドアームだけだが。

 

「そう言えば、先生はどんな銃使ってるの?」

 

 シロコの問いに、二度寝を終えて対策委員会室に顔を出したホシノが横から答えた。

 

「先生が使ってるのはM1917って言う古いリボルバーだよ〜。そうだよね? 先生」

「ん、ホシノ先輩おはよう」

「おはようシロコちゃん。それにみんなも朝から元気だね〜」

 

 私はホシノの答えに言葉を返せずにいた。まさかお守りの方を当てられるとは思いもしていなかったので、観念したようにショルダーホルスターのガバメントと、腰裏に忍ばせたリボルバーを取り出し、机に乗せる。

 

「まさか、こっちを当てられるとは思いもしなかった。ホシノ、よく分かったね?」

「昨日、弾薬の仕分けをしてた時クリップもあったからね〜」

「クリップ? それって、これじゃ無いですよね」

 

 不思議そうな顔で申請書についたクリップを指差すアヤネ。そしてその問いに、シロコが答えた。

 

「アヤネ、クリップって言うのは昔のマガジンみたいな物の事だよ。弾を何発も纏めてリロード出来る金属パーツ」

「そうそう。リボルバーだと一つ一つ弾を入れなきゃいけど、クリップって言う弾薬の保持具を使えば一度にリロード出来る優れ物なんだよ〜。リボルバーだと、スピードローダーって言った方が分かりやすいかな?」

「スピードローダーでしたら、聞いた事があります。古い銃はそうやってリロードしてたんですね」

「クリップにもいくつか種類があってね〜。六発はめ込めるクリップをムーンクリップ、三発はめ込めるクリップをハーフムーンクリップって言うんだ〜」

「相変わらず君達、特にホシノよく知ってるね……。おじさんちょっと心配になって来るよ」

「うへぇ、心配し過ぎておじさんのおじさん成分感染っちゃった? 大丈夫大丈夫、先生はまだまだおじさんって歳でも無いよね?」

「それでもホシノよりは年上なんだけどね、今年で二十三だし」

「結構お若いんですね⭐︎」

「ん、一回りくらい上だと思ってた。キヴォトスに来たのは数年前って言ってたけど、いくつの時来たの?」

「大学の在学中に事件に巻き込まれてそのまま……、って、この話はもうおしまい。ほらほら、作業に戻るよ。それとさ、ホシノ」

「ん〜? どしたの先生」

「ちょっと見せて欲しい資料があるんだ」

 

 私はホシノに、カンナのメールの件を話した。生徒名簿が保管されている部屋があるらしいので案内して貰い、メールに送付されたPDFファイルを確認しながら、生徒名簿を確認する。そして、ある事に気付いた。

 

「例の犯人、アヤネやセリカと同じ学校出身なのか……」

 

 私はまだ登校して来ていないセリカの事を考えながらも、生徒名簿に目を向けるのだった。

 そして、ある“在校生”の名を目にした時、私は固まってしまった。

 

 

 

 

 

 

⬜︎【アビドス高校 資料室】小鳥遊ホシノ

 

 生徒名簿が見たいと言う先生の申し出から、私は先生を資料室に案内した。

 本当はあまり見せたい物でも無いけれど、事情を聞いてしまった以上取り繕う事も出来ない。

 他校からすれば、単なる生徒の名簿でしか無いだろう、けれどアビドスにとっては、受け取り方によれば裏切り者のリストにもなってしまう。

 もちろん、在学生と転出した生徒の名簿は分けてあるが、その資料自体があまり気分のいい物では無い。特に私にとっては。

 すると先生は、一人の生徒の入学手続き書類を見つけ、ぽつりとつぶやいた。

 アヤネちゃんとセリカちゃんの出身校。確か、アビドス第六中学校だったはず。

 何か事件を起こした生徒が、もしかしたら二人の知り合いに勧誘をかけたのかも知れない。

 先生はきっと、鉢合わせになる事を危惧しているのだろう。

 けれど大丈夫。二人の知り合いでも、私にとっては関係無い。大事な後輩を傷付けるようなら、例え誰の知り合いだろうと関係無い。いつもみたいにやっつけて、取り押さえて、そしたら先生がヴァルキューレに送ってくれる。

 それが私の役割だし、たまには先輩としていい顔見せないとね。アビドス高校の“最年長”なんだから。

 その時、先生の手が再び止まった。……よりにもよって、私が一番見て欲しく無い、休学者のページで。

 

「……先生、どうしたの?」

「いや、何でもない」

 

 誤魔化そうとしてか、先生は資料を閉じた。しかし今の私は、気が収まらない。

 

「今更誤魔化さなくたっていいよ。連邦生徒会にとってはユメ先輩の失踪も大きな出来事だっただろうし、先生が知っててもおかしく無い。それにそんなかっこで、あんな銃使って、先生自身に何もありませんでしたって言う方が無理な話だよ。先生も私と同じ、誰かを失った人間なんだよね?」

 

 先生は言葉を返さなかった。

 先生の銃は二丁あった。一丁はM1911コルトガバメント、いい銃だと思うし悪い選択ではない。しかしもう一つのリボルバーは違う。

 M1917。外の世界の戦争で、ガバメントが足りなくて急遽作った“代替品“の銃。弾薬の統一化を図る為に、リボルバーでありながらオートマチック向けの45ACPを使う奇抜な銃だ。

 通常、リボルバーの弾は薬莢底部にリムと呼ばれる輪状の張り出しが大きめに作られ、リムがシリンダーに引っかかり弾が固定され撃てるようになったり、エジェクターロッドで押し出し排莢出来るようになっている。

 しかしM1917は違う。オートマチック向けの弾薬である45ACPはリムがリボルバーの弾薬と比べ小さく、発砲時に激鉄が弾薬を押し出し発火不良になってしまう事が多い。

 クリップ装填であれば、クリップ自体がリムの代わりとしてシリンダー内の弾薬を固定し、安定的に発砲出来るようになるが、言わばそれは苦肉の策。後々改善されただけで、銃自体の完成度は低いと言わざるを得ない。

 そんな銃をお守り代わりにでも持ち歩いていると言う事は、それだけ思い入れがあると言う事。

 思い入れと言うより、“代替品”としての自罰なのかもしれない。

 私は先生の左腕をがっしりと掴み、人の手より硬いそれに力を込める。

 先生も反応しようとしてたけど、私の速さに先生が叶うとも思えない。実際、今こうして先生の義手を掴んでる。

 

「ねえ、教えてよ。先生」

「……」

 

 先生は黙ったままだった。けれど、私は言葉を続ける。

 

「先生は、ユリカ先生はなんでアビドスに来たの?」

「……何を勘違いしてるかは分からないけど、私が正体を隠すのは矯正局にいた時面倒を見た生徒達に、余計な因縁を付けられないようにだよ。ホシノが思うような理由じゃ無い」

「質問の答えを行って欲しいなぁ。先生もきっと私と一緒。大切な人を失って、今もずっと悩んでる。だから、私みたいな人間の所へ来たんでしょ?」

「ホシノっ!」

 

 興奮する私の頭を、先生は右手で撫でていた。

 

「可哀想に……。君は本当は、理解者が欲しいんだね」

「……っ!!」

 

「大変ですっ! ホシノ先輩、先生!!」

 

 突然、アヤネちゃんが資料室の扉を開けた。唐突な光景に困惑しながらも、視線だけ向ける私たちにアヤネちゃんは事実を伝えてくれる。

 

「お二人は一体何を……? いえ、今はそんな事を言っている場合ではなく……!! セリカちゃんが、セリカちゃんが万引きで捕まりました!!」

 

 私達はその言葉を聞いてようやく、アヤネちゃんに振り向いた。




セリカが万引きなんてするわけ無いやろ
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