小鳥遊ホシノは複製人間にユメを見るか   作:スワンプマン先生

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第5話

⬜︎【アビドス自治区駅近郊】夏目ユリカ

 

 アビドスは砂まみれの寂れた町だと誰かが言っていた。だが、ターミナル駅前ともなればそれなりに栄え人々の生活が垣間見得ている。

 噂程度の情報だけで、自分の知らない何かを卑下する愚かな行為だと、わたしはこの地に訪れた時から強く感じていた。

 しかし、1年前に訪れた時から比べてば駅近郊とは言え店数は減り、衰退の文字を感じさせられずにはいられない。そんな街姿の中に、1つ記憶に残る店がある。今も現存するかは定かでは無いが、最初に思い出した当てなら頼ってみるのもありだろう。

 

「確かここだよな……」

 

 目的地に続く地下街の入り口を見つけ、わたしは息を呑む。僅かなに積もった砂塵が階段の隅に追いやられ、電球は所々切れている。以前訪れた時の様相とはかけ離れた雰囲気で、薄暗い地下街からジメジメとした冷たい空気が吹き抜け、わたしの髪を怪しくたなびかせていた。

 奥から漏れ出たネオン管の鮮やかな光に誘われるように、階段を降りて地下街に進むと、地下街の通路には違法な出店が立ち並び、タバコの副流煙が空気を揺らしていた。

 おおよそ学園都市の一部とは思えない光景に呆れながらも、傍に腰掛ける浮浪者たちの視線を浴びながら、目的地を目指す。そして目当ての店を見つけると、安堵の息を漏らした。

 ロボット用の義体専門店。わたしはここに、新しい義手を買いに来たのだった。

 

「こいつと同じ接続方式のものを頼むよ」

 

 店のカウンターに義手を乗せると、見覚えのある店員が顔を上げる。地下街の様相が変わっても、人はあまり変わらないらしい。最も、機械であるロボット市民に変化があるのか、と言う問題もあるが、以前見かけた時と雰囲気は変わらなかった。

 

「はいはい、左手の義手ね。神経接続式か……、カイザーさんとこのを買い替えなんて珍しいね」

「最近ちょっと調子が悪くてね、思い通りに動かない時がよくあるんだよ。他所で買い換えようにも、独自企画のジョイントには困らさせる」

「はっはっは、カイザーさんのは物はいいんだけどねぇ。大企業らしい殿様商売だね。でもまあ、おかげでウチみたいな格安店の需要がある、ウチとしてはありがたい限りだよ」

「モノは高いし生体情報は抜き取られるし、ろくな企業じゃないさ。いつ規約違反で脅しに来てもおかしく無い」

「勘弁して貰いたいねぇ。吹けば飛ぶ弱小なウチからしたら、全く目の上のタンコブだよ」

「全くだ」

「んで、今日はどうする? 一応汎用品へ変換できるジョイントも売ってるけど、またカイザー製にする?」

「タイムラグは好きじゃないんだ。またカイザー製で頼むよ」

「ま、普段から戦闘用使ってるんじゃそうだろうさ。用途は?」

「普段使い。戦闘の事は考慮しなくて構わないけど、義手を隠せるようゴツゴツしてない物で頼むよ」

「はいよ。二の腕からの物となるとこいつとこいつと……、サイズは後で調整するから、取り敢えず付けて比べてくれ」

「んー……、どっちも少し重いかな。もっと軽いのは?」

「無茶言うなよ、これでも人間用としては軽い方だ。戦闘用を除けば、それこそスケルトンのライトタイプか、フラグシップでも無ければこの重量は妥当さ」

「ちなみに普段使い用のフラグシップは?」

「そんなもんうちにはないよ」

「だろうねぇ。分かった、今日は今試してるこいつで我慢しておくよ」

「毎度。ところでお客さん、今まで使ってた義手はどうする? 戦闘用が出回るなんて稀だ、譲ってくれるならそいつはタダでもいい」

「悪いけど持ち帰るよ。万一出番がないとも限らないし」

「まあ、それが義体の利点さね、手放すつもりも無いか。ただ、そう言う使い分けが出来るお客さんなら、面白い話があるんだ」

「面白い話?」

「ああ、そうさ。何でもカイザーが人間の人格をロボットに写す技術を開発したらしい。もし興味があれば、知り合いに聞いてやらん事もない。そんなすぐ傷付く肉体より、よっぽど頑丈になれる」

「悪いけど興味は無いよ。身内にそう言うのが大っ嫌いな人がいるもんでね」

「そうかい、人間ってのは大変だね。倫理だ何だ言いながら、今では細胞培養して人間の“ガワ”まで作ってるんだろ? それを有り難がってる連中もいれば、個体が違うだけで気絶もする。分からないねぇ」

「ちなみにそれもカイザー製だろ?」

「お客さん知ってるねぇ!」

「興味本位に聞くけど、その擬似人格生成プログラム用の義体とかはある?」

「あー、たしかそんな名前だったっけな。ウチにもマスコット用の義体ならあるけど……、興味あるのかい?」

「万一死にかけたら、マスコットとして余生を過ごすのも悪く無いかもね」

「はっはっは! そりゃいいや、なら義手とセットでこの値段はどうだ!!」

 

 

 店員が提示した金額通りの支払いをカードで済ませ、新しい義手と例のマスコットを受け取った。

 しかしこの丸いマスコット義体……、見覚えがあると言うか、外の世界では売れないな。どこぞの財団が目を光らせに来る。全くキヴォトスの倫理観も、何処に劣らず終わってる。ただ、これさえあれば……。

 わたしは軽い足取りで、アビドス高校へ向かった。

 

 

 

 

⬜︎【アビドス廃校対策委員室】小鳥遊ホシノ

 

 時刻は昼過ぎ。先生がセリカちゃんを迎えに行って、そのまま買い物に出かけ数時間が経つ。

 落ち着きの無いまま対策委員会のみんなと学校の掃除を済ませて、お昼休憩をしていた。

 お昼ご飯を買いそびれたセリカちゃん相手に、ノノミちゃんと2人で挟み込んでお弁当の分け合いっこをして、無理矢理セリカちゃんの口にオカズを突っ込こんだ。

 

「むぐっ!? ちょっと、無理矢理食べさせないで」

「はーい、こっちはご飯ですよー♪ ガタンゴトン、プシュー」

「子供扱いしないでよ!? そんな事されなくても食べられるから!!」

「何だかんだ言いながら、ちゃんと食べてくれるんだね〜。おじさん大事な後輩が飢えなくて嬉しいよ〜」

「セリカ、掃除中お腹鳴ってたもんね。もしかして、朝も食べてなかった?」

「シロコ先輩!? 聞き間違い、聞き間違いだから!!」

「ん、私からもお裾分け。あと余ってる割り箸あったから使って」

 

 シロコちゃんはそう言いながら、お弁当の蓋を皿代わりにしてブロッコリーを差し出していた。大事なハンバーグをあげないのは、何だかシロコちゃんらしい。まあでも、おじさんがエビフライあげてたもんね。

 横からアヤネちゃんも、卵焼きのお裾分けをシロコちゃんプレートに追加していた。

 

「んもー、シロコちゃんったらせっかくお楽しみのあーんが出来なくなっちゃうじゃないか〜。」

「別にいいわよあーんなんてして貰わなくても。シロコ先輩お箸ありがと。でも、みんなのおかずが減っちゃって少し罪悪感があるんだけど……」

「いーのいーの、おじさんにはセリカちゃんとの間接キスが1番のオカズだからさ〜」

「ホシノ先輩、さすがにそれは……」

 

 あれ? アヤネちゃんもしかして引いてる?

 ヘラヘラ笑って誤魔化していると、みんなが茶化して場を納めてくれる。やっぱり、君たちは私の大事な後輩たちだ。

 

「さーて、食べ終わったらおじさんはもうひと眠りでもしようかなぁ」

「そう言えばホシノ先輩、今日は全然お昼寝して無いね」

「ですね。今日は普段より頑張ってます」

「そりゃあ朝からセリカちゃんが大事なお勤めして来たんだから、おじさんだって頑張るよ〜」

「それだと私が捕まってたみたいじゃない!?」

「あはは……。でも、未だ本当の犯人が捕まっていないのは悔しいですよね」

「そうなのアヤネちゃん! 顔はしっかり覚えてるから、今度あったら絶対タダじゃおかないんだから」

「捕まえるなら私も協力する。私たちが本気を出せば、絶対捕まえられる」

「そうですねー、悪い子にはちゃんとお仕置きしないとです!」

「でしたら、放課後は犯人の捜索でもしましょうか」

「えっ、放課後? 悪いけど、私は放課後用事が……」

「あらら、用事ですか」

「大丈夫。運命共同体として、セリカの屍を越えてでも犯人を捕まえる」

「私死んでないから!」

「運命共同体なのにセリカちゃんだけ死んじゃうんですね」

「アヤネちゃんも乗らないで!!」

 

 

 運命共同体か……、悪いけど、私はその仲間に入れっこない。ユメ先輩だけ死んじゃっても、のうのうと生きてる私に、その資格なんて無いのだから。

 ……その時、廊下から懐かしい気配を感じた。

 

「……ユメ先輩?」

「ホシノ先輩、何か言った?」

「あ、ごめんねセリカちゃん。ちょーっと先生が帰ってきた気がしたからさ〜」

「げっ……」

「げって言った」

「言いましたね」

「もー、セリカちゃん。先生とも仲良くしなきゃメッ、です!」

 

 単なる勘違いかもしれない。ただ、私は我慢が出来ず気配の正体が対策委員会室の扉を開く前に、扉を開けた。

 そこに立っていたのは……、やはり先生だった。

 

「おっとっと」

 

 唐突に扉が開いた先生は体勢を崩しながら、手に持つ丸い金属製の球体を地面に落としてしまった。

 

「先生、お荷物大丈夫ですか!?」

「ああ、平気だよアヤネ。頑丈な代物だから、この程度じゃ壊れないよ。むしろ何だか楽しそうに話してたみたいなのに、邪魔しちゃってごめんね。ホシノも、開けてくれてありがと」

 

 先生が顔を向け、例を言ってくる。しかし私の中で違和感と言うか、何とも言えない不安が心に押し寄せる。

 私を見る瞳が、まるで別人のような眼差しだった。朝方、ユメ先輩の事で問い詰めてしまったからか、明らかに私に向ける目が違う。

 飲み込まれるような穏やかな眼差しで、けれど奥には闘志の宿った、灰に燻る残り火のような瞳のハズだった。でも今は、先生の目からは生気が感じられない。瞳孔が私を見ていると言うより、目が私の方を向いているだけで、私自身を見ていない感覚。

 嫌われたのか、単に距離を置かれたのか。あるいは、さっきの勘違いと何か関係が……。

 

「ホシノ、ホシノ? 大丈夫?」

 

 私の思案を妨げるように、先生が声を掛けてきた。ほんの数秒だろうが、私は先生を見て固まっていた。

 誤魔化す為に言葉で取り繕う。

 

「あー、ごめんごめん。まさか荷物落としちゃうとは思ってなくてさ。ごめんね? 先生」

「わたしは大丈夫だよ。それよりホシノは平気?」

「平気って、なーんにも怪我なんてしてないよ?」

「そっか、それなら良かった。みんなも遅くなってごめんね」

 

 先生がみんなと話している間、私は逃げるように対策委員会室を出て行った。

 一応「お昼寝でもしてくる」と言っておいたので、変に勘繰られる事も無いだろうけど、とにかく今は先生から離れたかった。

 歩を進める度に、先生に言われた言葉がフラッシュバックのように押し寄せ、頭の中でグルグルと回っていた。

 初めて先生を見た時、直感で私は理解した。この人も、私と同じ欠けてる人だと、大事な人を亡くした喪失感と、それを取り繕う空気があった。

 初めは直感だけだったはずが、先生の事を考えれば考える程、私の想像が当てはまっていた。名前の事も、銃の事も、きっと誰かに知って貰いたくて、わざとやっているものだと思っていた。

 あの時言っていた。理解者が欲しいと言う言葉。あれは間違い無く、先生自身が望んでいた事。むしろ私はそれを理解しながら、同じ苦しみを抱える私を裁いてほしいと、一方的に先生に押し付けていたはずだった。

 でも今は違う。今の先生は、私が知っている先生とは違う。何処にでもいる、見ているフリをするただの大人。

 そんな人を、一瞬たりともユメ先輩と間違えた自分が憎くて仕方ない。

 結局先生は私と違った、もちろんユメ先輩とも違う。けれど、勝手に当て嵌め勝手に理想を押し付けて、私はこの手で、私の想像するユメ先輩を穢した。

 単なる大人が、私たちの間に入って来れるはずが無い。そう思いながら、私はあの場所へ向かった。

 アビドス生徒会室。ユメ先輩との、思い出の場所。私が燃やした、ユメ先輩のメモを見つけた、苦い記憶の場所。

 生徒会長席に飛び乗って、すがる様に椅子にしがみつき声を漏らす。

 

「だったら……、私はいつ先輩と運命共同体になれるって言うんですか……!!」

 

 啜り泣きながら寄りかかって、少しでも椅子に包み込まれるよう丸まって、あるはずのない温もりを求めていた。こんな事をしても意味が無い事は分かっていても辞められなかった。

 いつだってそうだ。嫌な事があれば、決まってここで縮こまる。結局私は、いつまでも自立出来ない自分が嫌で憎んで、殺してしまいたい。

 けれど先輩はそれを許さない。アビドスと大事な後輩を守る先輩でなければならないと、そう望んでメモを残したはずだ。それを私は1度裏切った。裏切ってなお、先輩を捨てられなかった。だったらもう誰かに捨ててもらうしか無い。じゃあ誰が。今となってはその答えすら分からない。

 その時、椅子が揺れて何かがぶつかった感覚が響く。この部屋に、勝手に動くような代物など残っていない。私は期待を抱きながら顔を上げる。

 そこにあるのは、先生が持っていた、丸い金属製の球体。目らしきライトが2つ点灯する、マスコット人形だった。

 

「何これ……」

 

 持ち上げながら人形の目を見ていると、部屋の入り口から声が聞こえる。

 

「荒んでるねぇ」

 

 そこに立っていたのは先生だった。目元を擦り涙を拭いながら先生に答える。

 

「……どうせ先生には分からないでしょ、ほっといてよ」

「それは出来ないかな。泣いてる生徒にほっといてと言われて、はいそうですかと先生は言えないからね」

「じゃあ何しに来たのさ」

「さっきの話の続き」

「……聞きたく無いと言ったら?」

「じゃあ、わたしの……、わたしたちの昔話でもしようか」

 

 そう言いながら先生は扉を閉めて、私が昔座っていた椅子に腰掛けた。

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