公益財団法人日本迷宮公社   作:第616特別情報大隊

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マッドサイエンティスト

……………………

 

 ──マッドサイエンティスト

 

 

 その女がやってきたのは、橘がマオの治療を一通り終えたときだった。

 

「新種を見つけたって!?」

 

 バンッと医務室の扉が開かれて、女がずかずかと入ってくる。

 

 20代後半/ぼさぼさの髪/よれよれの白衣/ポケットから覗く栄養バーの包装/という不養生な学者を絵に描いたような女だ。

 

「君か! 君が新種だね!」

 

「ひっ!」

 

 その女はマオが座っているベッドの方に来て、やつの肩を掴んだ。

 

「おい、篠原。マオが怖がっている。見知らぬ環境で緊張しているんだ。あまり大きな音を立てないでくれ」

 

「ほうほう。彼女には状況をちゃんと把握する能力がある、と!」

 

「そうだ」

 

 湊が苦言を呈する相手こそ、先ほど話題に出ていた篠原という人物だ。

 

 篠原真尋──公社の科学調査における若き指揮官だ。

 

「知能はどの程度が調べたかね?」

 

「さあな。それを調べるのはあんたの仕事だろ。だが、治療が終わって、そいつを帰す場所が見つかったらここを去る予定だ」

 

「なんとっ!? 新種をそのまま野に帰す!? そんなのはダメだ、ダメ!」

 

「なら、解剖でもするのか?」

 

「するわけないだろう。いつの時代の話だ。野に帰す前にある程度、習性を調べておきたいだけだよ。もちろん最後にはちゃんとダンジョンの環境に帰して、生態系を調査する。人工的な環境と自然環境での生態系の違いを比べるためには、それが必要だ」

 

 篠原かこれまでいくつものダンジョンにおけるクリーチャーやダンジョンの仕組みそのものについて調べてきた。

 

 あのドラッグカルテルが栽培していた花の有する毒性について真っ先に理解し、安全な処理方法を考えたのは篠原だ。他にもクリーチャーどもへの対処手段を分析し、提供してきたのも篠原だ。

 

 そして、何よりダンジョンがこの地球の存在する空間とは異なる場所にあるという皆が信じている仮説を打ち立てた篠原だ。

 

 そう、企業と犯罪組織に無法地帯を作る口実を与えたのは篠原だ。こいつはもともと企業側の人間だった。

 

「あ、あぅ。マオ、みなと、させぼ、ん?」

 

 ここでマオが自分と湊、そして俺を指さしたのちに篠原を指さした。それは湊が自分を紹介したのと同じようなやり方だった。

 

「す、す、素晴らしい! コミュニケーションを試みている! 部分的に人間の言葉を理解している! そうなのだろう!?」

 

「らしい。こいつはマオと名乗っている」

 

 篠原が飛び上がるようにして喜ぶのに、湊が横からそう説明。

 

「私は、篠原」

 

「しの、はら」

 

「そう! 篠原!」

 

 篠原も湊のやったようにして自己紹介する。

 

「これまでコミュニケーションが取れるクリーチャーは少なかった。いや、存在しなかったとすら言えるだろう。それがこうして人間の言葉でコミュニケーションを図るクリーチャーが存在していると分かったのだ……!」

 

 感極まったような篠原。マッドサイエンティスト染みている。

 

「もっと詳細な知能テストをしたいし、言語も解析したい。それに彼女は人間の女の子に見えるが、人間との遺伝子の違いも把握しておきたい。ああ、どういう栄養を必要としているかもらればならないとな。それから、それから……」

 

 篠原は完全に舞い上がっていた。

 

「篠原。あまりやりすぎるなよ。湊が助けるために連れてきたんだ」

 

「分かっているとも。私のことを触れるものみな傷つけるマッドサイエンティストとでも思っているのかね?」

 

「確かにあんたは優秀な科学者だが、ときどきやりすぎるからな……」

 

 あのドラッグの原料になる花を無力化する方法を編み出すまでは、研究室にサンプルが入りきらなくなり、公社中に花のサンプルが置かれている始末だった。軽い中毒症状を出した職員もいた有様。

 

 敵にとっては殺したいほど忌まわしい自警団である公社も、篠原にとっては愉快な研究ができる場でしかないのだろう。

 

「ん……みなと……」

 

 と、ここでマオが湊の迷彩服の裾を握った。

 

「ああ。大丈夫だ。あたしはどこにも行かないからな」

 

 湊は安心させるかのようにマオに笑いかけ、マオは安堵したような表情。

 

「仕方ない。俺も付き合おう」

 

「悪いな、佐世保」

 

 明日、世界が終わったってどうにも思わないだろうが、世界はどうせ続いてく。それなら、いやおうなしに続く世界を生きなければならず、それには友が必要だ。

 

 友──湊と出会ったのは公社に入ってからだったが、同じ情報軍上がりということで話は弾んだ。ともに戦場で肉体を欠損し、エンハンサーとなったのも、ふたりの間で確かな絆となった。

 

「どうせ暇だしな」

 

 そのエンハンサーもまた無法地帯が生み出したものなのだ。

 

 俺たちエンハンサーに使われている技術は十分に治験が行われたものではないと聞いている。人間にそのような技術を適用するには、いくつもの法を破り、無視しなければならなかったと。

 

 そう、俺たちの存在は複数の意味で法に反している。

 

 非合法な人体実験の結果ということもひとつだが、考えてみてくれ。俺と湊のような人間は非武装でも、危険な存在だと思わないか? それを日本という安全さを謳う法治国家に放つには危険が過ぎると思わないか?

 

 少なくとも政府は危険だと思った。だから、ダンジョンから出た途端、俺たちの立場は一種の保護観察中の犯罪者におけるものとなる。常に警察やそれに準じる組織によって見張られる立場だ。

 

 本当ならばダンジョンそのものから出れない立場になるところだった、と考えると温情的な処置なのかもしれない。だが、100点満点に気に入るような立場でもない。

 

 そういう境遇を乗り越えられたのは湊という友がいたからだ。

 

「さて、橘先生。マオ君の治療は終わったのかね? 何を処方したかの資料とともに答えてもらえると助かる」

 

「はいはい。これが処置の記録だ」

 

 篠原は俺たちをよそに橘からカルテを電子情報としてタブレットに受け取っていた。

 

「では、ついてきたまえ、諸君!」

 

 篠原は意気揚々と居城である研究室へと進む。

 

 研究室は地下2階にあり、頑丈なエレベーターで降下する。エレベーターに乗っている間もマオは不安そうにしていた。

 

「ようこそ、我が城へ、マオ君。まずは知能検査をしよう」

 

 医務室よりもよく分からない機材に満ちた部屋。それが研究室だ。

 

 ただ単なる篠原の執務室から危険な生物サンプルを扱うP4レベルの実験室まで。この地下2階は完全な研究のための空間になっている。

 

 篠原は自分の執務室にマオを招き入れ、タブレットを渡してあれこれと話し始めた。まずは知能と言葉を理解するつもりのようだ。

 

 タブレットにはパズルようなゲームなどが表示され、篠原が扱い方を教えるとマオはそのようなゲームをプレイし始める。

 

「解剖はしないようで安心したか?」

 

「まあな。これまでも篠原の依頼でクリーチャーを捕獲してきたことはあったが、そのときは解剖しただろ?」

 

「ああ。確かにな。そいつらは人の形をしてなければ、俺たちに危害を加えないわけでもなかったが」

 

 湊が言うようにこれまでのクリーチャーを篠原は解剖してきた。もっとも解剖される前に死体になっていた場合が多いが。

 

「君たち、聞こえているよ」

 

 篠原がむっとした顔で俺たちの方を見る。

 

「君たちは私のことをマッドサイエンティスト扱いするがね。私のやっていることは、まだ健全なことだよ。私はありのままの自然を理解しようとしている。だが────」

 

 篠原は続ける。

 

「君たちエンハンサーに使われている技術こそまさに狂気(マッド)だ。君たち自身でそうは思わないかね?」

 

 俺と湊に篠原は同情するような表情を浮かべてそう言ったのだった。

 

「違いない」

 

 俺もこの意見は受け入れざるを得なかった。

 

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