ミッドチルダUCAT   作:箱庭廻

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ボリュームたっぷりでお送りします


第一回 地上本部攻防戦 その7

 

 

『えええ~!?』

 

 ミッドチルダUCAT意見陳述会会場。

 そこではもう何度驚き、呆れたのか分からない女性たちが叫んでいた。

 

「エリオー! なんでそんなのに乗っちゃってるのぉおお!!」

 

 バンバン、机を叩きフェイトが悲しみの縁に蹲る。

 

「フェイトちゃん、しゃあないんや。男の子は一回ぐらい勇者に憧れるもんやで」

 

「うぅ、こ、これがエリオの選んだ道なら応援するのが親の務めなの?」

 

 フェイトが涙に潤んだ瞳で慰めてくれるはやてを見上げたが、さっとはやてに視線を逸らされた。

 逸らされた! ガビーンとショックを受けているフェイトが凹むが、誰も彼女を慰め続けるほどの余裕がなかった。

 そして、不意になのはが呟いた。

 

「あの、一つ聞いていいかな?」

 

「何かね?」

 

 質問を許す、と佐山が告げるとなのはは頬を掻いて呟いた。

 

 

「ルノーって誰?」

 

 

 その瞬間、誰もがザッと彼女から距離を取った。

 

「え? え? え???」

 

 周囲から向けられるのは憐れむような目。

 異世界人を見るような瞳。

 ああ、かわいそうだけど明日には食肉になるのよね。という豚を見るような目、目、目。

 それになのはがキョロキョロと困ったような視線を巡らせて「わ、私って世間から置いてかれてる?」と今更のように気がついた瞬間。

 

「ご存じないのですか!」

 

 シュタッと不意に天井から何かが飛び出し、なのはの目の前の机に着地した。

 ふえええ! となのはが髪の毛を逆立てて仰天するのも関わらず、頭も黒、顔も黒、衣装も黒、何もかも黒尽くめの人物――いわゆる黒子の格好をした人物がずずいと顔を近づけ、ガシッと黒子がなのはの肩を掴み、洗脳するように叫んだ。

 

「ご存じないのですか!? 彼女こそ、ミッドチルダUCATのお遊戯会から注目され、瞬く間にシンガーアイドルの道を駆け抜けた超次元シンデレラガールルノーちゃんです!! 大事なことだから二回訊ねました!!!」

 

「そ、そうなんですかー!!」

 

「分かりましたね? 分かってくれたのならば嬉しい。ではっ!」

 

 半泣きになりそうな勢いでガクガクと首を振ったなのはの肩から手を離し、黒子は再び天井へと跳んだ。

 重力を逆転されたかのように彼は天井に張り付き、そのままぐるりと天井が回転していなくなった。

 

 ……この建物は一体どういう改造が施されているのだろうか。

 

 知りたいような、知りたくないような、そんな気分が充満する中、はやては勇気ある質問をした。

 

「ところでもうなんていうか凄い今更なんやけど、あんなところでライブさせて平気なんかい?」

 

 諦めを通り越し、悟りの領域に達し始めたらしいはやて。

 

「問題は無い」

 

 レジアスは平然としたまま告げた。

 

「あそこには陸士の70%が詰めておるし、考えられる限りの防備は行っている。抜かりはない」

 

「せやけど、敵が攻め込んできたら――」

 

「問題は無い」

 

 ニヤリと微笑むレジアス。

 佐山が隣でどうやら脳に来ているらしいなと告げて、新庄がその首を絞めていた。

 

「最高の護衛がついているからな」

 

「護衛?」

 

 その瞬間だった。

 

「うむ。最高のスナイパーがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何回……この引き金を引いたのだろう。

 数百か? それとも数千か? もしかしたら万にも達しているかもしれないし、あるいは妄想で記憶を誤魔化して、まだ百回にも満たない数しか引いていないのかもしれない。

 

 決まっているのは、引き金を引くたびに心に積み重なる重み。

 

 体から搾り取られる魔力の代償に、何かを打ち抜いたようという感触。

 

 現実の一部を切り取って、都合のいい夢のように改変された光景がスコープの中に映っている。

 見えるのは一つの景色

 映し出される黒点に照準を合わせて、彼は息を潜めて待っていた。

 

「……相棒、風速は?」

 

『――3ノット』

 

 観測手にして、ただ唯一の己の相棒から返ってきたのは正確無比な測定結果だった。

 

「そこそこあるか。ストームレイダー、弾道補正の修正を頼む」

 

『OK』

 

 3ノット。

 時速にしておよそ11キロの弱風。

 突風の可能性も考えると、通常の射撃だと弾道が逸れる可能性があった。

 高密度に圧縮した魔力弾とはいえ、あらゆる大気を紙くずのように撃ち抜けるというわけではない。

 風を読み、射角を保持し、周囲の地形と環境の全てを頭に叩き込んで、それらの僅かな失敗の可能性を極限まで削り落とし、初めて“狙撃”は成立する。

 ――狙撃。

 そうこれから行おうとしているのは狙撃だ。

 見えないところで、卑怯にも敵対者を認識することすら許さず、一方的にその意思を刈り取る最低の行為だ。

 真正面から戦えるだけの力も素質も技量も持たない彼がただ唯一行える行為。

 彼の一つだけの存在意義だった。

 

「……」

 

 息を吐く。

 呼吸を止める。

 僅かに確認した時刻は既に作戦の開始を知らせている。

 これからの数分間が全てを決める。

 

 カチカチカチ。

 

 頭の中で時計が秒針を刻む。

 

 カチカチカチ。

 

 腕の骨で銃身を支え、被った迷彩シーツの重みに耐えながら、一時溶接の構えを崩さない。

 己の腕に鉄心を、着いた肘に溶接を、指に掛けた引き金にスイッチを載せるイメージ。

 ただの一押しで全てが解決すると思い込み、呼吸と動きを停止させる。

 

 カチカチカチ。

 

 タイミングを計れ。

 意識を細めろ。

 集中すると思うな。ただそれに熱中し、夢中になり、意識を溶かす。

 

 カチカチカチ。

 

 酸素を奪われた肺が痛みを訴える。

 脳が軋み、呼吸をしろと叫び声を上げ出す。

 けれども、それは決して彼には届かない。

 轟々と吹き付ける突風も、目の前を吹きぬけるゴミくずも、響き渡る前奏も、彼の意識に見えず、ただ彼はスコープの中の光景に埋没し。

 

 カチカチ――カチリ。

 

 歯車が重なる音と共に、彼は引き金を引いた。

 ストームレイダーが知らせる有効距離、その内部に侵入したくだらないガラクタ、その中心部を打ち抜く。

 風を切り、大気を歪め、目にも留まらない高速度の魔力弾が一直線に破砕を開始、まるで焼き菓子が砕け散るかのように呆気ない。

 

 けれども、彼は意識せず、ただ次弾を装填した。

 

 カランと排出された薬莢が地面に落ちたと同時にストームレイダーの内部に打ち込まれた魔力を圧縮し、高密度の魔力弾を精製する。

 それらを瞬くような間に行って、彼は引き金を引き絞る。速射、次の獲物は次々と迫ってくる。

 

 ――そして、射撃。

 

 打ち出された弾丸は次の鉄くずに叩き込まれて、その血肉を噴き上げる。

 これでいい。

 誰も近づけさせない、排出、装填、照準、射出、撃破、これだけを繰り返せ。

 そうすれば。

 

「ラグナ、今度こそ護ってやる」

 

 犬歯を剥き出しに、壮絶な笑みを浮かべて一人の兄が狂っていた。

 彼の心を悔恨の憎悪が燃やしていた。

 如何に時間が経とうとも消えることの出来ない感情が鎌首をもたげていた。

 嗚呼、嗚呼、今の俺ならば枝切れをへし折るような気分で命を奪える。破壊することが出来る。

 

「こいよ、今日の俺は阿修羅すら超えちまうかもしれないぜ」

 

 ニヤリと壮絶に微笑み、ヴァイス・グランセニックは引き金を引き続ける。

 

 

 その途中でラグナに色目を向ける陸士を射殺したくなって、何回かスコープを向けてしまったのは彼だけの秘密である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前奏を終わらせて、ラグナたちはいよいよ本番に入ろうとしていた。

 ステージのテンションは最高潮、歌うのに支障は無い、全員の体も温まってきている。

 

(兄さん、見ていて)

 

 どこかで自分を見守ってくれているだろう最愛の兄を想う。

 少々やりすぎの気はあるが、ラグナは兄の想いをしっかりと受け止めていた。

 故に歌う、兄が所属する組織、そして育ったこの世界を護るために歌う。

 

『みんなー! 楽しんでくれているかなー!』

 

 マイクを手に持ち、ラグナが手を振る。

 それと同時に無数の手が上がり、団扇が、旗が、喜びに彩られた人々の笑顔が見える。

 ラグナが後ろに目を向ける。千里が笑っていた、竜司が顔を赤く染めながらも頷いていた。他の皆も不敵に微笑んでいた。

 彼女は脚を踏み出す、一斉にスポットライトが当たる、無数のカメラが向けられていて昔の自分だったらたちまち縮みこまってしまうだろう注目に笑顔で答えた。

 

『ありがとう、皆。そして、本当にありがとう。六年ぶりだけど、皆と逢えて本当に嬉しい!』

 

「俺もだー!」 「ありがとー!」 「復活してくれてありがとうー!」 「もっと歌がききたーい!」 「ルノー! いや、ラグナー!」

 

 声、声、声。

 返ってくる声が力強い、力になる、勇気が湧いてくる。

 

『ありがとう、皆! この左目からだとよく見えないけど、みんなの顔はこの右眼で見えるよ!』

 

 ラグナが目を瞬かせる。

 彼女の左目は六年前、彼女の身柄を狙ったテロリストから彼女を救うために撃ち出された兄の弾丸が誤って撃ち抜き、その眼の結晶体と視神経が永久に治療不可能となっていた。

 兄はそのことをどこまでも悔いたが、ラグナは気にしてない。

 動揺しながらも続いて撃ち出された次弾は逆上したテロリストを撃ち抜き、彼女を助けたのだから。

 兄はどこまでも彼女を救うために行動してくれたのだから。

 その左目を痛ましくみる人たちの顔を見て、ラグナはにっこりと笑った。

 

『でも、この見えない左目で皆の心がしっかり見えるよ! 沢山、沢山、楽しんでくれているのが分かる、期待してくれているのが分かるから――』

 

 キラッと目パチをして、彼女はマイクを握らぬ手とは逆の手を前に伸ばした。

 まるで誘うように、何かを握り締めるかのように、声を静かに伸ばしていく。

 

『この歌を聞いてください』

 

 静かに、されど次第に激しく出雲とダンがドラムを叩き始める。

 そして、音を奏で作り出すようにヒオと美影が音の調和を生み出し始めた。

 タンタンタン、竜司と千里が足踏みを開始し、リズムを取り始める。

 

『この時のための新曲です。UCATの皆さんに力になればいい――“GO AHEAD”』

 

 息を吸い込み、ラグナは次の瞬間歌声を炸裂させた。

 ギターが、ベースが激しく音を紡ぎ出す。

 

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!』

 

 声が張りあがる。

 一人の少女のものとは思えぬ怒声、それが会場を貫く、震撼させる。

 

『貫き通せ 己の信念!』

 

 ラグナがステージの床を踏み締める、美しい歌声が凶器のように鋭く吼え猛る。

 激しく叩き出されるドラムの暴力的な音がそれに重みを与える、力を叩き込む。

 

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!!』

 

 千里がラグナに合わせて吼えた。

 ベースを弾き鳴らしながら、メゾプラノが調和する、音を生み出す、幾重にも重なった音の螺旋が生み出されていく。

 

『信じるもののために突き進め!』

 

 竜司がギターを静かに、されど丁寧に弾き鳴らす。

 加わるのは電撃のような刺激的な音、背後から懸命に打ち導かれる電子ピアノの旋律を紡ぎ上げて、折り重ねていく。

 

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!!』

 

 声が加わる。

 いつしか会場の誰かが声を張り上げていた。AHEADと。

 

『世界を敵に回してもいいじゃない!』

 

 祈りが篭められる。

 カメラの向こうに聞こえる誰かに、放送スピーカーを通して戦場の全てに、画面が映し出されるミッドチルダの全てに歌声が鳴り響く。

 祈りを願い、願いを篭めて、篭められし力を解き放つ。

 

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!!』

 

 ステージの上の全員が叫んでいた。

 出雲が、ダンが、武器を振るうのとは違う、機竜を操縦するとも違う、未知の領域へと入り込み、体力ではなく魂が上げる熱気に汗を浮かばせる。

 誰もが汗を掻く。

 今ここで声を張り上げているように当たり前に。

 

『護りたいもののために頑張ってもいいじゃない!』

 

 ガツンとした拳の篭った声。

 正面から見れば膝を屈し、魂を振るわせられるような叫び、ラグナは髪を振り乱し、衣装のドレスを翻しながらダンッと存在をアピールするように床を踏み締め、叫んだ。

 手を伸ばす。前へ。

 

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!!』

 

 会場の誰もが叫んでいた。

 喝采が、咆哮が、喝采が、怒号が、喝采が上がる。

 誰のが飲み込まれる、熱狂の渦に、燃え盛る火に炙られて焼かれるように、魂すらも打ち震わせる信念を見つけ出したかのように。

 

『前に進もうよ、誰にだって負けられない』

 

 二人の少女が手を重ねる。

 歌声を鳴り響かせる二人の手が重なり、さらなる調和を果たす。

 美しき美の塊、誰もが手を伸ばす、明日の空を目掛けて。

 それは祝詞だった。

 それは祝福だった。

 それは祈願だった。

 

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!!』

 

 叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。

 遠くの誰かが叫んでいた。天地が割れんと鳴り響いた。空気すらも喝采を上げているような錯覚すらした。

 劇場の誰もが軍靴を鳴らす、踵を大地に叩きつける、自分がここだと、ここにいるのだと、ここから進むのだとアピールするかのように。

 

『だって大切なものが ここにあるから!』

 

 絶叫。

 それは願いの祈歌。

 ラグナは歌い続ける、聞こえている誰かに勝利を導くために、ただ許された力の方法がそれだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その歌声を聞いている者たちがいた。

 戦場で戦う誰もがその歌声を聞いていた。

 倒れ付した誰もがそれを全身に浴びていた。

 

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!!』

 

 美しい歌声がボロボロの体に染み渡る。

 魂の篭った叫び声が耳に響く、寝ていられそうになかった。

 

「進撃せよ、進撃せよ、か」

 

 ボロボロの陸士が一人、二人、また一人と立ち上がる。

 前を見る。

 無限に終わらないのではないか、そう思える敵の数、それが怖くなくなっていた。

 

『貫き通せ 己の信念!』

 

 熱狂。

 かつて神話に伝わる歌姫は戦士を歌によって狂わせ、恐れを知らぬベルセルクとして戦場に送り込んだらしい。

 だが、それもいいかもしれない。

 これほど麗しい歌声に導かれて、誰かのために戦えるのならば戦士として本望だろう。

 

「いくぞ、貴様ら! 俺たちは決して挫けず、前に突き進む陸士17部隊だ!」

 

『応!!』

 

 疾る、疾る、前へ。

 

『おっとそれには俺達も混ぜてもらおうか!』

 

 その横に他の陸士たちも駆けつける。

 どいつもこいつも傷を負っていた、けれども笑っていた。

 

『陸士72部隊、頑強さだけが取り柄です!』

 

 全身装甲服に身を包み、破壊したであろうガジェットの機械油に満ちた陸士たちも走ってくる。

 その手にはボロボロのデバイスがあった。火花を散らしながらも、魔力を宿す武器たちがあった。

 どんどんと走り出す、前に突き進む、足音が鳴り響いていた。

 

『忘れちゃいけない、俺たち特車部隊! 切り込み隊長をやらせてもらう!』

 

 バイクの唸り声。

 金属の馬に乗って、鋼鉄の凶器を操るフルフェイスの陸士たちが彼らを追い抜く。

 そのバイクの全身からは黒い煙を吹いているのに、その身は貧弱で、武装もロクに無いのに。

 どいつもこいつも馬鹿ばかりだった。

 折れた脚を引きずりながら、手の感覚の無くなった腕を必死に振り上げながら叫ぶ。

 

「俺たちだってこの世界を護れることを証明してやれ!!」

 

『ぉおおおお!!!』

 

 誇りを持ちし喝采が上がる。

 

 

『信じるもののために突き進め!』

 

 

 その声に従い、誰もが己の信じる力を繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは続いていた。

 遥かな高みで螺旋を描くように。

 高度数百メートル、上がって上がってどこまでも上がって、空に広がる雲の真下で二人の人影が激突していた。

 

「おぉおお!!」

 

「っ!」

 

 螺旋を描くように展開された足場――ISのテンプレートを表示させた力場、ISエアライナーの作り出す空中足場。

 踏み出す、それすらも粉砕するかのように力強く、繰り出されるのはジェットエッジに覆われた鉄槌の如き蹴打。

 

「このっ!」

 

 手から瞬時に伸ばした警棒型のデバイスでそれを受け止めるが、踵裏のノズルから噴出する圧力がそれを許さない。

 ミシミシと音を立てて、デバイスが根元から砕かれた。

 

「っ!!」

 

 顔面にめり込む蹴り、吹き飛ばされる、しかし決してその手に握ったライディングボードのハンドルは放さず、スラスターを吹かして着地する位置にボートを移動させる。

 それを見るたびに対峙する少女――ノーヴェの顔が怒気に歪む。

 

「テメエ、それに乗るんじゃねえよ!!」

 

 ガンナックルの射撃。

 エネルギー弾が叩き込まれる、そのモーションを見切ったフルフェイスの陸士は高度保持のためのスラスターを一瞬カット。

 落下、一瞬前まで陸士の胸元のあった場所をエネルギー弾が空しく駆け抜ける。

 

「なにっ!?」

 

 足首でライディングボードの尻を踏み抜きながら、背部に付けたアサルトライフルを構えた。

 弾丸の代わりに着弾式のスタンガンにも似たものを打ち出すスタンライフル。直撃すれば大の大人でも一瞬で悶絶し、筋弛緩は免れない鎮圧武装。

 角度を決める、蹴りの圧力でボードの角度が変わった、踏み抜いたほうを下に、頭の方が上に、斜めの角度。ノーヴェを狙える角度。

 自由落下でありながらも足場はある。ペダルを踏み込み、スラスターを吹かせながら陸士は引き金を引いた。

 

「っ!?」

 

 吐き散らされる弾丸、しかしそれをノーヴェは跳躍し、旋回しながら、さらなる足場を空中にISで作成。蹴る、踏む、跳ぶ、滑る。

 それらでスタン弾を躱しながら、ノーヴェは叫んだ。

 

「テメエ! 馬鹿にしてるのか!!」

 

「あ?」

 

 陸士が首を傾げる。

 だが、ノーヴェは怒気を沈めぬままに叫んだ。

 

「なんで攻撃を当ててこない! 手を抜いているのか!」

 

 ノーヴェが気付く。

 先ほどから陸士が積極的に反撃してこないことを、そして先ほどのアサルトライフルの弾丸が致死性であり、しかもその照準が甘いことに気付いた。

 

「……んなわけないだろ」

 

 一瞬の沈黙、それが何よりも雄弁に語っていた。

 

「だったら、殺しにこいよ!」

 

 馬鹿にされているのか。

 どこまで、どこまでこちらの誇りを汚せば気が済むのだ。

 ノーヴェは怒る、怒りを滾らせて、速度を上げる。

 ブレイクライナー、その名の通りに破壊を撒き散らすために。

 

「っ!!」

 

 瞬間、陸士は気付いた。

 走るエアライナー、その足場が瓦解していると。

 理解。

 彼女が叫んでいた名前、それはブレイクライナー――破壊する突撃者。

 不味いと悟った。

 

「やめろ! それ以上名前を意識するな!」

 

「うるせええ!!」

 

 速度を上げる、音速に迫るほどの機動、ジェットエッジを全開。エアライナーを踏み締めながら飛び上がる。

 陸士が息を飲む、空中に飛び上がる彼女、艶かしい四肢を剥き出しに、鋼鉄の武具を手足に着けた彼女は太陽の逆光に煽られて魅入られるほどに美しかった。

 だが躊躇は一瞬、陸士はライディングボードを蹴り飛ばす――逃がすための動作、借り受けたその道具を壊すことは躊躇われた。

 そして彼女と対峙するように跳んだ。

 

「ぉおおおお!」

 

「ライダー!」

 

 ガキョン。

 追加武装として用意された使い捨てのアームドデバイスインスタント、それを信じながら唯一彼が威張ることの出来るベクトル操作で体を回転、重力を逆向けた。

 

「潰れろぉおお!」

 

「キイィック!」

 

 ブレイクライナーとしての破壊の蹴撃。

 語り継がれる最強のライダーたちの象徴技。

 震動し、白熱し、爆砕し、激昂する脚部と脚部が激突する。

 轟音爆砕。

 吹き飛ばされる、互いに。

 

「ぐっ!!」

 

「っう!!」

 

 ノーヴェが作り出した空中の摩天楼、エアライナーの帯状滑走路に背中からぶつかり、陸士はヘルメットの中で小さく血を吐いた。

 

「が、げはぁ!」

 

 あばらがやられたのか、生臭い香り、息するのも億劫、胃酸の熱が喉を焼く。

 痛い、痛い、痛い。

 だけど、止まれない。

 

「――会いに行くって約束しちまったもんなぁ」

 

 少女の笑みを思い浮かべる、力が宿る、命を賭ける意味を確認する。

 嗤う、ヘルメットを少しだけ開けて、吐瀉物を吐き散らす。

 遥か下の奴らには迷惑だろうが、こっちも一杯一杯許してもらおう。

 

「く、てめえ!」

 

 声が上がる。

 同じように叩きつけられたノーヴェ、だが戦闘機人故か特に支障なし。けれども、陸士は気付く、彼女の佇むエアライナーがひび割れていく事を、そして武具すらもピシリと破砕を始めている。

 名前の意味が叩きつける相手を砕くことから触れる全てを破壊する意味となっている。

 怒りだ。全てを燃やしつくさんとする怒りが彼女自身すらも蝕み始めている。

 止められるか? と、陸士は自分に問いかけて、薄く笑う。

 

「何がおかしいんだよ!!」

 

 ノーヴェが怒りを立ち上らせる、怒髪天を突くという奴だろうか。

 けれども、陸士は笑いを止めぬままに手を突き出し。

 

「いや、俺みたいな雑魚が先を考えたらお終いだと思ってな」

 

 止められるか? などどこまで驕り昂ぶっているのだ。

 そんな器じゃない、出来るか出来ないかなんて可能性じゃない。ただやるのだ。命尽き果ててでも。

 

「行くぜ、丁度良い。ここは良いステージだ!」

 

 踵で床を叩く、シャキンと音が出て車輪が飛び出る、昔流行ったローラーブーツというものだ。

 それを特車部隊の人間は乗機を失ったときの代用として使う、ベクトル操作があるから、並外れたバランス感覚があるから。

 滑走、加速、走り出す、螺旋を描いてレース場を駆け抜ける。

 

「良い度胸じゃねえか!」

 

 彼女もまたジェットエッジを噴出させ、走り出す。

 彼女は怒りのあまりに自分の異変にすら気付いていない、自滅が待っているだけだというのに。

 陸士はベクトル操作で重力の矛先を前へと向けながら、考える。

 賢い勝ち方は時間を潰して破滅を待つことだろう。だが、それは選べない。

 

「おぉおおおおおおお!!」

 

「あぁあああああああ!」

 

 加速、加速、加速。

 いつかたどり着くための、いつか激突するための、いつか死ぬための、いつか殺すための疾走。

 

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!!』

 

 通信機から聞こえる進撃歌。

 

『貫き通せ 己の信念!』

 

 貫き通そう、己の意地を。

 己の全てを速度に変えて、才能無き陸士は走る。

 己の全てを破壊に変えて、選ばれし少女は疾る。

 数秒、数分だろうか。

 終わりが近づいてくる、レーンを越えた先に見えるのはアイツとソックリの赤い髪を靡かせた少女。

 

「ライダー!!!」

 

 手の平を握り締める。最後の武器。これが無くなれば有効打は消える。ミッド式の自分にはデバイス無しで魔法を編み上げる技量すらなく、身体強化も不可能だから。

 

「ぉおおおお!」

 

 迫り来る一陣の弾丸となった少女に、命の全てを叩き込むつもりでリンカーコアからデバイスに魔力を流し込む。

 拳が赤熱化する、燃え上がる、メラメラと、命を燃やすように、きらめきを帯びる。

 

「パァアアアンチ!!!」

 

「しねええええええ!!」

 

 

 そして――激突した。

 

 

 

 

 

 拳はめり込んだ。陸士の体に。

 

「がほっ」

 

 体が折れそうなほどに曲がる、歪む、ガンナックルが深々と陸士の腹を貫きそうなまでにめり込んでいた。

 血がびしゃびしゃと吐き出されて、ヘルメットの中の顔を隠していく。

 至近距離であるのにノーヴェには陸士の顔が見えそうになかった。

 

「勝った……」

 

 ノーヴェの唇が喜びに満ちて、次の瞬間痛みに歪んだ。

 陸士の拳もめり込んでいた。ノーヴェの肩に。

 それが本来ならば人間をぶち抜くほどのノーヴェの打撃の威力を落としていた。燃え盛る灼熱に、ノーヴェは苦痛の顔を浮かべて、一端こいつを投げ捨てようとした瞬間だった。

 ピキリと音がした。

 

「え?」

 

 足元を見る、エアライナーが蜘蛛の巣のようにひび割れていた。

 そして、バカンと音がしてジェットエッジが煙を吹いて、ガンナックルが砕けて落ちた。

 

「なん――」

 

 疑問を最後まで抱く暇は無かった。

 砕け散ったエアライナーの隙間からノーヴェが落ちた、真っ逆さまに、重力の鎖に縛り上げられたかのように。

 落ちる、落ちる、どこまでも。

 

「エアライナー!!」

 

 ISを起動、けれど作り出した足場はノーヴェが触れるたびに、壊れる、壊れる、壊れる。ガラスのように受け止めることが出来ない、速度を落とすことすら。

 そして、ジェットエッジも剥がれ落ちた。まるで砂のように瓦解する。

 

「な、なんで!?」

 

 彼女は知らない。ブレイクライナー、破壊する突撃者、その意味とイメージが加速するごとに破砕を撒き散らすものだということに自分が想像していることに。

 加速すれば加速するだけそれが触れたものを破壊する、エアライナー程度の強度では落下速度による破壊力を増したノーヴェを受け止めることは出来ない。

 死ぬ。

 死のイメージが彼女の脳裏にこびりつく、高度数百メートル、幾ら戦闘機人でもその高さから落下すれば砕け散るだろう、助からないだろう。

 重力の鎖は否が応でも彼女を地上へと、死の導き手として引きずり込もうとしていた。

 

「いや」

 

 叫ぶ。

 風圧で髪を揺らしながら、彼女は叫ぶ。

 

「嫌だ!」

 

 死にたくない、死にたくない。

 トーレ、ウェンディ、クアットロ、誰でも良い飛べる奴なら、助けてくれるなら誰でも――

 

「たすけてぇ!」

 

 

「しゃあねえな」

 

 

 そう叫んだ瞬間、キュッと彼女の腰に何かが絡みついた。

 

「!?」

 

 ガクンと一瞬停滞するが、直ぐにその絡みついたもの――ワイヤーが破砕される。

 落下する、そう思った瞬間、ガシッとその胴体を掴まれた。誰かの腕に。

 

「え?」

 

「よっ」

 

 それは血まみれのヘルメットをした陸士だった。足元にはライディングボード、ウェンディのボードに乗っている。

 生きていたのか、けれどノーヴェは混乱する。

 

「な、なんでアタシを?」

 

 その陸士は爛れていたブレイクランナー、その加速がついた概念能力による被害、痛みが走っているはず、腹には今も重傷を負っている筈なのに。

 

「――アイツが悲しむ、お前を死なせたらな」

 

「え?」

 

「それだけだ。姉妹は大切にしろよ。こいつを貸してくれた奴がよくお前のことを言っていたよ」

 

 そう告げて、陸士はノーヴェを抱きしめて、ボードの上に乗せるとポンと頭を撫でた。

 

「う、ウェンディが?」

 

「そうだ。アイツは元気にしているよ、他の奴もな」

 

 陸士は告げる、真っ赤に染まったヘルメットが不気味だったけど声はしっかりとしていた。

 命の危機から助かった安堵、心臓が激しく高鳴っていた。

 一瞬だけ残念に思う、彼の顔が見えないのが。

 

(へ?)

 

 その感覚に戸惑って、ノーヴェが首をかしげた瞬間だった。

 

「あ」

 

 陸士が声を上げた。

 

「なんだよ?」

 

「あー、その、な」

 

「あ? はっきりいえよ」

 

「お前、ちょっと前隠したほうがいい」

 

「へ?」

 

 体を見下ろす。

 質問である、頑強なジェットエッジやガンナックルが砕けるブレイクライナーの破壊概念。

 

 

 Q.それだとスーツはどうなるんでしょうか?

 A.スッパじゃね?

 

 

「う、うぅうう、うきゃあああああああああ!!」

 

「いてぇええええええ!!」

 

 殴り飛ばされた陸士の悲鳴がどこまでも響いていた。

 そして、後日彼は顔を赤らめてこちらを睨むノーヴェと、不機嫌なウェンディを見てこんな顔になった。

 

 

\(^o^)/

 

 

 鮮血の香りが漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燃え盛るは劫火の揺らめき。

 声は無い、声はない、こえはない。

 幾多の破壊の果てに作り上げられた地獄の如き光景。

 そこに一人の天使――いや一人の女性がいた。

 

「ようやくの再戦か」

 

 光の翼、輝ける烈光刃、インパルスブレード、それらを四肢に生やした美しい女性は静かにそう告げる。

 炎が生み出した熱風、それを浴びながらも彼女の髪は揺らがない、不可視の重力制御によるフィールドで彼女の頭部はヘルメットを被っているかのように保護されている。

 故に彼女の美貌は揺らがない、汚れない、乱れない、保たれ続ける。

 それと対峙するのは地面に転がった四足の残骸か、それとも地面で動けずに血を流す陸士たちか、否、否、否。

 ただ一人だけ対峙するのもがいた。

 名前はない。

 顔も隠したただのジュケットを纏った男。

 だが、彼女の存在感だけでそれを識別し、確信していた。

 

「さて、何のことかな?」

 

 ジャケット姿の陸士はぬけぬけとそう語る。

 頭に被ったテンガロンハットを押さえて、不適に笑う。

 

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!!』

 

 遠くから聞こえる甲高い叫び声。

 誰もが酔いしれる勇気ある進撃歌、祈りの祝詞、希望を蓄えて突き進む叫び。

 

「ふん。AHEAD――進撃せよ、か。正義を信じるままに突き進むか」

 

「さてな」

 

 トーレの言葉に、その陸士は冷たくあしらう。

 だが拳を握り締める、脚を曲げる、緩やかに息吹を発した。

 戦うのだ、推定ランクAAを超えるだろうトーレに、魔力無き陸士が挑む。

 無謀、無知、自殺行為。

 だが、引かない、望まれているから、意地があるから。

 

『世界を敵に回してもいいじゃない!』

 

 そうだ。世界を敵に回すのと比べたらその程度は簡単なものだ。

 彼の闘気が満ちるのを理解し、トーレは薄く微笑みながらフワリと地上から数センチ浮かび上がる。

 彼女の四肢はもはや地面を蹴る必要が無い、その出力からの反発力のみで音速を超える機動が約束されている、一瞬にして彼の仲間たちを切り裂いたように。

 

「一つ訂正しておく」

 

 けれども、陸士は恐れる事無く静かに告げた。

 大事なことだ。

 

「なんだ?」

 

「俺たちは正義じゃない――悪役だぜ?」

 

 瞬間、陸士が踏み込んだ。滑るような足取り、魔法のような踏み込み。

 トーレの笑みが深まる。

 

「そうか! 悪と悪役の貪りあい、その程度のものだったか!!」

 

 ――縮地。

 古流武術における高さを動かさず、踏み込む身体技巧の粋。

 それを用いて、掌打を打ち込。

 

「っ!?」

 

 んだと思った瞬間、そこには誰もなく。

 

「ぅお!」

 

 旋転、回し蹴り。

 気配があった、だが遅い、捉えられない。

 

「上だ」

 

 破裂音が二度聞こえて、上から叩きつけられる蹴りが陸士を地面に打ち込んだ。

 膝が折れる、地面がひび割れるほど強力な一撃、重すぎる打撃。

 

「がっ!」

 

 胴体から地面に叩きつけられた陸士は呻き声を上げる、止まれば死ぬ。

 とっさに横に転がり――そこを追撃。

 光の光刃が地面を両断した。数メートルにも達するエネルギー翼、まるで大剣、それが豆腐のように地面を両断する。

 

「避けたか」

 

「っ、ぶねえなぁ!」

 

 臓器が悲鳴を上げているが、それでも無理やり酸素を取り込んで、陸士が叫び見上げた。

 トーレの四肢から洩れ出るインパルスブレードの光はさらに勢いを増し、長大な翼と生まれ変わる。

 凶器にして翼、翼にして武器、武器にして移動補助機能、攻防一体の武装。

 音速すら凌駕する機能を持ち合わせた彼女、それに勝てるのか。

 

「使わないのか?」

 

「なに?」

 

「必殺技を使え。この概念下ならばそれが現実化するのだろう、貴様の妄信が私の機能を凌駕すれば勝てるだろう」

 

 ライドインパルス/高速機動。

 彼女のIS名が語る概念補助が彼女の能力をさらに強化する。

 

「名前を名乗らないのか? 少しでも強くなるのかもしれないぞ」

 

 トーレの頭脳は高速で概念化のルールを学び始めていた。

 トーレという3の数字を意味した名称に概念補助は薄いが、先ほど戦っていた勇装魔神クラナガンや奇妙な格好をしていた連中はそれぞれ名前を名乗り、戦っていた。

 名前を意識する、それが2nd-Gでの有効な戦い方であり、必須条件だと。

 

「……言った筈だぜ?」

 

「俺は名乗るほどの名前じゃねえ。そして、勝ったら教えてやるといったぜ?」

 

 けれど、彼は名前を名乗らない。

 無名のままで拳を作り出す。

 

「それにな。俺は一つ証明したいことがある」

 

「なんだ?」

 

「テメエは今まで倒した、そして今倒した連中の名前を全部知っているか」

 

 呟く。

 彼女は疑問げに眉間に皺を寄せるが、答える様子は無い。

 そうだろう、彼女にとって名も知らない倒した相手など今まで食べたパンの数を数えるぐらいに覚えていないに違いない。

 彼だって今まで捕獲した犯罪者全ての名称など覚えているわけもないし、記憶からも薄れている。

 だがしかし。

 

「名前が無くても、歴史はある。路傍の石だろうが、空に浮かび上がる決まった形でない雲でさえも、年月がある。歩んだ来た時間がある」

 

 名前が無くてもその存在は其処に在る。

 語らなくとも、語れなくとも、存在は在ったのだ。

 過去の積み重ねは有名な存在と同じように繰り返され、幾層もの過去を積み重ねて今現代にあり、未来に続くのだ。

 重みがある。

 無名ですら歴史がある。

 それを彼は語っていた。

 

「故に俺はこの名も無き拳でお前をぶちのめす」

 

 名付けるのならば無銘拳。

 彼はイメージする、彼は信じている、それが例え名前がなくても他のどれにも劣らないということを。

 

「そうか。ならば私はお前を倒して名を尋ねよう!」

 

 トーレがニヤリと微笑み、光の翼が羽ばたく。

 煌めく粒子が世界を埋め尽くすかのように輝き――掻き消えた。

 破裂音が響き渡る。

 音速を凌駕した衝撃波が突風と化して陸士の体を打った。

 見る、見る、探す。

 どこだ、どこから来る。

 音速を凌駕してもあの光の残光は決して消えない、美し過ぎる光刃は鮮烈に世界にイメージを受け付ける。

 世界に光が刻まれていく、ジグザグに、撹乱するかのように、ありとあらゆる場所に光の粒子が吹き散らされる。

 

「上、横、いや、後ろか!?」

 

 目を後ろに振り向けようとした瞬間。

 

「いいや、前だ」

 

「っ!」

 

 数十メートル先にトーレが降り立ち、地面を削り上げながら一瞬で間合いを詰めてきた。

 ソニックブームの風が巻き起こる、音よりも早い、腕を閃かせるが間に合うか、躱すのは不可能だと感じ取る。

 彼女の体が旋転する、その四肢より生やした八対の翼が光刃と化して、旋風と化して襲い来る。一枚一枚が斬馬刀の如きミキサーのカッター。

 当たれば木っ端微塵、肉片粉砕、惨殺確定、17分割どころではない。

 

「――っ!」

 

 だが、彼はあえて前に一歩踏み出し、右手を突き出す。

 愚か、たった一本の腕で防ぎきれるような甘い攻撃ではない。岩を断ち切る、鋼すら輪切りにし、合金すらも粉砕するインパルスブレードの破壊力。

 けれども、次の瞬間響いたのは――大気の焼ける音、空間が打ち震える音、そして血肉骨が砕け散る音だった。

 

「なっ!」

 

 止められた。

 八対の刃、それが彼の左腕で、彼の脇腹で食い込み――止められていた。

 同時にひび割れる彼の眼下、床にめりこんだ靴底から地面が軋んだ。

 

「予測どおり、その翼には質量は殆どねえ。俺でも耐え切れるほどにな」

 

 音速を凌駕しても元ある質量が少なければそれは破壊力としては劣る。

 ただの木剣の方が遥かに破壊力が高く、陸士を粉砕していただろう。

 だが、インパルスブレードはエネルギー粒子の塊であり、質量による破壊を求めていなかった。

 

「だから、お前の負けだ!!」

 

 踵で地面を打つ、足首を捻る、膝を曲げる、腰を落とす、胴体を廻し、肩を酷使し、肘を捻らせ、腕を跳ねらせ、手首を押し込む。

 その動作はこの世界には伝わらない武術においてこう語られる。

 勁道を開くと。

 拳打。

 ただの一撃でありながらも重みを増し、歴史の重さすらも痛感する一撃必倒の一撃、それがトーレの胸にめり込む、衝撃の全てを叩き込む。

 

「がっ!!」

 

 吹き飛ぶ、無名の歴史に、彼女が吹き飛び、地面に転げた。

 

「ぐっ、何故……防げた?」

 

 血反吐を吐く、彼の一撃は戦闘機人の骨格フレーム、その破砕打点を忠実に打ち込んでいた。

 痛みが襲う、呼吸すらもままならない。

 

「あ? そうだな」

 

 装甲服が焼かれていた、インパルスブレードの熱量に焼け爛れた装甲服は消し屑となって千切れ飛び、その下のアンダースーツを露出させる。

 そこにはこんな張り紙が張ってあった『とてもがんじょう』 と。

 

「お前対策にな、1st―Gの賢石加工をさせてもらってたよ」

 

「……技を使わないのではなかったのか?」

 

「嘘じゃないぜ? 名前も技も使ってない、これは文章だからな」

 

 ニヤリと微笑む、彼は揺るがない。

 常人には耐えられない圧力、身体強化をしてもなお皮膚が破れ、肉が裂かれ、骨が砕ける恐るべき光刃。

 それを受けてもなお、笑みを浮かべ続ける精神。

 

 

「――俺を殺したければ、トラックでも突っ込ませるんだな。ただし負けるつもりはねえが」

 

 

 

 帽子を抑え、なぜかニヒルな笑みを浮かべて彼は呟いた。

 

「さて、と。戦うものとしての礼儀は知っているな?」

 

「……好きにしろ。私は負けた」

 

 トーレは大人しく呟く。戦いの場で負けたものは勝利者に従う、当たり前のルール。

 ここまでの会話で彼はトーレにトドメを刺そうと思えばいつでもさせた。それが現実だった。

 

「なるほどな」

 

 だから右手で彼女に手を向けた。

 

「は?」

 

「ほれ、連行するから立ち上がれ。お前らもさっさと蘇れ、ボケッ」

 

 そう陸士が告げると、他の面子もあ~というゾンビな動きと共に起き上がる。

 ふらふらとしているが、まだ生きていた。

 

「あー痛たたた、これ骨ヒビ入ってるんだけど!!」

 

「俺なんて足折れてるぜ。超いてー!」

 

「くそぅ、呻き声ぐらい上げたかったのに、いきなり一対一とか始めるから空気読んだよ!!」

 

「邪魔すら出来なかったよ! 空気的に!!」

 

 呆然とした雰囲気でトーレが周りを見渡す。

 どいつもこいつも文句を言いながら笑っていた。

 そして、トーレは自分に差し出されて手をこまったように見つめて。

 

「ほれ、掴まれよ」

 

「ああ」

 

 しっかりと掴み、立ち上がる。

 

「じゃ、連行ー!」

 

 彼女に肩を貸して、陸士と他の面子はノロノロと歩き出した。

 戦いはまだ続いたけれど、彼らの戦いは終わったのだ。

 

 

「そういえば、結局俺の勝ちだな」

 

「そうだ」

 

「名前は教えられないな」

 

「……いずれ再戦させてもらうぞ」

 

「気が向いたらやってやるよ」

 

 そんな会話があったかどうかは分からない。

 そして、その陸士が面倒くさくなってトーレを担ぎ上げて、彼女の尻と肩を支えにうらーと走り出したのも事実かどうかも不明だった。

 

 

 

 

 その頃、クラナガンの市街をある一台のマシンが駆け抜けていた。

 

『AHEAD! AHEAD! GO AHEAD!!』

 

「いい歌声ですね、ここまで響いてきます」

 

 走る、走る、走る。

 キュラキュラキュラからドラドラドラという轟音を鳴り響かせて、それは疾駆していた。

 一人の女性を先頭に乗せて。

 具体的には捻られたグルグル模様の砲塔のような部分の先端に彼女は仁王立ちしていた。

 

「死夜破の姉御! このまま突き進みますが、良いんですか――ブベラッ!?」

 

「その呼び方はやめろといいましたよね」

 

 にっこりと微笑みながら操縦席から飛び出した馬鹿の顔を蹴る――死夜覇ことシャッハ。

 ヒラリと腰布の下からスパッツがよく見えたのだが言ったら殺されると確信していたヤンキー陸士は何も言わなかった。

 そんな惨状に避難中の市民たちは注目しながらこう思った。

 

(ああ、またUCATか)

 

 誰もが諦めていた、色んな意味で。

 

「さあ参りますよ! いざゆかん、ミッドチルダUCAT!! 騎士カリム、待っていてくださいね!」

 

 蹴りから一転、元の位置に戻ったシャッハがビシッと指を突き出し叫んだ。

 その指先に映るのは爆炎を轟かせて戦い続けるだろう戦場――なのだが。

 

「なっ!?」

 

 その先に、シャッハの視力は信じられないものを見た。

 

『ウォオオオオ!?』

 

 それは一人の巨人の敗北。

 それは一人の勇者が吹き飛ばされる姿。

 

「あれは、まさか!」

 

 視力強化、望遠鏡を超えるシャッハの視力が対峙する黒点を見つける。

 

 そう、それは最強最悪の秘密兵器。

 

 ゼスト・グランツ。

 

 

 彼が勇装魔神クラナガンを打ち倒す姿だった。

 

 

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