ミッドチルダUCAT 作:箱庭廻
これは幕間の物語
これは一つの語られないドラマだ。
巨大なジュエルビーストと戦う陸士たちがいた。
変身ヒーローがいた、戦士がいた、狩人がいた、武術家がいた、聖剣使いがいた、巫女がいた。
つまり、そういう物語だ。
対峙するのは見上げんばかりの巨像だった。
世界を覆い尽くさんと吼え猛る化け物だった。
全長100メートル。
この日、地上本部に襲撃したジュエルビーストの中でもっとも巨大だった。
全身に張り巡らされたガジェットドローンが内部から噴き上げる魔力の波に膨張し、巨大化し、どこまでも膨れ上がる。
醜い水脹れに覆われた黒の装甲に覆われた異形。雄雄しく膨れ上がった口は牙のように鋭く歯茎を伸ばし、無数の複眼を全身に貼り付けたそれは百目のようだった。
それと対峙するのはたった十数名の陸士だった。
「止めるぞ」
一人が呟く。それはまだ若い陸士だった。
頭に被った帽子で目元を隠す、怯えて震える目を誰にも見せたくなかった。
それに同調するように踏み出したのは全身に甲冑を付けた陸士72部隊からの転向陸士。
「たく、こういうのは勇者ロボの役目だろうが」
――クラナガンは来ない。
無数のジュエルビーストと死闘を繰り広げている最中だった。
いや、違う。必要ないのだ。
「馬鹿言うな、俺たちは大人だぜ? むしろ子供の手助けするほうだろうが」
ニヤリと誰かが笑った。
「さあて、ちょっくら肩慣らしに地上を護るか!」
聖剣エクスカリパーと彫り込まれた大剣を背負った男は笑いながら叫ぶ。
「そうね。世界を救うのに比べれば軽いものよ」
巫女服衣装の女性陸士が微笑む。
美しい彼女は陸士たちのアイドルだった。
『LOオォOOO■■■■■!!』
咆哮が轟いた。
世界が一変しそうなほどに激しい暴風が吹き荒れる。
誰もが吹き飛ばされそうな衝撃波と共に巨像が踏み出し、おぞましいほどに巨大な腕を振り上げて。
『いくぞぉおおおおお!!!』
陸士たちは駆け出した。
その巨像に挑むために。
爆音の中に飛び込んだ。
巨像の拳は巨体に比例して動きは鈍かった。
ただし、威力だけは馬鹿でかかった。
十数メートルの間合いを取って躱した陸士たちの身体に拳圧と土埃が飛び込んでくるぐらいに。
轟音破砕。
鼓膜がいかれそうなほどに爆撃。
「っ! でけえなぁ!!」
帽子を被った陸士が罵るように叫んだ。
そして、それと同調するように誰かが跳んだ。
「つまり、当て放題ってことね――Set! 夢想封印!」
重力を振り切るように飛び上がった巫女服陸士が華麗に手を振り下ろし、一枚のカードを翳す。
途端に眩いばかりの光弾が巨像の全身に打ち込まれる。
それはどこまでも美しい光の奔流。
弾幕の如くそれらはけたたましく爆撃の如く打ち込まれるが――それで止まるほど巨像は甘くないだろう。
だから。
「いっくぜぇえええええ!!」
一人の陸士が身体強化をかけて、地面に靴跡を残しながら跳んだ。
巨人の拳に飛び乗り、その背に背負った聖剣を引き抜く事無く、拳を叩き込む。
「バーンナッコォ!」
燃える拳が打ち込まれて、轟音を響かせるが――浅い。
巨像が動き出す。うっとうしそうに手が上に振り上げられて、聖剣陸士が撥ね飛ばされた。
「どわー!?」
ぽーいと投げ捨てられるように跳んだ陸士が地面に落ちるのを待つことなく、ゴワゴワと巨人が肌を震わせて――さらに膨れ上がる。まるで風船の破裂でもするかのように。
嫌な予感がした。
「っ! みんな、私の後ろに!」
巫女陸士が「スペル!」と叫ぶと、新たなカードを胸元から取り出し、輝ける結界を展開する。
二重に張られた障壁に一名を除いて全員が隠れた時だった。
光爆が世界を埋め尽くした。
全員が耳と目を塞いでも意識が吹き飛びそうな爆発。
何秒立ったのか。
目を開くと、周囲のアスファルトは全て粉砕された荒野になっていた。周囲五十メートル以上がクレーターになっていた。
聖剣陸士は地面に埋もれて、大の字になっていたが、焦げているだけで生きているようだった。
「っ、どんな威力だ!?」
「……うっ」
力を使い果たした巫女陸士と呼応するように障壁が剥がれると、その向こうにいた巨像が見えた。
全身に膨れ上がらせていた装甲はボロボロと垢のように剥がれ落ち、その内部が見える。
それはまるで人体のようだった。無数のパイプとガジェットの電線が寄り合わされて、筋肉のように形成されているのか、色とりどりの電線が奇妙にグロテスクだった。
すぐさまにその身体を修復せんと、周囲の塵埃をその牙から吸い込み始めるが――させるか。
二名の陸士が飛び込む。
「転ばせる!」
己のストレージデバイス、長杖型のそれを持って陸士は転がりながら、巨像の足裏にまでもぐりこむと。
「必殺!」
「奥義!」
物質化していく。
それは巨大な杖、巨大な武器となり、目的を果たすのだ。
2nd-Gの概念加護により、それらが現実化していく。
『――超巨大膝カックン!!』
ドスッと巨像の両膝裏に二本の石突が叩き込まれた。
ガクッと人体を模した構造なのが仇となり、巨像がカクッと膝を曲げる。
バランスが崩れる。地響きを立てて、巨体が後ろに揺らいでいく。
「たーおーれーるーぞー!」
声を上げて避難を促し、慌てて他の陸士たちも離れるが。
巨像は素早い動きで手を地面に叩きつけて、己の自重を支えた。
ズゥウンとそれだけで震度5の地震でも起こったかのように大地が揺れた。
立っている事も出来ずに膝を付くほどの震動。
圧倒的な質量差を実感する。
「ちっ、倒せないか」
「だが、斃さないといけないよなぁ!」
当たり前だ。
サイズ差は諦める理由にはならない。
負けられないのだ。
絶対に。
だから。
「っ!?」
ゴゥッと風を吹き散らして、飛び込んできた巨大な蹴りが現れた時も帽子陸士は前を見ていた。
「なっ!」
「にげ――」
慌てて横に避けようとするも、遅い。
今までの鈍重な動きはフェイクだったのか。
障壁を展開するも、圧倒的過ぎる質量差に耐え切れるとは思えなかった。
そして、陸士はせめて最後の一瞬まで睨んでやろうとして――飛び込んできたそれの背中を見た。
轟音停止。
「っ……」
一人の男が巨像の蹴りを受け止めていた。
それは全身に甲冑を付け、背中に蟹っぽい節足を生やした一人の陸士だった。
圧倒的過ぎる、百倍ぐらいじゃ効かない体重差でありながら、一歩も後ろに引き下がらずに受け止めて。
「――“無敵防御”ってな」
装甲服の中で不敵に嗤う。
ピシピシと装甲に罅が入り、同時に巨像の足も大きすぎる抵抗に悲鳴を上げていた。
「やれるぜ」
「え?」
「俺でも受け止められる。なら、倒せる!!」
力を篭めて、甲冑陸士はその蹴りを受け払った。
巨像が体勢を崩して、転ぶ。地響きを響かせる、耳に痛く、全身の血流が狂いそうな衝撃。
だが、怖くない。
「当たり前だろ!!」
陸士は叫んだ。
誰もが叫んだ。
「あの化け物を俺なら倒せるって思える奴は付いて来い!!」
走り出す。
たった一人の人間でもこれだけのことは出来るのだという証明を行なった勇気を貰って。
「Tes.!」
聖剣陸士が立ち上がる、黒焦げになりながらも走る。
「Tes.!」
巫女陸士が面倒くさいそう笑いながらも、カードを掲げる。弾幕を生み出す。
「Tes.!」
一人の陸士が笑いながら叫んで、運ばれてきたタルを抱える。
他にも他にも、沢山の陸士たちが集まり、抗うのだ。
「ちょっと俺たちのいいところを見せてやれ!」
そして、陸士たちは災厄を滅ぼしに赴く。
抗う、戦う、頑張る、努力する、歯を食いしばる。
つまり、そういうことだ。
護るって事は。
簡単にはいかないものだ。
「うひゃあああ!」
暴れ狂う巨人がいた。
足元から見上げても見切れないほどに高い高い、巨大なる化け物がいた。
そして、それにしがみ付きながらとある帽子を被った陸士は悲鳴を上げていた。
「この、暴れるなぁああ!」
帽子を被った陸士が巨大な外殻の隙間に手を叩きつけて、しがみ付く。
だが、それを気にする事無く、巨大なるジュエルビーストは巨体に張り付くカトンボを振り払わんと手を上げて。
「とぉおおおお!!」
その脚の表面を駆け抜ける一人の女性がいた。
巫女服姿で加速を付けて、跳躍。
凄まじい速度で胸元まで辿り付くと、その手に握った一枚のカードを掲げる。
「Spell card Set!! ムソウ――」
フウイン! と叫んだ瞬間、煌めき眩しい弾幕の数々が巨人の顔面を埋め尽くし、光彩の閃華を咲き誇らせた。
視界の全てを埋め尽くすかのような光の煌めき。
彼女は空を舞いながら、ひたすらに弾幕を撃ち続ける。
その瞬間、一瞬だけジュエルビーストの動きが弱まった。
「いくぞぉお!!」
「応!」
「逝くぜぇえ!!」
足元で地味に魔力弾を打ち込んでいた数名の陸士が叫ぶ。
魔力力場を発生させ、デバイスから発生させた二振りの刃を持って飛び込む。
「エックスッ!」
「斬りぃい!」
二振りの剣撃が踵の腱を切り裂き、その軌跡が十字を描き。
「――トリプルアタック!」
そこに甲冑を付けた重々しい陸士がタックルを打ち込み、さらに破砕を広げた。
『RUOOOOO!!??』
自重に耐えかねて、片方の巨人の足が崩れていく。
膝を屈しようとする、巨人は体にしがみ付いた一人の陸士の存在も忘れて、大地に巨大な掌をたたきつけて体を支えた。
地響き。
大地が震撼する巨大な震え。
だがそこに襲い掛かる姿がある。
「はらほわあらほら!」
「ひゃほほほーう!」
「ケーケケケケ!!」
それは巨大な樽を担いだ鎧、アーマー、謎の毛皮を被った三人の多分陸士の姿。
未知の文明部族のような奇声を上げながら、その手に担いだ巨大なガンランスをぶっ放し、巨人の腕に罅を撃ち込む。
さらに巨大な太刀を叩き込むと、最後に残った一人が巨大な樽の火線に火をつけて。
「タール爆弾G、じゃああああ!!」
どっせぇええい! という咆哮と共に投げつけた。
それも一個だけではなく、二個、三個、五個とたくさんまとめて。他の集まった陸士たちが盛大に投げまくる。
思いっきり質量兵器違反だが、所詮ビル一階をぶっ飛ばすだけの火薬の塊、大量破壊兵器じゃないもん♪ などという言い訳する気満々の爆薬だった。
鼓膜が揺さぶられる轟音に、巨人の手を嘗め尽くすような業火と黒煙が立ち上り、巨人がさらに体勢を崩してのたうつ。
「よし、丁度照準位置だ。いっくぞぉお!」
ググッと下がった巨人の頭部。
それに一人の大剣を掲げた陸士が叫び、黒いトンガリ帽子に、改造した陸士のジャケットを羽織った金髪の美女が手に持つ八角形の器具を構えて頷いた。
「魅せろ! 我が聖剣エクスカリパァアアアアアアアア!!」
模造品であり、決して誰も傷つけることの出来ない偽りの聖剣。
それを片手に掴み、高々と片足を上げながら、腰を捻り――投げた。
「“なげる”!!」
回転しながら飛来するエクスカリパーが巨人の額に直撃し――深々と突き刺さる。
さらにそこに追撃とばかりに、眩い光を溢れさせながら金髪の女性が両手を前に突き出し、口に咥えた一枚のカードを激しく噛み締める。
「弾幕は――」
光のプリズム。
ミッドチルダとも、ベルカとも異なる魔法陣を形成し、燃え上がるその手に収まった増幅のミニ八卦炉に魔力を注ぎこむ。
同時に口に咥えたカードが発光し、浮かび上がるのは【恋符】という単語。
「パワーだぜ!!」
撃ち放れたのは山をも消し炭にする巨大の砲撃。
暴発寸前なまでに高められた極光が迸り、天を貫く魔法となる。
巨大なるジュエルビーストの胸部に直撃し、巨大な風穴を開けた。
『GURULALAALALAL!?!?!』
絶叫が迸る。
ジュエルビーストが立て続けに叩き込まれた攻撃に、内部に納められたジュエルシードの魔力を持って再構築しようと蠢く。
「させるかぁあ!」
陸士たちが追撃に討って出ようとした時だった。
『LAAAAAAA!!』
その全身から無数の砲台が生み出された。
その数は五百を超える拒絶の意思。
「なっ!?」
絶句する陸士たちを嘲笑うかのように砲台から光が宿り――発射。
世界全てを埋め尽くすかのような光弾の数々が吐き散らされて、周囲の陸士たちを追い払う。
空を舞う巫女陸士と、地上から舌打ちをして空に飛び上がったトンガリ帽子の陸士だけは掠めるような動作と共に回避し、反撃を続けるが、圧倒的な弾幕の嵐に誰もが近づけない。
「くそ! またやり直しか!?」
「いや、まて! あそこに!!」
舌打ちを洩らす陸士の声に、誰かが指を指して希望を指し示した。
それは懸命に登り続けた一人の陸士。
帽子を持って顔を隠した一人の戦士が必死に這い上がり、先ほどからずっと紅い光を放ち続ける位置にもうすぐ辿り付く。
揺らぐ、震える、暴れる。
だけど、彼は決して手放さない。
見上げる場所に、彼は必死に手を伸ばし、匍匐前進にも似た速度で這い上がる。
「離すな!」
「しとめろ!」
声援が上がる。
怒声にも似た応援の声が上がる。
だが、ジュエルビーストは暴れ狂い、張り付く陸士を叩き落さんと全身に生えた砲台を陸士に向けた。
「やべえ! 避けろ!」
だが、どこに!?
もはや逃げ場などない、落ちれば全ての努力は無駄になり、或いは踏み潰されるだけだろう。
そんな絶望的未来が誰もが脳裏に浮かべた瞬間、帽子陸士が片手を上げて。
「うぉおおおお!!」
絶叫と共に手を離した。
なにを!? そう誰もが考えた瞬間、帽子陸士は駆け出していた。
一か八かのベクトル制御。
巨人の体を床に変えて、全力疾走で陸士は駆け上がる。頂点へと向けて。
次々と弾幕が着弾する。
一つでも当たれば消し炭になるような爆撃の嵐を、彼は躱し、しゃがみ、滑り、或いはただ速度を持って突破し、爆煙を吹き散らしながら疾駆。
「負けられ――」
駆ける、翔ける、駈ける。
誰もが諦めそうになる、さらに新たに産み出される刃の如き触手の群を駆け抜けて、彼は手を伸ばす。
「るかぁあああああ!!」
その瞬間だった。
巨人の胸部まで到達していた彼が、その胸板諸共光に包まれ、爆砕したのは。
「なっ!?」
「じ、自爆だと!?」
ジュエルシードにまで接近されることを理解したジュエルビーストは己の肉体の一部を犠牲にすることを前提に自爆したのだった。
陸士諸共全てを消滅させるために。
誰もが絶望しかけた。
失った犠牲に、涙を溢れさせた。
瞬間。
「ォオオオオオ!!」
咆哮が轟いた。
黙々と上がった黒煙を突き破り、飛び出す一陣の風があった。
それは元の姿を持たない。
それは全身が奇怪な色に覆われた異形。
被っていた帽子が空に舞い、赤い瞳が剥き出しになった存在。
それは白髪の青年。
手は千切れて、首は裂けかけている、けれども止まらない。
まるで鬼のような動きで。
「証明してやる!」
加速。
さらに爆散しようとした皮膚表面よりも速く姿を掻き消して、彼は紅く揺らめく場所に到達する。
「この俺の力を!」
失われた肺を補う臓器から血を吐き出し、それは強化した神銀鋼製のナイフでジュエルビーストの肉を抉り、紅い宝玉を握り掴む。
たちまちそれごと取り込まれた肉の隆起よりも早く、彼は腹に巻いていたカートリッジをナイフの柄で砕き、庇った右腕の袖の中に張り巡らされていたハンドコンピューターにプログラムを走らせる。
「ジュエルシード、シリアル8!!! 封印!!」
それと同時に隆起したジュエルビーストの肉体が彼を取り込み、轢き潰した。
血煙が吹き出し、誰かが悲鳴を上げた。
けれど。
「お、おいみろ!」
「崩れていくぞ!」
十数秒後、ゆっくりとジュエルビーストの全身が震えだし、ボロボロと表面の装甲が、皮膚が、肉が、瓦解していく。
そして、地面に落ちるよりも早く風化したそれは灰となって飛び散り、完全に崩れ去った後に残ったのは膝を付くボロボロの白髪頭の陸士だけだった。
「やってやったぞ」
うずら高く積もった灰の中で、人でありながら人ではない。
アヤカシと呼ばれるものの混じり物――“セカンド”と呼ばれたかつての少年は、青年となってただ薄く笑った。
誇らしく。
勝利を噛み締めて。