ミッドチルダUCAT   作:箱庭廻

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第一回 スカリエッティ拿捕大作戦 その3

 

 

 闇は終わることは無い。

 光が差せば影があるように。

 人が生きる限り、犯罪という暗部が消えることは無い。

 静かな場所だった。

 暗い場所だった。

 

 その中でゲラゲラと笑うものたちがいた。

 

「どいつもどいつもおたおたしやがって、ちょろいよなぁ」

 

 一人の男はドラム缶の上で札束を数えながら笑みが止まらないとばかりに笑っていた。

 もう一人の男はナイフを回転させながら投げ飛ばし、キャッチしてはまた投げるという行為を繰り返している。

 他にも何名もの男たちが笑いながら、埃臭い空気に少しだけ顔を歪める。

 彼らがいるのは廃棄都市の中の廃屋。

 廃棄された工場の中、静寂が細胞にまで染み渡るような静かな場所。

 

 そして、その中で、笑い声が響く中で、唯一怯えるように身じろぎする少女がいた。

 流れるような金髪、怯えた瞳を涙で濡らし、猿轡されて、両手と両足を縛られた美しい少女。紅いスカートに、白いシャツと仕立てのいい上着を着た姿は人目見るだけで格式の高い環境で育てられたものだと分かる。

 

 彼女は彼らに誘拐されたのだ。

 

 そして、その身柄を引き換えにまんまと通報させることなく、身代金を手に入れた彼らは喜びに浸っていた。

 

「さーて、どうする? 金は入ったけどよ」

 

「あー、そうだなぁ。他の次元世界に逃げるにしても、この間の事件から空港の監査は厳しいぜ」

 

「そうだったな。じゃあ、しばらくほとぼりが冷めるまで待つか」

 

 決まった言葉を繰り返し、それはまるで舞台で決められた台詞を喋っているかのよう。

 男たちが少女を見下ろす。

 好色に染まった眼で、少女の全身を舐めるように一瞥すると。

 

「じゃあ、もうしばらく人質になってもらうしかねえよなぁ」

 

「そうだなぁ」

 

 にやにやと笑みが浮かぶ。

 身代金を手に入れたとしても彼らは少女を解放する気などなかった。

 どこまでも利用するつもりだった。

 そして。

 

「じゃ、少しぐらい味見しておくか」

 

 ねちゃりと音がしそうなほどにおぞましく男の一人が笑みを浮かべる。

 口が開かれて、唾液に濡れた歯が剥き出しになる。それを見て、その会話を聞いて少女は己の運命を悟ったかのように叫び声を上げた。

 猿轡を嵌められたまま、むーむーと唸り声を上げて、必死に身体を捩らせながら、迫る男たちの手から逃れようとする。

 

 しかし、どこに逃げるのか。

 

 逃げる場所などなかった。ただ残酷に真綿で首を絞めるかのように、残酷な運命が人間という形で襲い来る。

 手が掴まれる、足が掴まれる、体が引き寄せられて、その肢体が男たちの指で嬲られる。

 

「むー!!」

 

「大人しくしろよ、いや、逆らってもいいかな? 楽しめる」

 

 ゲラゲラと笑いながら、その上着を引き裂いた――時だった。

 

 ――BOW! BOW!

 

 声がした。

 

「あ? 野犬か?」

 

 工場の外から聞こえてきた犬の鳴き声のような声。

 テンションが上がってきたところに水が差されたような気分。しかし、構っていられない。少女がその乳房を露出させ、羞恥に顔を紅潮させながらも必死に首を振るのを見ながら、そのスカートまで引き摺り下ろそうとして――

 

「BOW! BOW!」

 

 鳴き声がさらに聞こえた。

 それも“複数”。

 

「あ?」

 

 さすがにおかしいとナイフを持った男が工場の外、閉められた扉に目を向けた瞬間だった。

 ボゴンッと鉄製の扉に轟音が発せられた。

 

「え?」

 

 ボゴン! ドゴンッ! 轟音が立て続けに響いて、扉が“膨れ上がる”。

 そして、次の瞬間――扉がぶち破られた。

 

「びしょうじょぉおおおおおおお!!!!」

 

 二人組の陸士、それが背中を向けながら飛び込んでくる。お尻を突き出して、ヒップアタックでぶち抜いたのだ。

 その手には二本の細長い鉄棒がLに曲げられたものが握られている――ダウジングをしていたらしい。

 その二人がゴロゴロと後ろにバック転しながら、男たちの前に姿を現した。

 

「BOW! BOW!」

 

「BOW! BOW!」

 

「BOW! BOW!」

 

 さらに続いて、声がした。

 鳴き声が鳴り響き――ガシャンと工場の窓ガラスが粉砕されて、シャワーのように降り注いだ。

 何者かが飛び込んできたのだ。

 それも複数。

 

「っ、警邏か!?」

 

 男たちが少女に向けていた手を止めて、その影に身構えた……次の瞬間、顎を大きく開けて唖然とした。

 

 そこに居たのは四本足で稼働する“人型”だった。

 

 両手に分厚い手袋を、身体には陸士専用のジャケットを、頭には犬耳を、顔には犬型のマスクを、お尻にはふさふさとした尻尾を付けた陸士たちが其処に居た。

 あえて言おう。

 

『へ、変態ダー!!!』

 

「――BOW!!」

 

 失敬な! といわんばかりに、犬コスプレ陸士たちがとぅっと四肢を使って跳び上がる。

 華麗なる跳躍、獣じみた速度、旋回しながら男たちの顔面に踵をめり込ませて、さらに跳躍、ターン、両手を大きく広げて、華麗なる舞いを踊る。

 

 きしゃあああ! と言わんばかりに恐ろしい形相、襲われた男たちは見た。その陸士たちの目がサーチライトの如く輝いていたということに。

 ワンちゃんグローブの殴打に一人が吹き飛ぶ。

 

 全身のバネを使ったドロップキックで一人が吹き飛ぶ。

 

 ナイフで応戦しようとした勇敢な男は即座に足元にもぐりこんだ一人のカニバサミで足を拘束されて、その上半身にフライングクロスチョップを喰らって吹き飛ぶことも出来ずに倒れ伏し、後頭部を地面に直撃させた。

 瞬殺である。

 虚を狙った突入に、息を飲むような奇妙な格好のダブルインパクトに、犯罪者達は反撃する暇すらも与えてもらえなかった。

 

「く! くるなぁああ!」

 

 リーダー格の男、唯一残った誘拐犯の男は少女の首元を掴み、人質に取ろうとした。

 だがしかし、それをさせないと駆けるものたちがいる。

 

「させるかっ!」

 

 コスプレをしていないダウジング陸士が、手を閃かせるようにダウジング棒を投擲した。

 ザクリとダウジング棒が誘拐犯の肘を貫いた。

 

「がっ!?」

 

 その痛みに悶絶して、咄嗟に少女を放して腕を抑えてしまう。

 そして、駆け込んできた片方の陸士が滑り込むように少女を抱きとめると、ギラリと怒りに目を輝かせながら。

 

「楽には死なさんっ!」

 

 ダンッと地面を踏み締めながら、天へとたたき上げる様にその踵を男の顎に直撃させた。

 ガキンと男の歯がかみ合い、仰け反りながら空中へと吹き飛ぶそれに、駆け込み陸士は少女を優しく抱きとめたままに旋転し、とんっとその肩を男の腹にめり込ませて――ぶっ飛ばした。

 

 それは動きこそ違うけれど、遥か第97管理外世界では寸勁と呼ばれてい技法だった。

 ポーンと血反吐を吐き散らしながら吹き飛んだ男が工場内に詰まれた資材に激突し、ガラガラと埃を悲鳴を撒き散らしながら姿を消す。

 

「ふん! ……大丈夫かい?」

 

 陸士が抱き寄せた少女に安心させるような笑みを浮かべる。

 涙目でこんもりだった少女はフルフルと体を震わせると、コクリと頷いた。少しだけ頬が赤くなっていた。

 

「まったく、美少女を泣かせるとは万死に値するぞ」

 

「同意見だな」

 

 ハッハッハ、と犬の荒い声のような声を上げながら、その辺に積んであった資材袋で犬陸士たちから袋叩きにあっている誘拐犯共を見て陸士二人が頷く。

 さらには簀巻きにされて、数人掛かりでジャイアントスイングされている哀れな犯罪者たちからどうでもよさそうに目線を外すと、周囲を見渡し。

 

「しかし……ここも外れか」

 

「そうだな。くそ、ジェイル・スカリエッティと我らがヴィヴィオちゃんはどこに行ったんだ」

 

 彼らがここに現れたのは殆ど偶然のようなものだった。

 一週間前、機動六課隊舎が壊滅した翌日。

 レジアス・ゲイズ主導の下で陸と海の共同捜査本部が設立され、陸士たちと派遣された海の捜査員は行方を晦ませたジェイル・スカリエッティ及びそれに誘拐された少女、ヴィヴィオを捜索していた。

 

 捜査にはありとあらゆる方法が試されていた。

 

 現在逮捕中の戦闘機人たちへの尋問、過去のガジェット・ドローンの飛行パターンと出現地域の分析、地道な聞き込み、怪しげな未捜査地域のローラー式捜査、捜査犬を使った探索、タロット占い、拡声マイクを使った呼びかけ、ダウジングによる調査などなど。

 しかし、見つかるのはこういった犯罪者たちばかり。

 やはり「犯罪者とそれに攫われた美少女」という対象を目的にダウジングをしているのが原因なのだろうか?

 

「むー!」

 

「あ、すまない。そういえば外すのを忘れていたな」

 

 少女が猿轡のまま声を上げると、彼女を抱きとめていた陸士は優しく少女の猿轡と拘束を解く。

 

「――ぷはぁっ。あ、ありがとう……」

 

「おっと、お嬢さん。お礼は良いが、前を隠してくれ」

 

「え?」

 

 少女が陸士の言葉に、自分の身体を見下ろすと――破かれた部分から少女の肌が露出していた。

 きゃあと、短い悲鳴を上げて両手で隠そうとする少女に、陸士は着ていたジャケットを脱いで、手渡した。

 

「大した品じゃないが、これを着ているといい」

 

「す、すみません」

 

「なに、大したことじゃないんでね」

 

 ニヤリと微笑む。

 その笑顔に少女は少し唇をもごもごさせた後。

 

「あ、あのお名前を聞かせていただけませんか? ぜひともお礼を――」

 

 そこまで告げようとした少女の唇に、陸士の人差し指が重ねられて。

 

「なに。ただの陸士さ。ただし、可愛い少女の味方でもあるがね」

 

 パチンと陸士はウインクをした。

 そのウインクを見て、少女は「い、いけないわ……こ、こんな劇的な状況でときめくなんて、いやでも……ワイルドなほうがステキよね……ぶつぶつ」 などと言っていたが、陸士は聞いていなかった。

 

 散々キャッチボールされた挙句に、うらーと人間ボーリングのように扉外に投げ捨てられた犯罪者たちをさらに蹴り飛ばし、短いスカートを穿いた白衣の衛生兵たちがやってくる。

 

「へーイ! 可愛い美少女とあれば即参上! 人呼んで、すね毛に癒される堕天使と!」

 

「ハーイ! 未来有望な美少女をあれば即出現! 人呼んで、腋毛にときめく邪乙女が!」

 

『――完璧最高にベットまで運んであ・げ・る♪』

 

 ぎゅるん、もっとも目立つ二人の衛生兵が素敵なポーズで笑みを浮かべる。

 すね毛の生えた衛生兵(男)と腋を露出させた化粧の濃い衛生兵(女?)が嬉々として誘拐犯たちを拉致って行く。

 絶望的な悲鳴を上げていく誘拐犯たちを担架という名の拘束台に載せ、被害者の少女はマトモな格好な女性の衛生兵に毛布をかけられて去っていった。

 数年後、家業を継いだこの少女がミッドチルダUCATの最大の支援者の一人になることなど知らずに、陸士二人は空を見上げる。

 

「しかし、いつになったら見つかるんだろうなぁ」

 

「まあそういうなよ、”空の上”の連中も頑張ってるだろうさ」

 

 そう呟く陸士たちは工場の天井を貫いて、遥かな空を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 人々は知らなかった。

 空の遥かな上に、白い雲の上から現れた空を舞う戦舟が一隻の存在に。

 それは次元の裂け目を超えて降り立ったのだ。

 白き船が空を駆けている。

 雲よりも高く、天に届かんばかりに飛翔音を鳴り響かせて。

 勇壮なる姿を現さん。

 そして、それに乗り込むのはこの日より訪れる歴史の一線、それの主役たちだった。

 

「うわー、凄いね、ティアー」

 

「そうね~」

 

 暢気に外部テラスから窓の外を見下ろしているのはスターズフォワードのスバルとティアナだった。

 

「機動六課の隊舎が壊滅した時はどうしたものかと思ったけど、アースラだっけ? こんな船に乗れるなんて想像もしてなかったね!」

 

「そうね~」

 

「? ティア?」

 

「そうね~」

 

 くるりとスバルが振り返ると、彼女の愛すべき相棒はどこか遠くを見ていた。どこまでも、どこまでも遠くを。

 

「ティア!? しっかりしてよ!」

 

 ぺシーンとスバルが張り手をかますと、はっと気が付いたようにティアナが再起動する。

 

「あ? あれ? 私、一体どこに? ここは誰? 私はどこ?」

 

「ティアー。ここアースラの中だよ、忘れちゃった?」

 

 スバルが心配そうに告げると、ティアナはようやく思い出したように息を吐き出した。

 

「あ、そうだったわね」

 

「もうしっかりしてよ~」

 

「いや、ね。なんていうかもう機動六課の隊舎が全壊してから一週間かぁ」

 

 ティアナは色々と疲れた目でため息を吐き出す。

 事件は慌しく進んでいる。

 地上本部との共同捜査本部が設立されたために、現在ミッドチルダには地上陸士だけではなく、本局からも一部の捜査員たちが投入されている。

 逮捕した戦闘機人からの事情聴取こそ進んでいないらしいが、ミッドチルダ地上内の調査は進んでいるらしい。

 最初こそ後手に回ったものの、事態はちゃんと前に突き進んでいるのだ。

 そう、何も困ることは無い。

 

「わはー! まてまてーい!」

 

 そう。

 

「ほほほ、捕まえてごらんなさ~い!」

 

 なにも。

 

「というか、資材返せぇえええ! それないと仕事進まねえんだよぉおお!」

 

 なにも困ることなんて……沢山あった。

 クルリと振り返る、ティアナは声を張り上げて叫んだ。

 

「艦内で走るなー!!」

 

 白衣を付けた開発班たちが遊んだかのように走り回る姿にティアナは怒った。

 両手を振り上げて、怒った。

 しかし。

 

「うひゃー! ツンデレが怒ったぞ~!」

 

「こわーい!」

 

「もっともっとー!」

 

 わーと開発班たちが一斉に散らばって逃げる。

 その頬はとても楽しそうに笑っていたのをティアナは見逃さなかったが。

 

「うぅ、なんでこんなことに」

 

「ティア~、いい加減慣れようよ~。あの人たち悪い人じゃないんだし」

 

「そういう次元じゃないわー!!」

 

 ガァーとティアナは叫びを上げた。

 次元航行艦、L級艦アースラ。

 その中には地上本部の人員と機動六課の人員が入り混じる混合部隊となっていた。

 

 何故そうなったのか?

 

 それはひとえに次元航行艦という巨大すぎる力が原因だった。

 通常、地上部隊には決して与えられることの無い次元航行艦。老朽艦といえども例外ではない。

 第97管理外世界における軍事装備に例えるならばそれは空母のようなものである。

 それがただの仮本部であり、司令室として地上に派遣するなど本来は無理な話なのだ。

 しかも、一個師団クラスならばともかく、海のエリート部隊とはいえただの一個部隊が保有出来る許容量を超えている。

 だが、それを押し通したのがはやての持つコネの力であり、彼女が持っている先を見通す眼力によるものだったと後の歴史研究家は語っている。

 しかし、巨大すぎる力は管理されなければならない。

 

 それ故の地上部隊の駐在だった。

 

 とはいえ、部隊と言ってもほぼそれらはミッドチルダUCATに所属する技術部であり、監査役として乗り込んだとある人物たちの指示により幾つかの物資を載せただけの海の保有状態に他ならなかった。

 運行には問題は無い。

 時折神経を刺激されるぐらいで実害は皆無、いや技術協力と人手の充実面から言えばむしろ進んでいるといってもいい。

 しかし、それを静観しているわけにはいかない人物がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、いい加減目的をきっちり吐いて貰うで、クロノ君!!」

 

 ダンッとテーブルを叩き、はやては吼えていた。

 一週間近くもはぐらかされ、時には手伝ってもらい、慌しく過ごした日々の中でハッと思い出した用件を相手に叩き付けている。

 

「違うな、はやて。僕はハーヴェイだと言っただろう?」

 

 その言葉を浴びせられた人物、テーブルを跨いで腕を組んで座る黒いサングラスを掛けた青年は静かに告げる。

 口元には笑み。

 まったく余裕が崩れず、大胆不敵だった。

 

「ええ加減にせんかい! どっからどう見てもクロノ君やんか?! ていうか、話が進まんからさっさと理由を話さんかい!!」

 

「やれやれ……」

 

 余裕綽々でハーヴェイと名乗った青年は肩を竦めると、静かにサングラスに指を掛けて。

 カチャリと少しだけずり下げる。

 

「ひたすら溜まった有給休暇を消化するついでにただの友人として乗り込んだ。こういえば君は満足するんだろう?」

 

 ちらっと黒い瞳がはやてを見つめる。

 普段は冷徹な顔を浮かべているというのに、その時だけはどこから悪戯っぽい輝きを帯びていた。

 その新鮮な顔に一瞬はやての心臓が高鳴るが、フルフルと首を横に振ると。

 

「出来るかぁ!!」

 

「わがままだな」

 

「どっちがやねん!?」

 

 畳み掛けるようなツッコミだったが、軽く受け流される。

 はやては頭痛を堪えるように頭に手を当てたが、既に頭痛防止に冷却シートを張っている事実を再確認しただけだった。

 

「まあ落ち着くんだ、はやて。さっきから君の言葉は支離滅裂だぞ?」

 

「誰のせいやねん」

 

「多分僕のような気もするが、気のせいかな?」

 

「自覚あるほうが性質悪いわ!!」

 

 と、そこまで叫んで酸素が切れたのか、はやてのつっこみエネルギーが切れたのか、荒く息を吸った。

 

「……落ち着いてください、主。冷静にならなければ、何も解決しないのですから」

 

「その通りだな。はやて君はもう少し慎重さを身に付けたまえ」

 

 その事態を静観していたシグナムと提督と名乗る紅いサングラスを付けた初老の男が告げる。

 しかし、はやてはじろりとそっちを見て。

 ガクリと頭を下げた。

 

「……せめてこっちを見ながら言ってな?」

 

 二人は将棋台を間に挟んで会話をしていた。

 というか続行中だった。

 

「ふむ、それはすまなかったね。と、王手だ」

 

「すみません。あ、それは待て!」

 

「待てはもう使い切っているぞ。烈火の将よ、お前はその程度か?」

 

「ぐっ! 私の敗北は主の顔に泥を塗るということ! 汚名返上させてもらう!」

 

 といいながら、将棋を再開する二人だった。

 

「……駄目や、このシグナム早くなんとかせんと」

 

「まあ、それはともかくだ。はやて、僕たちとしては別段君の邪魔をするつもりはないさ」

 

 ハーヴェイは静かに告げると、手元に用意して置いたブラックコーヒーを啜り。

 

「あくまでも僕とマスク・ザ・フェレットの立場は客分だからね。提督とぬこ一号二号は臨時嘱託魔導師と考えてもらって構わない」

 

「戦力として見ていいんやな?」

 

「三人は六課には所属せず、籍はミッドチルダUCATだから保有戦力制限には引っかからないぞ」

 

 ニヤリとハーヴェイが笑う。

 嫌な笑みだった。物凄く何かを企んでいるような笑み。

 ゾクゾクと背筋の産毛が逆立ったとはやては思った。

 

「……まったく、何を企んでるんや? ユーノ君まで巻き込んで、それにミッドチルダUCATから移送したあの“コンテナ”は――」

 

 なんや? と訊ねようとした瞬間だった。

 

『――失礼します』

 

 Piと音を立てて、デスクの上に投影型モニターが出現した。

 映っているのははやての副官であるグリフィス・ロウラン。

 冷静沈着な彼の表情には似つかわしくない興奮の色が浮かんでいる。

 

「どうしたん?」

 

『報告です――ハラオウン執務官及びアコース査察官から【ジェイル・スカリエッティのアジト】を発見したという報告が入りました』

 

「な、なんやてぇ!?」

 

 はやてが声を荒げる。

 ハーヴェイが、シグナムが、提督が目を向けて。

 

「現在ハラオウン執務官、アコース捜査官、騎士シャッハの三名が強行捜査に突入したようです」

 

 

 事態は進み出す。

 運命の輪がクルクルと回転する。

 止まらない、止まらない。

 事態は加速する。

 

 

 

 

 

 

「――侵入者です」

 

 静かな声が響く。

 それは囁くようであり、進言するようであり、蜜言を紡ぐようだった。

 

「ふむ? そろそろ来ることだと思っていたが」

 

 声に反応し、顔を上げる人物がいた。

 両手を汗に湿らせたまま、指を鳴らし、先ほど進言した女性に目を向ける。

 

「ウーノ、準備をしたまえ」

 

「はい、ドクター」

 

 コキコキと肩を動かし、ウーノと呼ばれた女性が席から立ち上がり、近くの端末のコンソールを叩く。

 滑らかな旋律が奏でられる。

 

「ウーノ。ディード、オットー、クアットロに所定位置に付くように指示しておきたまえ」

 

「はい」

 

 ウーノは応える。

 主の命を遂行するために、機械的に、愛情的に、仕事をこなす。

 それを見ながら、ウーノの創造主にしてただ一人の主は告げる。

 その目は施設内に配置された監視モニターの画像に向けられていた。

 

「来るか、プロジェクトFの遺産よ」

 

 カツンとつま先で床を叩く。

 リズムを取りながら、画像に映る金髪の少女を眺めて、嗤う。

 

「来るか、来るか――ならば、来たまえ」

 

 嗤うのだ。

 それは楽しげに嗤うのだ。

 狂ったように微笑んで。

 壊れたように笑い声を上げて。

 狂気と正気の旋律を二重螺旋のように紡ぎ上げる。

 

 

「私の全身全霊を持って応えよう」

 

 

 その手には禍々しいカギヅメがあった。

 狂人は嗤うのだ。

 危機に追い詰められるほどに笑い飛ばせると錯覚するがために。

 

「ただし」

 

 ニヤリと微笑み。

 

「簡単には辿り付かせないが」

 

 ポチッとスイッチを一つ押し込んで。

 

 

 ――“シャドウプリズン・システム”というボタンがぺカーと赤く輝いた。

 

 





3.セッテさんお着替えも~ど

「……」

 治療を受けたセッテは留置場で首を捻っていた。
 六畳一間の牢獄、畳の敷かれた和室接待な一室で彼女は床に並べた三つの衣服を眺めている。
 一つ目はバニースーツ。
 二つ目は浴衣。
 三つ目は体操服スパッツモード。

「どれを着ればいいのでしょうか?」

 そう首を捻る彼女は着替えるべくほぼ裸のまま正座していた。
 どれでもいいよと、言われてはいるが彼女には自身の考えが薄い。
 他の姉妹から意見を求めようにも全員席を外している。
 もっとも重症を負ったトーレに到っては現在厳重警固で病院に移送されたままである。
 故に自分だけで選ばないといけないのだが。

「これに何の意味があるのでしょうか?」

 バニースーツのウサミミを手に取る。
 とりあえず着け方として教わったままに頭に付ける。
 ふさふさ、うさうさ、と揺らしてみるが。

「……何の防護的な意味も、戦略的価値も無いようですね」

 とりあえず次の服を選ぶ。
 一番今まで見に付けていた衣服に感覚が近いのは体操服だった。
 とりあえずスパッツを穿いて見る。

「……ちょっときついです」

 伸縮性はあるのだが、セッテのお尻の大きさには合わなかったようだ。
 ぴっちりとしてお尻がきつかった。
 というわけで、体操服は諦める。

「これが一番効率的のようですね」

 といって、浴衣を羽織る。
 軽く上に羽織って、帯を締めた。

「よし、これで問題ありません」

 そういってセッテは着替えを終わらせた。
 さて、体力を回復させるために少し眠ることにしょう。
 姿勢的に楽なので、少し丸くなるように体を倒し、目を瞑った。

「クゥ……」




 数十分後、食事を運びに来た監守陸士が鼻血を噴き出して倒れたことを彼女は知らない。

 そして、その倒れた監守陸士は後日輸血をしながらこう語っている。

「……あ、ありのままに事態を説明するぜ。俺は食事を運びに来たと思ったら恐ろしいものをみた。ウサミミをつけて、生乳を浴衣で隠し、スパッツをはいたお尻を剥き出しにした少女が無防備に寝こけていたんだ。バニーガールとか、湯上り浴衣美少女なんてちゃちなものじゃねえ。俺は奇跡的な萌えの光景を目撃した!」

 と。
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