ミッドチルダUCAT   作:箱庭廻

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第一回 聖王争奪戦 その2

 

 

 

 

 

 

 ――加速。

 

 優れた走りを持つものは重力を味方につけるという。

 重心を前に傾け、地面と平行に足を滑らせ、前へと倒れこみながら倒れないように走る。

 すなわち縮地と呼ばれる技法。

 もはや廃れた技法だが、これの概念は遠き異世界にも存在する。

 重力という重みを前に傾ける――すなわち追い風にすれば、それは速さになる。

 空士にはなれない。

 ただ地面を這い回る無様な陸士が編み出した走り。

 二本の脚をもって、走り抜くための術。

 

 闇の中で三名の陸士が走っていた。

 前かがみに、溺れそうな体勢で、それでも走り続けていた。

 

 それを追うのは命無き機動兵器。

 バーニアを吹かし、疾走する追撃者。

 閃光が迸る。それを察知し、陸士が跳んだ。ゆるやかに湾曲した壁に着地、流れるようにデバイスを握り締めて、魔法発動。

 デバイスの機構内で凄まじい速度で演算処理が開始され、発動するのはベクトル操作。

 重力の矛先は下ではない。ただ陸士の足元へと向けられる。

 すなわち壁。

 壁こそが床。

 走る、走る、走る。

 一人の陸士は壁を疾走する。

 それにガジェットの一体が速度を速めて、照準を合わせた。

 宿る光。

 

「っ!」

 

 他の陸士が声を上げる。

 一人が飛んだ。壁を走る陸士に体当たりし、陸士を庇うかのようにガジェットへと手を突き出す。

 

「プロ――」

 

 ――閃光。

 咄嗟に張った障壁を突き破り、陸士のジャケットを炭に変え、肌を焼いた。

 痛みに姿勢制御が取れない、不自然墜落の形で二人共が壁から落下する。

 下水の中に落ちる、水飛沫。爆発したかのように下水が吹き上がった。

 

「くそっ!!」

 

 残った一人、隊長格が警棒のような短杖のデバイスを起動。

 官給品のデバイスが唸りを上げて、主の意思に答える。

 バインド。

 迫るガジェットの一体を虚空から発生した光が縛る――しかし、それはすぐさま砕け散る。

 発生したバーニアによる圧力もあるが、それ以上にバインドがすぐさま浸食されたかのように脆くなったのが原因。

 

「AMFか!」

 

 相性が最悪だと叫んで、そこに無数の光が降り注いだ。

 それは人を殺す。

 それは人を殺害する。

 障壁を張る、しかしそれでもまだ届かない。

 平凡な己の魔力量だと、命を護れない。

 

 これまでか。そう陸士が思った瞬間だった。

 

「だりゃぁああああ!」

 

 割り込んだ影が一つ。

 それは青い髪の少女。嵐のような勢いで、華麗なる少女が陸士の前に立ち塞がり、鉢巻を揺らめかせ、純白のバリアジャケットを翻し、魅力的なおへそを露出しながら、強い意志を湛えた瞳で立っていた。

 その手に広がるのは強固な障壁。

 レーザーを弾き、逸らし、防ぐ。

 誰かを護るための左手。誰かを救うために伸ばし続ける少女の手。

 

「機動六課!」

 

「援護、しますっ!」

 

 叫んで、スバルが吼えた。

 右手のリボルバーナックルが渦を巻く。高速タービンが風を纏い、同時に振り抜かれた下水に埋もれていた脚が高々と天へと振り上げられた。

 目に焼きつくような健康的な太ももが伸び上がると同時に、蹴圧が下水を吹き飛ばして、弾き上げる。

 大量の水が激流と濃厚な水粒となってレーザーを拡散させる。そして、ダンッと水面下の地面を砕くかのように足を叩き降ろし、乳房を上下に震わせながら右手を振り抜いた。

 世界よ、穿たれよ。

 そう叫ぶかのような一撃。

 

「ナッコォオオ!!」

 

 大気が爆散した。

 烈風が狭い下水道内を突き抜ける。衝撃波と呼んでもおかしくない轟風がガジェットたちを震わせ、撹乱する。

 

「今です、逃げて!!」

 

「――馬鹿言うな!」

 

 スバルの叫ぶに、陸士は吼えた。

 ギラリと鋭い笑み。大人の意地がある、男の意地がある。

 そして、何より――

 

「女子供を置いて逃げられるか。そうだろう!?」

 

『おうっ!』

 

 吼える声、答える声が二つ。

 

「え?」

 

 影が駆け抜ける。

 スバルが貫き、砕いた水の霧の中で何かが蠢いた。

 ばしゃんという音と共に一本の手が突き出る。噴火したように水煙が発生。

 デバイスを構えた手。魔法の光が煌めき、魔力が形となって顕在化する。

 それは鎖。

 水面から飛び出し、伸び上がる無数の光の鎖がガジェットたちを絡め取る。

 

「ぉおおお!!」

 

 もう一つ声がした。

 下水から這い上がったもう一人の陸士。手袋形のデバイス――ブーストデバイス。

 口には魔力カートリッジ。ガキンと噛み砕き、噴出する魔力。

 濡れそぼった髪を振り乱し、それをガジェットへ放り投げた。

 AMFが魔力を分解する。純粋なる魔力の結合ではないため、その効果は薄いが、僅かでもAMFに負担を掛けるには十分すぎる。

 

「強化されよ、我らが鎖!」

 

 シンクロブースト。

 同術式を知り、同じ部隊の共通としたデータを持っているが故のシンクロ。

 他者の術式に介入し、己の魔力を供給する。プログラムによる制御故の荒業。

 チェーンバインドの結合を、僅かにAMFに耐え切れる硬度にまで高める。

 二人の陸士が吼えていた。

 バーニアを吹かし、引き千切ろうとするガジェットの抵抗に耐え、水霧に撹乱されているとはいえ打ち込まれるレーザーに怯む事無く睨み付けていた。

 その姿をスバルは綺麗だと思った。

 無様だけれども、かっこいいと思える。

 だから。

 

「ありがとうございます!」

 

「気にするなっ!」

 

 礼を告げるスバルの頭を軽く叩いて、陸士が短杖を構える。

 すぐにでも解放されるかもしれないガジェットに備える。

 

「他の人員は!?」

 

「もう、すぐ――来ます!」

 

 瞬間、ガラスの砕け散るような音と共にバインドが粉砕された。

 陸士が、スバルが飛び出そうとした瞬間。

 

「馬鹿スバル! お座り!」

 

「え?」

 

 彼らの背後から無数の魔力弾が撃ち放たれた。

 多殻弾頭――フィールド系魔法を貫くための鋭き牙。

 それが真っ直ぐにガジェット数体の装甲にめり込み――粉砕。

 

「っ、これは!」

 

 そして、スバルが声を上げようとした瞬間、彼らの背後から紅の影が飛び出た。

 それは迅い。目には捉えきれぬほど。

 それは鋭い。目では追いきれぬほど。

 燃え上がるような紅い髪をたなびかせ、純白のバリアジャケットのコートを翻し、手には己の身長を超える長槍――ストラーダを突き出したライトニングの一人。

 エリオ。

 ライトニング03 エリオ・モンディアル。

 狭い通路、その壁をベクトル操作ではなく純粋な速度で落下するよりも速く踏破し、視界を埋める薄霧の中を貫くように突貫した。

 その一撃は鋼鉄をもチーズのように切り裂く。

 己の膂力は大したことがなくても、速度すなわち威力。

 魔力弾を撃ち放ったティアナ・ランスターと一緒にいるキャロ・ル・ルシエのブーストを受けて、彼はまさしく疾風だった。

 音すらも切り裂く刃。

 

「はぁああああ!」

 

 剣閃交差。

 振り抜いた後に、斬撃音が高々と響き渡る。

 音速を超えた斬撃――遅れてガジェットが爆砕する。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 爆風をバリアジャケットの防御力で中和し、エリオが華麗に床に着地する。

 輝かしいフトモモに、健気な表情を浮かべてエリオが振り向く姿に下水の中の陸士(エリオきゅん派)は見えないようにサムズアップした。

 

「うん、大丈夫だよ」

 

「助かった。礼を言う」

 

「い、いえ」

 

 そういってエリオが安心したかのように息を吐いた瞬間、後ろから響いた声にスバルはびくりと背を震わせた。

 

「ス~バ~ル~?」

 

「あ、テ、ティア」

 

「なんで勝手に先に進むのよ。こっちは徒歩なんだから、アンタのマッハキャリバーには追いつけないわよ」

 

 そういって、ガンッとスバルの頭に拳を入れる。

 あぅーと頭を押さえて涙を流すスバルに、その石頭にちょっとだけ自分の手も痛かったティアナも自分の手を摩った。

 その後ろで陸士がざぶざぶと下水から這い上がり、ファイトー! イッパーツ! と声を上げながら引き上げているが、誰も見ていない。

 

「ということは、我々を助けたのは独断専行だったのか?」

 

「あ、はい……戦闘の音とか、声とかが聞こえたから……気になってしまって、すみません」

 

 スバルがしょんぼりとうなだれて、その豊かな胸を強調するように前で手を組んだ。

 一瞬その胸を触りたいなと思いつつ、同組織人へのセクハラはいかんだろうと隊長格の陸士は自重した。

 

「助けられた我々が言うことではないだろうが……君たちはチームなのだろう?」

 

「はい」

 

「コンビネーションも信頼も必要だが、もっとも大切なのは仲間に頼ることだ。独断に出たとき、その人間はただの個人に戻る。たた一人の個人にな」

 

 その言葉には重みがあった。

 長年三人で戦い続け、もはや切れぬほどの絆と信頼、そして連携を持って彼らは戦い続けていたのだ。

 嘘など欠片も無い真実の重み。

 

「キモに命じておいたほうがいい」

 

「は、はい」

 

「けれど、礼は言わせてもらう。君がいなければ、私も、部下も死んでいたからな」

 

 にっこりと微笑んで、陸士がスバルの頭を撫でた。

 親子ほどに離れた二人の光景。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「私が礼を言ったのだがな……おかしなことだ」

 

「そ、そうですね!」

 

 慌ててスバルが訂正、陸士が笑う。

 ほがらかな雰囲気。

 ティアナがやれやれと肩を竦ませ、エリオがどこか憧れるような目つきでそれを見て、ようやく追いついたキャロがどうしたんですかと首を捻る? フリードはぱたぱたと飛んでいた。

 

「すまんが、君が彼女達の指揮官か?」

 

 笑いを止めた隊長格がティアナに振り返る。

 

「そうです。殆ど同階級ですから、まとめ役程度ですけど」

 

「すまんな。君の言葉を奪ってしまったようだ」

 

「いえ」

 

 まだ若輩の私が言ったところで、説得力はなかっただろう。

 ティアナはそう続けようとして、その言葉は途中で閉ざされた。

 

「そうだ、これは君たちに預けておく」

 

「え?」

 

 そう告げて差し出されたのは一つのスーツケース。

 レリックの入ったケース。

 

「我々よりも君たちのほうが優秀だ。護れる可能性は高いからな」

 

「……謹んで受け取らせてもらいます」

 

 そういってティアナがスーツケースを受け取る。念のためケースを開ける、中にあるのは紅い結晶。

 そこにあったのは間違いなくレリックだった。

 彼女達が探しに来た目的物に間違いない。

 

「じゃあ、皆! さっさと他のガジェットに追いつかれる前に脱出するわよ」

 

『了解!』

 

 そう叫んで、三人が手を上げた。

 そう、“三人だけが”。

 

 

「悪いが、それは難しくなったようだな」

 

 

「え?」

 

 陸士たちが構える。

 瞬間、コツンと音がした。

 ガシャンという金属の甲冑にも似た、それでいてどこか生々しい音が混ざり合う。

 

「なに、これ?」

 

「反響音から算出――足音2! 羽音1! 三体だ」

 

 ブーストデバイスを付けた陸士が叫び、スバルの眼光が暗闇の奥を見据えた。

 そこにいたのは三体の影。

 

「こ、子供?」

 

 一人の少女。

 紫色の髪をたなびかせ、大きく肩を露出した短いワンピースにも似た衣装、手には宝玉のついた手袋――ブーストデバイスを付けた美少女。

 その目に光は無い、ただの虚ろな瞳、心がないかのような目つき。

 

「蟲?」

 

 一人の異形。

 紅い複眼、黒ずんだ甲殻、長身の人型。明らかな人外、鋭い爪、一目見ただけで震えが走りそうな異常さ。

 それは化け物。

 

「……ちびっこか」

 

 翼を生やした小人。

 紅い髪、御伽噺の悪魔のような皮翼状の翼、ビキニの水着にも似た露出の多い衣服を纏い、小人のような身長の少女。

 炎のような少女。

 

「ちびっこいうな!」

 

 一人だけ呼ばれた名称に文句があったのか、反論する紅い髪のミニ娘。

 

「うるせえ、このフィギュア美少女!」

 

「テメエぇ! 焼き殺――」

 

「アギト……黙って」

 

 ミニ娘の言葉を遮るように、紫色の髪をした美少女が告げる。

 渋々と従う紅い髪の少女。異形は動かない。

 

「レリック、渡して」

 

『っ!』

 

 その場の全員が放たれた言葉に警戒を強めた。

 

「さもないと……殺してしまうかもしれない」

 

 淡々と告げられた死刑宣告。

 何の感情も含まれていないが故に本気だと分かった。

 

「なんで、君みたいな子供がレリックを!?」

 

「それが必要だから」

 

 エリオの叫び。

 

「私の心、取り戻す。母さんと父さんのために」

 

 叫びを一蹴する美少女の返事。

 

「両親!?」

 

 放たれた言葉にエリオが一瞬動揺する。僅かな空隙。

 そこに異形が動いた。

 0という停止状態から、一踏みで200キロを超えるような急激な加速。

 十メートルは離れていた間合いが、瞬く間にゼロとなる。

 

「え?」

 

 言葉よりも早く、フォワード陣の全員が反応するよりも速く、振り抜かれたカギヅメがエリオの頚動脈を切り裂こうとして――

 停止。

 ギチリと音を響かせて、その速度が一瞬止まる。手に絡みついた光の拘束によって。

 

「バインド!?」

 

 エリオが叫びながら瞬時に飛び退く。

 その髪を切り裂いて、瞬く間にバインドを腕力のみで引き千切った異形の手が虚空を押し潰した

 拳圧が風を起こす。唸り声にも似た音が響き渡る、異形の唸り声のようなおぞましさ。

 さらに追撃――そこに無数の魔力弾が打ち込まれ、異形が跳び退く。

 

「逃げろ、お前たち」

 

 魔力弾を放ったのは陸士たちだった。

 フォワード陣を護るかのように、三人が並ぶ。

 

「え?」

 

「逃がす理由は分かるだろう?」

 

 ティアナが自分の持つスーツケースを見る。

 彼らはこう告げていた。

 レリックをもって、さっさと行けと。

 足止めをしてやると。

 

「そんな、僕たちも――」

 

「ガリュー!」

 

 美少女の声、異形が動く。

 拳が振り抜かれた。遠く離れた間合い。しかし、それは殺意が込められている。

 二人の陸士が手を伸ばす。障壁発生、それが大きくたわむような轟音。衝撃波だった。

 

「さっさと行け!!!」

 

 隊長格がデバイスを構える。アクセル・シューター、二つの魔力弾がガリューへと撃ち込まれる。

 しかし、それはたった片手で弾き落とされて――

 

「っ!!」

 

 叩き落された魔力弾が弾けた僅かな光。

 その瞬間、異形は姿を消していた。

 右? 左? 下? 否――

 足音が響く、頭上から。

 

「上かっ!」

 

 ガリューが天井を走っていた。足に生えた鋭い爪で天井に突き刺し、加速。

 陸士たちを飛び越えて、一直線にティアナへと迫り――

 

「くっ!」

 

 迎撃の魔力弾。

 スバルが跳ぶ。

 しかし、それすらも。

 

『WiOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』

 

 ガリューの全身が唸り声を上げた。

 異形の筋肉が異常なる音を上げて、背中から生やしたキチン質の翅を震わした。

 さらなる加速。

 

「っ!」

 

 魔力弾を肘で叩き潰し、迎撃に出たスバルすらも驚愕する速度。ありえない空中での加速。

 スバルの右手が撃ち放たれるよりも早く、ガリューの伸ばされた右手が彼女の顔面を掴んだ。

 爆音。

 地面へとスバルが後頭部から叩きつけられる。

 

「スバルぅう!」

 

 ティアナがクロスミラージュを構える。

 しかし、即座にガリューがスバルの身体を盾にした。顔面から上へと引きずり上げて、スバルの体がカーテンとなる。

 ――このまま射撃すればスバルに当たる。

 

「っ!」

 

 一瞬の躊躇。

 それが命取りだった。

 目の前に飛び込んできた物体に反応し切れなかったのだから。

 飛んできたのはスバル自身。

 顔を放したガリューが振り抜いた蹴り、なんとかスバルは両腕でガードしたものの威力は絶大。人と異形の比べ物にならないポテンシャルの差。

 声を上げる暇もない。スバルの体が砲弾のように吹き飛ぶ。

 ティアナがそれに叩きつけられて、一緒にもんどりを打って倒れた。

 

「ティアナさん! スバルさん!」

 

 キャロが声を上げて、咄嗟に抱き起こそうとする。

 

「キャロォオ!」

 

 しかし、エリオは見た。

 その背中に迫るガリューの影を。

 

「ぇ?」

 

 エリオが足を踏み出す。

 魔法発動――ソニックムーヴ。

 音速よりも速く、彼女へと辿り着けと叫ぶ思いで走った。

 無茶な速度に両足の筋肉が悲鳴を上げる。構わない。届くなら、間に合うならば。

 

 そして――

 

「キャロォオ!!」

 

 間に合った。

 キャロを押し飛ばすように、エリオがガリューと彼女の間に割り込む。

 加速する感覚の中でキャロは見た。

 凶刃を振り上げるガリューと、その前に立ち塞がるエリオを。

 

「」

 

 声など上がる暇も無い。

 一呼吸よりも早く、エリオは死ぬ。切り裂かれる。

 確定的な未来に、キャロは絶望的な悲鳴を上げようとして――

 エリオはその未来に覚悟を決めながら、キャロを庇って両手を広げ――

 

 鮮血が飛び散った。

 

 大量の血が溢れた。

 けれど、それはエリオではない。

 ガリューですらない。

 

「……え?」

 

 右腕が折れていた。

 鋭いカギヅメに突き刺されて、真っ赤な薔薇のようにずたずたに壊れて、そこから血を溢れさせながら誰かの右手が壊れていた。

 それでも止められていたのは無数の光の束縛。

 自らの右手すらも拘束し、固定するためのバインド。

 そして、展開された障壁。強化された障壁。

 それは僅かに早く、ティアナとキャロの元へと向かい、立っていた隊長格の陸士。

 

「な、なんで」

 

 魔力素養なんてエリオ以下。

 この場のフォワードの誰よりも弱いはずなのに、陸士は彼らを庇った。

 普通は逆じゃないのか?

 なんで、なんでと叫びそうになるエリオに、陸士は痛みすらも押さえ込み、ニヤリと笑って見せる。

 こんなのはへっちゃらだと告げるように。

 さらに血が噴き出る。

 下水に混じった紅い水が流れる。

 それでも陸士は怯まない。

 目の前で爪を突き刺す異形を睨み、ガリューは今まで何度も打ち倒した管理局員たちとは違う彼を警戒していた。

 右手が蠢く。

 ガリューの爪を握り締め、痛みに汗すら流し、激痛に涙を流し、鼻水を垂らしながらも陸士は立ち塞がる。

 

「さっさといけ」

 

「え?」

 

 エリオの反応を待たず、陸士はゆっくりと踏み出し、水溜りと血溜まりが音を立てて跳ねた。

 顎をのけぞらし、踏み込む。

 鈍い音と共に吼え猛る陸士の額が、ガリューの顔にめり込んだ。

 頭突き。

 原始的な到底通じるはずがないような打撃手段に、ガリューが怯んだ。ありえない自体に動揺していた。

 爪が抜ける、血が吹き出る、それでも笑う。陸士は雄雄しい背中を見せながら、歯を剥き出しにする。

 

「ここから先は俺たちの仕事だ」

 

 それはあまりにもカッコイイ一言だった。

 無様な姿。

 説得力の欠片も無い怪我。

 だけど、エリオはどこか痺れるような気持ちだった。

 その背中に何かを見出していた。

 一瞬諦めかけた生への執着を、誰かを護るための意思を再び立ち上がらせる。

 

「皆、いくよ!」

 

 エリオが叫ぶ。

 キャロを抱き上げて、ようやく起き上がり始めたティアナとスバルの手を掴んで走り出す。

 

 この日、少年は新しい憧れを抱いた。

 

 誰かを護るための背中というものに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルールー! やばい、あいつら逃げちゃうぞ!?」

 

 アギトが走り出したフォワード陣を見て、焦ったような声を上げる。

 

「アギト……協力して」

 

「え?」

 

「多分ガリューだけだと、押し切れない」

 

 そう告げるルーテシアは布陣を組む陸士たちを見ていた。

 その目には誰も彼もぎらついた光が宿っている。

 ルーテシアにはない心の力。一瞬憧れて、それがどこか憎らしい。

 心なんてないはずなのに、何故か嫉妬していた。

 

「すぐに倒して、追う。それが一番ベスト」

 

「了、解!」

 

 アギトが八重歯をむき出しに、両手に火を宿す。

 ガリューが構える。

 同時に陸士も構えた。怪我を負った隊長格でさえも何の痛痒も感じていないかのようにデバイスを構える。

 

「は、只でさえヤバげな変身ライダーもどきに、ちびっ子か」

 

「状況は絶望的だな?」

 

「まあ多分」

 

 軽口が洩れる。

 見たところ、精々Bランク以下が限界。

 その程度の魔導師ならばガリュー一人でも倒せるはず。なのに、ルーテシアは警戒していた。

 

「で? どうする?」

 

「なにが?」

 

「こいつら倒したら、誰がロリっ子を運ぶか決めとくべきじゃないか?」

 

 そんな言葉を吐き出した瞬間、空隙を縫うように陸士が動いた。

 散開。

 一人は後ろに、二人は左右に跳ぶ。

 

「ばらけるつもりか!」

 

 確固撃破してやる。

 そう考えて、アギトは手に宿らせた炎を迸らせた。狙いは真正面の奴。傷ついた隊長格。

 蛇のように迸る炎が一直線に隊長格の陸士を追撃し、それに彼は真下にデバイスを向けた。

 

「馬鹿者」

 

 この場はどこだ?

 下水道だ。

 ならば、傍に流れるものはなんだ?

 下水だ。

 すなわち――水。

 殺傷設定の魔力弾、拙いB未満の魔導師でも十分すぎるほどの水柱を噴出させる。炎に水柱が激突し、削り落とされたかのように炎が弱まる。

 

「なろぅ!!」

 

 アギトが飛ぶ。

 羽をはばたかし、追撃に迫る。

 火炎弾を撃つ、撃つ、撃つ。暗がりの中を、照らし出すかのように真紅の焔が瞬いた。

 迎撃の魔力弾。

 二発の魔力弾が飛び、さらに足元に再び水柱。汚水に汚れながらも、陸士が躱す、凌ぐ。

 しかし、距離が縮まる。怪我のせいか、動きが鈍い。他の陸士はガリューが戦っている。むしろいたぶられていた。

 壁を走ろうが、天井に飛び上がろうが、ガリューの加速には追いつけない。圧倒的に弱い。

 精々が失神と即死を避けるために障壁を張り、殴り飛ばされるだけ。

 雑魚は雑魚らしくやられるのみ。

 いつもと変わらない、何回と続けた低級魔導師との戦い。

 

「黒焦げに」

 

 右手を振り上げる。

 迫る五メートル、必死に逃げる陸士に笑いながら、炎を燃え上がらせる。

 

「なりなぁあああ!!」

 

 瞬間、瞬いたのは下水道を埋め尽くす焔。

 古代ベルカ式、魔導師ランクにして空戦A+の圧倒的な業火。

 それが彼女の前方全てを焼き尽くした瞬間――

 

「ぇ!?」

 

 ギチリと彼女の体が拘束された。

 陸士を焼こうと右手を振り抜き、数十センチ進んだ位置。

 僅か数秒前に陸士が立っていた位置――そこを通過した瞬間、バインドが彼女の身体を拘束した。

 ディレイドバインド。

 特定空間に侵入した物体全てを拘束する黄金色の鎖。

 

「っぅうう、死に際にちょこざいなぁ」

 

 アギトのサイズに合わせて、補正されたバインドは彼女のフトモモを、胸を、腹を、首を、まるで緊縛するかのように捕らえていた。むき出しの肌に鎖が食い込み、僅かな苦痛。

 捕らわれることは好きじゃない。

 過去を思い出すから。

 

「くぅう、速攻で解除してやる!」

 

 喘ぐように声を上げて、バインドを解除すべくアギトが魔力を放出する。

 圧倒的な魔力差に鎖が弾け飛ぶように千切れ、アギトが安堵の声を漏らした。

 

「さて、一匹は仕留めたし、あとは――」

 

 ガリューに援護すべくアギトが翻る。

 飛び立とうとした足を――掴むものがいた。

 

「なっ――」

 

 水音を立てて、手が伸びた。

 最後まで声を出す余裕も無く、単純な体重と膂力差にアギトが汚水の中に引きずり込まれる。

 

「アギト!?」

 

 ルーテシアの焦ったような声だけが最後に聞こえた。

 そして、アギトは見た。

 下水の濁った水の中、紅い水を撒き散らしながら、こちらを睨み付ける人影を――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イヤアアアアア

 そんなずぶ濡れの雑巾を引き裂くような声を上げて、水飛沫が上がった。

 

「ガリュー! 早く、そいつらを始末して! アギトが!!」

 

 ルーテシアの声に、ガリューが吼えた。

 右足が折れて、左腕も折れた陸士を蹴り飛ばす。両手のデバイスで障壁を張るが、まるで木の葉のように陸士が吹き飛んだ。

 

「ぶぅつ!!」

 

 壁に激突し、血を吐き出し、受身も取れずに吹き飛んだ陸士が血を吐き出す。

 肋骨が折れたのか、泡の混じった喀血を吐き出していた。

 

「大丈夫か!」

 

 脇腹を抉られ、額の流れる血に顔を染めた長杖の使いの陸士が声を上げる。

 

「後は貴方だけ。ガリュー!」

 

 吼える。

 無言で身体を震わせ、翅を振動させながら、ガリューの手が閃いた。

 人を圧殺する不可視の砲撃。

 衝撃波に、陸士は障壁を張って耐える。

 ずるずると一撃ごとに踏ん張る足が血と下水に汚れた地面に滑り、障壁がひび割れるように砕けていく。

 それでも――

 

「ぉおおお!!!」

 

 両手を突き出し、耐える、耐える、耐える。

 限界を超えた魔力放射に毛細血管が切れたのか、千切れた裾から見える腕がより活発に血を流しだす。長杖の握り部分が血に染まる。

 

「人間様を舐めるんじゃえぞ、昆虫野郎!!」

 

「ガリューは貴方達よりも強い」

 

 陸士の絶叫、それが無意味だと伝えるようにルーテシアが告げる。

 

「終わらせてガリュー」

 

『RUYYYYYYYYYYYYYYYY!!』

 

 瞬間、ガリューの全身が波打つように震えた。

 そして、消えた。

 

「なっ!」

 

 また上かと一瞬視線を上に向けて、その瞬間障壁が破砕された。

 拳が、カギヅメが深々と腹に突き立つ。

 

「ぶふっ」

 

 噴出した血がガリューの顔を汚す。

 突き上げられるかのように、祭り上げられるかのように陸士の体が持ち上げられて――捨てられた。

 ばちゃりと音を立てて、もはや語る余裕も無い陸士が転がる。

 血が広がっていく。

 ただ離すことなかったデバイスが地面に落ちて、澄んだ金属音を響かせた。

 

「これで終わり」

 

 そう告げて、ルーテシアが激しい水音を立てる水面に指を向けて、ガリューに命じようとした時だった。

 笑い声が響いた。

 

「ははは……終わりだと?」

 

 それは血を吐き零す陸士の笑い声。

 湿った苦しげな笑い声。

 

「なにがおかしいの?」

 

「おかしいに決まっている」

 

 いつの間に取り出したのか、手には魔力カートリッジ。それも開封されて、魔力を垂れ流した物体。

 それを剥き出しの胴体に突き刺して、まるで切腹するかのような体勢。

 

「終わるのはお前らだ」

 

 ジャララララララララ!

 金属音が鳴り響く。

 それはどこから?

 決まっている――ガリューの足元から。

 

「なっ!」

 

「教えてやるよ、データリンクの力を。官給品のいいところをな!!」

 

 それは数十本にも及ぶ鎖。

 まるで踊るかのように、蛇のようにガリューの脚から、首まで絡まっていく。

 咄嗟に暴れ出すが、ガリューの怪力を持ってしても即座に壊せない強固な縛鎖。

 そして、その発生源は未だに唸りを上げ続ける――長杖形のストレージデバイス。

 

「遠隔操作も可能なんだよ、おれたちはなぁ!」

 

 チェ-ンバインド。

 物理的な拘束能力の高いバインド。それがガリューを封じ込めていた。

 命がけで普通ならば出来うるはずもない、魔力カートリッジの発動。それを身体に突き刺し、無理やりリンカーコアで還元する荒業。

 ――入院三ヶ月コース決定。

 

「そう。そんなに死にたいの?」

 

 ルーテシアが右手を向ける。

 このバインドは術者が死ぬか、意識を失えば存続は不可能。

 今の瀕死の陸士ならば、簡単な魔力弾一つで死ぬ。

 何の問題も無い。

 

「さようなら」

 

 魔力の光が迸り、魔力弾が撃ち出される。

 

 

 

 ――よりも早く、轟音が背後から響いた。

 

 

「え!?」

 

 驚愕の声。

 振り返った視界、そこには砕け散った壁。

 青い髪を靡かせた一人の少女が、そして無数のカメラと縄と網と虫取り網を持った陸士たちがいた。

 

「ギンガ・ナカジマ! γチームの救助に只今参上!」

 

「同じくギンガの撮影に同行!」

 

「美少女と聞いて飛んできた!」

 

「変身ヒーローと聞いて飛んできました!」

 

「ちびっ子はどこだぁああああ!!」

 

 至って真面目な少女が一人、あとはどこまでも駄目な奴らが援軍に訪れた。

 

 

 

 こうして、地下の戦いは閉幕に近づく。

 

 しかし、戦いは地上でも繰り広げられていた。

 

 聖王の器を巡る戦いは未だに終わりを見せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 2.セインと尋問

「はけー! 吐くんだ!」

 セインは日々厳しい尋問を受けていた。
 パイプイスに座らされて、何故か亀甲縛りの縄状態で、数十人の陸士たちから尋問を受けている。
 そこはミッドチルダUCATでも最深部の位置。
 周囲四方の壁全てに常に魔力炉から供給される障壁が張り巡らされて、完全防音の特別拷問室と呼ばれる場所だった。
 泣いても叫んでも誰も助けにこないまさしく監獄。

「嫌だ!」

 拒絶の言葉と共に何かを打つ渇いた音が響く。
 それは鞭。
 ぴしゃんと音速を超えた鞭が放ち、物体を打つ音。

「ひぃつ!」

「嫌なら話せ」

 淡々と言葉が告げられる。

「う……嫌だ!」

 パシーン。
 鞭が閃いた。鋭い空気が爆ぜる音。聞くだけで身が竦みそうな音。

「ひぃいっ! わ、分かった!」

「ん?」

 おびえた声。
 セインがおそるおそる告げる。

「う、ウー姉は男の趣味は知らないけど、姉はど、ドクターが好きだ。ぶっちゃけ出来てる!」

「ガッデム!!」

 絶望の声が上がった。
 数十人の陸士が頭を抱えた。ムンクの悲鳴だった。
 スカリッティ殺してやると叫ぶものもいた。

「よーし、よく喋ったな」

 そういって鞭を持った陸士の一人が、セインの口に飴を入れる。

「あ、甘い……」

「じゃあ、次言ってみるか。ウーノのスリーサイズを上から言え」

「い、嫌だ!!」

 パシーン。
 セインの目の前で鞭が弾かれる。鋭い音にひえええとセインが声を上げた。
 ちなみに鞭は一切セインに当たっていない。
 そこらへんを適当に叩いているだけだったりする。まるで猛獣のような扱い。
 美少女の身体に傷つけるわけがなかった。ただおびえる様をじーと視姦しているだけである。

「い、いいますぅ!」

 涙目でセインがうぐうぐと声を上げて、スリーサイズを話し始めた。
 こうして今日、セインはナンバーズの一番から七番までの全てのスリーサイズと男の趣味を自白させられた。

 それを部屋の隅で顎を撫でながら、見ていたレジアス・ゲイズは呟いた。

「やはり飴と鞭、この二つで堕ちないものはいないな」

 意味が違います。
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