愛する人の世界に行けるのなら。
愛する人に会えるのであれば――敵であろうとも構わない。

魔族に生まれ、愛される道が絶たれようとも。
その心には決して朽ちぬ想いがあった。
“良き敗北者《グッドルーザー》”と呼ばれた魔族の男。
歴史に名を遺す事の無かった魔族は、多くの敗北を重ねて――たった一度の出会いを夢に見た。

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永遠のグッドルーザー

 ――男は、馬鹿であった。

 

 才能も無く、頭も良くは無い。

 何かに秀でている事も無ければ。

 誰かに自慢が出来るほどの成功も無い。

 

 アニメが好きで、漫画が好きで。

 そんな男は――恋をした。

 

 たった一人の女性だ。

 人気を博し、子供から大人までが知る漫画のキャラクター。

 長命のエルフの魔法使いであり、今まで感じた事の無い電流が駆け巡った。

 会いたい、話がしたい。

 

 ――が、その相手は画面の向こうの存在であった。

 

 狂っていたのだろう。

 その恋は間違いであり、叶う事などありはしなかった。

 愛を叫ぼうとも、奇行に走ろうとも。

 周りから人がいなくなるだけで、何一つ実を結ぶ事は無い。

 世界が違う彼らは互いに意志を通わせる事は出来なかった。

 

 

 が、男の夢は――死後に叶う事になる。

 

 

 老衰による死。

 ありふれた幸福な結末であった。

 最後まで変わり者として見られていたが。

 それでも残ってくれた友人や親せきに見つめられて、彼は眠りについた。

 

 本来であれば天へと召される魂は、神の悪戯により愛する人がいる世界へと飛ばされた。

 男はすぐに自らが何処に生まれたのかを理解した。

 そして、それと同時に愛する人と結ばれる事は永遠に来ないのだと悟る。

 

 

 男は、人間では無く――“魔族として生まれた”。

 

 

 魔族と人間は相容れない。

 相手はエルフであろうとも関係は無い。

 彼女にとっての魔族とは言葉を使う狡猾な獣でしかない。

 故に、どんなに言葉を尽くそうとも行動を起こそうとも――それは決して意味の無い事だと知っていた。

 

 彼女の事を理解している。

 彼女をずっと見て来た。

 故にこそ、彼女の師への想いや魔族への考え方を――“歪ませる事はしたくない”。

 

 彼は理解したからこそ、この世界で自らがするべきことを理解した。

 それは魔族として生きる事でも無ければ、人間との共存を実現する事でもない。

 

 彼はただひたすらに――力をつける事を選んだ。

 

 それは長い旅の始まりだった。

 永遠にも思える時間の中で、彼はただひたすらに――師を求めた。

 

 初めての相手は、齢九十を超える老体。

 流浪の武芸者であり、若き頃は多くの魔物を屠った戦士だった男。

 僧となり、世界を放浪するその男の噂を聞きつけて、魔族の男は先回りをした。

 

 その手足は枯れ木のようにか細く。

 風が吹けば飛んでいってしまいそうなほどに脆かった。

 が、彼は決して侮る事はしなかった。

 

『……』

 

 夜の帳が降りた森の中で、互いに一触即発の空気であった。

 風が吹き木々がからからと揺れて、虫の鳴き声すらも遠く聞こえるほどに意識を高める老兵。

 人間にとっての魔族とは、殺すべき対象でしかない。

 魔族にとっても人間は喰らう存在であった。

 故にこそ、老兵にとっては自分を殺しにきた刺客であると考えていた。

 

 彼は静かに殺気を放つ老兵を真っすぐに見つめる。

 そうして、目の前で自分を静かに見つめるその老体に対して静かに頭を下げて申し出る。

 

『一手御指南――お願いします!』

『……ほぉ、指南と来たか』

 

 老兵は警戒をやめない。

 が、魔族の男は澄んだ瞳をしていた。

 故にこそ、どうせ戦うのであればとその申し出を受けた。

 

 勝負は一瞬であった――男は魔族として生まれて初めて負けた。

 

 自然の中に身を置き、最低限の戦い方は学んだ筈だった。

 魔族としてのポテンシャルは高く。

 身体能力の面でも、人間よりは遥かに優れていた筈だった。

 

 が、男は負けた――自らよりも力で劣る筈の老体に。

 

 老体は魔族にとどめを刺す事はしなかった。

 それは気まぐれか。或いは、男の顔が負けたと言うのに何処までも清々しい笑みを浮かべていたからか。

 

 男は世界を旅してまわった。

 強者の噂を聞きつければ、どんな場所にいようと会いに行き。

 魔族であろうとも関係ないと言わんばかりに師との戦いに明け暮れた。

 

 何十何百何千――彼はひたすらに負け続けた。

 

 負けて、負けて。

 魔族であるからか殺されそうになった事も何度もあった。

 それでも尚、彼は師を求めては指南を申し出る。

 

 負け続ける。

 そして、そこから彼は学んでいった。

 強者たちの技を、強者たちの見える世界を。

 一欠けらの零しも無く、彼は自らの武を磨き続けた。

 

 気が付けば、魔族としての男の名は広まり。

 魔族でありながら人を害さず、魔族でありながら野心がまるでない。

 なれ合う事はなく、人と深く関わる事もしない。

 ただふらりと現れては、指南を申し込むだけの変わり者。

 

 一度の勝利も無く、一度の殺生もせず――男は“良き敗北者(グッドルーザー)”と呼ばれるようになった。

 

 何百年の時を過ごそうとも。

 男は己の研鑽を積み重ねて。

 自分よりも強き存在を求め続けた。

 

 細い手足は丸太のように太くなり。

 更なる時間が余分な肉をそぎ落とし。

 洗練された体つきに、魔力は限界を超え続けた。

 魔族の中には、彼という異端を心底嫌う奴らもいたであろう。

 が、誰も彼に対して苦言を呈する事は出来ない。

 何故ならば、彼は気づけば――自らも強者と呼ばれる存在に至っていたからだ。

 

 力でも、技量でも、魔力量でもない。

 ただひたすらに、戦いの知識と経験。

 そして、彼の並々ならぬ想いが。

 他の魔族から一目置かれるほどの存在へと昇華させていた。

 

 男は名を持たない。

 名は不要であり、ただひたすらに――彼女に会いたかった。

 

 たったひとりの愛しい人。

 自分の世界を変えてくれた存在。

 そんな彼女に会う為に彼は強さを求め続けた。

 

 少しでも多く互いの想いを通わせる為に。

 少しでも彼女の目に留まれるように。

 少しでも、少しでも、少しでも――が、此処までだ。

 

「……」

 

 時は来た。

 彼の長き研鑽の旅は終わる。

 魔王討伐に乗り出した一行の話を聞き。

 彼はそんな一行が来るのを静かに待つ。

 

 

 朝霧が立ち込める平原。

 獣もおらず、人もいない。

 冷たき空気を肌で感じながら、静かな時を過ごす。

 

 

 手下はいない。

 罠も仕掛けていない。

 彼はたった一人で武器を持つことなく立つ。

 

 周りには人里は無く。

 開けた場所であり、邪魔になるものは無い。

 戦いの場にはこれ以上ないほど適した場所。

 たった一度の交流、たった一度の接触。

 その為に、彼は永遠に感じるほどの戦いを経験していった。

 

「……」

 

 閉じていた瞼を開ける。

 すると、目の前から――勇者一行が歩いて来る。

 

 奇襲もせず、何もせず。

 ただ此方に歩いて来る一行。

 あり得ない事だ。自分が此処にいる事は知らされていた筈だ。

 

 動揺はしない。

 が、男はそれが気に掛かった。

 

 一行は距離を保ちながら目の前で止まる。

 そうして、清々しいほどに整った顔立ちの青年が彼に言葉を掛ける。

 君がグットルーザーか。どうして、自分が此処にいると村人に伝えていたのか。

 今回も、ただ勝負をしたいだけなのか――男は殺気を放つ。

 

 瞬間、それまで和やかだった空気は死に。

 勇者一行は武器を構えながら警戒する。

 

 

「言葉は不要。指南も要らぬ――殺す気で、来い」

「「「……!!」」」

 

 

 拳を構える――そう、言葉など要らない。

 

 

 目の前には彼女がいる。

 何時も眺めるだけしか出来なかった彼女がそこにいる。

 氷のような眼差しを彼に向けて。

 一部の隙もないほどに敵意と警戒心で満ちていた。

 

 愛さなくていい。

 名を呼ばなくともいい。

 その細い指で触れる事も、愛を囁く事も――彼は望まない。

 

 ケモノを見つめる冷たき目。

 魔族としての男に一切心を許さず。

 敵として屠ろうというその姿勢が――“本物のフリーレン”だ。

 

「……はは」

 

 男は目を輝かせる。

 今から殺し合いが始まるというのに。

 男の心は――喜びに満ちていた。

 

 そうだ、それでいい。

 そうじゃなくては――解釈違いだ。

 

 その姿に変わりは無く。

 その心と考えも異なってはいない。

 自分を見る目も、ケモノを見つめるそれである。

 

 それでいい、そうでなくては意味が無い。

 異なる世界で愛した女の心は――それでいいんだ。

 

「――――ッ!!!!!」

「「「……!!」」」

 

 男は叫ぶ。

 自らを奮い立たせて空気を震わせてた。

 抑え込んでいた膨大な魔力を解放し。

 全身に巡らせながら、男は“最期の勝負”に挑んでいった。

 

 勇者たちは一斉に駆けだす。

 此処が、この瞬間こそが――“彼が求めた夢の果てだ”。

 

 

 

 

 

 

 

 霧が晴れて、土煙が広がっていた。

 地面を大きく抉り、何度も爆発音が響いていた。

 幾つもの影が交差し、その度に魔力がぶつかり合う。

 そうして、千を超える攻防の末に――幕が下りる。

 

 

「「「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」」」

「……見事だ」

 

 ぼとりと何かが地面に落下した。

 勇者一行は全身から汗を流しながら、静かにそれを見つめる。

 激しい戦闘が終わった。

 互いに死力を尽くし、ギリギリでの戦いだった。

 

 地形は変わり果てて、木々すらも残ってはいない。

 勇者は傷つき血だらけで、戦士の男も瀕死の状態であった。

 ヒーラー役の僧侶もかなりの魔力を消耗し限界に見えた。

 愛する女も杖を地面に突き刺し呼吸を大きく乱していた。

 が、その目は曇る事無く。目の前で――“半身を失った男を見つめていた”。

 

 

 男は結局――勝利を掴む事は出来なかった。

 

 

 元より、勝利など求めてはいなかったが。

 それでも、万が一という事も考えてはいた。

 が、そんな心配は稀有であり、彼女たちも見事に一人の魔族を屠って見せた。

 

 男は満足していた。

 愛する人を間近で見て、その息遣いを聞き。

 空気を通して心臓の鼓動を聞き、彼女の全力を一身に受けた。

 この瞬間だけは、彼女は自分だけを見つめていた。

 

 

 自らの想いは――“これにて完結する”。

 

 

「……」

 

 男は死を待つ。

 敗者が言葉を発する事は許されない。

 二度目の死であり、三度目は訪れないだろうが――十分だった。

 

 静かに消えゆく己が体を感じていれば……フリーレンが言葉を発した。

 

「……逝く前に、最後に聞かせてよ……何で、私には攻撃しなかった」

 

 フリーレンの疑問は至極まっとうなものだった。

 他の人間には攻撃をしても、自分自身には攻撃らしい攻撃をしない。

 それでも、翻弄されて体力や魔力を大きく消耗させられていた。

 フリーレンは自分自身を殺していれば、結果も変わっていただろうという。

 すると、魔族の男はくすりと笑う。

 

「……花は愛でる為にある……散らすものでは、ないだろう……それだけだ」

「……何言ってるの? ……お前、本当に魔族か?」

「魔族さ……半端物で、出来損ないの、な……フリーレン、頼みがある」

「…………何」

 

 フリーレンは頼みという言葉に警戒心を抱く。

 他の仲間たちは油断をしても。

 彼女だけは最期の一瞬まで、彼への警戒心を解かない。

 それに心を良くしながら、彼は自らの願いを――違うな。

 

 

 彼は願いでは無く――想いを託した。

 

 

「……世界は、今のお前が想像するよりも、美しい……仲間と過ごす時間を……そして、その先で出会う友人たちとの時間を……大切に、生きてくれ……お前が生きる世界が……より美しいもので、溢れるように……それ、だけだ」

「…………願いじゃないけど…………まぁ、覚えておくよ…………やっぱり、魔族らしくないよ。お前」

「はは……なら、次、会えるのなら……魔族として、振舞おうか……ありがとう。フリーレン」

 

 

 男は静かに感謝を伝える。

 そうして、塵となり風に吹かれて消えていった。

 フリーレンは男が完全に死んだのを確認し、静かに息を吐く。

 

「……変なやつだった」

「……でも、彼は誠実だった……僕には分かるよ」

「……? どういう意味?」

「はは、それは……僕の口からは言えないよ」

 

 勇者ヒンメルは微笑みながら伝える。

 同じ存在を好きになった者同士。

 通じるものがあったからこその気遣い。

 そして、彼に対する小さな嫉妬からくるものでもあった。

 

『強かった……本当に。今までのどんな敵よりも』

 

 旅はまだ途中。

 これから先で、男よりも強き存在とは巡り会うであろう。

 が、それでも尚、勇者一行の心にはグットルーザーの存在が深く刻み込まれた。

 

 

 目撃者が、当事者たちだけであったからこそ語り継がれる事のなかった戦い。

 人知れず消えていったとされたグットルーザー。

 勇者一行が魔王を倒し――時は流れる。

 

 エルフの魔法使いフリーレンは、今は亡き友人たちの想いを受け。

 新たな目的を胸に旅立っていく。

 彼女は新たな仲間を迎え、グッドルーザーの言葉通りに流れ行く時の中を大切に生きていた。

 

 

 

 

 

 時が経った事で、グッドルーザーの存在は忘れ去られた。

 最早、彼という存在がいた事を知る人間もいないであろう。

 それでも尚、エルフの魔法使いは時折、ふと思い出すように口に出すのだ。

 

「……やっぱり、アイツは変わっていた……魔族の姿をしただけの変わり者だったな」

「またですか? 魔族と戦った後は決まって呟いていますけど……フリーレン様?」

「……あぁ、ごめん……絶対に無い事だけど……うん、やっぱり無いね」

「……? 無い無いって、何の事だよ?」

 

 七崩賢、断頭台のアウラを打ち倒し。

 一行は次なる街を目指して歩く。

 彼女は自らの考えを覆してしまいそうな特異点を思い出しては。

 頭を左右に振って静かにため息を零す事を繰り返す。

 

『……魔族だった……でも、その言葉には心があった気がする……厄介だな。本当に……はぁ』

「「……?」」

 

 フリーレンはため息を零す。

 はからずも、愛する人の心に深く巣食った男の影。

 恋でも愛でもなく、ただの変人という位置ではあるが――男は空の上で笑っていた。


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