THE ビッグオー ~迷い人はひっそりと暮らしたい~   作:気分屋

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Act.2 迷い人の迷い

『ソルダーノ氏殺害される』

 

 翌日の新聞の一面を飾った記事がそれだった。お馴染みの新聞配達の途中、ノルマもお構い無しにその記事に釘付けになった。やはりという予感めいた思いと、始まってしまったという焦りにも似た思いが湧く。詳細を見るため、更に記事に目を通す。

 

“――同日造幣局を襲撃したメガデウスは、目撃者の証言によると突如出現した黒いメガデウスと交戦。撃破され、残骸が現在もその場に残されている。現場は軍警察の管轄の下、厳重な警備が敷かれ通行止めとなっており、迂回による渋滞が予想される。”

 

“故ソルダーノ氏の会社、ソルダーノ重工はパラダイムシティ有数の製鉄会社であるが、従業員の証言によると一部の工場で件のメガデウスの部品が製造されていたとうことだ。今回の事件、犯人と故ソルダーノ氏との間にどういった関係があったのだろうか。”

 

『敵か味方か? 黒いメガデウスまたまた出現』

 

“今度も現れた黒いメガデウス。いつの頃からか現れては軍警察でも手に負えない難事件を解決していく謎の存在。今回もこのメガデウスがいなければ造幣局は守り通せなかっただろう。軍警察の不甲斐なさに不安の声が上がるが、軍警察指揮官のダン・ダストン警部(47)はいつか地下のメモリーを持っていると思われる同存在を検挙する、と豪語した。”

 

 

「……偶然にしちゃ出来すぎてるもんなぁ」

 

 

 パサッと新聞を畳んで呟く。起きた事件も、警部の発言も、確かな知識として自らの記憶の中に存在する。仰ぎ見た空は灰色一色で、まるで今の自分の心情を表しているように思えてしまってやるせない。

 

 この期に及んで諦めが悪い奴だ、と思われるかもしれないが、誰にだって認めたくない事はあるものだ。まだこれが現実でなく夢かもしれないと思い込みたい部分があるのだ。尤も、こんな非現実的な状況は直に直面してみないと分からないものだろうとも思う。

 

 あの夜、匠は全てを見たわけではなかった。2体のロボットが殴りあう最中、匠の目はそれに釘付けだった。というよりは呆然としていたという方が正しいかもしれない。

 

 アニメで初めて見たとき好きになり、後にDVDまで買って飽きるまで何回も見返した『THE ビッグオー』。極端に言えばその姿が脳裏に焼き付くくらい鑑賞したが、それだけだ。画面越しに見るのと実際に己が視点で見るのとでは雲泥の差。この場に於いて見てきた回数に意味などなかった。見慣れた筈のその威容にオレは、圧倒されていたのだから。

 

 黒いロボットが大きく振り被る。勢いを乗せた鉄拳は鋏腕のロボットを弾き飛ばした。体勢を崩された鋏腕は後ろにあったビルに激突、大きな破壊痕を刻む。沸き立つ土煙、降り注ぐコンクリートの破片の中、黒いロボットのデュアルアイが光る。

 

 

「っ!?」

 

 

 それを見た途端、匠はその場を走り出していた。陰影のせいだろうか、本来は鋼鉄でできた無表情な顔である事を頭では分かっているのだが、目を光らせ嘲り笑う悪魔のような何か恐ろしいもののように見えたのだ。

 

 脱兎の如く逃げ出した匠の後ろで、空に向けて火柱が上がった。それが決着の瞬間であったのだが、軽い恐慌状態の今の匠はそれも分からない。

 

 

「はっ、はっ、はっ、はっ……!」

 

 

動悸が激しい。足がもつれる。頭の中が真っ白になって思考ができない。

 

でも1つだけはっきり分かる。

 

“怖い”

 

“怖い”“怖い”“怖い”

 

 それは非現実の中に入り込んだ今の状況を指すのか、現実では存在し得ない巨大なロボットの圧倒的な存在感からか。路地裏を走り、足がもつれそうになりながら階段を駆け上がり、目についたドアを体当たりするように乱暴に開け中に入る。無我夢中で走り、辿り着いた薄暗い部屋の中。息も絶え絶えに内部を観察し、そこが自分の知っている場所である事に思い至り、息を整えるのに数秒を要した後漸く安堵の息を吐く。

 

 そこは匠がこの世界に初めて立った場所だった。そう、ふと気が付けば匠はここにいた。誰かに連れてこられたとかいう風ではなく、はっとするとその場に佇んでいた、という感じだ。自分の記憶が正しければ最後にいたのは自宅の自室。飲み物片手にアニメを見ていていつの間にかうつらうつらと睡魔に屈していたのだった。

 

それが、何故?

 

 次第に不安と恐怖に苛まれた匠は部屋の中にあったくすんだ毛布を頭から被り、隅で一夜を明かした。余り眠れなかったが、少しは落ち着いた匠は外を散策する事にした。明るくなって初めて気がついたが、そこはマンション風の建物の一室だったらしい。人気は全くと言っていいほどなく、所々が傷んでいる事からも廃墟と言っても差し支えなく思う。

 

 階段を下り、路地裏のような細い道を通り、やがて大通りに出た。朝の支度をする人々。濛濛と立ち上る濃密な湯気。時差式で変わる信号機。酷く見覚えのある光景に戸惑った匠は、そのときちょうど真横を通り過ぎた黒塗りのセダン……いや、正確にはその運転席にいる男性を見て、更にその度合いを高めた。

 

 “THE ビッグオー”の世界にいるのか?

 

 そんな考えが浮かんだのは彼を見たその日の夜だったっけな。

 

 と、そこまで思い出して匠は苦笑した。ここに来てから大して経ってもいないというのに、何故だろう、懐かしさとも安堵ともつかないしみじみとする感情が湧いてきて、それが可笑しく思えたのだ。幾分か落ち着きを取り戻した匠は回想の夜みたいに毛布を被り横になった。

 

 そして翌日。最早日課となった早朝の新聞配達をこなし今に至る。

 

 

「おい、サボるなよ」

 

 

 不意に声を掛けられた。ビクッとして顔を向けた先にいたのは隣接したエリア担当のトニーさんだ。二十代後半のこの人は、右も左も分からなくて途方に暮れていたオレに、仕事の斡旋から手解きまでしてくれた恩人だ。

 

 

「何を考えてたのか知らんが、今は体を動かせ。ノルマを達成してから考えろ」

 

 

 トニーさんはそう言って離れた。彼もまだノルマが残っているようだ。さて、此方もこうしてはいられない。一先ず目前の仕事を済ませるとしよう。決められた分をちゃんと配らなければ賃金は貰えないのだ。

 

◆◆◆◆

 

 ノルマを終えて賃金を貰ったオレは、トニーさんに伴われて近場の料理店にいた。奢ってくれると言われたが、賃金の少なさを考えればそれほど余裕があるとは思えない。流石に憚られ遠慮したが、彼は「いいから」と半ば強引に品を注文した。

 

 少しして店主がトレイを2つ運んでくる。テーブルに置かれたそれに載るのは、ベーコンエッグ、白身魚のムニエル、クラムチャウダー、香草パンといったセット。やはり量こそ少ないが、低所得の身としてはそれなりのご馳走である。「まあ食え」と言われ、初めこそ手を出しかねていたがトニーが黙々と食べ初めたため、匠もおずおずとではあるがフォークを伸ばす。切り分け、突き刺した白身が旨そうな湯気を立てる。これにも香草が使われているのか、いい香りが湯気に乗って鼻腔をくすぐる。

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

 カチャ、カチャ、と、暫く食器の音だけが響く。料理を味わいつつ何か適当な話題はないかと考えていると、「……お前さ」と先にトニーの方から口を開いた。

 

 

「昨日から浮かない顔してるよな。何があった?」

 

 

 言われて匠は昨日の出来事を思い出す。2体の巨大なロボット『メガデウス』の圧倒的な威容、それに当てられ感じた根源的な恐怖。元の世界に帰還出来るのかという不安感。昨日ほどではないにせよ、思い起こせば震えが走った。

 

 

「……自分が好きだったあるモノを見たんです。ただ今までと違う見方をした、それだけなのに……オレには酷く恐ろしいモノに見えたんです」

 

 

 長い沈黙の末、漸く絞り出した独白のようなその言葉。主語を伏せている上、内容も到底伝わるものではない。大体の人間は疑問符を浮かべ、ふざけるなと批難の声を浴びせるかもしれない。しかしトニーはそんな素振りは見せず、真剣な顔つきで耳を傾けている。

 

 

「それだけが原因ってわけじゃないけど、オレの中で何かが崩れていく気がして。この先どうしたらいいのか、不安になって……」

 

 

「……要するに、だ。見た事のないソイツの一面を知っちまって、怖くなった。そんでもって、これからどうすりゃいいか分からなくて困ってる、ってわけか?」

 

 

 コクン、と頷く。恐らくあらましについては大きく食い違っていると思うが、言っている事は大体合っている。

 

 

「まあ、人間にも物にも言える事だが、見方によっちゃ色んな顔があるな。ソイツの全部を初めから理解するなんてのは到底無理な話さ。そんなもんはな、長い付き合いになってからやっと分かってくるもんだ」

 

 

「はぁ……」

 

 

「しかしな、新しい一面が分かったからって、お前が好ましく思った一面が無くなったわけじゃないだろ? 違うか?」

 

 

 言われて思わずハッとした。その通りだった。あの夜の光景は今でもはっきりと思い出せるが、だからと言って自分がビッグオーを嫌いになったかと問われればそうではないのだ。頭に焼き付けた映像を脳内で再生してみると、感じた恐怖はなりを潜め代わりに高揚ともいえるワクワク感が芽生えてくる。恐れていたのが馬鹿らしくなってくる。実に簡単な事だったのだ。既に自分の身は非現実の中にあり、これ以上の変事などイメージすら湧かない。ならば自分は、この高揚感のままに気ままに過ごせばいいのではないだろうか。

 

 

「何か吹っ切れたみたいだな。さっきまでの沈んだ顔がウソみたいだぞ」

 

 

 何か喜ばしい事がわかったのか、しきりに笑いと感嘆を漏らす後輩の姿を見て、トニーは自腹を切ってよかったと思った。初めて会ったときの彼はこの世界に降り立ったばかりというように、見るもの全てに怯えるようにしていた。その姿を見てから、どうにも放っておけなくなった。近頃は大分マシになってきたと思っていたが、ここ数日はまた昔に戻ったかのように元気が無くなっていて気になっていたのだ。

 

 

「はい! お陰様で悩みが解決しました。なんてことはなかったんです。そこにあるものをあるがままに楽しめばいいだけだったんです!」

 

 

「お、おう。よく分からんが元気が出たようでなによりだ」

 

 

「今日はご馳走様でした。今度はオレがトニーさんに奢りますよ。美味しい店を捜しとくんで、楽しみにしててください!」

 

 

 そいつは楽しみだ、と笑みを返したトニーは店を後にする後輩の背中を見送った。その後でウェイトレスにワインを注文した。運ばれてきたグラスを掲げて一人乾杯する。笑顔の戻った後輩に向けて。

 

 その後輩、匠は軽い足取りで歩道を進んでいた。次にあの巨人が現れるのはいつ頃だろう、待ち遠しいなぁ。そのときが来たら絶対にこの目で見に行ってやろうと心の中で強く思った。

 

 

 

 

 

 

 

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