おくるもの 作:葬儀屋
私、葬儀屋として働いていまして。
そう聞くと物珍しがられる方も多いんですが、別にそんなに変わった仕事でもありません。人の生き死にに関わる生業なんて数え切れない程ありますし、結局やる事はなんら普通の接客業と変わらないですから。
まごころを込めて、お客様に寄り添うのが第一なんですね。
それが生きているにせよ、亡くなっているにせよの話というだけで。
そういう訳で残念ながら、人様から期待されるほど興味深い体験も早々ありません。
そもそもこちらとしては誠心誠意務めている訳ですから、化けて出てこられても筋違いですからね。生きている人間の方が余程怖いです、ええ。
とは言えど、他のご職業よりはそういった事柄にどうしても近くはなります。特に私自身はそうでなくても、仕事でお付き合いする方から伺う事もありますしね。
例えばお寺様、納棺師さん、病院関係者の方々、伴車の運転手さん。
今日の所はひとまず火夫、火葬場の職員さんとの話をしましょうか。
私が働いているのは広島なんですが、火葬場が各地に点在しています。50弱といった所でしょうか。
とは言っても多くが田舎の方にぽつりとある小さな火葬場で、あまり使われる事はありません。それでも火葬場毎に規模の差や色々な特徴があって、中々面白いものです。
あそこの火葬場は炉が新しいから焼けるのが早い、あっちの火葬場は軽食が美味い、なんてね。
その火葬場は山間部にありまして、まああまり件数としては多くありません。けれど私達の中ではよく話題に上がる場所でした、悪い意味で。
というのも、足りないんです。
痩せたご老人や小さな赤ちゃんは文字通り骨も残らない、なんて言われる事がありますが、まずそんな事はないです。具合を見ながら火夫さんが火の勢いや時間を調整してくれますから基本的にしっかりと骨は残ります。
しかしその火葬場ではかなりの頻度で上腕骨なり、下顎なり、ある部位だけ忽然と消えている訳でして。目立たない部位ならまだしも、分かる人が見れば違和感に気付きます。
古くからその近辺にお住まいの方は『ツケを払った』なんて言い方をされますね。生前に悪行を重ね過ぎたから持っていかれたんだ、と冗談交じりに。
県外からいらっしゃった方は腹を立てられる事も多いです。火夫が何かミスをしたんだろう、と。喪家からすればたまったものではないでしょうけど、そういう物なのだから仕方ありません。
反対に、多過ぎる事もあります。こちらは『釣銭が出た』と言われる方もいますね。文字通り、お骨が多いんです。指の骨だったり、一番面食らったのは喉仏が二つあった時ですね。ツケを払うよりは少ない頻度ですけれども。
ただ、いずれも凶兆という訳でもないです。
気味は悪いですが、そこだけ火が強く当たった事で炭化して崩れてしまった。弾みで何処かからずれた骨が指や他の骨に見えるだけだ、と理屈は幾らでも付けられます。
火夫さん達も慣れていますから、その辺は上手いことやってくれます。
話は変わりますが収骨、骨拾いを経験された事はありますか?
地域によって骨拾いもやり方が違っているんですが、広島では部分収骨という方法が一般的でして。五寸ほどの骨壷に、全身から少しずつお骨を取って収めます。
関東の方では全収骨、文字通り大きな骨壷に全て収めるようですが時間がかかって大変そうです。
どちらも一長一短ありますが、私は個人的に部分収骨の方が好きですね。
というのも、これはそれなりに前の話になるんですが。
件の火葬場で、担当した喪家の火葬が終了するのを待っていた時の事です。そろそろ時間だろう、と欠伸を噛み殺していると顔見知りの火夫さんが険しい顔をしてつかつかと私の方へ歩いてきました。
そして挨拶もなしに開口一番、食ってかかるような態度で吐き捨てるものですから。
「ねえちょっと、棺の中に変な物入れたでしょう」
たまに私の目を盗んで時計など金属類を棺の中に納められる方がいらっしゃるんですが、まあ炉も壊れかねませんし、火夫さんからしたらいい迷惑です。見つかると「ちゃんと監督しろ」とお叱りを受けてしまうんですね。
ただ一つ引っかかったのが、彼の口調は怒りや責め立てるといったものではなく。どちらかと言えば怯えや困惑が混じっているように聞こえた事です。
まあ何にしたって心当たりはありませんが、さしあたって平謝りです。
しかしまた何を入れたんだろうなあ、なんて考えながら喪家を案内する前の収骨室に足を踏み入れると彼の言っている事が一目で理解できました。
数時間前、肉を纏っていたその身体は独特の臭いと共に灰色の骨になってはいましたが。所々花の色が移ったのか、淡い桃色になっている箇所もありますがそれに比べれば些末なことです。
頭蓋骨に当たる部分が、どこからどう見ても人間の物ではありませんでした。
首から下は人なのに、頭部だけ歪なコラージュのように挿げ替えられたような。
動物には詳しくないんですが、恐らくイヌ科の何かのように見えました。一応火葬場によっては動物の死体火葬を受けている所もありますが、だとしても構造上混ざるという事はあり得ません。
仮に誰かの悪戯だとしても、炉には鍵がかかっていますし、そもそもお骨はかなりの高温ですから触れば火傷では済まないでしょう。
「変な物入れたって言われても、いや、これは」
「……ですよね」
暫しの沈黙の後、口火を切ったのはどちらだったか。
見なかった事にしませんか、と。
私達の仕事は亡くなられた方を送り出す事もそうですが、それ以上に喪家に心穏やかに見送って頂く事が大事ですので。
どう見ても獣の類にしか見えない頭蓋骨を突き崩し、一目で分からないようにして。そうやって素知らぬ顔で収骨を終えた事があります。
収骨が終わるまで待っている間も早くこの式を手放したくて、部分収骨で良かったと心の底から思いました。全て収めるなんて、とんでもない。
しかしこういうケースはどうなんでしょうね。
足りなかったのか、多過ぎたのか。
罰なのか、褒美なのか。
意味があるようでいて、そもそも何の意味もないのではないか。
たまに考える事があります。
自分が焼かれた時、その骨は一体どうなっているんだろうかと。
足りていないのか、多過ぎるのか。そもそもそれは人の形をしているのか。
一つだけ確かな事があるとするならば、それを拝むのはまず無理だという事ですね。願わくば、とりあえずはちゃんと人間であってほしいものです。