おくるもの 作:葬儀屋
この仕事をしていて一番良く聞かれるのは「死体、怖くないの?」といった質問ですね。怖くはないです、遅かれ私も貴方もいつかそうなりますから。ただ現実問題、一つ恐ろしい点を上げるなら。
御遺体というものは当然ながら全てが全て、綺麗という訳ではありません。
私が請け負った方でも事故死、溺死、病気によってはお顔が数時間で急変してしまう事もありますから。そもそも感染症で亡くなられた方でしたら、症例によってはこちらまで危険ですしね。そういった意味で、御遺体に恐ろしいと感じる事もあります。
そういったケースで紹介するのが納棺師さんになります。私達も一応は納棺や死に化粧を心得ていますが、やはり専門のプロはレベルが違います。
御遺体をお湯で洗い清め、お顔の毛を剃って綺麗にお化粧して服まで着せて差し上げるんですから。到底私達にはそこまでできません。
どの故人も本当に穏やかな顔になられて、頼んで良かったと仰る方ばかりです。
まあ、穏やかなのは顔だけかもしれませんけれど。
今日の所はそうですね、その納棺師さんとのお話を一つ。
私が懇意にしていた納棺師さん、仮に田中さんとしましょうか。
田中さんが突然、今の仕事を辞めて田舎に引っ越すという話を聞いたものですから当然最後に挨拶に行きました。
「残念です、田中さんには本当にお世話になりましたし。私だけでなく」
詳しい事情を聞くつもりもありませんでした。ただ貴方が納棺してあげた人達は、本人も周りの遺族も本当に感謝しているだろうと伝えてあげたかったんです。
けれど。
「……自分の仕事が、本当に良かったのか分からなくなった」
窶れた表情で、彼がそう呟くものですから。
それは依頼を受けて、ある御遺体をお湯で洗い清めている最中の事だったそうです。
長年患っていて食事もろくに取れず、骨と皮だけのような姿になりながら「もう死にたい」と頻りに繰り返す。周りの親族も心を痛め続けた晩年だったようで。
風呂にも入れずに溜まった垢を綺麗に洗い落としてくれる田中さんの姿に、涙ぐむ人もいたでしょう。
そんな和やかな雰囲気で進む納棺の途中です。
痩せ細った身体のどこからそんな声が出てくるのか、と問いたくなるような腹の底に響く野太い声で部屋中にそれは響き渡ったと。たった一言、もはや絶叫に近かったそうです。
田中さんも立ち会っていた遺族の方も顔を見合わせましたが、声の主はどう見ても明らかでした。
ええ、自分が洗っている御遺体です。
閉じた筈の口が喉の奥まで見えるほど、苦しげに開かれ切っていたそうです。まあ、あり得ませんよね。
立ち会っていた遺族には「これは腹部に溜まっていたガスが漏れた音です」と説明して一応納得は頂けたらしいですが、田中さんにはその絶叫がどう考えてもある言葉に聞こえてしまったらしく。
いやだ、と。
それを思い返す度に、田中さんは自分の仕事が本当に故人の為になっているのかと考えてしまうようになったそうで。綺麗にしてあげるなんて自分の自己満足で、本当はこれまで納棺してきた人達も皆嫌がっていたんじゃないかと。
その憔悴しきった表情が今でも頭の片隅にこびり付いていて。
いずれにしても彼とはもう、それきりです。
私は彼のしてきた事が間違っていたとは思いません、本当に貴い仕事です。ただ、私達には分かりませんから。
私達は天国だの浄土だの、死んだ後に救いをどうも求めてしまうようで。行き着く先は地獄、それよりもっと酷い場所かもしれませんのに。もしくは案外何もないのかもしれません、本当は。
その人は亡くなって、何を見て。
嫌だ、と叫んだんでしょうね。もう死にたいと繰り返し、やっと望みが叶ったのに。
それを知る事ができるのは、私達にはまだまだ先の事になるでしょう。いつか必ず訪れますけれど。