おくるもの 作:葬儀屋
四度も私の話を聞きに来られるなんて、中々変わってらっしゃいますね。お好きなんですか?こういう話。
ええ、いらない詮索でしたね。失礼致しました。
そうですね、私達の仕事はどうしてもその性質のせいでしょうか。昔からの慣習、
一見不合理な物もあるかもしれませんが、そうなるには相応の理由という物があります。
喪家と連絡先を交換するな。
靴紐のついた革靴は履くな。
子供の葬儀をする時には小さな物でいいから黄色い物を身に着けろ。
□□会館の✗✗式場ではカーネーションを入れてはいけない。
〇〇寺で通夜をした後は、家に入る前に日本酒で髪を洗え。
フジハラマサミからの弔電はシュレッダーに掛けろ。
その中の一つに、私が個人的に最も大事にしているものがありまして。
自分の葬式の事は、考えるな。
これは私の師匠の話なんですけれども。
私達の業界は、こう見えて職人の有り様にも少し似ています。入社すると同時にベテランの社員に付いて、お客様との接し方や司会のやり方、礼儀作法などを教わりながら育っていくんですね。
今時分はメンターなんて言い方をするんでしょうけれど、私達もっぱら"師匠と弟子"なんて呼んでいます。
私の師匠は、自身の仕事に誇りを持ってらっしゃる方でした。細部に至るまで手を抜かず、通夜を終えた翌朝に誰よりも早く式場へやってきて傷んでいる生花が無いか一本一本確かめる後ろ姿を今でも覚えています。
自分の仕事を成り行きに任せるな、全てコントロールしろ。
それが口癖の人で、だからそうなるのは自明の理だったんでしょう。私が独り立ちして暫く経ったあと、長年の不摂生が祟ったのか師匠は病床に伏しました。
ありふれた病名ですが、人の命を奪うに足るものです。残り僅かな余命を告げられた彼が始めたのは、言わば自分の仕事の総仕上げでした。
葬儀屋の使い古された冗談として、どれだけ人の葬式をあげた所で自分自身の葬式はできないというものがあるんですが。彼は、自分で自分の葬式をあげようとしたんです。
まず呼ぶ人間のリストを生前から作り、参加するスタッフも指名して弔問客の座る順番から出す通夜振る舞いまで本当に全てを自分で決めていました。
光栄な事に、メイン担当として私が指名されました。
病室での打ち合わせは数ヶ月も続きました。最後の方では師匠の身体も限界に近く、ただその顔はどこか清々しくもありました。私も最後に師匠と話せて、本当に嬉しかったんです。
葬儀については段取りも大体済み、後は最後の最後。火葬ですね。
「火葬場はあそこがいい。弁当は梅だ、それで俺が炉に入って────」
炉に入って、の後に何か言いかけて。
「なに、なに?なにがいるの?」
幼子のような声色でそう呟くと、がくがくと痙攣し始めて。異常を察知した看護師さんにあっという間に病室を追い出されました。
その後、面会に行っても昔の精気溢れるあの人の面影はどこにもなくて。仕方無しに、聞いていた打ち合わせ内容を一人でブラッシュアップしていました。
でもですね、師匠が亡くなる前に最後に病室へ面会に行った時。師匠の奥様が飲み物を買いに部屋を少し空けた事がありまして。
その時に言われたんですよ、師匠に。
「焼かないでくれ、
あれ、とは何なのか聞いても要領を得ませんでしたけれど。年老いて皺くちゃになった顔が、何故だか無力な赤ん坊のように見えました。嫌だったなあ、あれ。
ええ、焼きましたよ。
それが仕事ですから。
本当に、良い式でした。奥様も喜んで下さいましたし、あの人と一緒に仕事をした皆も最後には晴れやかな顔で送り出す事ができました。
めでたしめでたし、ですね。
あのですね。
葬式って、死んだ人間の為の物ではないんですよ。死んだ人間に、私達が区切りを付ける為の物なんです。だから死んだ人間がどうなるのかなんて、どうでもいいんです。
だから自分の葬式なんて考えるものじゃないんです。
私達が死んだ時、そこに何が来るのかなんて考えるものじゃないんです。
こんな話、面白いですか?
だとしたら貴方は思ったよりも、ずっと隙間だらけなのかもしれませんね。
ええ、ずっと昔から言われてきた私達の仕来りですよ。
隙間を作るな。
駄目なんですよ、隙間を作っちゃ。
人の本能なんでしょうか。怖いもの見たさ、恐怖という物をどうも私達は求めてしまうようですが。それって要するに、心のどこかにそれを受け入れる隙間を作っちゃうって事なんですよ。
人間が自身の理解が及ばない物を見たがる時、聞きたがる時、知りたがる時、それを受け入れる土壌を知らず知らずの内に自身の中に作っているんです。
なのに、どうにも他人事だ。
人は、自分が死んだ後の事なんて分からないですよね?
それと同じ事なんですよ。
風呂場で髪を洗う時、眠ろうと目を閉じる時。瞼で覆い隠された視界の先に、"何"もいないなんてどうして貴方に分かるんです?
いるのに。本当は。
毎日毎日、貴方の知らない所で人が沢山死んでいるように。
知らなければ、それは存在しないのと一緒なんです。
少しだけ開いたドアの隙間から今も覗いている、それのように。
だから程々にしておきましょうよ。
怪談も、葬式も。
他人事でいられる内が、華ですから。