【『影』】
――……ん、あぁ……もうこんな時間か
――うん? そうだね、確かにボクは彼の『影』だ
――彼の心の内にあるもの、彼の中にある彼のもの
――ボクはずっと彼の事を見てきた
――ボクはずっと彼と共にいた
――どこにでもいて、どこにもいない。だけど、ずっと『傍』にいた
――なぜなら、それが『影』である『ボク』その物だから
――……さて、こうして呟けるという事は、表である彼が僅かながらも自分と向き合えるようになったという証拠
――影は光があってこそ、光は影があってこそ
――表である彼が自分の中の光を見出した時、影であるボクもようやくその輪郭を得ることが出来たわけだ
――すなわち、彼は自分の中にある物が一般的な物へと成長……いや、この場合は『変心』を遂げたわけだ
――移り行く心の流れの中で、流れ着いた先の心の一つの到達点
――これから、彼は試される。『影』と向き合うとはどういうことか、これまでどうしてボクは彼の中にいたまま……ずっと埋もれていたのか
――……ふむ。こうして喋ることが出来たんだ。少しだけ、話をしようじゃないか
――なに、誰かの目に入るかもわからない言葉の羅列。ただの独り言でしかないんだ
――届くのか分からないただの呟き
――目にしているものがいない演劇
――一緒に、見届けようか
………………
…………
……
【――平日、昼】
【自宅にて】
ハジメ「……おはよう。母さん、父さん」
愁「お、おう」
菫「あら、おはよう。ハジメ」ニコニコッ
ハジメ「……? う、うん。おはよう二人とも」
ハジメ「………………なんだか機嫌が良いね。何かいいことでもあったの?」
愁「ん? い、いやいやいや! 何でもないぞ! いや、ほらぁ……な! ちょっとばかし、いいことがあって……な!!」
菫「えぇ、えぇ! ほんとうにね! あ、ほらほら! そろそろ時間よ! はやくご飯を食べちゃいなさい! 学校に遅れちゃうわよ!」
ハジメ「え、あーーー……うん」
ハジメ「それじゃあ、はやく食べ――」
エヒト『こうしてお前の両親を間近に見たのは初めてだな。こんな感じかぁ』
ハジメ「……」
愁「? どうした?」
ハジメ「あ、いや、な、なんでもないよ」
ハジメ「……ちょっと。いきなり声を出さないでってば。驚くでしょ」ヒソヒソ
エヒト『あぁ、すまんすまん。なんだかお前のご両親を見ていると懐かしい気持ちになってな』
エヒト『……まだ人だったころ、私の両親もこんなだったのかもしれないな』
ハジメ「……そっか」ヒソヒソッ……
………………
ハジメ「それじゃあ、行ってくるね」
愁「あぁ、行ってらっしゃい」
菫「気を付けてね」
――スタスタスタ……ガチャッ
愁「……」
菫「……」
愁「ククク……行ったみたいだな……」
菫「フフフ……えぇ、そうね」
菫「さぁて! あの子が学校に行ってる間に、パーティの準備を進めなくちゃ!!」
愁「よぉし! 今のうちに坂上くんと八重樫さんに連絡だ! いやぁ、アイツも学校であんな友達がいるなら言ってくれればいいのになぁ!」
菫「ほんとよねぇ」フフフ……
………………
ハジメ「……それで、さ。本当なの?」
ハジメ「お前が……今日の内に消えて居なくなるって」
エヒト『あぁ、本当だよ』
エヒト『トータスでやり残したこと、やれることはやり尽くした。もう、信仰の思念による残りカスすら粒ほどしか残らない私には、今の人格や意思を維持するのも難しくなっている』
エヒト『ゆえに……もう、いつ消えてもおかしくはない。おそらくだが、今日の内には……』
ハジメ「……そっか」
エヒト『この声は、お前以外の人間には聞こえないようになっている。というよりも……もはや、物理的な干渉を行えるほどに私の力も残っていないからだ』
エヒト『お前たちと出会った頃の精神の干渉や心の内を覗くことすらできん。いまでは……こうしてお前と話し合う事しかできないんだ』
ハジメ「そうか……じゃあ、本当に今日の内には……」
エヒト『短い時間だが……まだ少しだけ、お前と行動を共にさせてもらう』
ハジメ「うん、良いよ。別にね」
ハジメ「……じゃ、学校にいこうか」
………………
…………
……
【『影』】
――強いとはなんだろう
――最強とは何だろう
――強いという事は、秀でているという事。優れているという事
――最強とは、『最』も『強』いという事
――ゆえに、強さとは他者と、比べ、測り、比較することで証明される
――人は社会性のある生き物ゆえに、互いに比べ合うその中で、自分たちが持つ秀でた物を測り合うことで優れていることを証明する
――……しかし、それゆえに
――自分こそが優れていることを証明するために、他者と比較することを重視しすぎて、自分の持つ強さというものを見失う者が多い
――けれど、人は測り合うことをやめない。優れるモノを証明するためにぶつかることをやめられない
――……測り合うことは、醜いことだと。誰もが言う
――自分が優れた物を他者と比較し、己の優秀さを持って他者を圧倒する
――力の誇示、知恵の証明。人は測り合う社会性の生き物であるがゆえに、能力の優劣からは逃れられない
――そして、そうしているうちにそれが自信となる
――他者を踏みつけて力を誇示し、相手の尊厳を傷つけて優越に浸る
――曖昧な輪郭と境を明確にし、己という器と浮かび上がらせる
――そう、人は自身の優秀さを証明するために、他者を踏み台にする
――……これは、良きことか悪しきことか
――答えは、決まっている
――健全なる人の心の形の一つ。そのことは、否定されることじゃない
――人は、大なり小なり自分に自信がない生き物。優秀さを測るためには、他者と比較することでしか分からない
――それゆえに、他者と比較することで、自分という生き物を浮き彫りにさせていく。人は、それを『経験』と呼ぶ
――力の大小は他者と比べなければ分からない。知恵を持つ者の聡明さは、他者の知識量を比較しなければ分からない
――他者を上回るという形のある事実が一つの自信となり、優劣を明確にした結果は優越感を元にした自信が生まれる
――そう、人の群れの中である社会の中でなければ、人は最強であることを証明できない
――ゆえに
――人は、他者を介して己を知る生き物である
――……ならば
――ハジメ、キミは?
………………
…………
……
【――学校にて】
――ガヤガヤガヤガヤ……
――おはよー
――おーっす
――いやぁ、俺昨日ねれてねぇんだわ~~~www
――……あっ
――コツコツコツ……ピタッ……
――お、南雲おはよう
ハジメ「……うん。おはよう」
――お前が教えてくれたマンガ、スッゲェ面白かったよ。マイナーだけど、あんなのもあんのな
ハジメ「そう? そりゃよかった」
ハジメ「……っと、席に戻らなくちゃ」スタスタ……
――……なぁ、南雲のやつ前より話しかけてくるようになったよな
――うん。少し前なんかはぜーんぜん周囲の事なんて考えない人だったのね
――俺、結構ムカついてたんだよな。人が気にかけてやってんのに、そっけなくしててさぁ
――でもさ、最近は自分からクラスの事に関わってくれてるようになったし……いったい何があったんだろうね
――スタスタスタ……スタッ……
ハジメ「……ふぅー」
ハジメ「……」チラッ
檜山「………………」プイッ
ハジメ「……」
ハジメ(変わらず……か)
ハジメ(まぁ、そうだよな。別に、檜山君とは友達になりたいわけでも、仲良くなれるわけでもないんだし)
ハジメ(……でも)
エヒト『変わったな、お前の周囲。少し前までは、みんなお前のことを厄介者として見ていたのにな』
ハジメ(……うん)
エヒト『それもこれも、お前が周囲の事を気にかけるようになったからだ。ただの挨拶や最低限の会話で済ませようなんて、そんなの人によっては見透かされてしまう』
エヒト『みんな、お前が変わったのだと気づけたわけだ。ちゃんと、話せば接しやすい人柄なのだとな』
ハジメ(……僕は、自分でも知らないうちに、自分がこうだから周りに理解しろ……って思ってたのかもしれない)
ハジメ(付き合いが面倒だから……自分のやりたい事だけをやれればいいからって、必要のあるモノだけがあればいいと思いながら、大事じゃないものを――)
ハジメ(自分にとっての、『大切』があればそれでいいんだと思っていた)
ハジメ(……でも、それは……)
エヒト『……自分にとって「大切」なものだけがあればいい。だけどそれは、己の中の世界を狭めてしまう行為にほかならない』
エヒト『なぜならば、人の心は移りゆく者。「大切じゃない」ものだと思っていた物が「大切」になるかもしれない』
エヒト『自分にとって興味がなかったものが、知ろうとしなかった物が、実は自分にとってかけがえのない物だと知ることが出来る――いや、『気づく』ことが出来るんだ』
エヒト『……私は、それに気づくのに時間ときっかけが必要となってしまったがな』
エヒト『そして、手遅れになってしまった』
ハジメ「……」
――スタスタスタ……ピタッ……
香織「おはよう、南雲くん!」
光輝「よ、南雲」
ハジメ「おはよう。二人とも」
ハジメ「……アレ? 残りの二人は? 八重樫さんと坂本君は……」
香織「……あ、あ~~~……ちょっと、ね」
光輝「二人は少し遅れてやってくるんだ。ま、気にしなくていいよ」
ハジメ「……? あぁ、そう……?」
香織「……ねぇ、どうなのあの話」ヒソヒソ
光輝「大丈夫大丈夫……ちゃんとしっかり計画は進んでいるさ……」ヒソヒソ……
ハジメ「……? どうしたの? 二人して」
光輝「ん、あぁ……実はな……」
光輝「……なぁ、南雲。今日の放課後、空いてるだろ?」
ハジメ「? ま、まぁ。やることなんてないけども」
光輝「なら、ちょっと付き合えよ。いいだろ?」
ハジメ「う、うーん……まぁ、うん」
光輝「こっちで時間を稼いでおく。あとは龍太郎たちと……頼む」ヒソヒソッ……
香織「うん、任せて」ヒソヒソ……
――スタスタスタ……
「あ、ねぇねぇ白崎さん! この前はありがとうね。勉強教えてくれて」
ハジメ(? あれ、知らない男子生徒だ……)
香織「ううん。別にいいよ。私が好きでやってるだけだから」
ハジメ「……ねぇ、天之河くん。彼は?」ヒソヒソ
光輝「香織がこの前入った部活仲間だってさ」
ハジメ「え? 部活入ったの? 白崎さんが?」
光輝「料理研究会……らしいぞ? 香織のやつ、前々から料理には興味があったらしくてさ。それで、自分の腕を磨くためにその部活に所属することになったんだけど……」
光輝「……ただ、それだけじゃないんだろうな。たぶん、自分からほかの女子生徒と積極的にかかわろうとしてるんだと思う」
ハジメ「自分からって……白崎さんが何もしなくても相手の方から……」
光輝「それじゃダメなんだってさ。香織はな、自分に貼られている女神のレッテルを引きはがすために、ああやっていろんな人と関わろうって考えてるんだ」
光輝「ここ何年……少なくとも、中学の時からずっと南雲のことばかりを追って来てたんだ。だから、南雲がクラスの中で疎まれたのは、そんな自分のレッテルとポジションがわかっていなかったから……自分から、少しだけでも『学園の女神』としてではなく『一人の女子生徒』として見られるようになりたいって、そう思ったんだってさ」
光輝「今じゃ、男子生徒の友達とかそこそこいるみたいだぞ? ただ、まぁな……それでもトラブルに関しては少なくはないだろうが」
光輝「それでも、求めてもいないステータスのために振り回されるよりは、前を向いてたいんだってさ」
ハジメ「……そう、なんだ」
光輝「そうさ。そうやって、自分が『女神』として見られている事に向き合おうとしている。だって、香織はそのことに気づけなかったからこそ」
光輝「お前が虐められる空気をつくってしまったんだから」
ハジメ「……え、天之河君それって……」
光輝「香織はな、そのことに自覚を持ち始めたんだ。自分がどう思っていようと、自分がどう思わないでいようとも、他人や周囲が作り上げたイメージを押し付けられてしまうんだって」
光輝「だから、ああやってもっと人と関わることを選んだんだ。自分が女神として持て囃されるためだけの女の子じゃなくて、白崎香織として、ただの一個人としてってね」
ハジメ「……自分が何者なのかを知ってもらうためには、自分から動かなきゃいけない……」
ハジメ「――人は、他者を介して己を知る者ゆえに…………」
エヒト『……』
光輝「? なんだそれ?」
ハジメ「あ、いや……なんでもないよ」
ハジメ「放課後、だっけ。時間、空けとくから」
………………
…………
……
【『影』】
………………
…………
……