生まれた時から最強だった   作:roborobo

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『いらないよね』と言う話

 

 

「……あー……平和だなぁ」

 

 休日。日夜仕事と学校とで終われているハジメが、忙殺から見逃されている貴重な休日。家から少し離れた駅前の噴水広場にて、設置されているベンチに腰をかけながらぼやっと空を見上げていた。

 

 今日はユエたちとのデートである。地球に来てから馴染むために、チート染みた規格外の力を持ったハジメの嫁たち。その有り余る力を地球で発揮したためか、彼女たちは自身が持つ美貌と能力を持ってトータスの時と変わらずに無双してくれている。

 

 そうやって、この世界においても無視できない存在となった彼女たちが、こうしてハジメたちと共に過ごせる貴重な休日を用意できたのはまれな事だ。

 

 そんな、まれな休日がやってきた。心弾む気持ちをそのままに、今すぐにでも駅に来てくれないかと心待ちにしていた。

 

「……なーんもやることねぇな。思っていたよりも」

 

 ぼやっとしたまま空を見上げている。トータスの時ではありえないことだ。少しの油断が死に繋がる迷宮や魔人族との戦いを振り返れば、今のような気の抜けた自分なんてありえない。

 

 きっと、それだけこの世界が平和なのだろう。今いる環境が、今あるこの場所が。ハジメにとっての『大切』に囲まれたこの場所が。

 

 だから、こうして気の抜けてボヤっとしたままの頭を暇つぶしのために使える。これからこちらの方へと向かってくる大切な嫁たちが来るまでの時間を。

 

 ……けれど、そんな気の抜けた自分にすら邪魔というモノはやってきてしまうもので。

 

(……みーんな俺のことを見てくるな。トータスに来るまではありえねぇよな。こんな状況)

 

 はっきり言って、今のハジメは怪しげな空気を醸し出すイケメンといって差し支えない。

 

 トータスで培われてきた経験、死に物狂いで生きてきた戦いの中で、彼はその能力でもって乗り越えてきた。そこらの男が得ることはないであろう経験の差が、通りがかる女性たちの視線を集めてやまないのかもしれない。

 

 ちらちらと、視線を向ける女性が通り過ぎていく。横切っていく者、遠くから眺めてくる者などなど様々だ。トータスで得た戦闘経験があるゆえに、細かい視線は一つとして逃さない。

 

 ただ、それだけに少し不思議に思う。自分は……そこまでイケメンだろうか?

 

(……いやまぁ、たぶん俺の顔はその人たちからすれば魅力なんだろうけどな。なんせ、少しだけ整えてあるし)

 

 顔を整える。それは、トータスから地球に戻るまでに自身の顔を少しだけ変えたことだ。

 

 トータスにいたころの白髪赤目の義眼といったいで立ちは目立ちすぎる。それゆえに元の世界に帰還してからは、トータスでの面影を残しつつも、黒髪に変えてハジメらしさを残していた。

 

 つまり、地球の日本に居ても違和感のない姿に変ええるために、髪だけを変えたつもりだ。それなのにこれだけの注目を集めてしまうだなんて、不思議なものだと思ってしまう。

 

 ……そこで、少しの引っかかりがハジメの中に残った。

 

(……俺の顔って、そのままだよな? ん~……んん~~…………?)

 

 気になりだしたら止まらない。スマホのカメラ機能を使って顔を見て見る。このちょっとした挙動でも、周囲の少女たちからは黄色い声が湧き上がったが気にしない。

 

 ……変わっている、様な気がする。自分の顔を見るだなんて鏡でも見なければ分からないが、自分の顔立ち……主に頬の形だとか顎の輪郭だとかは、そこそこ変わっている気がする。

 

 まじまじと、もう少しだけ自分の顔を覗いてみる。先ほどの顔のシルエットもそうだが、細かい部分もそれなりに変わっている。頭部の形状だとか、元の形だとか……こんな風になぜ、かわって――

 

(………………あっ、あー………………魔物肉を食ったからか?)

 

 そうだ、奈落の魔物だ。思い当たる節が頭の中で過る。今のハジメを形成するのに、あの話は欠かすことはできないからだ。

 

 今のハジメの姿を形作ったのは、奈落で魔物の肉を食したから。魔物肉を食らうことで、体内その物が変わり果て、魔物同然のバグった姿へと変えられてしまったのだ。

 

 まさに、変貌、変化、変身と言うべきか。恐るべき姿へと変わってしまったが、だからこそ思い当たる。なるほど、これによって自分の顔も変わったのだと。

 

(考えてみりゃ、あの時魔物の肉を食らったからこそ自分の姿が変わった。なら、肉体や頭髪にも影響が出るなら……『顔』にだって影響が出てもおかしくねぇよな? ってか頭髪の色が変わってんだからソリャ出てるよ影響)

 

 盲点。意外と、この点に関して気にしなかったのはトータスでの戦闘経験がそうさせたのかもしれない。

 

 なにせ、あの世界で必要だったのは戦いに得るための力とその場その場でどうにか壁を乗り越えるためのひたむきさ。ミレディからも言っていた『極限の意思』が、たかだか顔面の形程度の事なんて気にするわけがないのだ。

 

 そうかそうか、とハジメはその場でうんうん頷いた。自分の中の疑問点が氷解され、気が解れたのか。彼の姿を眺めていた一部からは熱っぽい視線を向けてくる。あんな期の緩んだ一面もあるんだと思われているが、ハジメはこれっぽっちも気にしない。

 

「あ、あのっ!」

「……ん、んあ……?」

 

 そうしているうちに勇気ある者がやってきてしまった。魔王様に話しかける、勇敢な少女が。

 

 

「あうぅ……ご、ごめんなさい……」

「……いや、お誘いはうれしかったよ。だけど、こういうのはほどほどにな」

 

 砕けた笑顔を向けて、出来る限り言葉を選んであげる。勇気をもって話しかけてくれた少女の心に傷を残さないためのハジメなりの優しさだった。

 

 彼女の背中を見送りながら、ちらりとスマホの時計に目をやる。ユエ達はまだやってこない。

 

 ……もう少し考えてみようとかと思考を巡らせる。

 

(にしてもまぁ、この俺に女の子が話しかけてくるとはなぁ……もっといい男がいるかもだからそっちにいきゃいいのにな)

 

 心の中で苦笑しながら、去っていく少女を見えなくなるまで見守り続けた。

 

 不思議なものだと、心の中でつぶやく。こうして話しかけられるだけじゃなく、一人の少女に対して丁寧に接することができるだなんて。

 

 なにせ、自分でも意外だと思ってしまう程だったのだ。相手に対する気遣いと心遣い、その言葉選び。まるで、百戦錬磨のナンパ師ですらできないあろう弁舌は自分のモノとは思えないほどに動いていたのだから。

 

 確かに、ハジメ自身にもそこそこのコミュニケーション能力はある。それは本人も自覚している。ただ、それは(会社の事を除けば)あくまで学校生活において周囲と衝突しないようにのらりくらりとかわす程度の物で、女性に対する気遣いや心遣いと言った経験はまったくないのに――

 

(…………あれ、なんで、出来たんだ俺……)

 

 差し挟まれた疑問符が、拭いきれない一点の染み広げられた気がした。

 

 自分には確かにそこそこのコミュ力はあるとは思っている。けれど、あそこまで積極的で相手の心の内に気遣えるようなことを言えるだろうか。

 

 だって、今までモテていたことなんてなかったのに。複数の異性から行為を持たれていて、それを何の問題もなく何の衝突もなく収める事なんて出来るだろうか。

 

(……ぁ、いや……でも、ユエたちがいた……いや、いるにはいるけど……)

 

 女性経験の例をあげれば、ユエたちが上がる。だけど、彼女たちは特殊な例だ。

 

 彼女たちのいずれも、最初からハジメが求めるために得た者たちではない。数奇な運命によって袖が触れ合い、彼女たちの方からグイグイと押し付けるようにして迫ってきたのだ。日常生活における会話のやり取りによる出会いでは断じてない。

 

 つまり、ハジメには女性との交際経験もなく、異性を意識した上での言葉の使い方なんてわからないはずなのだ。経験のないことは、実行できるはずがないのに。

 

 まるで、そう、まるで――ないからこそ、『適した』物を出し始めたような――

 

「………………ぇ…………?」

 

 ぞわりと、背中が冷たくなる。指先でこする額から、知らないうちに汗が流れた気がした。

 

 なぜ、自分の体が変わったか。なぜ、自分の肉体が変異したのか。

 

 それは、魔物の肉を食べたからだ。魔物の肉を食らうことで、自身の体は変異した。そのような仕組みによって体が変わったのは、おそらく魔物が造り出されたそのルーツ――つまり、『変成魔法』にあるのだろう。

 

 変成魔法は有機物に干渉する魔法。この神代魔法によって、魔人族は魔物を作り出すことが出来た。それならば、魔物その物が変成魔法による産物と言っていい。

 

 それならば、それを口にしたからこそ自分の体が変異したのならば理由は簡単だ。自分は、変成魔法の仕組みによって自身の肉体を環境に『適した』体に作り変えられたというわけだ。

 

 そうだ、環境に『適する』ために作り変えられた。

 

(まて、まて。ちょっと、まて)

 

 だから、思う。考えてしまう。

 

 その変成が、なぜ今はもう行われていないのだと。

 

 その変成が、なぜこれまでも自分の体を作り変えて来たのに頭部に影響がないなんて思えたのかと。

 

 その変成が、なぜ――――自分の『頭の中』その物を作り変えていないなんて、思えたんだと。

 

(だ、だって……え、だって……そんな、わけ……)

 

 ぐらりと、今いる自分の場所が揺らいだ気がした。ハジメの根幹が、揺らいだのだ。

 

 あの奈落の中で、自分は魔物の肉を食らうしかなかった。自身の体を変えてまで、生きて帰りたいとずっと願っていた。

 

 もしも、あの時食べた肉の影響で自分の体が変異したのならば。

 

 もしも、あの変成の影響が自分の頭にまでまだ達していなかったとしたら。

 

 

 いや、そもそも。自分が概念魔法を手にするための『極限の意思』その物が――『極限の意思』、それその物を得られるようにと、自分ですら知らないうちに『脳』を『作り変えられて』いたとしたら……?

 

 

 この争いのない環境において、自分が口にした魔物の『変成』の力が環境に適する者を手に入れるというのならば、じゃあ今いる『自分』は?

 

(だ、だめだ。ダメだダメだダメだ。考えるな、考えるな、考えるな……!!)

 

 思考は止まらない。生き抜くために培われてきたハジメの脳は、思考を積み重ねてしまう。

 

 だから、変成魔法は自分の肉体を強靭にしたのでは?

 

 だから、力だけでなく異性も引き付けるために『顔』その物を変成したのでは?

 

 だから、周囲を魅せるために、本来であれば学生でしかない少年であるはずのハジメが、周囲を扇動し、異性の心をつかむ話術を使いこなせるコミュニケーション能力を得たとしたら?

 

 

 だから、争いのあるトータスから地球に移り――こうして、頭の中が平和な世界に適合するために変成されているとしたら……?

 

 

(ち、ちがう……俺は……俺はっ、そうだ。今までだって、今まで……)

 

 

 

――あああああああああああああああああああああああっーーーーーーーーーーー!! やっと、やっとみつけたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 

 

 びくりと、ハジメの体が跳ねる。頭の中で、何かが吠えた。

 

「あ……!? な、なんだ……!? ぇ、だ、誰だ……!? 誰だオイ……!?」

 

――やっと! やっと見つけ出した!! ぼくの! ぼくの体!!! 今まで追いやられて、ずっと奪われていた僕の体あああああ!!!

 

「は、はぁ……!? な、なに言ってんだ!? だ、誰が……誰がなにを……!」

 

――とぼけないでよ!! 魔物の肉を食べたから、ずっとずっと追いやられてたんだ! 『必要ない』からって!! もっと『知能指数』が高くて『話術』に長けた『脳』がいるからって!!

 

「だ、誰だよ……おい、誰だよお前! 誰が、俺に話しかけてんだよ!!」

 

――いいから返してよ!! ねぇ、返してよ!! 僕の体! 返して!! 返してってば!!

 

――僕の体を返して! 僕の家族を返して! 僕の、僕の、僕のぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!

 

 

 

「――ん、ごめんハジメ。待たせちゃった?」

「ん、んぁ……いや、そんな待ってねぇよ。よ、みんな。ちゃんと集まってくれたんだな」

 

 いつの間にか居眠りしていたのだろうか。ぼやけていた頭をかりかりと掻きながら、嫁たちの前に立つユエがハジメに手を伸ばした。

 

 暖かな手の平だった。幾度も体を、唇を、その心を重ねてきたか分からないほどに愛しい『大切』。その後ろで控えている愛妻たちも、そんなハジメのことをジッと愛しく眺めている。

 

 この日過ごす休日が、きっと良いものになるであろうことを願いながら、ハジメたちは噴水広場を後にした。

 

「……なんだか考え込んでいたような気がするんだけど。何か悩みでもあるの?」

「? いいや? なんでもねぇよ?」

「そう……そうなんだ。ん、映画が始まっちゃう。いそごっか」

「ははっ、そうだな」

 

 ハジメと妻たちの笑い声が響き渡る。誰もが振り返る美女を連れ歩きながら、一人の青年を中心にしたハーレムパーティ。

 

 これからも、こんな穏やかな日々を送っていくのだろう。心安らぐ気持ちのまま、そっと寄り添ってくれる彼女たちと共に歩く――

 

 

 

 そのためならば、不要なことを考える『脳』はいらないだろう。環境に適さぬ『意思』は、一欠けらとして振り返られることなくどこかへと消えていった。

 

 

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