召喚士シルヴィアが求めるサメ   作:永瀬皓哉

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第0話:サメしか召喚できないので追い出されました

 我がアークバイト家は百年以上にも亘って代々この国の王家にもお仕えしており、どの代にも優秀な召喚士を輩出してきた召喚士の名家として名を響かせてきました。

 それは三人の兄と一人の弟も例外ではなく、わたしが生まれた時は最初の女の子ということもあって、両親には随分と可愛がっていただけました。――あの時までは。

 

 アークバイト家では子供の七つの誕生日に、召喚士として最初のお役目である「契約の儀式」を行います。

 望んだモンスターを召喚し、奉納すべき対価を交渉し、契約することで「召喚獣」とする。召喚士の本領かつ基本とも言える儀式です。

 この時に備えて、アークバイト家では五つの頃から召喚術のお勉強を施されてきました。

 

 召喚術のお勉強は一般学と並行して行われました。言葉・記号・文字がわからなければ契約陣を描けず、計算ができなければ支払う対価を適切に見極められず足元を見られるからです。

 時にはこちらが分不相応な要求をして憤慨した未契約モンスターに喰い殺されてしまうこともあると聞きますから、他の何に買えても「言葉と価値」の教育は徹底されました。

 そんな中、どんなモンスターがどんな生態をしていて、普段の住処や食生活、体の構造や気性・性質などモンスターへの理解を深める「生物学」「モンスター生態学」はわたしが最も興味を惹かれた大好きな科目でした。

 

 そして、召喚士にはモンスターに対する「相性」というものがございます。この相性がよければよいほどに、契約時には「奉納」の程度を軽減させていただけます。とはいえ、相性が悪いと契約に至らないという意味ではなくて、あくまでも気休めのようなものです。よければよいに越したことはありませんが、さほどよくなくても気にしない人もたくさんいらっしゃいます。

 しかし召喚士にとって奉納を安く済ませられるのならそうしたい、というのは誰もが同じ考えのようで、そうした相性を鑑定する「相性鑑定士」なるご職業もあるほどです。

 その相性鑑定士のお話によれば、わたしにとって最も相性のよいモンスターは「山や森のような精霊に囲まれた場所で暮らすモンスター」ということでした。例を挙げるなら森に多く生息する「ウルフ種」や、山で暮らす「ハーピィ」などがその条件を満たしていますから、両親――特に父などは従順で賢く力強い「シルバーウルフ」などを期待しておられました。

 

 そしていよいよ「契約の儀式」が行われました。当時の私からすると身体よりも大きな杖を取り回すのには苦労しましたが、『契約杖』と呼ばれる杖の先に白墨を取り付けて床にせっせと契約陣を描き、その契約陣の中で精神統一を行って現れたのは――サメ。全長は当時のわたしよりも大きかった覚えがありますけれど、それでも今思えば幼魚でした。

 前もって「森や山に暮らすモンスターと相性がよい」と言われていたわたしは、目の前のサメに随分と困惑しました。海の生物についてももちろんお勉強はしていましたが、不足があってはならないと思いましたから、わたしは持てる限りの知識を元に契約を進めました。奉納すべき対価について。従うべき行動範囲。契約を超過する行動を「求めた場合」と「行った場合」の互いへのペナルティ。およそ一時間に及ぶ契約の儀式は、互いの了承の上に締結され、わたしは初めて召喚獣を得ることになりました。

 契約を終えて、わたしはすぐさま両親に儀式の成功を報告し、そのサメをお披露目しました。予想外の召喚獣に驚いた両親ではありましたが、母はわたしを褒めてくださいましたし、父もひとまず儀式の成功を見たことで「ウルフは次回でもいいだろう」とわたしを責めたりはしませんでした。

 

 しかし――わたしが抱えた問題はすぐに露呈しました。

 

 二度目の契約は最初の契約から月をひとつ跨いだ頃。契約自体が成功したのなら、今度こそウルフ種と契約させたいという父の意向でした。わたしにはそれを断る理由も権利もありませんでしたので、そのように従いました。ですが、二度目の契約で現れたのもまた「サメ」でした。今度は火山の溶岩のように燃え滾るサメ。こちらのサメとも契約しましたが、「おや?」と思ったわたしは子供特有の体力にものを言わせて両親に確認も取らないまますぐさま三体目のモンスターを召喚しました。すると今度は幽霊のように体が透けたサメ。わたしは不安を抱えながらも、それを両親に伝えました。

 

 父はすぐにわたしを知り合いの召喚士に引き合わせました。その方は召喚士の中でも「契約と相性」について研究していて、そちらの界隈では良くも悪くもずいぶん名の知れた方でいらっしゃるようで、プライドが高く家の名を重んじる父が唯一この件に関与させた外部の人間でした。そして、その方が診断した結果によれば『彼女(シルヴィア)の召喚士としての才能は決して低くはない。むしろ貴家に相応しい才能を持ち合わせていて、彼女が召喚したサメとの相性は鑑定士が予見したものよりも遥かに、抜群によろしい。しかし、その代わりというには酷だが彼女がサメ以外のモンスターを召喚することは叶わないだろう。どういうわけか原因まではわからないが、サメ以外のモンスターにアクセスする回路が何ひとつ無い。まるでサメのために生まれサメに全てを捧げる巫女のようにさえ思える』ということでした。

 サメの巫女、という表現には今でこそ小さな笑みがこみ上げるようですが、それがむしろ父の怒りを買ったようでした。そんなおかしな話があるわけがないと怒号を交えながらひとしきり暴れた後、父はわたしを侮蔑するかのような目で睨みつけながら「この失敗作め」と仰いました。そんな父の言葉に、わたしはショックを受けつつも「どうしてサメだといけないのか」が理解できませんでした。確かにサメは海の生き物で、陸上で活動する我々にとっては理解の及ばない行動を取ることもありますし、しばしば海辺ではサメが痛ましいトラブルの一端を担ってしまうこともあると聞き及んでおりました。しかし前者はあくまでこちらの知識や理解が足りないだけで、後者はそもそも海というサメの領域に入り込んだ人間側の自己責任です。ましてや個体や種類における気性の良し悪しなど、それこそ生涯をかけてモンスターと向き合う召喚士自身が自分の力でどうにかすべき問題ではないでしょうか。

 つまりは、幼い頃のわたしにとって初めての召喚獣であるサメを下に見るような父の言動に、わたしは思わず反論してしまったのです。『お父さま、わたしの力が及ばないばかりにお父さまの期待を裏切る結果になってしまったことは申し訳ありません。ですが、どうしてサメではいけないのでしょうか。わたしの契約したサメは決してわたしとの契約を反故にする子ではありませんし、水辺ではこの子の右に出るモンスターなどそうそうおりません。陸上でだって、わたしの奉納が及ぶ限りがんばってくれるはずです。力の強さなら、お父さまが望まれたシルバーウルフにさえ引けを取らないでしょう。ですのでどうか、そのようなサメを貶めるようなお言葉だけでも撤回いただけないでしょうか』と。

 

 そこからの日々は空虚なものでした。最初こそわたしを庇ってくれた三人の兄も、徐々に父の言葉に呑まれてわたしを侮蔑するようになっていき、母は何度もわたしを助けようとしてくれましたが、嫁入りした女性の地位が家長である父を超えられるはずもなく、父の一喝を受ければ何を言うこともできませんでした。

 

 そしてわたしが十四歳になった翌日――わたしは家を追い出されました。

 数日分の食料と衣類、加えて母から餞別として頂いた「杖」と随分な額が記された小切手だけを渡されて、家から山ふたつ離れた町で「今日を区切りにお前がアークバイトの敷居を跨ぐことは許さない。どこへなりとも行くがいい」と。

 正直に申しまして、いつかそんな日が来るだろうということは予想できておりました。父と兄の言葉の暴力は数年前に最高潮(ピーク)を迎え、以降はどちらかといえば無関心というスタンスをとっており、わたしが十五歳になってしまうと成人として家の名を背負い社交界で大々的に顔を出すことになってしまいます。そうなると、わたしという不出来な娘――もっと言えば「恥晒し」を他の貴族たちに知られてしまうことになりますから、それを防ぐ狙いなのでしょう。逆に言えば、そうなる直前まで育てていただけたのは、せめてわたしが一人でも生きられるように母が説得してくれていたからなのではないでしょうか。

 とにもかくにも、わたしは家を失いました。そこでふと思ったのです。不出来な娘ではありましたが、だとしても十四になったばかりの子供を放り出すような家が幅を利かせるような国に、果たして未練などあるでしょうか、と。自らに是非を問えば返ってくる答えは明白。そして何より、わたしの可愛いカワイイ召喚獣はサメ。海の生き物です。それも人ひとりが乗ってもまるで負担にならないほど巨大な。そう、あの時の幼魚は七年かけて立派な成魚に成長していたのです。そしてそんなサメの背中に乗って、わたしは三日かけて西の大陸へと渡りました。

 そしてついに辿り着いた海辺の町で、母からもらったお金のほとんどを使って小屋のような家を購入。周囲の方々に助けていただきながら、漁師さんのお手伝いをして今日まで平和に過ごしております。

 

「ルヴィー! そろそろ船を出す時間だ、今日も頼むぜ!」

「はい、すぐに参ります」

 

 船の準備が終わったようですね。

 申し遅れました、わたしの名前はシルヴィア・H(アッシュ)・アークバイト。

 この港町では「ルヴィー」の愛称を頂きながら、海の用心棒をしております。

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