召喚士シルヴィアが求めるサメ   作:永瀬皓哉

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第9話:アンナの旅支度

 人間とモンスターが共に暮らすこの世界では、モンスターは「生物」の一種として扱われています。つまりは、モンスターであるというだけで善悪を推し量ることはできません。

 もちろん、人間に有益なモンスターや、人間に有害なモンスターはいますが、それらはそういう「生態」を持っているというだけで、その行為に善意や悪意があるかは、その個体ごとに異なるということです。あるいは、エルフやドワーフといった「善悪を超越して人類と友好的な利害関係を結ぶモンスター」もいますが、あれは彼らが人間と遜色ない知性を持つからこそ成り立っている関係であって「エルフだから無害」「ドワーフだから有益」などということはありえません。人間に対して敵意を持つエルフやドワーフも多少は存在するからです。それは、人間の中にも彼らに対して攻撃的な者もいることと同じでしょう。

 

 そして、だからこそ「人間に害を及ぼすモンスター」に対処する職業が、大まかに3つあります。

 ひとつは「ハンター」と呼ばれるモンスター退治を専門とする職業。モンスターに対しては絶大な力を発揮しますが、それを人間に向けることを禁じられています。

 もうひとつは「衛兵」と呼ばれる市民を守る職業。王国騎士団も広義ではこの一種として含まれますね。つまり、街や王宮といった「拠点とその中の人」を守るのがお仕事です。

 そして最後に「冒険者」です。戦う相手・場所の制限がなく、最も自由に行動できますが、完全歩合制で不安定な職業ですし、前二つと比べると所属する組織やギルドがないので保険が利きません。

 

 特に拠点がないというのが最大の痛手で、冒険の中で増えていく荷物を安置しておく場所がないのです。――たったひとつの例外を除いて。

 その例外というのが、それなりに大きな都市には必ずある「預かり屋」です。預けておく期間に合ったお金を渡すことで、旅に不要なアイテムを預けておくことが可能です。

 

「……ん。書類はこれで全部?」

「ああ、そうだね。あとは預かる荷物を出しておくれ」

「はい、荷物はこれだけ。期間はとりあえず一年でお願い」

 

 ここはリンコドンの中でも、魔法学校から一番遠い場所にある預かり屋さんです。

 旅の荷支度をしてきたわたしと違って、アンは旅荷物の取捨選択をする暇もなくわたしの旅に同行することになったのですが、魔法学校の生徒と鉢合わせたくないという理由で、ここまで足を延ばしたというわけです。平日の昼間ということで混みあってはいませんでしたが、それでも一件ごとに手間のある手続きを必要とするので、それなりに待たされています。

 

「あいよ。一応、危険物がないか中身を改めるよ。危険物でも、あんたが免許を持ってりゃ構わないから、今のうちに何かあれば提示して、名前と年齢と生年月日を言っておくれ」

「じゃあこれとこれとこれ。アンナ・アクロフ、15歳。新暦488年9の月の3番目の"月"の日生まれ」

 

 アンが提出した金属製のプレートを確認して、預かり屋のおばあさんはずいぶんと驚いた様子で、アンとプレートに視線を往復させていました。

 あのプレートはおばあさんの言う通り、何かしらの免許証のはずですが、どうかしたのでしょうか。

 

「第一級薬物取扱許可証、危険魔道具取扱許可証、国家魔法士検定合格証……って、お嬢ちゃん、あんたいったい……!」

「なんだっていいでしょ。で、荷物の中にはいくつか薬品類とそんなに危なくない魔道具が入ってるから、それだけお願いね」

「あ、ああ……わかった、留意書をつけておくよ……。まいどあり……」

 

 そう言って早々に受付から離れると、アンはロビーの椅子に腰かけていたわたしの手を引いて、預かり屋を出ました。

 薬物取扱許可証、魔道具取扱許可証、魔法士検定合格証。どれも「魔法薬学」と「魔道具学」を含めた『魔法学』において不可欠な免許のはずですが、何がおかしかったのでしょうか。魔法学は専門外なので、わたしにはその凄さがよくわかりませんが、アンも「それ」が当然かのように振舞っているので、おばあさんが魔法士とあまり会ったことがなかったのでしょうね。

 

「アン。あの……アン?」

「……あっ、ごめん。手、痛かった?」

「いいえ、このくらいは。それよりも、どうしましたか? あまりご機嫌がよろしくないようですが」

「あー……いや、別に機嫌が悪いわけじゃないのよ。ただ、居心地がよくないっていうか……ほら、これでもあたし、魔法学校では優等生な方だったからさ。こんな真っ昼間から街に出てるのって、不良っぽくてさ」

 

 なるほど。それは確かに、学校に通ったことのないわたしでは共感し得ない感覚でしょう。わたしも、召喚術だけでなく一般学も修めていますが、それは学校に通ったわけではなく、家庭教師を雇って学んだものですから、「日中は学校に通うもの」というアンの感覚に頷ききれないところがあります。スフィルナでは個人事業とはいえお仕事をしていたわけですし。

 アンは「まぁそのうち慣れるから、それまで付き合ってよ」と言いますが、わたしよりも不安を感じているのは他でもないアン自身のように思えます。

 むしろ、わたしはアンが焦りや違和感を見せてくれたとしても、今のように理由を教えてくれれば、それで納得できますし不安もありません。アンはわたしの友達ですから。

 

「そうですか……では、今のうちは気にしないことにしましょう。ところで、いまさら失礼かもしれないのですが……」

「なに?」

「アンって、わたしよりも年上だったんですね……」

「……えっ」

 

 さっき、アンが488年9の月生まれと仰っていたのが聞こえていたのでびっくりしたのですけれど……。

 

「……シルヴィっていつ生まれの何歳なの?」

「489年7の月の最初の"日"の日生まれの15歳です」

「なら誕生日来たばっかじゃない! えっ、年下!? そんだけデカくて!?」

「背丈と年齢が一致しないとはよく言われます」

 

 この世界の一年間は10か月。1の月から5の月までが36日で、6の月から10の月までが37日です。

 一か月は必ず「月の日」から始まり、火・水・木・金・土と続き、「(にち)()」で終わります。これを5回繰り返し、36日目と37日目は「月食の日」「日食の日」と呼びます。

 なので、7の月の最初の"日"の日生まれのわたしは紛れもなく夏生まれですし、アンの誕生日である9の月の3番目の"月"の日は秋の終わり頃ということになります。

 

「……何食べたらそんなに大きくなるの?」

「あまり好き嫌いはありませんが、魚介料理は好んで食べますね。小魚のフライとか、焼き牡蠣とか、トマトとエビのスープとか」

「焼き……がき? って何?」

「ああ、正式名称はあまり知られていませんよね。牡蠣というのは俗に言う「白子貝」のことです」

「えっ、白子貝って食べるとあたって最悪死ぬっていうあれよね? 食べられるの?」

「ちゃんと火を通せば大丈夫ですよ。といっても、わたしもスフィルナで食べるまでは危険なものだと思ってましたけど」

 

 外国では生の牡蠣を食べているところもあるそうですが、さすがに生で食べるのは今のわたしでも抵抗があります。

 そもそも、牡蠣に限らず二枚貝は主食であるプランクトンを摂る際に大量の海水も吸い込むわけですが、その海水にウイルスが含まれていれば、それも一緒に吸収して体内に溜め込んでしまうわけです。このウイルスは85℃以上の熱で一分以上加熱することでいくらか予防できるのですが、生で食べる場合は牡蠣と一緒にこのウイルスも体内に取り入れてしまい、(あた)ってしまうことになります。逆に言えば、牡蠣がこのウイルスを取り込まない工夫ができれば、生で食べても安全な牡蠣を養殖できるということになるのですが。

 

「シルヴィって生き物のことならほんとに詳しいのね……」

「召喚士ですからね。それに、この一年は港町に住んで海でお仕事をしていたわけですから、漁師さんから直接いろんなお話が聞けたのも大きいですね」

「やっぱり、本で得る知識と現場で見聞きした知識って違うものなの?」

「それはもう。今しがた話した牡蠣のことはもちろん、サメしか召喚できないとはいえわたしも召喚士ですので、それなりに生物学やモンスター生態学には精通していたつもりです。ですが……それでも実際に見て得られた知識量と比べれば、現場での対処に必要な知識の浅さ、視野の狭さ、思慮の至らなさ……未熟を痛感するには余りありました」

 

 なので、この旅の目的はもちろんアルターリからブルノを取り戻すことではありますが、その道中で出会う様々なモンスターに対する知識を深め、一人前の召喚士となってスフィルナの皆さんに誇れるわたしになることです。そして、そのためにも魔法士であるアンの同行はとても心強いです。わたし、動物はともかく実は植物にはとんと疎いので……。

 魔法士の方は魔法薬学を学ぶ過程で薬草や毒キノコにも精通していると聞いたことがあります。わたしにとっては、非常時に口にするものが有毒でないかどうかわかるだけでも十分ですので、そういった面においては全面的にアンを頼るつもりでいます。

 

「ひとまず、今日は旅支度をしたら宿に一泊しましょ。冒険者として戦うことも想定するなら、あたしも帽子を新調したいわ」

「帽子ですか。アンにはハンチングキャップなど似合いそうですが……」

「いやオシャレしたいわけじゃなくて、魔法帽よ。見たことない? つばの広い大きな三角帽子。あれは魔法士の集中力を高めて魔力の循環を加速させる力があるから、戦う魔法士にとっては必須のマジックアイテムなの」

「な、なるほど……。やはり、魔法のことになるとわたしでは気が回りませんね。それでは、先に宿にチェックインして、夕飯まで自由ということにしませんか?」

「いいわね、そうしましょう。何かあったら……はい、これ」

 

 そう手渡されたのは、一枚のディスクあるいはプレートのような、やや厚みのある円盤状の石板でした。……石と呼ぶには、その翠色はあまりにも美しすぎるほどですが。

 これは図鑑で見たことがあります。(つがい)を作ると互いの思考を伝達しあう能力を持つ「伝考虫」を、生物の思考を読み取って映像化する「メモライト鉱石」に埋め込んで作られた「伝鉱虫(ハウリングバグ)」ですね。実物は初めて見ました。

 

伝鉱虫(ハウリングバグ)っていうアイテムなんだけど、使い方はわかる?」

「この石板の中に含まれた伝考虫を活性化させる程度の魔力を含ませて安全な場所に放り投げる、ですよね」

「そう。すると伝鉱虫(ハウリングバグ)が見てる景色を、その番が宿った伝鉱虫(ハウリングバグ)に投影できる」

 

 製造方法には一抹の残酷さも感じますが、技術の発展には相応の犠牲を伴うのは世の常ということでしょうか。

 生き物を鉱石に閉じ込めて仮死状態にし、必要な時だけ魔力で活性化させて用が済めばまた仮死状態に……字に起こすとその残酷さがますます強調される気がするので、これについて考えるのはこのくらいにしておきましょう。

 

「じゃ、また後で」

「はい、また後で」

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