アンと別行動を開始してしばらくが経ち、まるでアンの髪のように赤々と燃える空を見ながら宿に帰ると、既に戻っていたらしいわたしの友達は、ロビーでわたしを見つけるなり手をひらひらと振りながら迎えてくれました。宿には二人一部屋で借りているので、話を通せば部屋の中で待つこともできたでしょうに、人気の多いこんなところでわたしの帰りを待ってくれていたのだと思うと、胸にじんとくるものがあります。
二人そろったところで部屋に戻り、互いの購入品を確認することになったので、カバンの中に入れた新品の荷物をベッドの上に並べます。
わたしは主に消耗品・日用品の買い足し。トーマスさんから戦闘以外でも動物の解体・調理に使用可能なショートカトラスをいただきましたが、それは緊急時ということにして、普段から使える鞘つきのナイフを予備も含めて数本購入。加えて、召喚獣に奉納するための品をいくつか。これも本来なら野生動物を狩猟して解決できるものではあるのですが、場所によっては貴族の私有地であったりして狩猟ができないところもありますし、状況次第ではいくらでも奉納を滞納せざるをえない状況ができますので、それをケアするためにお金を出すことは吝かではありません。あとは衣類をいくつか。旅となると上着も下着も消耗品になりますので。
アンは保存の利く食品・薬品を中心に、いくつかの薬草や魔道具を購入したようです。特にアン自身も言っていた『帽子』はつばが広く、丈夫なリボンや貴金属をあしらった立派なもので、アンのこだわりや魔法士としてのプライドを垣間見た気がします。それと比べると、サメの意匠をこらした契約杖はともかく、わたしの召喚杖のシンプルなこと。扱いに困ることはないので特にこれという問題はありませんが、もう少しくらいこだわりを込めたものを持つのもいいかもしれません。……いえ、魔法にせよ召喚術にせよ、杖はどれも高価なものですし、今の杖に不満もないのに替えるというのは……あまり気が乗りませんね。
「アン、この袋は?」
「薬の素材がいくつか。薬草とか、キノコとか、虫とか……」
「……虫がお薬の素材になるんですか?」
「なるわよ。適切な餌を与え、よく乾燥させ、火で煎り、あとは粉末にして使うわ。虫以外にもヒル、蛇、とかげ、イモリ……薬にできるものは意外とそこら中にあるわ」
薬学には長けていないわたしの身からすると、ムカデやサソリまで薬にしてしまうという『薬学』と、それに一切の抵抗を示さないアンに肝の冷える思いではありますが、これもわたしの浅薄な知識・見聞が招いたこと。生物学とモンスター生態学に秀でる召喚士が、よもや「生物の知識」で後れを取るとは、お恥ずかしい限りです……。
しかし未だに形の残る虫の干物を長々と見つめる気にはなれず、その後は薬草の説明に話題をシフトしていただきました。アンの気遣いが身に沁み入ります。
それからさらにしばらくして、互いの荷物に過不足がないかを確認し、翌日は早朝から出発することを話し合うと、わたしたちはそれぞれのベッドに入り、その日の夜を越しました。
同性同士ではありますが、今日会ったばかりの相手と同室で眠るというのはわたしにとっては初めての経験でしたので、やや緊張の残る就寝……というわけでもなく、目を閉じれば心地よい疲れがわたしを夢の中へと
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翌日。初対面の相手と一緒の部屋で寝ることに緊張して眠れなかった、などとは口が裂けても言えないほどぐっすり熟睡していたわたしを、アンはやや強引に布団を取り上げながら起こしてくれました。真夏の今でなければ苦言のひとつくらいは呈したかもしれませんが、これが友人の距離感だと思えば苛立ちよりも遥かに大きな幸せさえ込み上げてくるのですから、「友情」というものの尊さを噛み締めるには十分でした。
そして再三の荷物チェックを終えて、わたしたちは早々にリンコドンを発ちました。
今回、アンと共に旅をすることを決めてわかったことは、仲間の心強さです。自分だけではどうすることもできなくても、仲間がいればできることが増える。手札が増えれば勝ち筋の増えるカードゲームと同じように。だからこそ、わたしはアンと話し合い、ブルノだけではなくアルターリに対抗できる仲間を増やすことにしました。
「召喚士シルヴィアが求める。灼熱なる牙を持つ者よ、煮えたぎる深淵より来たれ。召喚、マグマシャーク!」
「星座のしるべ、海風のひびき、地脈のめぐり……魔の導きにより我が問いかけに応えよ! バインド!」
道中、いくらかのモンスターに襲われる度に、わたしとアンは互いの手札である召喚術と魔法を全て晒しました。さすがにレヴィアシャークはその大きさから、召喚するだけで地形や生態系を変えかねない影響力を持つため、口頭説明に留めましたが、それでも互いの身を守る術を晒し合うことで、その信頼を示し合いました。
しかし魔法、というものはとても興味深いです。確かに魔力と言う謎の多い元素を用いるものの、その技術体系が人類文明の発達と共に進化していることを強く感じ入りました。
大気に多分に含まれる魔力を皮膚で吸収し、詠唱……「声」に魔力を含ませて、その「言葉」に一定の規則性を持たせることで魔法の術式を描き、自らの思い描く通りの結果を生み出す。全ての魔法に共通する部分はそれだけだそうです。確かに、言語化されてしまえば学問として納得もできるものです。しかし、声に魔力を含ませて言葉で術式を描くというのは、ほとんど感覚やセンスに頼った部分で、魔法士の優劣はそこが大きく関係しているように感じました。そして、それをアンに伝えてみれば、「やっぱりシルヴィって賢いわね」と概ね肯定的な返事が返されたことに安堵します。
「魔力の動きは「星座のしるべ」「海風のひびき」「地脈のめぐり」の3つが体感的に感じ取りやすいと言われているわ。魔法士の衣装が全体的に露出が多いのは肌で魔力を吸収するほかに、この3つを敏感に感じ取るためでもあるわ」
「それにしては、アンはちゃんと着こんでいるというか……学校の制服のままですね?」
「あたしは別にその必要がないくらい感じ取れてるし」
なるほど、アンが「リンコドンの天才魔法士」と称されるのはそのあたりが影響しているのかもしれませんね。
確かに、思い返してみればリンコドンの街中で見かけた魔法士らしき方々の装いはどなたも軽装で、男性であればノースリーブであったり、女性であれば肩や足を出しておられる方を多く見かけました。男女に限らないものでいえば、お腹を出している衣装は特に見かけた気がします。
あれはリンコドンの民族衣装的なものだと思っていたのですが、魔法士の多いリンコドンだからこその景色だったのでしょうね。
「ただ、やっぱり袖とか捲ったりすると特に魔力の流れがわかりやすいわね」
「では、露出の多い服装の割に、大きな帽子を被るのは何か理由があるのですか?」
「大きな帽子っていうか、まぁ魔法そのものは声とか言葉で発動するんだけど、その威力や規模は集中力が影響するのよね。だから不要な視覚情報をシャットアウトするために、魔法士はつばの大きい帽子にコイン大の穴を開けて、それを目深に被りながら狙いをつけるわ。あとは帽子そのものに集中力を強化する術式が込められていたり、三角帽子の「三角形」自体が魔法陣と深い関わりがあったり……まぁ、色んな理由があるわ。そんな感じで、戦う魔法士なら帽子は必要不可欠なの」
「なるほど……」
つばの長い帽子を意図的にカットして視覚情報の調整、帽子そのものに施された術式、形状そのものが持つ力……それらが全て満たされるのが、あの大きな三角帽子ということだったんですね。一見しただけではわからない装飾品にこれだけ規則的なエンチャントを加えられるというのは、さすが『神秘の解読者』ともいわれる魔法士の愛用帽子です。
「あ、ちなみにさっきの詠唱はシルヴィにわかりやすいようにすごく形式ばった詠唱を使ったけど、本当はあたし前半なしで使えるから」
「えっ、それは……大丈夫なんですか? 魔法は声で発動するんですよね……?」
「
「……それ、もしかしてアンが自覚してないだけで実はもっとたくさん自慢の種があったりしませんか?」
「いや? いろいろ細分化するとあるかもしれないけど、総合的にまとめたら「天才魔法士」以外の自慢は家族仲がいいことくらいよ?」
嘘です……アンは自覚していないかもしれませんが、わたしはこの時ばかりは絶対にアンのこの言葉だけは信じてはいけないということを心に刻みました。
夏休みの自由研究で魔法という歴史ある技術の根本にかかわるような術式を編み出して、それを原案のまま提出したら魔法省から表彰されるような頭脳が、この表彰以外は「家族仲がいい」以外の自慢を持たないはずがありません。少なくとも他人に訊ねれば間違いなくそれはもう湯水のようにアンの武勇伝を聞けたかもしれないと思うと、今からでもリンコドンに戻って学生さんに声を掛けさせていただきたい気持ちでいっぱいです……。
「さぁ、次はシルヴィの番だよ。召喚術について教えてよ」
「構いませんが……魔法よりも言語化が難しいということは先にご理解くださいね?」
では、少々鞭撻を執らせていただきまして……。
「――なんでそんだけ優秀なのに家を追放されたの?」
「いえいえ、わたしなどまだまだ未熟者ですから」
「シルヴィ、普通「未熟者」は邪神もどきと契約できないのよ?」