召喚士シルヴィアが求めるサメ   作:永瀬皓哉

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第11話:野営と役割分担

「……日が暮れてきたわね。そろそろ寝床を探さないとまずいわよ」

「リンコドンからはそれなりに離れてしまいましたし、この近くには村はおろか人の気配すら感じませんから、野宿になりそうですね」

「今日、天気は大丈夫だったわよね?」

「ええ、雨と増水の危険はないでしょう」

 

 野営をするとなると、まずは水と薪木の確保・調達が最優先となります。夏であっても夜間は日中と比べて冷えますし、街中と違って周囲を警戒しなければならないため、火を保つのは極めて優先順位の高い事項と言えるでしょう。また、その火が荷物や周囲の木々に移らないためにも、水は必要量をすぐに用意できなければなりません。

 それに、水と火を用意できるのなら、沸かして飲み水にできます。長旅において飲み水は貴重ですから、荷物の重みが多少増してでも、水は確保できる時にしておきたいものです。

 リンコドンはこのアクリアンティス王国において最も東側、南北に長い「ペラジクス地区」の中心地として位置しており、真っ直ぐ南下すれば西岸部のスフィルナやガレオセルド、南東には四つの市町があるわけです。リンコドンはペラジクス区の西側を南北に伸ばした大きな街ですので、直近の目的地でありリンコドンの北東部に位置する「ミツクリナ」に着くまでに、それなりの時間を要しますが、実はこのミツクリナまでの道は、今わたしたちが歩いている川沿いの道をひたすら道なりに歩けばいいという意味でとてもわかりやすく、敢えて悪く言うならば「単調」ともいえるでしょう。しかし、旅行であればともかく弟を取り戻すこの旅においては、無意味な遭難は避けたいので、道がわかりやすいことは利点でしかありません。

 というのも、ペラジクス区を東西に分けるこの川は、区内最北部に位置するレウカスの霊峰「ナカー(ざん)」を水源として、スフィルナまで伸びて海に繋がるというのですから、水の王国ともいわれるアクリアンティス王国においても「五指に入る美しき河川(かわ)」として数えられています。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「あたしは近くで食べられそうな野草を獲ってくるから、シルヴィは火を熾して、飲み水の確保をお願い」

「構いませんが……少し、お待ちください」

「……どうかした?」

 

 アンのことですから、何かあっても自衛できるとは思いますが、それでも心配をしてしまうのは「友人」としての性というものです。

 わたしは召喚杖を手に取ると、それをアンに向けて翳しながら、精神統一を行います。

 

「召喚士シルヴィアが求める。霊妙なる牙を持つ者よ、揺らめく深淵より来たれ。召喚、ゴーストシャーク」

 

 わたしの呼びかけに応えて、ゴーストシャークがアンの首元に巻き付くように現れたことに、彼女は驚く様子もなく受け入れてくださいました。初対面の時はそれなりにびっくりしてくれていたので、いたずらが失敗したような気持ちになりながらも、ゴーストシャークにはアンの護衛をお願いすると、彼は大人しく頷いてくださいました。

 ゴーストシャークに限った話ではありませんが、小型のゴースト系モンスターというものは往々にして寡黙です。そもそも発音器官を持っているのかいないのかさえ研究途中ではありますが、どう見ても向こう側が透けているのに音や鳴き声を発するゴースト系モンスターもいるので、ゴーストシャークも鳴き声が出ないわけではありません。……が、うちのゴーストシャークは本当にほとんど鳴かないのです。そのおかげで隠密行動の成功率が著しく高いわけですが、同時にそれが彼の意思表示の低さも表していて、契約している身としては、彼の心身の管理を行うという点で不安になることも少なくありません。

 

「キゥ……」

「……え?」

「なんか、この子あんまり乗り気じゃないみたいだけど」

 

 わたしがアンとゴーストシャークを見送ろうとすると、ゴーストシャークはアンの首元から何度もわたしの方を振り返り、何年かぶりに鳴き声を発しました。

 普段、追加報酬の取引や行動の指示の時には心象通話と呼ばれる互いの思念を繋ぎ合う力によって会話をするので、ゴーストシャークの声はともかくとして「鳴き声」となると、本当に久しぶりに聞きました。しかも、それを発した理由がわたしから離れたくないというかのような視線を伴っているのですから、わたしはもう胸の高鳴りを抑えきれませんでした。

 なんて……なんて愛らしいのでしょう! わたしにとって、相棒であり切り札であるのはもちろんメガロシャークですが、だからといってゴーストシャークやマグマシャークをメガロシャークよりも下だと思ったことなどありません。みんなそれぞれに得意なこと、不得意なことがありますし、それを上手く使いこなすのが召喚士であるわたしの役目。ましてこんなにもキュートで契約者思いのゴーストシャークを、たとえ仲間内であろうとどうして「下」などと思えるでしょうか。ありえません、断じてありえません。アンもご覧になってください、このゆらゆらと炎のように揺らめく可愛らしいヒレ。平べったく特徴的な頭部にはそれぞれの前方側面に赤く光るつぶらでプリティなお目め。何より、先ほども聞いた通りの「キゥ」という鳴き声など、世が世なら世界中がこの子の虜になるでしょう。……あげませんよ、この子はわたしの召喚獣です。こんなにも愛おしいサメを誰が渡すものですか。

 そんな思いをどうにか心中に留めて、わたしはアンの首元に佇むゴーストシャークに近付き、その頭を指で撫でながら説得を試みます。

 

「ゴーストシャーク、そんなに寂しそうなお顔をしないでください。なにも、あなたを追い払おうなんてつもりはこれっぽっちもありません。ただ、アンはわたしの大切なお友達です。あなたや、メガロシャークやマグマシャークと同じように、大事な大好きなお友達。だから、あなたが守ってほしい。今までずっとわたしを守ってくれたあなただから、今はわたしのお友達を、お任せしたいんです。お願いできますか?」

 

 わたしがそう言うと、ゴーストシャークはやはり少し寂しそうな面持ちで、それでも何かを決意したように力強く頷いてくれました。

 そんな様子を見ていたアンが、「あなたとサメたちって、召喚士と召喚獣というよりも本当に「友達」って感じね」と苦い微笑みを浮かべながら言うので、わたしもつられるように笑みを浮かべて「はい、自慢のお友達です」とお答えしました。

 

「じゃあ、今度こそ言ってくるから、準備よろしくね」

「はい。食料はお願いしますね。ゴーストシャークも、アンの護衛を頼みましたよ」

 

 

 

 

 林に入ってからそれなりに時間が経過し、あたしは木々の隙間から空の様子を見まわした。さっきまで茜色に染まっていた空はすっかり群青色で、夕日はほとんど山に隠れている。

 食料と薪は既に十分採れたし、日が沈みきらない内に戻らないとシルヴィが心配するだろうと、帰路に着こうとした時だった。

 

「……キゥ!」

 

 これまで沈黙を貫いていたゴーストシャークが、明らかに攻撃的な意思をもって鳴いたことで、あたしは咄嗟に抱えていた食料と薪を降ろし、杖を構えた。

 敵が「いる」ということさえわかれば、あたしの「探査魔法(サーチ)」から逃れられるモンスターなんて……!

 

「いない……? いや、ゴーストシャークはまだ警戒してる……。この子はなんの意味もなくあたしを怖がらせたりしないはず。いったい何を見落としてるっていうの……?」

 

 手を拱くあたしのためにか、ゴーストシャークはすぐさま首元を離れ、おそらくは彼が捉えたであろう敵を追いかけた。わずかに遅れて、あたしもゴーストシャークの後を追う。

 食料と薪の位置は「登録魔法(ポイント)」でマーキングしておいたけど、ついでに野生動物に食べられないよう「防護魔法(プロテクション)」もかけておけばよかった。

 ともあれ、今はゴーストシャークが追っているやつが問題だ。ここはあたしたちの野営地からそう遠くない林の中。もしも狂暴なモンスターだったら、片方が睡眠をとっている時に襲われるかもしれない。だとすれば、あたしが今ここで対処した方がいい。ダメそうならゴーストシャークでシルヴィを呼んできてもらう。どっちにせよ、あたしとシルヴィの両方がちゃんと起きてるときに対処しなきゃまずい。

 目の前の空中を泳ぐように進んでいくゴーストシャークを追いながら駆け抜けた先には、少しだけ開けた草原のような場所に、一本明らかに雰囲気の異なる大木が聳えていた。

 

「見るからに怪しいけど……あれが警戒してた原因?」

「キゥ」

「ただの木じゃないのはなんとなくわかるけど、いったい何を恐れて……」

「キゥッ!」

 

 突然、ゴーストシャークがあたしの制服の襟を強く引っ張り、あたしは2メートルほど後ろに投げ飛ばされた。いきなり何をするのかと強い語気で問おうとした瞬間、地面から木の根のようなものが生えて、さっきまであたしが居た場所を貫いていた。あれは……サメ?

 サメ……そうだ、サメだ。木の根のようなものの先端に、明らかに攻撃的な意思を孕んだ視線を向けるサメがいる。尾ビレの下葉部が根と繋がってるから、射程は短いかと思ったけど、そもそも大木からここまでまだかなりの距離があるのに攻撃してきている時点で、この「根」の長さはかなりのものだろう。

 

「ゴーストシャーク、シルヴィに目と耳を共有して。あたしがシルヴィに通信魔法(テレパシー)に対処法を聞くけど、言葉だけじゃ状況を説明しきれない」

「キゥッ!」

 

 あたしがそう指示すると、ゴーストシャークの赤い眼がシルヴィと同じ紫色に変化する。

 同時に、あたしもシルヴィに「通信魔法(テレパシー)」をかけると、シルヴィは突然の声に少し驚いたような反応をしながらも、冷静に説明を聞いてくれた。

 

「で、今こういう状況なんだけど、ここまでの道をちゃんと覚えてないんだ。帰ることはできるけど、この暗がりで林の中に入ったらシルヴィじゃ戻れない」

『わかりました。ここは役割を分担しましょう。ひとまず、あちらの攻撃を全て捌きながらわたしの話を聞いてください』

 

 ――あれは、トレントリモーラとフォレストシャークです。

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