『トレントとフォレスト……って、どういうこと? あたしには木の根っこみたいなサメが一匹出てきたようにしか見えなかったけど?』
「実際、今見えているのはトレントリモーラだけですからね」
アンの話とゴーストシャークの見ている景色を照らし合わせながら、わたしの頭の中に入っている図鑑を広げていけば、該当するものがひとつ見つかりました。
そのモンスター
「……アン、ひとまずトレントリモーラの対処をしてください。フォレストシャークはこちらで対応します」
『そのフォレストシャークがあたしを攻撃してくる可能性は?』
「ありません。あれは地中からトレントリモーラを従える司令塔ですから」
フォレストシャーク。時に『森の管理者』とも称され、似たような言葉で評される『森の統制者』ことエルフ族とは友好関係にある強力なモンスターの一種です。
地中の極めて深くから地表近くでたむろするトレントリモーラに『サプライヤー』と呼ばれる根のようなものを接続し、彼らが食べて得たエネルギーの一部を補給することでそれを溜め込み、一定範囲内……と呼ぶにはあまりにも広範囲の植物に対し、成長促進効果のある波動を放ち続けます。
そしてトレントリモーラは一定以上の年月を経た木々の根から生まれる地中魚類のひとつであり、フォレストシャークから出る波動によって木々の成長が早まるということは、彼らの繁殖活動にプラスの影響を与えることになるため、この二種は自然界に稀に見かける「共生関係」にあるというわけですね。
地中という、大半の生物が手出し不可能な領域で活動する『地中魚類』の中ではこのコンビネーションに勝てる存在はそう多くありません。フォレストシャークあるいはトレントリモーラ単体ではそうでもありませんが、フォレストシャークの波動によって強化され頑強な表皮を持ったトレントリモーラは、数・防御力・統制のとれた行動によって地中では無類の強さを発揮します。……ほんの少しの例外を相手にしなければ。
「なので今はわたしを信じて、目の前の相手に集中してください」
『……わかった。ただ、あたしには直接的な攻撃手段が無いから、早めに頼むわよ』
そう言うと、わたしとアンは同時に杖を構えました。
「召喚士シルヴィアが求める。灼熱なる牙を持つ者よ、煮えたぎる深淵より来たれ。召喚……マグマシャーク!」
『海風のひびき! 泉のゆらぎ! 河川のながれ! 水の導きにより、我が問いかけに応えよ! ミラー!』
相手が地中魚類なら――こちらも地中魚類で対処するまで。
ゴーストシャークの相互交感と並行しながら、マグマシャークとも相互交感し合い、ふたつの異なる景色を同時に判断するのにはコツが必要ですし、できるとしてもそこそこの頭痛を伴います。まして、アンから接続されているテレパシーも魔法を扱えないわたしからは切ることができませんので、実は3つの処理を同時並行しているのですが、ここまでくると並みの人間であれば頭痛で呻くことさえできないかもしれません。召喚士として精神鍛錬を積んでいて幸いでした。
「……マグマシャークはひとまずアンのいる方角へ。トレントリモーラを見つけ次第、サプライヤーを辿って潜航し、一気に叩いてください。ゴーストシャークはアンの護衛。アンはとにかく自衛最優先でお願いします。トレントシャークに対するある程度のダメージはフォレストシャークが回復させてしまいますから、まともに相手をしても意味がありません」
『ひとまず
「残心、見事です」
ところで、日中のお話では「魔法士が一度に扱える魔法は原則的に一種類」だったはずでは?
過度の緊張を解すため、互いに声を掛け合いながら各々の役目を全うする中でわたしがそう問うと、アンはさもそれが当たり前であるかのように「
リンコドン魔法学校近くではそれなりの数の魔法士の方々を見かけましたし、街中で魔法を便利小道具のように使う人はたくさんいましたが、誰も「
「……アン、さらりと「魔法の原則」を破りすぎでは?」
『原則があるならいずれは「例外」も生まれるでしょ。それをやったのがあたしだったってだけのことで』
「そういうものでしょうか……。あっ、マグマシャークがフォレストシャークを見つけました。もう少し頑張ってくださいね」
『うん、任せた』
相互交感する視界に、暗く漂う巨大な影のようなものが浮かび、それがフォレストシャークのものであることは疑うべくもありませんでした。
本来、海と違って地中は土まみれで遠くの景色など見えようはずもありませんが、地中ザメのロレンチーニ器官は海ザメのそれの数十倍の精度を誇ります。対象との距離。相手の形・大きさ。そして自分がどれだけの速度で近付けばいつ接敵するかまでも。わたしは脳の処理能力を上げるため、森の上空に向けてゴーストシャークの召喚陣を飛ばすと、ゴーストシャークの見ていた景色が消え、彼が帰還したことがわかります。アンから「ゴーストシャークがどっか行っちゃったけど大丈夫?」と訊ねられましたが、「問題ありません」とだけ返して、見える景色に集中すると、より一層その景色がはっきりと見えてきます。
「マグマシャーク、お願いします」
わたしのそんな言葉が洩れるにも早くか否か、マグマシャークの灼熱の牙がフォレストシャークに食らいつき、そして黒ずんだ体がオレンジ色の炎を滾らせていきます。
マグマシャークの表皮は名前の通りマグマの鎧によってコーティングされており、溶岩の中を泳ぐほどの耐熱性・耐火性を持つと同時に、その熱エネルギーを体内に溜め込み、全身から放出という特性を持ちます。……が、その中でも特に高熱を放つのが、マグマシャークの最大の特徴である牙。ひとつひとつの歯の先端が三叉になっており、それら全てが内向きかつ「かえし」がついているため、一度食らいついた獲物は絶対に逃しません。
身を捩り悶え苦しむフォレストシャークですが、マグマシャークの体温はまだまだ上昇し続けますよ。マグマシャークの放つ熱は本物のマグマと同等以上と言われていますから、トレントリモーラ同様、表皮がいかに硬かろうと木質ならば炭になるだけです。……が。
「……召喚士シルヴィアが認める。マグマシャーク、帰還」
『シルヴィ、なんかサメたちが一気に地下に潜っていくけど、仕留めたの?』
「いいえ。むしろ……わたしの役目はこれからです。アンはそのまま戻って来てください。それまでに終わらせておきます」
『そう? じゃあ
そう言ったアンが通信魔法を切ったことを確認すると、わたしは召喚杖を契約杖へと変え、魔力液を込めた試験管――魔力瓶を装填し、地面に召喚陣を描いてその中へと入ります。
そして精神統一を行いながら、心に浮かぶ言葉をゆっくりと紡ぐ。
「与えるもの、育むもの。小さきはらからを従えし王たるもの。地の恵みをいたずらに奪うことを許さぬもの。花々が大地を彩るように、太く力強い大樹を侍らせ、脈々と続く生命の営みを見守る牙となれ。召喚士シルヴィアが求める……豊穣なる牙を持つ者よ、穏やかなる深淵より来たれ。フォレストシャーク」
わたしの呼びかけに応えるように現れたのは、全身が黒く焼け焦げたフォレストシャーク。そう、さっきまでアンを襲っていたトレントリモーラたちを操り、この森に恵みをもたらしていた『主』です。現れて早々、わたしに対して怒りを露わにしながら攻撃を仕掛けようとするフォレストシャークですが、この召喚陣の中にいる限り、この喚びかけに応えたモンスターの攻撃がわたしに届くことはありません。もちろん絶対というわけではありませんが、少なくともわたしの
さて――では、
「……はい。……はい、構いません。……いいえ、それは受け入れられません。……はい、そのあたりが落としどころでしょう。奉納は? ……それはあなたのランクに見合っていません。わたしの許容範囲を先に提示しましょうか? ……いえ、まだダメですね。もう少しまかりませんか? ……なるほど。では、トレントリモーラを含む奉納ということでしたら、こちらも譲歩可能です。……はい、ではそのように。はい、よい交渉でした」
第三者から見れば、わたしの独り言のようにも聞こえるでしょう。しかし、それも致し方のないこと。モンスターを召喚獣として契約するにあたって、契約内容を聞くことができるのは召喚士のみですからね。
そして、フォレストシャークとの「契約」は無事に締結。奉納は一か月に一度、老廃物を与えなければならない。さすがにわたしにも羞恥心というものがありますから、当初の提案にあった排泄物は却下させていただきました。老廃物であれば、汗でもいいわけですからね。いえ、愛しいサメに汗を舐められるのももちろん恥ずかしいのですが、フォレストシャークはかなり紳士的かつ穏やかなお方でしたので、彼がわたしの汗を求めるというのなら、その程度の羞恥心など……いえ、恥ずかしいものはやはり恥ずかしいですね。
「もうすぐ、友達が戻りますから、帰還はもう少しお待ちくださいね。ご紹介させていただきたいので」
「…………」
目を伏せて静かに頷くフォレストシャークの老成された佇まい……。本当に素敵なジェントルマンです……!