召喚士シルヴィアが求めるサメ   作:永瀬皓哉

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第13話:優しい子

「……で、その子がさっき襲ってきたモンスター?」

 

 わたしが火を熾して水を沸かしながら待っていると、フォレストシャークとの契約からさほど時を待たずアンが野営地へと戻っていらっしゃいました。

 さっそく、新たに召喚獣となったフォレストシャークを紹介しようと、わたしは意気揚々――、

 

「はい。現時点で発見されている地中魚類の中では最も巨大な種であり、森の管理者とも呼ばれる『フォレストシャーク』です。大きなお口で土ごと呑み込み、唾液とは異なる特殊な液で微生物や小動物をジュース状にして呑み込み、そうでない土や石をエラ状の「ダクト」と呼ばれる器官から排出していて、地中魚類・水中魚類を合わせても上から五つ以内には数えられるほどの巨体は力強くたくましく、加えて非常に賢い種類のサメでもあることで知られていて、今回のようにトレントリモーラと共生関係にあることから――」

「シルヴィ」

「あっ……。し、失礼しました……。いけませんね、サメのことになるとつい我を忘れてしまって……」

 

 フォレストシャークの紹介とは名ばかりに、彼の解説・蘊蓄を言葉の整理もつけず並べてしまい、目の前のアンが呆れたような視線をこちらに向けてきます。ひ……ひとまず紹介は済みましたので、フォレストシャークには帰還していただいて、わたしはアンから受け取った薪木を火に()べながら、ついつい捲し立ててしまったことを謝りました。顔から火が出るような思いではありますが、これはわたしだけでなく、召喚士であれば皆そうである……はずです。きっと。……いえ、他の召喚士の方々に対するネガティブなイメージをわたし一人の言動で背負わせるのはあまりにも失礼なので、撤回しておきます。

 

 なにはともあれ、火と水……そしてアンのおかげで食用のキノコや木の実を得ることができました。リンコドンで買い溜めした保存食も含め、二人で食べるには十分な量でしょう。……わたしとしては少し物足りなさも感じますが、ここから先の旅程を考えれば、あまり早々と食料を消費するわけにもいきませんし、ここは(こら)えどころです。幸い、アンはとても料理上手で、これでも一年間はちゃんと一人暮らしをした身ではありますが、残念ながらわたしには料理が不向きだったようで……食事に関しては何もかもアン頼りになってしまいました。

 しかし、アンはそんな負担をものともせず、食後から寝袋に入るまでの時間はほとんど魔法の勉強と魔道具の研究に費やしていて、わたしが彼女のためにしてあげられることといえば、せいぜい差し入れのお茶を淹れることと、焚火の世話くらいでした。

 

 夜の晩は一晩分の薪をふたつに分け、前半の薪が底を尽きる頃に交代し、後半は残る薪が尽きたら寝ている方を起こすというルールを決めると、コイントスでわたしが先に眠ることに。

 正直、アンには随分と負担をかけてしまっているので、アンこそ先に眠ってほしかったのですが、彼女の「こういうのは助け合いでしょ。そう思うんなら明日のお昼は川魚でも獲ってきてよね」という言葉に押されて、テントの奥に追いやられてしまいました。……川魚、ですか。確かに、それならわたしも……お手、伝い……が――すぅ。

 

 

 

 

 シルヴィとの押し問答を制して彼女をテントの奥に追いやってからしばらくして、彼女の静かな寝息が聞こえてきた。

 野営において、夜の番の重要性を敢えて語る必要はないと思う。夜行性の動物やモンスター、あるいは夜盗・暴漢などから身を護るために、周囲の警戒を行う「番」を必要とするのは当然だ。ただ、夜間・暗闇などの視力に頼りきれない索敵・警戒という意味では、あたしとシルヴィアは「なかなか」以上に出来ている方だろう。

 少なくとも、リンコドンの魔法士の中であたしの「探査魔法(サーチ)」を逃れられる人はいなかったし、さっきの戦いで警戒すべき範囲が「円状」ではなく「球状」にあることを学べたのは大きかった。学園を出てなお、学びはどこにでもあるということがわかる好例であったし、むしろ逆に学園では一生得られなかった知識だったのでは、とさえ思える。そんなあたしとは手段は違うけれど、シルヴィもまたこういうことを得意とする方だろう。彼女が従える5体の召喚獣の内、「ゴーストシャーク」と呼ばれる幽霊ザメは間違いなく「こういう状況」で本領を発揮する手札であることは間違いないし、あるいはフォレストシャークとトレントリモーラによる地中からの警戒観測も可能なのだろうか。……これはシルヴィに訊かなければ推測の域を出ないけれど、だとすれば心強い。

 

「…………」

 

 手元の魔法書をめくりながら、さっき林の中で見つけた薬草を使ったお茶もどきを口にする。

 シルヴィが淹れてくれる「いかにも」な香りと味わいには程遠いけど、薬草を軽く刻んでいくつかの生虫薬(しょうちゅうやく)と混ぜて炒った薬香茶(やっこうちゃ)は、リンコドンの魔法学生にとっては入校して早々に薬学授業で学ぶこともあって、夜更かし勉強のお供として馴染みも深い。シルヴィのお茶は間違いなく美味しいけれど、あたしにはこっちの方が飲み慣れている。

 

 さて――手元の研究レポートに視線を戻そう。これは、あたしとリンコドン魔法学校での恩師が共同で開発していた魔道具の原案――『トライアルブック』だ。

 あたしが中退を決めるにあたって、あたしが最初に相談を持ち掛けた相手というのも、この恩師だ。彼女はとても聡明な魔法士で、あたしが夏休みの自由研究で組み上げた「短略術式(ショートカット)」を見て、だいたいの人が賞賛をくれる中で彼女だけがあたしの論文を精査・推敲の末に、よりブラッシュアップした形で術式を「真の完成」に導いてくれた。

 このトライアルブックは、そんな彼女から『リンコドンの天才魔法士』へと託された最後の宿題。このトライアルブックには、彼女がその生涯を懸けて記した無数の魔道具の「アイデア」が詰められている。けれど、彼女はその優秀さゆえにリンコドン魔法学校から離れることができず、そのアイデアを試すことさえできなかった。そんな彼女があたしにこれを託してくれたのは、あたしの称号以上に……あの「短略術式(ショートカット)」こそ、彼女がこの本に記していた「アイデア」のひとつだったからだろう。

 彼女の想いとは無関係なところで、あたしは彼女と同じアイデアへと至り、そして「完成」させた。それは彼女の想定よりも遥かに粗削りだったかもしれないけれど……同時に彼女はあたしにシンパシーのようなものを感じたのかもしれない。だからきっと……このトライアルブックは「証」だ。彼女があたしに託し、あたしが未来の世界へと託す「証」なんだ。

 

 彼女のアイデアは、彼女が持ち続ける限り「天才の夢想(アイデア)」に過ぎなかっただろう。

 だけど、あたしの頭脳と技術がそのアイデアを組み立て、結果へと構築した果てに、それが未来へと繋がるのなら……。

 それはきっと、彼女がこの先の魔法士の未来を築いたことに間違いないはずだから。

 

(とはいえ……さすがにあたしの「短略術式(ショートカット)」の過不足を一瞬で見抜いて改善案を提示した『魔導師』ライサ・ヴェージマ先生。アイデアだけじゃなくて一部は魔法術式まで完成してるのに、今のあたしじゃ「なんでこの式になったのか」さえわからない……)

 

 魔法は才能とセンスに頼った召喚術とは違う、純然たる学問であり、その性質は数学や科学に近いものがある。術式という名の「公式」を正しく理解し、魔力を通じて様々な「結果」へとアクセスする。だから、たとえ術式そのものがわかっていても、あるいはその結果(こたえ)までわかっていても、「どうしてそうなるのか」が理解できなければ再現性は皆無だ。

 再現できない魔法は魔法じゃない。一定の条件下で、一定の手順を経て、一定のコストを用意すれば、一定の結果を得る。それが『魔法』だからだ。

 だから、まず魔法士にとって必要な技術は何においても「理解」だ。ライサ先生が残したトライアルブックの中身に限らず、さっきの戦いで「探査魔法(サーチ)」の術式をすぐさま組み替えて範囲・座標を追加できたのは、あたしが「探査魔法(サーチ)」の魔法術式のどこに変更を加えればどんな結果へと繋がるかを「理解」していたからだ。

 

「……たぶん、とっかかりはこの式……。まずはこれを一気に逆算……いや、一見ひとつの式に統一されてるように見えるけど、よく見たら複数の式が連立してるから、ちゃんと順序を守らないと結果がガラっと変わっちゃう……。……最初がここなのは合ってるはず。……この式は座標を求めようとしてる? いや……座標と面積だ。つまりこっちの式は……」

 

 ……ふと、頭の中で整理していたはずの情報が口をついて出ていたことを自覚した。

 この夜更けに、洩れるような小声とはいえ長々と呟いていたら、シルヴィだってさすがに目を――いや、寝息が乱れる様子さえないな。コンビを組んでまだ日も浅いというのに、シルヴィはすっかりあたしに気を許してくれている。直接その経緯を聞いたあたしでなくとも、彼女がたいそうな家の出だということはわかるだろうし、こうしてほんのちょっと時間を共にすれば、その無防備さや純真さもわかってしまう。それこそ……やろうと思えば、彼女の身ぐるみを剥いでここに置き去りにすることだって。

 でも……同時にこうも思う。

 

「そんな気すら起きないくらい、おばかで優しい子なんだから……」

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