わたしとアンは互いに召喚士と魔法士という役職上、共通する部分と齟齬の発生する部分がどちらも多く存在していることに気付きました。
特にそれを強く感じたのは、動植物に対する接し方という点が大きかったように思えます。アン曰く「魔法士の知識」を突き詰めていくと、最終的には必ず「自然界との和解」に行きつくということでした。つまり、動植物を薬や魔法の媒体として利用することで、自然界への理解を深めていき、今度はそうして得た魔法によって自然界の循環を促すことが目的だというのです。この「和解」と魔法がどう結びつくのかというと、魔法が栄えるということは、魔力が活性化するということであり、魔法士の「声」から放たれる魔法は、風に乗ってあらゆる場所に行き渡り、そうして散布された魔力によって木々や土壌の成長と活性化を促しているというのです。
しかし、わたしたち「召喚士の知識」はアンの言う「自然界との和解」とは少し違います。彼女たちは自分たちを主導として自然界のサイクルを緩やかに加速させようとしているわけですが、召喚士はそれを聞いて良い印象は受けません。なぜなら召喚士にとって自然界の循環とは「促すもの」ではなく「保つもの」だからです。つまり、アンのようにわたしたち召喚士の最終目標を述べるとするなら、我々の到達点とは「自然界との共生」となるでしょう。人間と自然が共に手を取り合い、互いに一線を保った状態で助け合う。それこそが召喚士の理想であり、その第一歩という形で動植物と人間が対等に交流し助け合う技術――「召喚術」が生まれているわけです。なので、人間が自然界に手を出し、勝手にそのサイクルを変化させようというのは、あまりにも一方的かつ高慢な行為であり、召喚士としては決して許される行いではありません。
……ですが、だからといって召喚士でない人に対して、まして確かな理念と志を胸に、召喚士とは違う形であるとはいえ同じように「自然と向き合う」姿勢の魔法士に対し、その在り方を否定するということが野暮もいいところだというのは、わたしにもわかります。召喚士からすれば、自然のサイクルを乱す魔法士の考えは悪しき行いであるように見えるでしょう。しかし、それは魔法士から見た召喚士も同じことです。今の自然界は確かな潤いを蓄えていますが、遠い遠い未来に自然のサイクルが変化を続け、いつしかそれが衰退に向かうことも大いにあり得るからです。事実、人間の繁栄と共に木々はいくつも伐り倒され、失われた動植物の種も存在します。このサイクルを「保つ」というのなら、召喚士は自然界の「滅び」を肯定しているということにもなりますし、もしも遥か未来に今と同じ理念を持った召喚士がいるのなら、おそらく自らの滅びと共に自然界の崩壊を是とするでしょう。魔法士はそんな未来を案じ、自然界を豊かに促そうとしているわけです。
もしもわたしがアンと出会っていなければ。ひとりでこの旅をしていれば、この考えを聞いた時、即座に否定の声を挙げてしまっていたかもしれません。ですが、アンのおかげで……言葉は強くありつつも、理知的で論理的な語らいができるアンだからこそ、わたしの考えが一方的であることをすぐさま見抜き、それを指摘してくださいました。さらに具体的に言うなら、互いの主観的意見と客観的意見を噛み砕いて自らの理解に落とし込み、それを言語化して説得するという技術は、これまでコミュニケーションと言う手段を欠いてきたわたしには到底できないことであり、学生として多くの人々と交流し、言葉を交わし合っていたアンでなければできないことでしょう。
「アンはすごいですね」
「なにが?」
「さっきのことです。もしも話している相手がアンでなければ、わたしはただ一方的な意見しか言えませんでした」
「それはシルヴィが同世代の子とほとんど接してこなかったせいであって、シルヴィに過失があるわけじゃないでしょ。環境の違いよ、環境の。むしろ、自分の中で当たり前だったことや、それを元に色んな悩みを経て辿り着いた答えを否定されて、むっと来ないヤツなんていないわ。でもシルヴィは、むっとはしたかもしれないけど、あたしの説明でちゃんと納得してくれた。あたしが何も言わなくても、自分の考えが一方的な視点だったことに気付いた。そっちの方が、あたしは「すごい」って思うわ」
そうですか? と問うと、当然だろうと言うかのように「そうよ」と返してくれるアンの声があまりにも力強くて、格好良くて。わたしも思わず笑みが零れます。
では、二人ともすごいということで、と話していると……どこかで、何かが争うような音が。少なくとも、風の流れや川のせせらぎとは明らかに違う、人の気配を孕んだ音が、わたしの耳には届きました。ふとアンに視線を送れば、それは彼女も同じように感じ取っていたようで、互いの視線が交じったことでこれが間違いなく何者かの危機的状況を示す信号であることを理解しました。
「魔の導きにより我が問いかけに答えよ! サーチ!」
アンの
アンは確かに自信家であり、一般常識の範疇を逸脱するような言動も多くありますが、それは彼女自身が自らの実力を客観視して過不足なく下した判断であり、単なる見栄や虚言とはまったく異なる――むしろ対極にある「事実に基づく自信」だと言えます。あの時、音が聞こえてきた方角はわたしたちの居たところよりも風上に位置しており、風が音を運んだとすれば、実際に聞こえた距離感覚よりも遥かに遠い場所から聞こえていたのかもしれません。それでも、アンは駆け出してすぐ、ほんのわずかな時間で「ここから北東に向かってしばらく。2人分の人間と、いくつかのモンスターの群れがいるわ」と位置・方角、助けを必要としているであろう人数と、相手の数を割り出していました。
「召喚士シルヴィアが求める。豊穣なる牙を持つ者よ、穏やかなる深淵より来たれ。フォレストシャーク!」
近くに深度の深い水源がなく、日も高く昇っているこの時間帯では、メガロシャークとゴーストシャークはあまり活発に動けません。
マグマシャークは基本的に地中で活躍するサメですので、昼間の地上で戦う手段を持ち得るのはトレントリモーラを操るフォレストシャークだけです。
「アン、
「サーチ結果を会話じゃなく図式でってこと? やったことはないけど……いや、術式をアレンジすればできるかもしれない。ちょっと待ってて」
わたしたちには少しずつ「それ」が見えてきていましたが、地中のフォレストシャークにはわたしたちと敵の距離が離れすぎていて、それが「敵」として認識できていません。
だから、少しでも早くトレントリモーラを動かしてもらうためには……きました!
「どう? 届いてる?」
「さすがアンです。フォレストシャーク! この場所に向けてトレントリモーラを!」
わたしはアンから送られてきた思念図式を相互交感能力によってフォレストシャークに「見せる」ことで相手の位置を伝え、彼はすぐさまわたしの指示に従ってくださいました。
少し離れた位置で、何頭もの
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
「見た感じ、二人だけみたいだけど……どうしてこんな街はずれに? 他に怪我人はいたりしない?」
わたしたちが駆け寄ると、そこには恰幅の良いカイゼル髭の男性と、彼よりもいくらか年若いオレンジ頭巾の女性がへたり込んでおり、彼らの隣には横倒しになった荷台と、そこに積まれていたであろう幾つもの荷物が散乱しておりました。わたしとアンはひとまず二人に水を分け与えて落ち着かせると、腰が抜けたようで動けない様子でしたので、彼らの指示を仰いで散らばった荷物を荷台に直していきました。といっても、散乱していたのは荷台のロープをすり抜けてしまうような小物ばかりで、ほとんどはしっかりと括りつけられていましたので、そのままぐい、と押し上げたのですが……アンの唖然とした表情はいったい何に驚いていらっしゃったんですか?
「……っと、まぁこんなもんでしょ。この大きな荷物の中が何かはわかんないけど、少なくとも散らばってたものには割れ物もなかったみたいだし、不幸中の幸いよね」
「はい。では……アン、あのお二人をバリアで包んでさしあげてください」
「え? いや、もうさすがに
「早く!」
強い語気で指示を出したわたしに対し、アンは即座に思考を切り替えて二人を包むバリアを展開しました。
すると彼らはそこを逃げだそうとするかのように必死の形相でバリアを叩き、そしてどこに隠し持っていたのか、男は豪奢な装飾の施された短剣を取り出し、それをバリアに突き立てます。しかし……アンは攻撃魔法ができないだけで、それ以外については疑う余地もないほどの天才魔法士。そのバリアを物理的な手段で突破するには並大抵の腕では叶いません。
「
「
問題はこの方たちを衛兵さんのところまでどう運ぶかですが、その前に気になることがあるんですよね……。