召喚士シルヴィアが求めるサメ   作:永瀬皓哉

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第16話:召喚士の償い

 不幸犬(ブラックドッグ)に襲われていたことで、少なくとも目の前のお二人が「まっとうな人間」とはかけ離れた存在であることは確定したわけですが、それよりもわたしにとって気掛かりだったのは、この荷物の方でした。横倒しになっていたこの荷台を起こした時、荷台から零れないようしっかりと括りつけられていた幾つかの荷物の中から、なんらかの動物の息遣いのようなものを感じました。もしかすれば、食糧を狙ったネズミなのでしょうか。……いえ、それにしてはかなり大きく力強い気配を感じます。

 わたしがアンに探査魔法(サーチ)をかけてもらうと……その結果に唖然としました。

 

「…………」

「アン?」

「……ルム……」

「るむ?」

「リントヴルムの子供が閉じ込められてるッ!」

 

 リントヴルム。翼と後ろ足を持たず、代わりに立派なタテガミを備えた竜種のひとつであり、オスのリントヴルムはそのタテガミが立派であるほど立場が高い存在とされています。特に白いリントヴルムは「幸せの象徴」とされ、見ただけで幸運をもたらし、手懐ければ恒久的な幸福をもたらすとも言われています。しかし、その言い伝えから過去に乱獲が横行し、白い個体に限らず全てのリントヴルム全体の数は激減してしまい、現在はあらゆる国において狩猟も捕獲も禁じられているはず……。

 

「なるほど、密猟者ですか……」

 

 すっと、わたしの全身から体温が抜けていくような感覚がありました。同時に、とても頭が冴えていくようにも。

 わたしはアンにリントヴルムを任せ、バリアの中に閉じ込められたお二人に視線を合わせるため、膝を畳んで声を掛けました。

 

「あの荷物……本命はリントヴルムの子供で、他の荷物は全てカモフラージュですね?」

「このデカ女ッ! さっさとここを出しやがれ!」

「リントヴルムを横取りする気!? やめろ、あれはアタイらの売りもんだ! 勝手に持ってくんじゃないよこの盗人!」

 

 ……なるほど、こちらがどれだけ論理的に話しても自分の言い分だけを主張して間違いを是正しようという気がまるでない人種であることが、これだけの会話からも感じ取れます。

 

「いいですか、リントヴルムはアクリアンティス王国に限らず、あらゆる国において絶滅を危惧される貴重なモンスターです。人類にとっては危険も少なくありませんが、彼らがいることで生態系を保っている地域や環境も確かに存在します。加えて、彼らはとても仲間思いの種族です。過去に人類が白いリントヴルムを乱獲した際、その番であったり親であったりするリントヴルムたちが密猟者を村ごと滅ぼしたこともあります。あのリントヴルムはまだ子供……親はあの子を見つけるまで、あなたたちを探し続けるでしょう。仮に見つかる前にあなたたちが死んだとしても、あなたたちの子々孫々が末代まで狙われ続けることになります。それでも、あのリントヴルムを売り払うつもりですか?」

「はっ、子孫がどうなろうが知ったことかよ! 俺が金儲けして遊んで暮らせるんならそれで上々! どこが末代になろうが構わねぇ、勝手に死んでろ!」

「そんなことよりリントヴルムだ! あれは下手な財宝なんかよりよっぽど高く売れる! 末代を殺したいんならそれでもいいからさっさとあの金ヅルを返しな!」

 

 やはり、どれだけ丁寧に説明してもこの方々に響く様子は見られません。

 これほどの悪徳を抱えてしまえば、冥府の切符はずいぶん黒ずんでいることでしょう。そうなるよりは、不幸犬(ブラックドッグ)に悪徳をいくらか食べてもらった方が彼らのためだったのかもしれません。わたしは人間として、彼らを助けようと思いましたが……彼らの行いは既に人の道を外れてしまっています。

 

「……わたしたち召喚士はモンスターと人類の共生を重んじます。人類の行いによって彼らに不利益が生じた場合、それを「等価の行い」によって補わなければならない義務があります。あなたたちはリントヴルムの子を奪った。ならば……この子を親のリントヴルムを返すことで、償う必要があります」

 

 はらわたが煮えくり返る、というのはこういう気持ちを言うはずだというのに、いつもよりも澄んだ声が出ているような気がするのはなぜでしょうか。

 しかし、そんなわたしに対して声をかけてきたのは、箱の中で衰弱していた白い子供のリントヴルムを抱えたアンでした。

 

「でも……シルヴィってサメしか召喚できないはずじゃ?」

「はい。わたしは召喚・契約できるのはサメだけです。ですが……召喚士としてのスキルはサメだけのためのものではありません」

「召喚士のスキル……?」

「召喚には大きく2つの種類があります。相手の意思を無視して未契約のモンスターを喚び出す「契約のための召喚」と、契約の範囲に則って契約済みの召喚獣を喚び出す「力を行使するための召喚」です。逆に言えば……これ以外の方法で喚び出す行為を「召喚」とは呼びません」

 

 なので……。

 

「召喚士が契約陣に保護されていない状態で未契約のモンスターに「目印」を送って「自発的に向こうから来てもらう」という行為は『召喚』ではないので、わたしにも可能です」

 

 わたしは召喚杖を契約杖へと変化させると、リントヴルムの子供の頭に触れて精神統一を行いました。サメ以外の生物に対して召喚士のスキルを行使しようとすると、普段以上に精神が揺らぎますが、それでも構わずリントヴルムに精神を同調させていけば……この子の「親」と思わしきリントヴルムの記憶に辿り着きました。わたしはそのリントヴルムに向けて「目印」を送るため、契約杖を高く掲げ……。

 

「召喚士シルヴィアが、このリントヴルムの親に告げる。今、あなたの子を保護しました。我が魂に誓い、必ずこの子をお返しします」

 

 そう告げるわたしの言葉に、密猟者の二人は声を荒げますが、わたしはそれを無視して言葉を続けました。

 

「しかし、親が子を失った期間の不安や寂しさは、子を取り戻しただけでは補いきれないことも承知しております。よって――あなたの子を奪った者どもの身命によって、それを(あがな)わせることで等価の(つぐな)いとさせていただきたく思います」

「身命をって……シルヴィ!?」

「アン……召喚士はモンスターとの共生を重んじます。こちらがあちらに損失を与えたら、同価の償いが必要です。そして……リントヴルムに限らず、多くのモンスターにとって人間はとても矮小な存在です。故に、彼らの倫理とわたしたちの倫理は同じではありません。非がこちらにある以上……彼らの倫理で「対価」を払わなければならないのは当然のことなのですよ」

 

 そう語り終えると、どこからともなく地響きを伴いながら近付く絶大な気配。幾つもの巨木を薙ぎ倒し、大地を削るように這いずり現れる巨大なそれは――白銀の鱗とタテガミを(たた)え、頭には太く立派なツノを戴き、大地を踏みしめる大木のような足を持つ巨大な竜――地上において最強と名高い「クマ」すら戦いを避けようとするリントヴルムの姿が、わたしたちの目の前に存在していました。

 

「この度は、我々の不徳によりあなたとあなたのご息女に多大な不安とご迷惑をおかけしたことを謝罪すると同時に、これなる悪徳を企て、行った愚かなる者どもの身命を捧ぐことで、あなた方の怒りをお納めいただきたく、お呼び立て仕りました。加え、不遜なるお願いとは存じますが、どうか腹に据えかねる思いを、この二人とそれに連なる者以外に吐き洩らすことなきよう、お願い申し上げます」

 

 わたしが膝をつきながら頭を垂れると、アンもそれに倣うように膝をつきました。いざという時、身を守る術――即ち「迎撃の構え」がある状態で頼み事をすれば、それは人間よりも上位の存在であるリントヴルムに対して不敬となります。特に、その上下関係を理解しているはずの召喚士ならば、膝をつくことで「不動の訴え」、頭を垂れることで「敬意の訴え」、杖を置くことで「無抵抗の訴え」を行います。そしてその意図を――自然界のモンスターたちは本能で理解すると言います。

 わたしが敬意を示し続けることで、リントヴルムは少なくともわたしと、隣に跪くアンが「悪徳の人間」でないことは理解してくださいました。そして、わたしがアンに目配せをすると、アンは少し悩んだ様子ながらも()()()()()()()()()バリアを解除し、その後の裁きをリントヴルムへと任せました。

 

「アン、リントヴルムの子をわたしに」

「……うん。任せるわね」

「ありがとうございます。……こちらがあなたのご息女です。先ほど、応急処置としてこちらの魔法士が回復魔法を施し、いくらかの食料と薬を与えました」

「薬の効能、説明いる?」

「できれば簡潔に、敬語でお願いします」

 

 わたしがリントヴルムの子供を親リントヴルムの頭に乗せると、子供はすぐさま親のツノへと巻き付き、休み始めました。

 リントヴルムは一度の出産で必ず一頭しか生みません。そしてオスが生まれたらメスが、メスが生まれたらオスが子供の世話をしますが、その子供はほとんどの時間を親のツノに巻き付いて過ごし、親の頭に乗らないほど大きく重く育つと「大人」の仲間入りをして独り立ちをします。今回、この密猟者たちが奪ったのはメスの子供リントヴルム。つまり、このリントヴルムはお父さんということになります。

 

「彼らはお子さんを木箱に入れてろくに食事も与えておらず、脱水症状と栄養不振が見られました。なので水と一緒に体力回復の丸薬を飲ませたのち、食欲増進の粉末薬を与えて兎の干し肉を与えました。干し肉を噛む力が弱かったので、失礼ながらあたしが噛み砕いて与えました。今後もしばらく、柔らかく噛み砕いてから食事を与えてください。顎の力が戻れば、食欲も徐々に回復するはずなので、それまで出来るだけ気を配りながら様子を見ていただければ大丈夫だと思います」

 

 わたしは薬学・栄養学は門外漢ですので、彼女の応急処置がどの程度まで的確なのか判断はつきかねますが、リントヴルムはアンをしっかりと見つめた後、静かに身を捩り始めました。

 体を捻り続けていると、河原の石に挟まったタテガミの何本かが彼から抜け落ち、リントヴルムはそれを口で咥えると、彼女の手元へと運び――、

 

「……えっと、もらっ……いただいていいんですか?」

 

 アンがおそるおそる訊ねると、リントヴルムは満足げに頷き、そして二人の密猟者を咥えながらまた何処かへと消えてしまいました。

 あの……アン、そのタテガミなんですが……。

 

「ア、アン……そ、それは……」

「えっ、何? このタテガミなんかやばいの? 呪われる!?」

「ふっ、不敬ですよアン! リントヴルムの中で、どうして白いものだけが「幸せの象徴」と言われるかといえば、それはリントヴルムの中でも極めて純度の高い「善徳の魔力」を持っているからです! 生まれつき強い魔力を持ち、なおかつ自然界の循環に貢献し、住処となる地域の生態系に良い影響を与え続けることで「善徳」を積み続けた個体が「白いリントヴルム」の祖と言われています。その善徳の報酬として、彼らは自然界に愛され、彼らの生涯を幸福に終えられるというわけです。つまり、彼らを見かけると幸運になるのは彼らの善徳の残滓を分けていただけるからで、彼らを飼い慣らせば幸福になるというのもその影響です!」

「えっと……つまり?」

「アンは白いリントヴルム自らの意思によって「幸運を分け与えてもよい」と認められたんです!」

 

 幸福と違って、幸運は「幸せになるチャンス」を貰えるだけですが、怪しげなマジックアイテムと違って確かなロジックの上に成り立つ「リントヴルムのタテガミ」は、そのチャンスが無尽蔵に訪れるということもあって価値を知る者なら喉から手が出るほどの逸品です。

 少なくとも、王家と親密なアークバイト家でさえそうそう手が伸びないくらいには。

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