召喚士シルヴィアが求めるサメ   作:永瀬皓哉

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第18話:因習と文化

 翌日。予定を大きく超えて、ほとんど夕方ギリギリまでかけて到着したスターヂャンは、集落と呼ぶにはそれなりに発展した村のようでした。

 わたしたちを含め、何組かの冒険者が寝泊まりしている宿を借りると、貴重品以外の荷物を置いて早々に部屋を出ました。なぜなら――、

 

「最近は川魚ばかりでしたから、海のお魚やお肉を使った料理が新鮮に感じますね」

「まぁ、それはそうだけど……意外とシルヴィってたくさん食べるタイプだったのね……」

「あっ……す、すみません……。はしたなかったでしょうか……?」

 

 淑女たるもの、食事にも美しい所作を求められます。所作、という言葉の中に含まれるものはマナーやエチケットという意味でもあり、食事に対して卑しい態度……量を求めようだとか、それを持ち帰ろうだとか、そういったことがあってはならないということです。テーブルマナーについては幼い頃より厳しく躾けられてきた方だとは思いますが、どうやらわたしは大多数の男性よりも遥かに大食であるようで、人前では出来る限り抑えてきた方なのですが……アンと囲んだテーブルの上にはわたしの平らげたからっぽのお皿がいくつも……完全に意識の外でした。

 お恥ずかしい、と思いながらフォークを置こうとすると、アンが「今日くらい好きに食べな」と声をかけてくださいました。

 

「旅の途中は安定した食料調達なんてできないし、たくさん食べられる時に食べるのはいいことよ。食べ過ぎて動けなくなるくらいなら、お説教のひとつくらいあげるけど」

「淑女としては少々複雑ですが……ありがとうございます、アン」

「ただし、お金には限りがあるんだから頻繁にはダメよ。今日たっぷり食べたら、またしばらくは我慢してもらうわ」

 

 もちろんです、とわたしが答えると、アンはくすくす笑いながら「いい返事」とフォークを置きました。

 わたしが満足するまで食べてお会計を済ませると、アンは苦笑いしていましたが……その分、明後日からの旅路に気合いも入りました。

 スターヂャンはあくまで、長い旅路における一時的な休息所です。食後、わたしたちは早々に宿に戻って眠りにつくと、そのまま翌日のお昼あたりまでぐっすり。軽い体操で体を動かしたり、アンとおしゃべりをしてリラックスもしましたが、お食事とシャワー以外ではほとんど部屋の中から出ることはありませんでした。

 アン曰く、「休める時はちょっと休みすぎなくらい休むのが頭と体にいいのよ」とのことで、二日目の夜はわたしもアンもだいぶ心身ともにリフレッシュを終えた状態ではありましたが、夜になるとアンがわたしをベッドに押し込み、「そろそろ寝なさい」と言われてしまいました。本当はまだアンとおしゃべりをしていたかったのですが、それが彼女のいう「ちょっと休みすぎなくらい休む」ということなのだろうと思い、そのまま眠りにつきました。

 

 

 

 

「……寝たか。静寂魔法(サイレンス)施錠魔法(ロック)をかけておいて正解だったわ」

 

 シルヴィの寝息が聞こえるようになってから、あたしは今日一日ずっと閉じていた部屋の窓をゆっくり開けた。

 二階のこの部屋の窓を開けて聞こえてくるのは、少し離れた部屋から聞こえる怒号と嬌声。このスターヂャンという集落……山賊を退けるほどの力を有する戦士たちに守られていたというのは、かなり昔の話だったようね。この集落では女・子供を共有するという思想は未だに変わってはいない。けれど、その「女」は必ずしも集落の女に限らないみたい。あたしたちのように冒険の途中で足を踏み入れた女性を手籠めにして、そのままこの集落に取り込んでしまう。だから結果的にその女性も「集落の女」になる。そういった手段をとるにあたって、結果的に最も都合がよかったのが山賊だったんだろう。

 現在のスターヂャンは山賊と手を組んで、彼らが暴れることで女冒険者たちの休憩所としてこの集落のサービスを提供、そしてこの集落でたった一ヶ所しかないこの宿は、集落の男と山賊が獲物を追い込んだ先の生け簀というわけだ。いやぁ……ホントにシルヴィの旅に同行してよかった! あたしが居なかったら今頃この子どうなってたのかと考えると、背中に薄ら寒いものを感じずにいられない。

 

  すでに手遅れになった女性たちは助けられないし、施錠魔法(ロック)で部屋の安全を守れるのはあたしたちがこの宿を借りている間だけだ。加えて、施錠魔法(ロック)は外部からの侵入は防げるけれど、内側から出てしまう場合は防ぐことができない。その点、トイレが部屋の中にあったのは僥倖と言える。

 あの食堂も……食事に細工はなかったけれど、出されたお水には微量の睡眠薬が含まれていた。シルヴィは体が大きいからか効きまでに時間が掛かってたし、あたしはそもそも食べる前に全ての飲食物に対して検査魔法(ディテクション)をかけてたから飲み物には手をつけなかった。

 

 問題は……あたしの勝手な判断で、この集落の在り方を変えてはならないということだ。

 以前のあたしならそうしたかもしれないけれど、シルヴィとの交流を経て、この世界には人間の倫理や個人の思想だけで善悪を判断できないものがあるということを知った。

 この集落の在り方は、他の街や村に住む者からすれば(いびつ)そのものだろう。しかし、彼らも集落の存亡に幾度と直面し、苦悩や自責と共に発展した文化の終着点がこの状況だとするのなら、これもひとつの「文化」であるはずだ。それを……被害者本人が非難・抵抗するのならともかく、集落と本来なんの関わりもない外部の人間が、その集落の在り方を否定していいんだろうか。それは、彼らが長い歴史をかけて文化という形をとるまでの苦悩や自責さえも否定することにはならないだろうか。

 女性としては、全力で非難すべき状況だ。だけれど、彼らはただ快楽を得るために余所の女性を襲っているのではなく、集落の少ない人口を維持し、集落そのものを発展させるために「集落に入り込んできた女性だけ」を狙って行動している。山賊と結託してここに誘導している女性も、冒険者であったり護衛を連れている商人であったり、ちゃんと抵抗手段を持って「街」という安全圏を自分の意思で出た者だけだ。自らの意思で安全を手放し、彼らに追い立てられて彼らの領域に入り、抵抗にも失敗したというのなら……残酷だけれど、然るべき末路だ。

 

「ゴーストシャーク」

「……?」

「明日は朝イチでスターヂャン(ここ)を出る。日が昇りかけてきたらあたしを起こして。夢の中に入ってきてもいいから」

「…………」

 

 シルヴィの被った毛布の上で大人しくしながらも周囲を警戒しているゴーストシャークにモーニングコールをお願いすると、彼は寡黙な態度を崩さず首肯する。

 幽霊ザメと、それだけを聞けば第一印象はどうしてもよくないものになるが、やはり主に似て大人しく、真面目な子だ。

 あたしはゴーストシャークの頭を撫でると、自分もそろそろ眠った方がいいだろうと窓を閉じ、ベッドに入った。

 昨夜調べた感じでは、朝になれば彼らは「無害な一般人」を演じるようになる。宿を出て、集落を脱し、山賊を切り抜ければ、それ以上は追ってこないはず。彼らからしても、たった二人の旅行客を確保するためだけに不要な怪我はしたくないはずだ。ましてこちらはリンコドンの天才魔法士と、サメしか召喚できないとはいえ優秀な召喚士一族の娘。あちらによほど強力な同業者がついていなければ話にならない。

 

「……ま、なんとかなるでしょ」

 

 いつものように体を横にすると、寝返りを打ったシルヴィの整った顔がこちらを向いた。静寂魔法(サイレンス)のおかげで、今は彼女の穏やかな寝息も耳に届く。

 そうだ。なるようになる、ではなく、なんとかする。なんともならないとしても、少なくともこの子だけは守り抜く。たったひとりの友達も守れないなら、生きていく甲斐なんてない。

 この子を必ず弟の元まで送り届けるのがあたしの役目。そして、そこに辿り着くまでこの子を支え続けるのがあたしなりの友情の示し方。だから……今は一人でも多くの仲間が欲しい。強くて、優しくて、もしものことがあっても絶対にシルヴィを裏切らない仲間(チーム)が。

 

 

 

 翌朝。あたしたちは早々に宿を出ると、何人かの集落の若者たちに声を掛けられた。それらの多くは雑談のようでいて、実際は行先や移動手段を聞き出そうとしていた。

 あたしが飄々と受け流そうとしていたら、彼らは標的をシルヴィに定め、あたしを彼女から遠ざけようと動いたけれど、さすがにそれがよくないということはシルヴィにもわかっていたようで、互いの分断をどうにか躱して村を脱した。そうして村を出ると、しばらくして予想通り山賊の襲撃に遭った。

 当初、これらとの戦闘を回避して逃走を最優先に設定していたけれど、事情がわかっていないシルヴィが執拗なほど追跡を続ける山賊に対して戦闘態勢をとってしまう。

 

「何が目的かはわかりませんが……無暗に体力を消耗するくらいであれば、ここでそちらの歩みを止めさせてもらいます……!」

「はん、大人しそうな見た目の割に、意外と根性ある姉ちゃんだ! そんな小枝みてぇな棒切れで俺たちをどうにかできるとでも?」

「そっちの赤毛も、体つきは貧相だし顔もガキだが、そういうのが好みの野郎も居らぁな。おい! こいつら囲っちまえ!」

 

 小枝みたいな、とは失礼な。あたしの魔法杖も、シルヴィの召喚杖も、少なくともこんな盗賊なんかに折られるような半端な得物じゃないつもりだ。

 それに……召喚士はともかく、魔法士ならこいつらだって見たことくらいあるだろうに、それでもあたしの力量をこの見た目で軽視しているのなら……魔法を甘く見すぎだわ。

 魔法とは知識! 体が小さかろうが顔が幼かろうが、真面目に学び続ける者だけが強くなる! そんな魔法士を相手に……山賊風情が侮ってくれたわね!

 

「召喚士シルヴィアが求める」

「星座のしるべ、海風のひびき、地脈のめぐり」

「豊穣なる牙を持つ者よ、穏やかなる深淵より来たれ」

「魔の導きにより、我が問いかけに答えよ!」

 

 ――フォレストシャーク!

 ――ミラー!

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